あんなに俺を好きだと云ったクセに
あんなに俺を求めていたクセに
俺を欲しがって泣きそうな顔をして
俺の気分を害さないように、精一杯自分を押さえ込んで
全身で俺に見て欲しいと、自分を見て欲しいと、嫌わないで、好いて欲しいと願っていたクセに
何でお前は俺の前から消えたんだ?
少なくとも、俺はお前に執着していた
お前が泣く顔を見たかった
お前が俺を求めるその顔を見たかった
怯えが混じった、妙にそそる面でそれでも俺に愛して欲しいと願うお前がたまらなく
たまらなく……
破片 7
元々、女と云う生き物に大した執着心も持てなかった。
性欲が溜まれば泊まった島で商売女を買って吐き出せば問題無かった。
第一、俺が目指しているのは世界一の剣豪で。
俺はその為に自分の命を賭けて挑んでんだ。
女なんかに惚れた腫れただのの感情なんて持って遊んでる余裕なんざねえ筈だ。
余計な感情は剣を鈍らせ、咄嗟の判断を誤まらせる。
そんな『余計』と云い切れる厄介な感情を持とうとする事自体が俺にとっては無意味な事で。
それに元がそう出来ていたのか、俺は女にそんなに興味を持てない人種だったようで。
だからこそ船長が連れて来た女も厄介な存在だとしか認識出来ずに。
船長があの女を大事にすればする程、バカだな、としか思えていなかった筈で。
あんな女が居なくなったからって、どうだってんだ。
当面の性欲を処理する方法が無くなっちまった、ってだけだろう?
俺に厄介な感情を抱かせようって女が居なくなっただけマシ、って思えただろう?
似合わねえ科白を云わせたがったり、甘ったるい言葉を欲しがったりする生き物が傍から居なくなったってだけだろ?
高々、役にも立たない『女』ってだけの利用価値しかない『仲間』の仮面を被った人間が一人居なくなったダケじゃねえか。
なのに
何で
こんなにも怒りが込み上げて
空しさが心を占めて
持って行き場のない憤りを感じて
勝手に居なくなった事を、この船を降りた事を許せなく思って
あの女の事を考え続けなくちゃなんねえんだよっ
この俺が、俺の女だと認めてやったんだ
この俺が傍に居る事を許してやったんだぞ?!
何が不満だってんだ!
何が嫌で俺の傍を離れたってんだ!!
俺は傍を離れる事を許した覚えはねえ!!
なのに何でお前は勝手に俺の傍から消えやがった!
幾らルフィが許そうとも、俺は許さねえ
この船の船長は確かにアイツかもしれねえが、お前の男は俺の筈だ
誰が許そうとも俺は許さねえ
絶対に許さねえ!!!
彼女が、が自分の傍を離れた事に対して。
これだけ動揺して、これだけ怒りを、憤りを感じて。
その理由を考えてさえいれば。
その感情の元を辿って行ってさえいれば、必ずその事実に辿り着けていたのに。
愚かにも目の前の事実しか視界に入らず。
彼女が自分から離れて行った事に、自分の前では見せなかった涙を自分以外の男に見せたと云う嫉妬心で。
心の眼が霞んでいたのか、それともその事実を認めたくなかったのか。
ゾロは未だに気付けない。
に対して抱えている思いを、気付けない……
「お前、何が出来る?」
唐突に云われたその言葉の意味を計りかねたのか。
は小首を傾げて、目の前に居る海軍大佐をキョトンとした目で見詰めていた。
「何って?」
「掃除、洗濯、料理に医療。どれが出来る」
云われた言葉の内容は、恐らくこの船に乗る為に、此処で働く為に出来る事を聞いているワケで。
「あぁ、掃除と洗濯、料理は人並に出来るわ。医療関係はお手伝いしてた位だからあんまり期待はしないで欲しいけど…」
そう返事を返せば。
スモーカーは、ふん、と云っただけで自分の思考の中へと埋没していって。
何処に彼女を置けば良いものか、と思案して。
そして。
「よし。お前、暫くは俺の部屋の掃除しろ」
「はい?この部屋の掃除?」
「そう聞こえたんならお前に耳は正常だな」
「うるさいわね。そうじゃなくて、この部屋の何処を掃除しろってのよ」
見渡す限り、汚れていそうな所は無いし。
書類とかもそんなに散らかっているようにも見えないし。
第一、元海賊に海軍の動きを知らせるような書類を見せる筈もないだろうし。
この人の元の性格が散らかすようなモノじゃないのか。
それとも元からこの部屋に居る事自体が少ないのかは計りかねるが。
此処をどうやって掃除して良いものやら。
ハッキリ云って分からない。
「何処も汚れてないじゃない」
「うるせえな、お前は云われた通りにこの部屋で掃除してりゃ良いんだよ。それにお前が就寝するのはこのベッドだからな」
「え……、じゃあスモーカーは何処で寝るの?」
「そりゃ此処だろう」
「……………………」
ちょっと待て。
それは遠回しに、…否。
率直に自分と一緒に寝ろ、と云いたいのデスカ?
