アイツが俺に惚れている事なんざ、誰に云われなくとも
この俺が一番、知っていた







他のどの女よりも俺を求めて
少し、頼りないような視線で俺を見つめるその仕草は気に入っていた

ずっとずっと気付けなかったが
俺はどうやらアイツに執着していたようだった

それがどんな感情から来ているモノかの判別も出来ない内に
アイツは俺の前から消え去った







何でかは分からなかったが
アイツは俺から離れていかない、何て自信が何処かにあって

アレは俺の所有物で、玩具のような存在で







俺から離れて行くなんて







想像すら出来なかった現実が横たわって

信じられないその事実に

俺はどうしようも出来なくて







信じられい程に、腹が立った




















破片 6




















出て行く時には、至極ご機嫌で行ったのに。
帰って来た早々に、酷く憤った様子で一言『船を出せ』とそう云って。

船長の後からは見たくも無い、見覚えのある服を着た集団がやってきていて。

ソイツ等が海軍であるのを理解できた途端に。
また追いかけられたのか、と何時ものように皆して溜息を付いて。

ゾロの横を陣取っていたナミも、それを許していたゾロも立ち上がって己の持ち場に付いて。
碇を上げて帆を張って、船を出した。







その時のルフィの様子に。

誰もがおかしいと理解出来ていたのにも係わらず。
彼が何時もとは違う雰囲気を纏っていた事から深く突っ込めず。

それをその儘にしておいたのがそもそもの間違いで。

この時に多少の弊害を覚悟して、何でそんなに機嫌が悪いのだ、と聞いておけば。
今になって、こんな思いをせずに済んだのは否めない事実で。







でも、誰一人として彼に声を掛けた人物は居らず。

皆、多少の疑問は持つものの。
それでも船を出して海軍を撒く事に集中してしまって。

聞けず終いになっていて。







その島のログは既に溜まっていたから、次の島へ行く事に何の疑問も持っていなくて。
誰も、何の疑問を持てずに。

機嫌の悪いルフィは一人、何時ものお気に入りの場所に座っていて。
まるで海を睨み付けるかのような視線で、何もかもが憎いような空気を撒き散らし。

誰も寄せ付けない。







此処で気付けていたなら、もっと話は早くに進んでいたのかもしれない。

有り得ない程の船長の機嫌の悪さ。
誰とも喋ろうとしない、頑なな迄の態度。
他人を寄せ付けない空気を垂れ流すその様。

何処をどう取っても、何時もの彼とは掛け離れていたのに。
何かあったのなんて見れば分かっていたのに。

目先に迫っていた海軍の所為で後回しにしたソレに。

本当に後になって悔やむ事になるとは。







後悔、先に立たずとは良く云ったもので。







本当はこの船長はバカな振りをしているだけで、本当はきれるヤツなんじゃないか、なんて。
事が全て終わってから気付いても遅いのに。

それでも思わずにはおれなかった事実。






















先程の騒ぎが一通り収まって。
島の影も見えなくなって。
追ってくる海軍の船も見えなくなってから、暫く経った頃。

不意に誰かが云い出した。







「あれ、そういえばは?」







やっと何時もの、のんびりとした空気になったGM号の中で発された、起爆剤のような一言。







「また部屋で休んでんじゃねぇのか?」

「いや、それが居ないみたいでよ」

「そこら辺に居んだろう。探してみろよ」

「そうだな」







何気ない、日常のひとコマだが。

その『』の、彼女の名前に。
船首に座る船長の肩がピクリと反応したのを知る人物は誰も居なかった。























数分後。

探していたウソップが明らかにオカシイ事に気付いたのか。
慌てた様子で走ってくる。







