『もし、…もしもですよ』
『お別れした彼が』
『……別れた後に貴方への思いを自覚してたらどうします?』
ジャックがアタシへと放った言葉は
思いも寄らずにアタシの心を過去へと引き戻させた……
ある筈のない、『もしも』の仮想がこれ程までに自分の中で大きくなるなんて
忘れよう、と
もう昔の事にしよう、と
思い切ろうと思っていたのに
まだ、こんなにも縛られていただなんて
思いもしなかった……
破片 12
ふらりと寄ったある街で。
大きなデガロンハットを被った、上半身裸の男は自分宛てにカモメが飛んでいるのに気が付いた。
人間に馴れているそのカモメは、首から小さめの袋を下げていて。
その中には一通の手紙が入っていた。
「…?……俺にか?」
頭に小さくて可愛い郵便のマークを入れたカモメは。
可愛らしい鳴き声を上げて、彼の返事とした。
そして男はその手紙を受け取って。
カモメの頭を何度か撫でてやって『ありがとよ』と空へと返してやる。
手元に残された手紙を改めて見てみると。
差出人の名前は無し。
………不幸の手紙か?悪戯か?それともオヤジからの催促か?
幾つか思い当たる事を考えながら。
それでも少々、慎重にその手紙を開けると。
一枚の写真と一枚の便箋。
ソレを開けると中からは懐かしい、ミミズののたくったような文字が現れた。
読み辛い文字は数年振りに再会した弟の文字で。
内容を読むと、男は一つ大きな溜息を漏らした。
「……俺ァ、何でも屋じゃねぇんだぜ?」
そう、呆れるような口振りとは裏腹に。
彼の口元には僅かながらも笑みが浮かんでいた。
頼みがあるんだ
写真に写ってるって女を探してほしい
マイティ島ってトコで降ろしたから、そこから先を辿ってくれ
なるべく早く頼む
ルフィ
数年振りに会った、可愛い弟からの手紙には。
女を探してくれとダケ書かれていて。
あのルフィもとうとう女に惚れる時期が来たのかねぇ、と。
男、エースは弟の成長に益々笑みを深くした。
「仕方ねぇ、たった一人の弟の頼みだ。きいてやらなきゃなんねえだろ」
余り自分に頼み事をしてこなかった弟の、久し振りのオネガイに。
兄である事を思い出させられたかのようにして。
足取りも軽く、エースはマイティ島へと行くべく歩を進めた。
「それにしても我が弟ながら面食いだねぇ…」
手紙の中に入っていた写真には。
輝くように笑っている、黒髪の細い女が写っていた。
幾日かが過ぎ、エースがマイティ島へと『』と呼ばれる女を探してみれば。
余り『海賊』としての自分には良い噂ではないソレが耳に入ってきた。
『あぁ、その人でしたらソコの道端で泣いてましたねぇ…』
『そうそう。それで何か海軍の方と喋ってましたが』
『その後、海軍の大佐に連れて行かれたみたいですよ?』
この話から行くと、どうやらこの女は海軍に捕まっているようで。
しかも、彼女を捕らえたのがあの『白猟のスモーカー』らしいと云う。
大きな十手を背に背負って。
葉巻を二本同時に吸っているようなヤツはそうそう居るワケも無く。
どうやらソレが真実のようで、エースは一つ大きな溜息を付いた。
そして手の中にある写真を改めて見れば。
弟の傍らで至極、幸せそうに笑っている女。
屈託の無い、心からの笑みを浮かべる彼女がどうしてこんな所で泣いていたのか。
何故彼女は弟の船から降りたのか。
今頃になって、何で彼女を探し始めたのか。
全ての疑問に答えを用意してくれる者は、この場には居なくて。
それでも『探してくれ』と頼まれたからには、ソレを承諾からには。
俺は彼女の居場所を探さなくてはならない。
ともすれば、面倒事には係わり合いになりたくない、と思えてきてしまう今回の頼み事なれど。
どうにかこうにかエースはヤル気を奮い起こさせて。
今、白猟の乗る船がこの海の何処ら辺に居るかを探るべく、この島の海軍基地に忍び込もうと其方へと向かった。
「囚われのお姫様……か」
そう、呟きながら。
海軍基地に忍び込んで、粗方の情報を得たエースは。
直ぐにも海岸線へと走って行って、己の小船へと身を躍らせた。
そして能力を発動させて船を動かし、白猟の船へと進路を進めた。
その脳裏には先程仕入れたばかりの情報を不信に思いながら、だったけど…
小回りの利く己の船のお陰で、ホンの数日で白猟のスモーカーの海軍船に追い付くと。
暗がりの中、早々に見張りの隙を突いて先にカギ爪の付いたロープを引っ掛けて易々と侵入を果たす。
物陰に隠れながらも、大体の船の見取り図を頭の中で想像するに。
捕虜を捕まえておく牢は室内の更に下であろうと簡単の予想出来るも。
海軍基地で仕入れた情報では。
『麦藁の一味を追いかけている』
としか載っておらず、その一味である彼女を捕まえた事等、何も記載されていなかった。
明らかにオカシイと思い。
マトモに牢を探したって『』と云う女は見付からないだろう、と悟り。
何処から探したら良いのか、と。
ココ迄来ておきながらも逡巡していると。
「…?……誰か居るの?」
船尾の甲板の方から女の声がした。
慌てて、更に暗がりへと身を潜め。
壁の影へと隠れるようにして相手の気配を探る。
「……気の所為だったのかな」
海軍船に乗る海兵にしては、余りにも気が抜けているその声に。
もしやと思って、少しだけ顔を出してその姿を確認すれば。
少々、不思議そうな顔をした、写真に写っていた女が、ソコに居た。
見つけた…
思っていた通り、普通の捕虜としての扱いを受けていない彼女の周りをソレとなく見回してみれば。
「ん?…どうかしたのか、」
反対側の壁から現れた『白猟』と呼ばれる海軍大佐が現れた。
「ううん、何でもない」
彼女は、は屈託無く『白猟のスモーカー』に返事をして。
普通なら、常識を持ち合わせた海賊ならば有り得ないその光景をエースの目の前で広げてくれた。
あどけない女の顔をした彼女は、甲板へと座り込んだスモーカーの隣に座り込んで。
そして当たり前のような顔をしてスモーカーは彼女の肩を引き寄せて。
日常のひとコマのような感じではソレを受け止めて、スモーカーの胸へと頬を摺り寄せて。
海軍の大佐が海賊の女を傍に置いて
海賊の彼女が海軍の大佐を受け入れて
どうなって……やがんだ…?