さっきまでカッコいい事、云ってたのに一緒に寝ろ、と云いたいんデスカ?
不信そうな目を向ければ。
不満に思ったのが通じたのだろう。
スモーカーは少しだけ意地の悪げな笑みを零して。
「幾ら同じベッドの中で寝るからって襲うなよ?」
「誰がよっ!!」
そんな事を云われて、ついつい思いっきり突っ込みを入れてしまったが。
さっきまで『抱いて』と迫っていたのは他の誰でもないこのアタシで。
数時間前までは切なくて苦しくて、胸が押し潰されてしまいそうだったのに。
今ではこんなにも普通にしていられて。
自分の事を思ってくれて、それでこんな風に話を持っていってくれて。
改めて感じるこの男の懐の大きさと云うか、包容力と優しさが。
余りにも有り難くて、嬉しくて。
こんなにも素敵な人に惚れてもらえてアタシってば果報者だね、何て。
直にお礼を云ってしまえば、折角のこの人の心使いが無駄になっちゃうから。
昔、あの船で、浮かべていられたような、ちょっと意地悪気な笑みを。
彼に向かって浮かべてみた。
「襲われたくなかったらソファで寝てよ?」
そう云って、少し驚いたかのような顔をしたスモーカーをベッドの上に残して立ち上がり。
早速、お云い付けの通りに部屋を掃除しようとベッドルームを出て行った。
こんなにも早く
傷付いた心が浮上し始めるだなんて、思いもしなかったけど
未だに心は痛いけど
それでもアタシはまだ笑える
例えゾロと別れてしまってもアタシの人生は続くのだし
こうやってアタシみたいな女に惚れてくれる奇特な人も居てくれる
少しでもこの人の思いに報いたい
早くゾロとの事を思い出に変えて、心の整理をして
この人の胸の中で、思いっきり甘えてみたい……
ねぇ、ゾロ……
貴方は今、何を考えてるんだろうね
勝手に船を降りたアタシの事を
少しでも良いから
ホンのちょっとで良いから
貴方の心の中に『アタシ』と云う女の存在を留めておいて貰えれば
きっとアタシは大丈夫だから
満足出来る筈だから
あんな女も居たよな、とか
何年かに一回でも良いから、ホンの数秒でも良いからアタシの事を思い出してくれれば……
きっと、……きっと、だいじょう…ぶ
だい、…じょうぶだからっ…
ゾロ……
ゾロぉ…
何でアタシは貴方の一番に
なれなかったのかなぁ…
どうして貴方を好きになっちゃったのかなぁ…
本音を云っちゃうとね、アタシ船に帰りたい…
貴方の傍に居られない自分なんかいらないよ
ずっと利用されてても良いから貴方の傍に居たかったよ
貴方が何を考えてナミちゃんとそんな事してたのか聞きたかったよ
アタシに飽きたのか
それともナミちゃんの方が良くなったのか
それすらも聞けなかった弱い自分が嫌になるけれど
それでもあの時のアタシは、ああするより他に方法が無かったんだよ
そうでもしないと、自分が保っていられなかったんだ…
勝手に好きになって、勝手に船から降りちゃって
我ながら自分勝手な女だと思うよ
だけど貴方も相当嫌な人だったと思うよ?
好きで好きで、大好きで
貴方以外の人なんて考えられない位に惚れてたけれど
それでもその恋を盲目に続けられる程、穏やかな時じゃなかったじゃない
貴方、アタシを裏切り続けたじゃない
どれだけアタシが傷付いたと思ってんのよ
どれだけアタシがヤメテって頼んだと思ってんのよ
もう、……ダメになりそうだったんだよ…
だから……、許してね
貴方の傍を勝手に離れた事を許してね
ごめんね、…ゾロ