とてもとても好きだった







何を代償にしても良いと

自分の全てを賭けても
命すら擲って(なげうって)でも惜しまない程に







彼を愛していた







でも、もう

それは昔の話……


















執着



















まだ自分が若かった頃。
と、云ってもホンの数年前の話なんだけど。

アタシは身を焦がすような恋をした。

若気の至りだと云ってしまえばそれまでなんだけど。
それでも、その時のアタシには。

彼は自分の全てで。
彼も自分が全てだと。







信じて疑わなかったんだ。







でも、それはどうやらアタシだけだったようで。

彼にはアタシよりも、もっと大事なモノがあった。







モノと云って良いのか。
それは分からないが。

ソレが彼を束縛していたのは確かで。







もっと前に会えば良かったのか。
それとも、どっち道仕方が無かったのか。

今になって思えば。

そんな事で熱くなれる程にあの男を愛していたのだ、と。
そう思えば、少しは楽になれるような気がして。







彼と別れてからのこの数年で。

ちょっとは大人になれたのかな、と思うが。
ズルくなったダケなのか。

判断尽きかねるが。















盲目に愛するだけが愛じゃない。















彼しか見ず。
彼の事しか考えず。
彼の一挙一動に反応して。
彼の言葉に踊らされて。
彼の反応に怯えながら。

それでも彼の傍から離れられなくて。
ほんの僅かな時間ですら、彼から離れたくなくて。






そんな若い恋愛しか出来なかった自分が。

ちょっぴり可愛いような。
それでいて愚かしいような。

不思議な感じのする、今は懐かしい感情。






今更ながらに。
何故、彼の事を思い出し、こんなにも考えているのかと云うと。

本日、来た新聞が原因で。














『あの鷹の目のミホークを破り、新しい世界一の剣豪誕生!!』















そんな陳腐な見出しで始まったその記事は。

今は誰もが知っている、麦藁海賊団の剣豪が。
あのミホークを倒し、剣士の頂点に上った事をつらつらと書いてあり。

少し、年をくった。
それでいて相変わらずの仏頂面で写っているゾロの顔。

後ろで騒いでいる昔の仲間達に自然と表情が和らぎ、笑みを零すが。

ソコに居た筈の自分の事を思うと。
矢張り、未だに胸が痛むような気がして。







あんなに楽しかった毎日。
連日のようにバカをやり、笑わせてくれて。

船長は普段は兎も角、いざと云う時は頼りになって。
航海士はちょっぴり悪魔が入っていたが、それでも気の合う女同士で。
コックは毎日、毎日、美味しい料理を作ってくれて。
狙撃手は何時もホラ話をして臆病者だったが、男気があって、本当に良い奴で。
船医は可愛い見てくれだけでなく、医者としてのクオリティも高く、何時も世話になっていて。
黒髪の船員は、何処か不思議な雰囲気を持ってはいたが、根は優しい人で。