あの女はルフィの女じゃないのか?
ルフィは彼女に惚れてんじゃねえのか?
余りにも日常から掛け離れたその光景に。
エースの脳内では答えが見えない疑問の羅列が並んでゆく。
それでも一つだけ確実に感じたのは。
彼女の、の表情は写真で見た時のソレとは著しく違っていると云う事で。
何が彼女をソウさせたのかは分からないが。
それでも実際、彼女の表情は陰りを帯びていて。
あの写真からは伝わって来なかった、女独特の鬱の表情を浮かべ。
何処か苦しそうにしながらも、白猟へと甘えていて。
あの写真を撮ってから、彼女の身に何が起こったかなんて自分には知り得ない事だけれども。
ソレが確実に良い事では無かったのは誰が見たって一目瞭然だろう。
彼女が浮かべる笑みには、この写真で見える輝きの破片すら残っていないのだから。
自分には関係がない。
そう、自分にはこの女は何の係わり合いも無い。
この女はルフィの船のクルーなんだから。
俺は白髭の一味で、この女とは面識すらなくて。
一方的に弟に頼まれて探していただけなんだから。
彼女は俺の事なんて知りもしないだろうし。
今、目の前で海軍の大佐と睦まじげに寄り添っているんだから。
俺の出番なんざありゃしねぇんだから……
幾ら俺がこの写真のような笑みを取り戻してやりてえと思っても。
お呼びじゃねえんだから……
けれど、一旦感じてしまったその感情は瞬く間にエースの心を支配していって。
彼は苦々しい笑みを一つ浮かべると。
寄り添う二つの影に気付かれないように、そっと身を翻してその場を去って行こうとした。
しかしソコは流石に二つ名を貰っている大佐を誤魔化せなかったのか。
動く気配に気付かれてしまい。
「…誰だ」
低い、低い声を出されて。
自分の存在を覚られたのを知って。
別に知られたからってどうと云う事は無いのだが。
「俺だよ。『白猟』のスモーカーさん」
フザケタ調子で奴の前へと姿を現せば。
何でこんな所に『火拳のエース』が居るのだと。
ココは海軍船であって、海賊であるこの男が居て良い場所では無い筈なのに、と目を見開いて驚いている。
そして、『』と云う名の女は。
俺を見た途端に白猟とはまた違った意味合いで目を見開いて驚いていた。
その驚き方は間違いなく自分の事を知っていると云うリアクションで。
そんな風に驚かれた俺も、少々驚いてしまって。
全く知らないと思っていたから。
俺の存在なんて知らない世界の住人のようだったから。
ルフィの仲間なんだと云われていたのに。
海賊なんだと知っていたにも係わらず、全くそんな空気を纏わない女だったから余計に驚いてしまって。
そんな風に視線を交わらせる俺達を好ましく思わなかったのか。
当然のように怒りを秘めた様子で海軍大佐は俺へと攻撃を仕掛けてくる。
けれどこの男と俺の能力では勝負にならないのは先刻、証明済みで。
俺はソレを難なく避けると『』へと声を掛けてみた。
「そこのお嬢さん、あんたもしかしてコイツの恋人かい?」
「え?」
「趣味が悪いぜ。何なら俺に乗り換えないか?」
「こっ……のっ!」
怒りに任せたスモーカーの攻撃は、エースの火によって妨害されながらも。
彼を追い詰めるには充分で。
「何しに来やがった!ポートガス!!」
「何って、ちょっとした野暮用さ」
「捕まりに来たんなら大人しく捕まりやがれっ!」
「そりゃ御免だね」
そう、笑いながらエースは船の柵から身を躍らせて。
下にあった自分の小船へと着地する。
そして素早くカギ爪の付いたロープを外すと上へ向かって叫んでみた。
「お嬢ちゃん、次に会う時までに考えておけよっ!」
そう云って、笑いながら騒ぎ始めた海軍船を後にした。
残された彼等は暫しの間、呆然としていたが。
エースの走らせる小船の音に我に返ったのか。
スモーカーは騒ぎを聞きつけた部下達を怒鳴り、指揮する為に船首の方へと走って行って。
砲撃を準備させてエースへと発砲している。
そして残されたは、エースの去って行った方向を只、見詰め続けていた。
何故、今頃になってあの船の船長の兄である彼がココへと現れたのか、と。
彼がココに現れたのには何か自分に係わり合いがあるのか、と考えながら…