アタシがどんなに酷い事をしてるかなんて
誰に言われなくても分かっているわよ
アタシがどんなにバカな事をしてるかだなんて
誰も言わなくたって分かっているのよ……
headache 5
アタシに付いたキスマークを見て、スモーカーは覚ったのか。
『誰かに惚れたのか』
そう聞いてきた。
勘のイイ奴は嫌いじゃないけど、こんな時はイヤになる。
アタシは只、曖昧な笑みを浮かべる事しか出来なくて。
でもそれだけで、スモーカーは分かってしまったのか。
とてもとても悲しそうな顔をして。
ああ……
やっぱりアナタとは
会わない方が良かったのだと
改めてそう思ってしまった……
「……やっぱ、スモーカーには隠し事なんて出来ないのネ…」
アタシはそう言ってスモーカーの腕から逃げようとした。
でも彼の腕からは力は抜けず。
「…スモーカー?」
不信に思って外した視線を再び合わせれば。
彼は何とも言えない複雑な顔をしていて。
「スモーカー、どうしたの?」
問うても彼は一向に答えず。
「ね、スモーカー……」
「お前は……」
「え?」
「お前はソイツを愛して」
「…スモ…カー…?」
「幸せか?」
このヒトは一体何を言ってるの?
このヒトは一体何を言ったの?
アタシが……
ナンだって…?
フラッシュバックしてくる過去の記憶。
ソレ等は決して楽しいだけの代物なんかではなく。
甦る、過去
心底惚れた男……
歪んだ笑み
飛び散る血
裏切る男
信じられなくて
信じられなくて
何もかもが信じられなくて
でも最後には安らかな思い
だってアナタはもう
アタシを裏切れない
愛しいアナタは
愛しいアナタの頭は
胴と離れて
アタシの胸の中……
虚ろに開かれた瞳も
飛び散った血潮も
アタシを喜ばせるだけで
だってもう
アナタは何処にも行けない
アナタはアタシを二度と裏切らない
愛しいアナタは胸の中……
「……幸せなワケないじゃない…」
怒りを押し殺した低めの声。
「アタシに幸せ?そんなモンが似合う女だなんて本気で言ってんの?」
見上げてくる瞳は、それはそれは苦しそうに歪んでいて。
スモーカーは思わず彼女を抱き留めている腕の力を緩めてしまう。
それに気付き、はスモーカーの腕を振り払う。
「アタシは自分の男を殺した女なんだよ?」
そのセリフを言うは、怒りながらも泣きそうな顔をしていて。
「それこそ心底惚れて、何もかもを放り出してもイイだなんて本気で考えていた相手を」
アタシは殺したんだよ……
「そんな女に幸せだ?はっ、お笑いだね。その言葉がこれだけ似合わない人間なんて居ないと思うけど?」
今にでも泣き出してしまいそうなのに。
は決して泣かなかった。
「アタシはもうイヤなんだよ、愛だの恋だの言って他人と係わるのは」
それはまるで時がさかのぼったかのような錯覚。
意志を手放してしまった人形が意識を取り戻した瞬間のような。
「それともアンタはあたしに……」
また殺せとでも言うの……?
「……もうイイ」
苦しそうな、やるせないようなスモーカーの表情。
でも走り出したの感情がそんなセリフの一つで止まる筈もなく。
「ナニがもうイイよ、アンタがアタシに幸せかだなんて聞くからでしょう!?
それとも…」
『言ってはいけない』
そんな言葉が頭の片隅に浮かんで警告を発しているのに。
「アタシが勝手にアンタの前から消えたのがそんなに気に入らないの!?
