突然ファーストネームを呼ばれ。
驚いている彼女に。

フランソワーズが朝昼兼用の食事を持ってきてやって。
取り敢えず席に座らせて。

未だ驚いている面々を尻目に。
更に追い討ちを掛けるような発言をする。





「あ、今度から私の事はフランソワーズって呼んでね」


































「……はい?」

益々、目を丸くするに。






「あ、俺の事もジェットって呼べよな」

「分かってると思うが俺もファーストネームで呼んでくれ」






ジェットとアルベルトは当たり前の事を言うように、サラリと言って。






「ファーストネームって……そんな突然…」

「いいから!もうMr.リンクなんて呼ぶんじゃねーぞ?」






有無を言わせぬような彼の発言に。
昨日までの彼との余りの違いにジョー達は本当にどうしたんだろう、と。

彼等を興味深気に見詰めていた。






「さ、。折角作ったご飯が冷めちゃうわよ?」

「あ、…はい。Miss.アルヌ…」

「フランソワーズ」






ニッコリと。
意味深な笑顔を向けて。

その呼び方はダメなのよ?、と。
フランソワーズは自分の名前を言い直して。
名前だけ言ったその言葉の圧力と。
意味の深気な笑顔。

その迫力に負けたのか。
は困ったように言い直す。






「はい、……フラン、ソワーズ…」

「はい、どうぞ。召し上がれ」






ニコニコ笑うフランソワーズ。
悪戯の成功を満面の笑みで嬉しがるジェットに。
読みかけの本へと再び視線を戻しながらも、どこか嬉しそうなアルベルト。

それを不思議そうに眺め続ける他の面々。

その彼等の視線を一身に受けて。
は居心地悪そうに手早く食事に手を付けた。
















「ご馳走様でした。Miss………いえ、フランソワーズ…」

「はい、お粗末様でした」





Miss迄言った瞬間に。
怖い視線を感じたのか。

は早々に言い直し。
もう部屋へ帰ろうと席を立つ。





するとソレを待っていたかのようにジェットも席を立って。





「よ〜し、もう飯は食い終わったな。

「え?あ、……はい、終わりましたが」

「じゃ、食後の散歩に行くぞ!」

「え?ええっ!?」





驚いている彼女の手を強引に掴んで。
ベランダまでを連れて行って。





「あ、あのMr.リンク!散歩って」

「Mr.リンクなんて呼ぶんじゃねーっつったろ!ジェットって呼べ、行くぞ!」





の身体を俗に云う『お姫様抱っこ』で抱き上げて。





「えっ?えええっ!!?」

「ほら、つかまってないと落っこちるぜ?」





まだ状況を判断できていない彼女を抱いた儘。
足のジェットエンジンを点火させ。
浮き上がる感覚にがビックリして小さな悲鳴を上げて彼の首にしがみ付く。

ソレを確認するとジェットはヒトの悪そうな笑みを浮かべて。





「おい、ジェット!」

「んじゃ、ちょっくら行ってくるわ」





慌てて引き止めようとするアルベルトの静止の声も聞かずに。
その儘ベランダから勢い良く飛び立って行った。













「きゃっ……きゃぁぁああああぁぁぁぁ………」














少しずつ小さくなっていくの悲鳴に。
部屋の残された面々は。

大きな溜息を付く者。
怒りも露わに舌打ちをする者。
苦笑いをしながらも温かく見守る者。
呆気に取られた儘、見送る者。






兎に角、様々だったが。






我に返ったジョーが。
何故、急に彼女の事をファーストネームで呼ぶなんて事をしたのか、と。
食事の後片付けをしているフランソワーズに尋ねた。

未だベランダで空を睨みつけているアルベルトに聞くのは少々、勇気がいったので。
彼女に尋ねたのは無難な選択だったと言えよう。



























「オイ、!耳元で叫ぶな、うるせーだろ!」

「だっ……だってMr.リンク」

「ジェットだ!」

「ジェ……ジェットが突然、飛んだりする…から……」

「あぁ!? お前が飯食い終わるンずっと待ってたんだから、そんな位我慢しろよ!」

「そ……そんなっ…」

「イイから、ちょっと黙ってろよ!直ぐ着くから!」






強引な会話を続け。
ジェットは加速しながら、空を飛び続ける。






そして本当に彼の言った通り、ソコへは直ぐに着いた。
と、云ってもソコは空のど真ん中だったが。






「ほら、もうイイぜ?」






ホバーリングの要領で。
空中に浮かびながら。

怖がって目を瞑っていたに。
自分でも驚く位に優しく声を掛けたジェット。






それに対して。
は恐る恐る目を開けて。

促されて開けた彼女の目の前には。