「おいおい、マジで見当たらないぜ!船の何処にも居ないんだ!」

「あぁ?風呂か便所にでも居るんじゃねえのか?」

「今は誰も使ってねえよ!」

「どうした?何かあったのか?」

が見当たらないんだよ、聞きたい事があって探してたんだけど船中見ても見付からねえんだ!」

「何?何処かで倒れてらっしゃるんじゃねえだろなっ!おい、探すぞ!!」







バタバタ、走り去るクルーの足音がして。
それでも船長は後を振り返る事が無く。







流石にオカシイと思ったのか。
ゾロも重い腰を上げて、を探し始める。






















そして更に数分が経った頃。

殆どのクルーで、少ない船室をくまなく探したけれど。
見付からないと云う事実に、そもそも乗っていのでは、とやっと思い至って。

漸く彼女がこの船に居ないと云う事に気付いた彼等は、事の他呆然としてしまって。







「まさかあの島に……」

「置いてきちまったのか?」







有り得て欲しくないであろう、事実を口にしたウソップとサンジの言葉に。

一番、相応しくないであろうゾロが激昂したように怒鳴る。








「っ戻れ!! 今直ぐ引き返して連れ戻せ!!」








何に対してそんなに焦るのか。
何に対してそんなに怒るのか。

その普段からは想像出来ないであろう狼狽振りと焦りに。
ソレを向けられたナミは気圧されたように無意識に、一歩下がってしまって。

居なくなったに対する、ゾロの無意識の思いに気付き、傷付くが。
それでもこの船に乗る航海士として事実を口にする。








「ちょっと待ってよ!あの島に戻れですって?! 無理よ、この船はもう次の島に向かってんのよ!」

「無理でも何でも戻るんだよ!! をあの島に置き去りにする気か!?」







さっきまで抱き合って、キスをして。
心底、嬉しそうな笑みを浮かべていたゾロはソコには存在せず。

自分を選んでくれた筈のゾロは。
己が認めた唯一の『彼女』と云う立場に居るに対する思いで一杯で。

あの優しい笑みからは思い付かないような、まるで敵に対峙した時のような鋭い目で睨まれて。







「そんなつもりは無いけど海軍だってアタシ達を追って来てるのよ?! そんな中でどうやってを探すのよ!」

「海軍なんざ俺がどうとでもする。良いからお前はあの島に船を戻せばいいんだよ!」







ぎりぎりで怒りを納めているのか。
ゾロは酷い怒気をその身に纏わり付かせて。

自分が置いて行かれても、こうは取り乱さないだろうと云う位に。
まるで宝物をソコに置いてきてしまったかのように取り乱すその様は。

サンジですら早々に口出せない雰囲気を持っていて。

けれどその様ですら、何処かでこの展開を知っていたかのように見えて。







とうとう船首に乗っかって、口を開かなかったルフィから失笑が漏れた。






















突然、笑い出した己達の船長に。
今のこの事態を理解していれば、とてもじゃないが笑い出す所では無いのなんて。
少しでも状況を判断出来る理性を持ち得ていれば分かるようなモノなのに。

なのに、一向に笑いを収めない船長に。

堪えきれなくなったのか、ゾロが噛み付くようにして怒声を上げた。







「何が面白えんだよ、テメエはっ!今の状況分かって笑ってんのか?!」







それまでゲラゲラ笑っていたルフィは、ゾロのその声でピタリと笑いを止める。

そして今度は前を向いた儘なのに、途轍もない。
それこそゾロをも上回る怒気を露わにして。

怒りの表情を隠そうともしないで、憤怒の業を振り向き様に彼等へと見せ付けた。






















彼がこの船へ帰って来た時から、様子がおかしかったのは知っていた。
何かがあったのも薄々ながらも察知出来ていた。
それが耐え難いモノだろうと云う事も何と無く分かっていた。

