「初めまして、と云います。よろしくお願いします」
そう云った彼女は。
とても落ち着いた印象を与える20代半ばの普通の女性だった。
初見
各々、好きな事をしていても。
比較的、皆の集まり易い3時のお茶の時間に。
ギルモア博士が突然言い出した事。
それは自分達の身体のメンテナンスに関する事だった。
彼一人では無理ではないか、と感じていた事だっただけに。
ソレはリアリティを持って自分達に浸透したが。
それでも彼が助手として使う人間の名前を聞いたら。
一瞬にしてその場は静かになってしまった。
だって彼が云った名前はどう考えても女のモノで。
男女差別等するつもりの無い連中だったが。
それでも一抹の不安があったのか。
彼等の間に動揺に似たモノが走っていって。
そんな00ナンバーサイボーグ達に、ギルモア博士は苦笑いをして。
『とても優秀なヒトだから』とだけ云って。
彼女の書いた論文と実績を詳細に書かれた書類を見せてくれた。
自分達に関する事だけに。
皆の反応は早くて。
各々がその紙を目を皿のようにして見ていたが。
そういうのが苦手な者も居るワケで。
その筆頭を行く002は早々に紙から視線を外してホールドアップをした。
「ダメだ、俺にはさっぱりわかんねー」
「そうだな、我輩もこんなにも専門的な事は範囲外だ」
「私もだわ」
「僕も…」
それに数人続いて溜息を付いて。
だが数人残った彼等の仲間は食い入るようにその紙を見詰めていた。
「……博士、これに書かれている事は本当なんですか?」
「あぁ、本当じゃよ」
「ならナンで彼女は表舞台に出てきてないんですか?」
喰い付いてきた008、004は率直な疑問を口にする。
それに対してギルモア博士はとても複雑な笑みを浮かべて。
「そうじゃなぁ……。何て云ったら良いモノやら。日本人の悪い習慣みたいなモノでのぅ…」
彼女の実力を認めたがらないんじゃよ。
淋しそうに彼はそう云った。
女である事で。
頭の固い彼等は決してそれを受け入れようとしなくて。
優秀な助手として教授の元で一生飼い殺しか。
上の人間に取り入って何とか日の目を見るか。
その際に払われる犠牲、代償は計り知れないモノがあって。
ソレを嫌った彼女は別段、自分の名声に拘る事無く。
大人しく教授の元に居て。
幾ら教授が彼女の功績を掠め取ろうが気にする素振りも見せなかった。
だが、ギルモア博士と知り合って。
それが嫌になったと云う。
その話を聞いた008が複雑な笑みを浮かべた。
「自分の置かれた状況に博士の説得が効いて、ソレを嫌がった彼女を教授は葬ろうとした。
それを見かねた博士が責任を感じて自分の元に引き取った。と、考えてイイですかね」
「あぁ、大体当たりじゃな」
ギルモア博士は熱いお茶を啜りながら続けた。
「正確には彼女を自分の私物と勘違いしていた教授がトチ狂って監禁紛いの事を仕出かしてな。
どうしても彼女の頭脳を、功績を失いたくなかったらしくてのぅ…」
「なっ…!? 監禁!!?」
「あぁ…、自分の懇意にしている会社の一部の施設に軟禁しとったんじゃよ」
「何なんだよ、それは!!」
怒る002に彼等は同じ気持ちなのか。
仲間達は彼を止める事をせず。
「ワシが彼女の居所を突き止めるのに、結構な時間が掛かってしまっての。最近なんじゃよ。
彼女を助け出せたのは」
意に染まぬ研究を押し付けられ。
外部からの接触を許さず。
自分の私利私欲の為に彼女の能力を私物化し。
その名声は全て己のモノとし。
そんな事を。
そんな事が許せるような人間がこの場に居る筈も無く。
感情を顔に出す者はそんな事が許されてたまるか、と云う顔をして。
出さない者も不快感を感じたのか。
僅かに眉間に皺が寄っていて。
「それでじゃ。彼女をココに招こうと思うんじゃが、どうかね?」
そんな事を聞かされて拒める人間はココに居る筈が無くて。
彼等は二つ返事で答えを出した。
そしてその話から二日後。
話の人物がコズミ邸を尋ねて来た。
屋敷の呼び鈴が鳴り。
003が対応に出ると。
そこには一人の細っそりとした女性が立っていた。
とても落ち着いた雰囲気を持つ。
静かなイメージの女性だった。