博士の助手が来てから三日目の朝。
彼女は突然朝食の席で問題発言をする。
「アナタ達の身体をチェックさせて欲しいの」
やっと戦闘が終わり。
落ち着きかけていた面々の感情を逆撫でするような。
BG団で常に感じていた科学者の言葉だった。
涙
「何なんだよ、その言い方。気に入らねぇな」
それに逸早く反応したのは002で。
よっぽど、その言い方が気に入らなかったのか。
云った彼女の変わらない無表情を。
まるで仮面のようなモノを被ったかのような本人に喰って掛かった。
「002、よしなよ」
一応止めるような言葉を云った009だったが。
それでも彼女のその言い方に良い気分はしていなかったのか。
僅かに眉間に皺を寄せていた。
それはそうだろう。
ココに居る、誰もが好きで改造なんてされたワケではないのだから。
「特に002、Mr.リンクの身体は早急にメンテナンスする必要があるわ」
「てめぇ!!」
「オイ、002!」
憤り、イスを後ろへ倒しながら彼女の方へ歩いて行こうとする002を004達が止めて。
「アナタ、前回のメンテナンス受けてないでしょう。そろそろ足の噴射口部分を見る必要があるの。
ココは潮風がキツイし、随分と細かい砂が入り込んでる可能性が有るわ。
自分でも自覚症状のようなモノがあるでしょう?」
完璧に迄動かない彼女の表情。
次いで紡がれた彼女の言葉に今度は他のメンバーが呆れたような眼差しを送って。
「なっ…何だよ!!」
「お前なぁ……あれ程メンテナンスは定期的に受けろって言っただろう」
「うるせぇな!ちょっと忘れただけだろう!?」
「どうだかな。大方、空を飛んでて忘れてたんじゃないのか?」
「うっ……」
言い包められている002を尻目に。
は変わらない表情で彼等を見て。
「と云うワケですので、Mr.リンク。この後10時からメンテナンスルームに来て下さい。
その後はMr.ハインリヒですので、どうぞお忘れなきよう。
Mr.リンクが終了次第連絡しますので。本日は何か用事はありますか?」
「いや、特に無い」
「そうですか。では私はメンテナンスルームで準備してきますので。
朝食、ご馳走様でした。失礼します」
静かに席を立って部屋を出て行った彼女。
その後姿を見る、彼等の目は複雑だった。
静かなメンテナンスルームの休憩室で。
一人、煙草を吸いながら002、ジェット・リンクは考えていた。
普段の彼からは想像もつかないような物思いに耽る姿で、だ。
ソコに内線で呼ばれたアルベルトが入ってきた。
「よお」
「あぁ」
短い、彼等らしい挨拶を終えると。
どうせ彼女に対する文句の嵐が吹き荒れるだろうと想像していたのとはまるで逆で。
何時もなら信じられない位に五月蠅いジェットが口を開こうとしな事にアルベルトは気付き。
チェックの為に着替えている手を止めた。
「どうした002。ヤケに大人しいじゃないか」
「あ?…あぁ……」
「彼女と喧嘩でもしたのか?」
「否……喧嘩はしてねぇけどさ…」
どうにも歯切れの悪い彼を不信に思って。
手早く白いローブを着たアルベルトは彼の座るソファの真向かいに座った。
「お前らしくないぞ、002。何をそんなに考え込んでるんだ」
「あぁ……って五月蠅ぇよ。お前こそヒトの事ナンだと思ってやがる」
「はは、その方がお前らしいって言ってんだ」
「ふん、悪かったな」
少々、ヘソを曲げかかった002だったが。
それでも気になっていたのか、話始めた。
「あの女……変なんだよ…」
「変だ?」
「うん、……何て言ったらいいのか分かんないんだけどさ。こう……ええっと」
「慌てないで良いから落ち着いて話せ。お前の言葉で良いんだから」
「あぁ、…サンキュ」
ちょっとだけ嬉しそうな顔をして。
002は言葉を続けた。
「合ってるか合ってない自信はねぇんだけどさ。多分、この表現が一番近いと思うんだ」
「あぁ」
「アイツ…俺の足を見てて、………泣きそうな、顔…したんだ」
「はぁ?」
「はあって言われてもそんな感じがしたんだよ!俺だって自分が見たんじゃなきゃ信じられねぇっつーの」
怒ったような顔をして。
吐き捨てるかのように、そう言った002にウソをついている様子は見られなくて。
第一、あんなに静かな002なんて不気味なだけだし。
その必要も無いだろう。
それに朝のあのシーンは本気でムカついていたようだし。
それだけ彼にとってあのサイエンティストが気に入らなかったのだろう。
それが今、その彼女の事で此処まで動揺しているのだ。
自分だって己の身体を見られて泣きそうな顔をされればどうして良いかなんて分からないだろう。
だからこんなになっていたのか、と妙に004は納得してしまっていた。
「彼女にも思う所が有るんだろう。俺達の身体の事で、な」
「……あぁ…」
解決に繋がる言葉を吐けない自分に。
分かっている事を再確認するような言葉しか吐けない自分を恨めしく思いながらも。
それでも今の004にはその言葉しか思いつかなくて。
再び思考の世界に嵌まり込む002を止める事を出来なかった。
そこへ004を呼びに来たのか問題の彼女が現れて。
僅かな音を立てて横に開かれる扉。
白衣を着て。
邪魔なのか、長めの髪を後ろで一つに縛って。
眼鏡をかけた彼女。
真っ直ぐに伸ばされた背筋。
手に持たれている書類とボード。
立っているだけなのに。
今朝、一緒に食事した時とは余りに違い過ぎるその様に。
余りに科学者として毅然としている彼女に。
ソレを着こなしている彼女に。
似合い過ぎているその白衣が目に痛くて。
アイツ等に似過ぎているそのイメージに。
感じなくなっていた。
己を改造した科学者への憎悪が。
甦るような。
気が、した。
自然と眼差しがキツクなっていたのか。
彼女は冷たいガラスの向こうの目を僅かに背け。
「……Mr.ハインリヒ。用意が出来ましたらメディカルルームへどうぞ」
そう云って去って行った。
「おいおい、004。何もそんな顔しなくてもイイんじゃないか?」
少々、呆れたような顔をした002に云われて。
初めて自分がしていた表情に気付く。
眉間に皺を寄せ。
色素の薄い目で。
まるで睨みつけるかのようにしていた事に。
「その顔で睨まれたら俺だって怖ぇよ」
「……あぁ、…すまない」
有るまじき動揺。
その所為で気が付かなかったが。
何時の間にやら002が彼女を庇うかのような言動をしていた事が。
後から思い出すと。
とても不思議な感じがした。
メディカルルームに行って。
彼女の指示通りに動いて。
身体を見る為なのだから。
至極、当然のようにローブを脱いで。
寝台に上がる自分を見ていた彼女。
その様子を。
002に云われていたのもあったのか。
気になって見ていたら。
己の手を。
己の腕を。
この剥き出しの機械部分を見た彼女は。
無表情な儘。
ポロリと。
涙を。
零した……