幾ら海軍に追われていて、忙しかったとは云え。
彼のその様子に、放っておいた方が彼の為にもなるんじゃないか、何て希望的な憶測で。

誰も何も云わなかった事を、今になって後悔し始める。







だって、少し考えれば分かる事じゃないか。







最初からルフィの様子はおかしかったじゃないか。







ウソップがが居ないと騒ぎ出した時に、その場に彼も居た筈なのに。
その時には既に海軍は撒いていたのに。

誰よりも大事にしていたの事なのに。

一声すら上げずに、只管に海を見続けていたじゃないか。

本格的に彼女が居ないらしいのを知っても、ずっと彼はソコに居て。
何も喋らず、何も見ようとせず、黙って、只そこに居たじゃないか。







そう、まるであの島から少しでも距離を離そうとしているかのように……






















ふ、と。
怒りの表情を解いたルフィは、冷たい冷たい眼差しでこの船の航海士をその視界に留めて。







「……ナミ、船は戻さなくていい」







何処か軽蔑するかのような眼差しで彼女を見て、そう云って。

その声の冷たさと内容に、その場に居た誰もが驚きを隠せなかった。

だって、事はに関する事で。
尚且つ、あんなに大事にしていた彼女をあの島に一人、残す事を認めるかのような発言に。

誰もが何かを云いたそうにするが、それよりも先にゾロが口を開く。







「フザケタ事ぬかしてんじゃねぇぞ……オイ、あの島まで船戻せ」







最後はナミに向かって、殆ど命令口調で。
けれど視線は目の前の船長に留めた儘で。

此方も、突拍子も付かない船長の発言に驚いたが。
この船長がその類の発言をするのに慣れてしまっていて。

早々にそのショックから立ち直る。

そして新たな怒りを船長へと向けて威嚇するかのような視線を向けて。








突き抜けてしまったかのような静かな怒りを纏う船長に。
今現在、直ぐにでも噴火してしまいそうな動の怒りを纏うゾロ。

その二人の雰囲気に、他のクルー達は口を挟む事が出来なくて。
只、この二人がどう出るかを見守る事しか出来なくて。








そして、その気の遠くなるような膠着も。
再び漏れたルフィの失笑と、その科白によって崩れ去る。


















































はこの船から降りたんだよ」












































何処か自嘲するかのような笑みを口元に貼り付けて。

何時もならこんな笑い方なんて絶対にしない船長が。
酷く自虐的にそう云って、笑って。








「居なくて当たり前なんだよ。降りたんだからな」








再度、彼女が居ない事を知らしめ。
彼がそれを許したであろう事実をそこから知らされて。








「っに考えてんだ、テメエはっ!!! 何でが船降りんだよ!! 誰が何時そんな事許したってんだ!!」








今にも掴みかかりそうなゾロとは正反対に。








「俺が許した」








酷く冷静なルフィがソコに居て、そう答えて。

流石にコレには切れたのか。
ゾロが船首まで歩んで行ってルフィの服を掴んで引き摺り下ろして。

殴り飛ばそうとした途端。








逆にゾロが殴り飛ばされた。






















冷めた眼で、吹き飛ばされたゾロを見て。

そんなゾロへと駆け寄るナミを視界に入れると、少し目を細めて。
酷く嫌なモノを見せられた、とでも云いたそうな顔をして。






















が降りるのを認めた理由か?……そんなの」









































―――お前等が一番良く知ってんだろう?










































冷めた眼の中に、垣間見える凝縮された怒り。








この船長が、彼女の事をとてもとても大事にしていたのは周囲の事実。

その彼が、の『彼氏』であるゾロと、普通のクルーであるナミに向かって云い放った言葉は。
まるで彼等がを裏切ったと云う意味が込められていて。








それに気付いた他のクルー達はゾロとその傍らに居るナミへと不信の目を向ける。
























「……アイツ…、お前の前で泣いた事があったか?」







冷たい表情の儘で、そう彼等へと云うルフィ。

切れた唇の血を拭いながら、ゾロは彼が何を云いたいのか計りかねて。
眉間に更に皺を寄せて。







「どんなに苦しくてもお前の前では泣かなかっただろう、は」







確かに船長の云う通り、彼女は自分の前では泣かなかったが。
それがどうした、とばかりに睨み返せば。







「そのがな、泣いたんだよ」







キツク、キツク拳を握り締めて。

冷えた怒りだった彼のソレが、改めて炎を噴出したのか。
自分で云った言葉に煽られたのか。

額に青筋をたてて、歯を食い縛って。







「泣いて泣いて、俺に頼んだんだよっ!! 頼むから船から降ろしてくれって!もう居られないからって!!」
























こんなヤツの為に……

こんなっ…を裏切ったヤツなのに







なのに俺が選んだ最高の仲間で

俺の初めての仲間でっ

こんな事をするようなヤツじゃなかったのに!!







なのに…っ























「お前が泣かせたんだよ!! あんなになるまで悩ませて、あんなに泣くまで追い詰めて!」







此処が居心地の悪い場所で、居辛い場所で。







「……満足かよ。もうはお前に見切りを付けたんだよ」







アイツが笑えないのなら、あの笑みがもう見られないならば。







「良かったな、ナミ。望み通りはこの船を降りたぞ。これでお前も思いを偽らなくても良いもんな」







アイツが悲しむなら、アイツが泣く位ならいっそ……







「それにな、ゾロ。お前に遊ばれるのを、お前に泣かされるのをこれ以上見る位なら俺はを悦んでこの船から降ろさせてやるよ」






















怒り心頭。

人は怒って怒って、余りにも怒り過ぎるとどうしてだろう。
ソレを突き抜けてしまうと、酷い脱力感に見舞われて。

その通りに、この船の船長も。
信じていたクルーに、大事にしていた、憎からず思っていた女を泣かされて。
あんなになるまで泣かされて。

とうとう船を降りるとまで云わせる程の追い詰めた事実に憤って。

挙句の果てに船に帰ってみれば、航海士と仲睦まじげに寄り添っていて。







これが原因か……







誰に云われずとも分かってしまった、彼女が船を降りた理由。

そりゃあ、同じ船の、仲間と信じていたクルーに自分の恋人を取られたら。
もうこの船には居たくないだろう。







その事実を知った途端に、殴り飛ばしてやりたかったが。
それでも此処でソレをすれば彼女の望みを叶えてやる事が出来ない、と。

断腸の思いで怒りを納めていたら。

何故か突然に空しくなってしまって。





















だって、もう、この船に、は……







帰って来ない






















自分の意志で出て行ったのだから

帰って来る筈がなくて







そう思ったら、何もかもがどうでもよくなってしまって

























突き抜けた怒りの持って行く場所を見つけられぬ儘に。
握った拳の力も抜けてしまい。

冷えた眼差しはその儘に、ルフィは再び後を向いて船首に乗って。







「進路はこのままだ。次の島に行く」







そう短く云い放って。
これ以上、何を話し合っても無駄だとでも云いたそうにして。

そして彼等を拒絶した。













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