『ウザイんだよ、お前』
冷たい眼差しと冷たい声でゾロがそう云って
『アンタには悪いけどゾロはアタシの方が良いんだって』
含み笑いを零しながらナミちゃんがそう云って
『お荷物が居なくなって清々するぜ』
『アンタってホント何の取り得も無いもんね』
二人で仲良さげに腕を組んで抱き合って
『いらねぇんだよ、お前なんざ』
『残念ね、ゾロはアタシが貰うわね』
見詰め合って、アタシの存在なんて忘れたようにして
キスして抱き締め合って
ヤメテ、オネガイ、ヤメテ、ヤメテッ、……やめてぇぇぇぇえっ!!
破片 4
「いやぁぁぁぁあ!!」
酷い動悸に、耳元で心臓が鳴っているかのような錯覚に陥って。
荒い呼吸を何度も繰り返し。
慌てて半身を起こして目を何度も瞬きさせて。
改めて室内を見渡せば。
此処が自分が乗っていたGM号の船室で無い事を知って。
記憶を探ってみれば。
あぁ…、アタシは……
海軍に拾われて、見覚えのある偉い人に尋問されて、そして…
酷い夢見だと思った。
何もあんな夢を見なくとも、嫌と云う程現実では自分の愚かさを知ったと云うのに。
無自覚に流れていく涙。
呆然としている、明確な意識を保てない意志。
原因は眠る前に云われた彼の一言だと云うのは分かっていた。
責めるつもりはないが。
それでもあの一言は利いたなぁ、なんて。
何処か自嘲気味に笑えば。
少し焦ったかのような足音がして。
部屋を区切る為の扉が荒々しく開いた。
「どうした!」
扉を開けた人はその酷い言葉を吐いた本人で。
良く考えてみれば、確かこの男の腕の中で眠ってしまったのだ、と。
改めて思い出せば、何て云って良いものやら。
恥かしいのと、悔しいのと、何故と云う思いで心は占められて。
とても心配したような顔をしたその男の顔をまともに見る事さえ叶わなかった。
俯いてしまったアタシへ。
何も変わった事が無いのを知ると、その男は静かに歩み寄って来てベッドの端へと座り込んだ。
「………悪い…、夢でも…見たのか?」
疑問系で問われたが。
何処か確信を持ったような言い方で。
自分が発した言葉で傷付いたアタシを知っていたのだろう。
とても苦い顔でアタシへと手を伸ばしてきた。
「……そんな風に、泣くな…」
元はと云えば、アンタが云った言葉の所為でしょう?と。
罵ってやりたかったが。
彼も酷く後悔したような表情をしていて。
出掛かった言葉が喉に突っ掛かって、出て来なくて。
出会った時ならば、正面きって罵ってやれたものを。
なまじっかこの男の目の前で醜態を晒して、挙句の果てには謝られて抱き締められた後では何も云えず。
頬を流れる涙を。
太い指でされるが儘に拭われていた。
「………此処は、アナタの部屋?此処まで運んでくれたのもアナタなの?」
目線を合わせないようにして、顔を傾けた儘そう問えば。
僅かに頷いたのだろう。
その気配が伝わってきて。
「……何でこんな事、…するの?……こんな事されてもアタシはルフィ達を売れないよ?」
「お前を盾にして麦藁達をどうこうしようとはもう考えちゃいねえよ」
その言葉に、信じられない思いを抱いて。
改めてその男へと視線を向ければ。
真摯に此方を見詰めている男と目が合って。
「なに……考えてんの?」
心底、不思議に思ってそう尋ねれば。
男はバツの悪そうな顔をして俯いて。
「…流石に今のお前を使おうとは思えないんだよ。そこまで人間、腐っちゃいねえ」
そう、云った。
何で?
何でそんな事を云うの?
アナタは海軍の偉い人で、ルフィ達を捕まえるのが仕事でしょう?
アタシを使えば彼等は間違い無くやって来ると云うのに……
「……どうして?」
疑問を抱えた頭が満杯になって。
どの質問をしたら良いものやら、分からなくて。
口から零れた言葉はとても簡単に略されたモノだった。
「お前は出来るならアイツ等に会いたくないんだろう?それとも戻ってもう一度海賊にでもなる気か?」
問われたソレに、とてもじゃないが再びあの船に乗る気等起きなくて。
自分も首を振る事で返事をすれば。
男は安心したかのように一つ、溜息を零して。
「だったらお前は此処に居ろ」
「此処?此処って海軍船に?」
幾ら何でもつい先日まで海賊船に乗っていたアタシがどうして海軍船に?
第一、どうしてアタシが此処に居なくちゃならないの?
