突然、私の前から消えてしまった貴方
その時の私には、何がどうなっているのか何も分からず
気が付いたら
私は何もする気力も残されていない
人形に成り下がっていました
今、思えば
この時に貴方の後を追っていれば良かった、と
心底後悔しております
あぁ、金蝉様……
は貴方にお会いしとうございます…
TIMELESS(時間を超越した〜、永遠の)
時間を越えて。
時空を越えて。
悲しみを乗り越えて。
全てを捨て去って。
貴方に会いに参りました、金蝉様。
は、貴方にお会いしたくて、お会いしたくて。
天の規律を破って。
此処、地上へと舞い降りて参りました。
500年の独りの時は余りにも長過ぎて。
私の心は凍り付いてしまいそうでした。
早く、早く貴方のその胸に抱いて下さいませ。
その腕で抱き締めて下さいませ。
は、淋しくて淋しくて
このままでは壊れてしまいそうです……
三蔵一行に観世音菩薩の命で同行した。
それは抜け殻のようになってしまったを見かねた彼なりの対処だったのかもしれない。
あの事件から暫しの間、呆けていたのは記憶にまだ新しいが。
それからが問題で。
あれほど飽きもせず舞っていたが。
あれほど好きだった歌う事を。
全てを放棄して。
それこそ本当の人形のように、只黙って座って飾られて。
その余りの不憫さに、観世音菩薩がかけた言葉。
それにこの500年、口を開こうとしなかったが久し振りに生き物らしい反応を返した。
ゆっくりと顔をこちらに向け。
焦点の合わなかった視線は彼を見て。
開かなかった口は僅かに擦れながらも。
「………それは……、本当…?」
と返してくれた。
その反応を当然のように受け止めて。
観世音菩薩は続け様にこう言った。
「いいから、見て来い。金蝉の魂は下界に転生している」
瞬間、彼女は泣きそうな顔をして。
瞬く間に立ち上がり。
広がる裾を気にも留めず走り出し。
下界を映し出す蓮の花の咲く池へと向かった。
下界へと下りる為に。
髪の色を変え。
力を封じ。
額の印を消し。
少しだが、別人のように顔を変え。
服を変え。
全ての容姿をから離れさせ。
私は貴方の前へとようやく現れる事を許された。
心が壊れた私に長の養生と云う名目で。
父たる天帝の目から離れて。
この事を教えてくれた観世音菩薩の元へと。
心優しい観世音を巻き込み。
心配症の二朗神の神経を更に圧迫させ。
私は本当にこんな事を望んでいたのだろうか……?
今になっては分からない。
でも。
それでも私は
貴方に会いたい一心で……
でも貴方の心は
既に別の女性に注がれていたのですね……
私を見たその優しい眼差しで。
別の女性を見て。
私を抱いてくれたその腕で。
別の女性を抱き締めて。
私を安心させてくれた胸で。
別の女性に温もりを与えて。
私と分かち合った心を。
別の女性へと分かち合う。
私は一体、何の為に此処へ来たのでしょう
もう
あの人は何処にも居ないと云うのに……
愛した貴方は何処にも居ないのに……っ!!
だから私は帰ります。
だって私にはもう此処に居る理由が無いのだから。
西へと移動し続ける一行。
その平坦な砂漠のど真ん中。
不信がる八戒をどうにか宥め。
私はジープから下り、少し距離を置く。
皆が私へと視線を向ける中。
天界へと続く道を開かせ。
自分に課せられた封印を解いていく。
次々に変わっていく私を見て。
仲間達は目を見開く。
変わっていく髪の色、顔の作り。
流れる銀の髪は高く結われて、簪を幾つも挿されて。
みすぼらしい服は、高貴な絹へと変わり。
風を受けてふわりとなびく。
額には神の証である紅い印が浮かんで。
ワケが分からないと云った顔の一時の仲間達を尻目に。
貴方は変わらずあの人を横に立たせて。
私を選んでくれなかった貴方。
玄奘三蔵法師として生きてしまった貴方。
既に他の女性を選んでしまった貴方。
私は天界へと帰ります。
もう二度と会う事は無いでしょう。
それを告げれば。
とてもとても驚いたような、辛そうな顔をして。
何故そんな顔をなさるの?
戯れに私を抱いた事への後悔ですか?
そんな必要ありません。
そんな顔をされたら、本当に私が惨めになってしまいますでしょう?
もう……、感傷に浸るのはよしましょう。
私は帰ります。
天界への入り口へと歩を進め。
私は眩い光に包まれる。
八戒や悟浄、悟空が引き止める為の言葉を吐くが。
それすら耳に入ってこない。
周りへと意識を集中させていた為だったのだろう。
ソレに気付いたのは私だけで。
何時ものように三蔵達を襲う妖怪達。
その一人が長い銃で三蔵を狙っている。
金蝉っ……
空を裂く悲鳴のような銃声が。
何も遮る物の無い空間に響き渡る。
驚いたような顔をした皆。
中でも三蔵は一際、目を見開いて。
「…っ!!!」
肩口、それも恐らく動脈を掠ったのだろう。
一気に紅い血が噴出して。
流れ流れて衣を朱に染めて。
走りよって来る愛しい貴方。
「っ…っ!!」
崩れそうになる私を。
抱き留めようと腕を伸ばし。
触れそうになったその瞬間……
「触るでないっ!! ……」
私は三蔵の手を手荒に振り払う。
彼は驚愕の表情を浮かべ。
固まってしまう。
「……下界の人間が…、三蔵法師如きが…天帝が娘である私に軽々しく触れようと云うのか!?…汚らわしい!!」
慌てて走ってきていた皆も驚愕の表情を浮かべる。
「それに私は『』等と云う名前ではない。…私には天界での名がある」
流れ続ける血が。
「……まさか…お前が、『』なのか…?」
「貴様等、人間などにその名を呼ばれる覚えは無い。お下がりなさい、玄奘三蔵!!」
位で云えば私に意見を言える者等、殆ど皆無で。
当然、『三蔵法師』も私の命令に逆らえる筈が無い。
屈辱の表情を浮かべながらも三蔵は膝を折る。
「……」
「……」
口々に私の名を呼ぶ皆。
その名は金蝉が付けてくれた私の名。
「……私はっ……天界へと戻る…っ!」
金蝉が居たあの場所へ…
もう思い出しか残っていないあの場所へ…
苦痛しか残っていない、永遠の時を再び独りで過ごす為に。
それに玄奘三蔵。
貴方は誰よりも人に庇われる事を嫌うでしょう?
これはきっと致命傷。
だったら尚更此処では死ねない。
金蝉の魂が悲しむのなんて私には耐えられない。
残された僅かな時間を再び金蝉の為だけに
愛しい貴方の為だけに過ごしましょう……
あぁ……
金蝉様
は
貴方にお会いしとうございました
愛しい貴方……
再び生まれ変わったなら
今度こそ私と共に
生きて、下さいませ……
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