まるで何かに惑わされてしまったかのように
八戒は『娼館』へとやって来ていた






のせられるのは正直、趣味じゃないし柄でもない
どちらかと云うと、のせて意の儘に操る方が自分に合っているとさえ思えるのに






だけど自分はその館の真ん前へと来ていた






どうしても

あの辛そうな悟浄の顔が引っ掛かって

心に何かを訴えていて






何が引っ掛かっているのかも気付けない儘
八戒は『娼館』へと足を踏み入れた……


















流れ流れて…7





















館の真ん前には、格子のような物で隔離された向うが見える座敷があって。
何人もの娼婦達が早く客を取ろうと、道行く男へと声を掛けていた。

その上座は空いていて。
その店で一番の売れっ子だと云う『紫厭』の顔はそこでは拝めなかった。

八戒の姿を見て、我先に彼を獲得しようと。
派手な着物を着て、手馴れた化粧をした女達が群がって来ていたが。

彼は丁寧にそれ等を断わって。






そして店の中へと歩を進めた。






中には柄の悪そうなお兄さんが何人か居て。
女遊びに縁の無さそうな八戒へと無遠慮な、怪訝そうな視線を送る。






「すいませんが、『紫厭』さんは居ますか?」






何故、彼が紫厭の名を知っているのだろう、と。
彼等は益々不信そうな視線を向けて来るが。

八戒は一向に気にした素振りも見せず。

その見かけ通りでない度胸の良さに、少々の不気味さを覚えて。
人相の悪そうなお兄さん達は無難に答えを返す。






「悪いね、兄さん。『紫厭』は悟浄ってヤツにココ暫く通われていてな」

「そうそう。『紫厭』もアイツ以外に客、取らねぇしさ」






言外に他の女を選んでくれないだろうか、と云った期待が込められたソレに。






「あぁ。僕、悟浄に云われて来たので。彼の代わりです」

「何だい、兄さんは奴さんの知り合いかい?」

「そうですね。お友達ってトコですかねぇ」

「お友達、ね。なら金額も聞いてるだろう」






悟浄の友人にはとても見えない外見だが。
信憑性も何もあったもんじゃない自分の言葉をすんなり通す辺りが厄介事を御免被りたい、と云う態度を示していて。

悟浄ってば何かやったんですかねぇ、と苦笑いを浮かべた。

そして悟浄にもらった金を彼等へと渡すと。
男達は一つ頷いて。

そして『紫厭』さんの部屋の場所を教えてくれた。






何時もこの時間帯に悟浄が来るもんだから。
もう彼女は待ってるよ、と。

親切にも教えてくれた一人の男に、ペコリと頭を下げて。






以外としっかり造られた館の中へと歩んで行った。

所々で、漏れる、女の喘ぎ声を聞きながら……





















教えられた通りに歩いて来て。
『藤の間』と書かれた部屋の前まで来て。






名前が紫を厭うと云うのに、『藤』の間に居るとは変わった方なんですねぇ。






何て、そんな事を思いながら。

中に居るであろう人物へと声を掛けながら硝子と和紙で出来た障子戸を開けた。






















「失礼します」






















さて、どんな人が出てくるんでしょうね






















未知の、まるでプレゼントを開ける直前のような。
好奇心を満たされる寸前のようなその瞬間を。

八戒は少しだけ楽しんで。






















そして






部屋の中に居た背を向けた女性が






勢い良く振り返って






その顔を見た途端
















固まった……










































「………?」











































こんな所には居てはいけない筈の彼女が。

何で、こんな所に彼女が。

悟浄が来るのを待っていたのが彼女で。

でも此処は『娼館』で。

『儚い』と云われた彼女が。

あんなに探して探して、探し続けた彼女が。






どんなに探し続けても、戦いに勝利して帰路に付いたその時も。
帰り道の何処かに彼女が居ないか、と。

食料を買う時、食事をする時、宿に泊まる時にそれとなく尋ねて聞いて。

でもその間、何の収穫も無く。
とうとう桃源郷まで帰ってきてしまって。

何処を探しても見つからないと思っていた彼女が。















まさか





こんな所に居るだなんて……










































何時ものように悟浄を待っていて。
彼は大体、この時間に来てくれていたから。

本当はいけない事と知りながら、思いながらも。
彼に抱かれる事で、少しでも愛した男との距離を縮めたいと願ったのか。






悟浄と繋がってさえいれば、彼の近くに愛した男は絶対に居るから。

面影も何も無いのに。
あるのは一緒に度した、遠い記憶だけなのに。

なのにその記憶が、悟浄が近くに居ればあの人も傍に居るような気がして…






悪いと思った。

心底悪いと思った。






何度も何度も止めよう、終わりにしようと思って、その事を口に出そうとして。
罪悪感で心が占められて、辛くて辛くて。

だからこそ云おうと思っていたのに。
その時にはまだ彼の事を思う余裕が残されていたのに。






けれどあの日、もう来ないで、と心底思って口にしようと思ったその時に。














悟浄から香った
















ハイライトと混じった
















彼の、白檀香が……










































懐かしいソレに心が悲鳴を上げて






その匂いに包まれたくて

あの腕に帰りたくて

幸せを感じてたあの光が

きついブロンドが

心の底まで見られてしまうかのような闇紫の瞳がっ…






脳内を侵食していって

それ以外を考えられなくなって















その晩、どうにも耐え切れなくて

余りにも感情が高ぶり過ぎて、誰とも夜を共にしたくなくて


















久し振りに、一人で、黙って、声を殺して、…泣いた……











































それからと云うモノ。
悟浄からまた彼の香りがしないか、と。

絶望的な迄に囚われてしまった自分の心をあさましく思いながらも。

それでもその事を思い切れずにはいられなくて。

悟浄が此処に来るのを止められなくなって。
ズルズルとズルズルと、再度止める気も消え失せて。






今日も、只、彼の香りがしないかと。

悟浄の気持ちも考えずに、その事だけに囚われながら彼を待っていたら……

















来たのは





穏やかな性格をした





優しい声色の





緑のイメージの





やんわりと笑う、それこそこんな所に似合わない
























「………はっ……かい…」
























八つの戒めと云う名を持つ彼がソコに立っていた。













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