思いもよらないジェットの優しい笑顔があって。






初めて目にする、彼の笑った顔に。
は目を奪われたかのように、釘付けになった。






「オイオイ、見るのは俺の顔じゃねぇよ。空だよ空」






少々、照れたように顔を赤らめソッポを向いたジェットに。
自分が如何に彼の顔を見詰めていたのかを気付かされて。

慌てて目線を彼の言った方に向ければ。




























貫けるような青い空。





























「………ぅわ…ぁ……」





綺麗な綺麗な青い空。





ずっと研究所に籠もり続けたには。
ずっと研究所に閉じ込められていたには。

その空の青色は。
初めて目にした、と言ってもイイ位の代物で。





何処まで行っても青くて青くて。
見える範囲、全て青くて。

遮る物の無いこの環境で見る空は。
本当に手が届いてしまいそうな錯覚に陥れそうで。





人間であったなら。
飛行機や気球等を使わなければ見れないこの光景を。
必ず、硝子越しにしか見れないこの光景を。

彼に連れて来てもらえた事で。
それを肉眼で見る事が出来て。





泣きそうな位の感動を覚えた。











しかしそれは彼がサイボーグで無ければ現実にならなかった事で。

少しだけの心を締め付けた。











「……ありがとう…ミスタ、…ううん。ジェット」











少しだけ陰りを残すその笑顔に。
ジェットの心は鷲掴みにされて。











「……お前…、そんな顔で笑うんじゃねぇよ!」

「え?」

「何でそんなっ……辛そうに笑うんだよ!」

「!!」






ジェットのセリフに。
自分の思いを、考えていた事を覚られていたのを知り。

は気恥ずかしさと軽いショックを覚え。
どうしてイイのやら分からずに。

本能的に逃げようとした身体が。
彼の腕から逃げ出そうとして、もがいて。






落っこちた。












「きゃあぁぁぁぁっ!!!」

「ばっ…!!」













慌ててジェットエンジンを噴かして追いかけてくれたジェットに海面スレスレで捕まえられて。

腕から引っ張られて。
腰を抱かれて。

溺れる者が藁をも掴むように。
はジェットにしがみ付いて。












「このバカ!! イキナリ暴れたら落ちるに決まってんだろう!?」






至近距離で怒鳴られたは。
ビクッ、と身体を竦ませて。
その小さくした身体を小刻みに震わせて。






恐々、開けた。
怒る彼へ。
怒られた子供のようなの目から。













ポロリと涙が零れて。














恐怖の為だったのか。
それともジェットが怒鳴った所為なのか。

判断し辛い処ではあったが。
















それでも彼女のその表情は。

あの時。

自分の足のメンテナンスをした時の。

泣きそうな顔が。

泣きそうなが。

泣いたような気がして……















「……っ!! …泣くんじゃねぇよっ……」






気付いてしまったその事に加え。
最初、彼女を抱き上げた時から気付いていたのだが。

思いもよらない程に軽い身体。

ちゃんと食事を取っている事は知っているのだけれど。
それ以前の問題のようで。






人間の。
それも比較的軽めの女性の身体を。
腕の中に感じるのは本当に久し振りなワケで。

その柔らかさと。
至近距離で見てしまった彼女の涙。
恐怖の為に歪められた眉。
縋るように回された腕。
その腕の細さと感触。

全てがジェットの心を揺さぶり続けて。












気が付いたら。

貪るように。

の唇に。

自分の唇を重ねていた自分が居た。











嫌がらない彼女をイイ事に。
何度も何度も唇を重ねて。

舌を差し込み。
口内を蹂躙して。






回された腕から次第に力が抜けていき。
引っ掴むようにジェットの背中を掴んでいた手からも力が抜けて。

添えられるだけになった頃。






ようやく唇は離されて。

それでも名残惜し気に何度か触れ合わせるだけのキスを繰り返し。
頬に、涙の残る目元に、額に唇を触れさせ。

最後にその細い身体を抱き締めた。







「……もう…泣くなよな」
















その優しい言葉に。
その優しい抱擁に。

久し振りに感じた自分以外の体温に。
は押し付けられる温かいジェットの胸に。





自ら頬を寄せた。













その目から。
再び涙が零れたのに。

彼は気付かなかった。







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