まさか、この人まだアタシを利用しようとか…
その疑問が顔に出ていたのか。
男は少し嫌そうな顔をして。
「住んでた島にどうやって帰るつもりだ?」
「あ……」
そうだった。
アタシは一文無しの路頭に迷ったばかりの元海賊で。
何処かで職を見つけなければならなかったのは確かに必然なんだけど。
「此処で働けって云うの?」
「触れ合う袖も多少の縁だ。島に帰れるだけの金が貯まるまで働け」
元海賊のアタシに海軍船で働けって……
そんな無茶苦茶な
でも、その言葉にはアタシへの気遣いと思い遣りが詰まっていて。
幾ら命令形で云われた言葉とは云え、どうも苦笑いが零れてしまって。
「……変なひと…」
「うるせぇよ」
正直な感想を洩らせば、速攻で突っ込みが返ってきて。
思わず、あの船に乗っていた頃のバカ騒ぎを思い出してしまって。
少しだけ胸が痛んだ。
「…でも、ありがとう……」
何処か引き攣ったかのような笑みを浮かべて礼を云えば。
彼はアタシの頭をその大きな手で押さえて下を無理に向かせて、自分の胸へと引き寄せた。
「無理に笑うんじゃねえ」
何でこの男はこうも自分を泣かせるような科白を吐くのか。
しかも不器用な優しさを持って。
似合わないだろうに。
それでも精一杯な優しさでもってアタシを慰めようとしてくれているのが分かって。
不覚にもアタシの目から再度涙が出て来てしまって。
「そんな……風に、優しくっ…しないでよ……」
本来ならば、本当につい先日までは敵対していた間柄なのに。
どうしてこんなにもこの男は自分に優しくしてくれるのだろう。
ルフィ達を捕まえるのにアタシを使うようでもないし。
他にアタシの利用価値なんて何も無いのに。
触れた彼の裸の上半身から伝わってくる体温が、心音が酷く安心出来て。
馴染んだ、愛した男よりも分厚い胸板へと頬を寄せて。
思わず身を任せてしまう。
そんなアタシの頭を、髪を無骨な手でそうっと撫でてくれて。
何度も繰り返されるその行為に。
次第に心は落ち着いてきて。
この男の傍に居たならば。
傷付いて、ズタズタに引き裂かれたこの心も優しく包み込んでくれるのではないか。
バカげている、そんな考えが頭を過ぎるが。
この人はアタシが愛した男を捕まえようとしている男で。
この人が海軍である限り。
あの人が海賊である限り。
アタシはどちらにも傾けないのに。
どちらかを嫌えなければ、自分の心は再び傷付くのは必至なのに。
そこまで考えて。
それこそ何をバカな事を考えているのか、と。
この男が自分を好いてくれる筈が無いのに。
自分は元海賊で。
この人が追っている海賊船に乗っていた女で。
その船に乗っていたクルーに捨てられた哀れな女で。
きっと同情してくれているだけだから。
哀れんでくれて、傷付けてしまったが故に。
自分がしてしまった行為の懺悔をしているだけなんだから。
何処かで心の暴走を止めないと。
『失恋』と云う大きな傷を負ったアタシの心は誰彼構わず、優しくしてくれる輩を求めてしまうから。
そんな済し崩しのように始まる恋なんて嫌だから。
こんな海軍の偉い人相手にそんな……そんな感情を抱くだなんて。
けれど、どうしてこの人はこんなにも
こんなにも優しい手でアタシを抱いてくれるの?
ゾロの腕の中に居た時よりも安心できてしまうの?
幾ら他の女の所に行って
何時アタシに飽きて、帰って来なくなるのかを怯えていたからって
だからって、何も海軍の男にこんな安心感を得なくともいいじゃない…
「お願い……アタシなんかに…優しく、しないでっ……」
無理矢理に押さえ付けた嗚咽の所為で肩が震えてしまって。
再度、こんな無様な様をこの男の前で晒すのは嫌なのに。
なのに涙は止まらなくて。
溢れてくる思いも勢いを留める事を忘れたように荒れ狂って。
「うるせぇ……、俺の所為で泣いちまった女を慰めて何が悪い」
「だって…アナタがそんな風にっ……優しく、するからっ…」
急に大きな手が力を増して。
アタシの身体をキツク、キツク抱き締めて。
再度、情けない様を披露しているアタシを抱き締めてくれて。
その腕の温かさに、今度こそ溺れそうになって。
嫌がって暴れるも。
彼はそれを受け入れてくれなくて。
益々、苦しい程に抱く腕に力を込められて。
キツク回されたその腕が
彼の胸の温かさが
どんな理由でアタシを抱いてくれてるのなんて、もう構わないっ
「……ねぇ……、名前…教えて…?」
「……スモーカーだ」
「…スモーカー……」
震える腕を伸ばして、彼の首に巻き付けて。
彼の耳元へと唇を寄せて。
「お願い……、スモーカー…アタシを抱いて…」
「今だけで良いからっ……お願い…抱いてっ……」
「アイツを忘れられる位っ……抱いてっ…!」
心が感じる儘に、そんな言葉を口走っていた…