仕返しのつもりなの!!?」
彼の眉間に皺が刻まれ。
「愛してるって言った後に直ぐ消えたのがそんなに」
「もうイイって言ってんだ!!!」
激昂したスモーカー。
はその声にビクッ、と身体を竦ませて。
驚いた儘、固まって。
やっぱり、そのセリフは禁句だった事を思い知る。
だって、こんなに辛そうなスモーカーの顔を見た事が無かったから……
「………ごめんなさい……」
低い声で謝罪の言葉を口にして。
はスモーカーの頬をそっと触る。
「やっぱり、……会わなかった方が良かったのかなぁ…」
ポツリと洩らされたの独り言にスモーカーは殊の外反応を返す。
「バカが……、そんなワケあるか」
「…え?」
「例え思いが叶わなくたって、俺が会わなければ良かっただなんて思う筈がねえだろう」
思ってもみなかったスモーカーの告白。
「俺はお前に会って後悔した事なんざ一度もねえ」
キッパリとハッキリと言い切ったスモーカー。
「お前が俺を思わなくたって、お前って女に会えた事を感謝してるくれえだ」
頬を触るの手を己の手で包み込む。
柔らかい、女、独特の細い手。
その手が選んだ男を心底憎いとは思うが。
それとこれとは別問題。
愛しい女は目の前で。
手を伸ばせば届く距離に居て。
そりゃあ、思いが通じ合っている事に越した事はないけれど。
それでも二度と会えないと思っていたのだ。
が自分から離れる前に。
『愛してる』と告白したその日の内に買った、小さな小さな小箱。
スモーカーは一旦、彼女の前から身を翻させて。
自分の机の引き出しを開ける。
中からその小箱を取り出して。
彼女に向かって放ってやる。
呆けていながらもはその小箱を受け取って。
不思議そうな顔をしている彼女にスモーカーは無言で開けろ、と促してやる。
自分にこんなモノが似合わない事なんて百も承知で買ったモノ。
渡そうと思った相手はその日の内に消え失せて。
後に残ったのは、受け取る相手の居ない贈り物と、己の気持ち。
カサカサと小さな音を立てて可愛らしい包装を解いていく。
夢に迄見たその映像。
箱を開けたはその中身に凍りつく。
「……スモー…カー……コレっ…て……」
途切れ途切れの彼女の声。
「やる」
それに短く答えてやって。
は再び小箱の中身に視線を戻した。
箱の中には、小さな指輪がポツンと輝いていた。
何処までも、その存在を、輝きを浮き彫りにさせる指輪の真ん中には。
嵌め込まれたダイヤモンドがキラキラとキラキラと。
ソレの意味なんて考える事すら必要が無い。
の目から
一粒の涙が
零れて
落ちた……
……スモーカー…
無言で涙を流すにスモーカーは歩み寄る。
お前の泣く姿を拝める日が来るだなんて……思ってもみなかったぜ。
そんな事を思いながらも、その箱の中の指輪を取って彼女の左手を掴んだ。
そっと薬指にソレを嵌めてやろうとすると、か細い声が否定した。
「……めん…なさ……」
ほろり、ほろり、と涙を流しながら。
受け取る事を、嵌められる事を拒絶して。
『それでも』と。
それでも、とスモーカーは思った。
「お前、……後、何日ココに居られる」
突然の質問に疑問を抱かなかったワケではないが。
は涙声でその質問に答えた。
「一週間、くらい……」
一週間。
ああ、それだけありゃあ充分だ。
「、その時間を俺にくれ」
「え?」
「その間のお前を俺にくれって言ってんだ」
そう言ってスモーカーは彼女の指に指輪を嵌めた。
「その後はお前に好きにしろ。捨てるなり売るなりすればイイ」
優しい腕が身体に回され。
逃れられない抱擁を彼女に施す。
精一杯の譲歩。
精一杯の気持ち。
ギリギリで、表面張力のように張り詰めていたの感情に。
スモーカーの落とした指輪と云う水滴が落ちて、零れ始めた彼女の気持ち。
ソレは瞬く間に溢れ出して。
留まる事を忘れたかのように零れ続ける。
「ス…モーカー…っ!」
苦しそうに男の名を呼んで。
は抱き締める。
彼女が承諾の意味で自分に腕を回した事に気が付けば。
呼ばれた男は更に彼女を抱き締める。
濡れた頬に光る涙が、彼女の指に輝く石にも負けずと輝いた。
抱き合う二人は激しい口付けを交わす。
残された時間は一週間を切った……