そんな人達に囲まれて。

過ぎていく日々が楽しくて楽しくて。
そして抱える恋心が成就して。

夢のような時間を過ごした、あの一時。







でもその夢のような一時は長い時間、続かなくて。







身も心もボロボロになって。

逃げるようにあの船を下りて。
否、実際、何も云わずに下りたのだから逃げたとしか云い様が無いだろう。







そして次の日。
何事も無かったかのように出航して行ったGM号。







置いていかれたアタシ。







勝手に船を下りたのだから、『置いていかれた』の表現は正しくないのだが。
それでも気分的には置いていかれたような感じで。

だってあんなに仲が良くて。
あんなに毎日、バカをやって。
迎える敵を薙ぎ倒し。
宴会を開いて。
退屈な時も、険悪な雰囲気の時も、緊迫した時も共有して。

たった半年の時間だったけれども。
それでもアタシだってあの船のクルーだったのだから。

もうちょっと心配して欲しかったな、なんて。







そんな自分勝手な事を考えて。

そして置いて行かれた事に。
これまた勝手に絶望して。

自分にはあの船は似合わなかったのだろう
きっと自分に海賊だなんて職業は似合わなかったのだろう

そう思い込んで。







追い掛けても来なかった、愛した男の事も。
そうやって、思いを殺して。






殺して、殺して、押し殺して……
















今は、只の良い思い出

ううん、ちょっぴり苦めの思い出かな…

















日が落ちて、また日が昇って。
彼等から離れてからの、瞬く間に過ぎていく日々に恐怖を覚え。

怖くなってその島を離れて。
少し、戻った所の小さな島に移動して。

今では、その島に似つかわしい。
小さな飲み屋をやっていて。






たまに来る海賊の輩達。

昔取った杵柄か、そんなに有名な輩では無ければ適当に追い返して。
気の良い奴等には酒を振るってやって。






そいつ等の中に。
アタシに惚れてくれる奇特な奴も居たけれど。

その頃はまだアイツの事が忘れられなかったから。
忘れる事が、思い出にする事が出来ていなかったから。

丁重に、それでも気持ちは嬉しかったとお断りして。






アタシは未だに一人でココに居る。















でも、そろそろアイツの事を思い出の中に入れる事にも成功したのだから。

次に誘ってくれる男が居たら。
付いて行っても良いかな、なんて。

そんな事を考えていた。

















そして、そんな時。
何時ものように現れた一人の男。







「よう、

「いらっしゃい、ビリー」







この村では、気の良い男で知られた若者で。
名前をビリーと云った。

彼も何故かアタシなんかに惚れてくれている、奇特な人の一人で。
毎日のように、アタシの店に昼ご飯を食べに来る。







「何時もの頼むよ」

「うん、今日は豚肉の良いのが入ったから角煮にしてみた。それで良い?」

「あぁ、の作ったモンなら何でも良いよ」

「相変わらず上手ね、ビリー」







適当にお喋りをして。

必ず来る彼の為に作っておいたソレを出し。
飯をよそり、付け合せを軽く作ってスープと一緒に出してやる。







「うん、今日も美味いよ」







角煮を一口食べて、ビリーはそう云った。

それに笑みを一つ返して。







「ありがとう」







礼を返し、アタシは再び新聞を見た。







「ん?何か面白いモンでも載ってるのかい?」







コレを読むアタシの表情が、何時もとちょっぴり違う事に気付いたのか。
ビリーは鋭くそれを察知して、そう聞いた。







「……そうね、何処かの海賊が騒いでるのと。……鷹の目が負けて新しい大剣豪が出来たって事位かな」

















念願の夢を叶えたアナタ

今頃、歓喜に震えて仲間達と宴会でもしてるんでしょう?
それともずっと追っていた夢を叶えて呆然としてる?

懐かしいアナタ

もう二度と会えない、……会いたくないアナタ


















「……知ってる奴の事でも書いてあった?」







余りに迫ってくる、一般人の彼。

一般人だからこそ。
そして良い奴なだけに。

こんな海賊上がりの女なんて相手にしてほしくなくて。

自分が昔、海賊をやっていた事を話しておいたから。
こんな質問をしてきたワケで。







「………そう、ね……大昔に知っていた奴が載ってたわ…」







幾ら、元海賊だったのだと云っても。
一向に諦めてくれない彼に。

今では少々気を許し始めていて。







彼の気持ちを知る、この村の人々が。
アタシと彼をくっ付けようとして。

気を利かせてくれているのか、稼ぎ時のこの時間に。
彼と二人っきりのアタシの店。

それに今日、初めて感謝をした。







アタシは厨房から出て。
カウンターに座る彼の横に座って。

彼の肩に頭を乗せた。


















こうすると

あんなに苦しいような、胸の奥で何かが詰まっているかのような
あの嫌な気分が晴れていってくれて







もっと早くこうしてれば良かったかな、なんて

そんな事を思いながら







この一時を過ごして




















「うわぁ……コイツが新しい剣豪かぁ…。おっかねぇ面してんな」

「…ふふっ……そうね…」

「流石に貫禄とかが違うねぇ」

「…でしょうね、あの鷹の目を倒したんだもん」

「だよなぁ…」






そんな時を過ごし。

今日も恒例になった彼の言葉を待つ。






『俺と一緒になってくれ』と。
『俺と所帯を持ってくれ』と。






今日は、今日ならその言葉に返事を返しても良いかな、なんて。






『アタシで良かったら喜んで』と。






返そうと思ったのに






なのに…



































「なぁ、……お前の知ってる奴って…まさか」


































云わないで……っ!!



































瞬間、離された身体。






こんなにも大きく載っているいるのに。
この新聞を見て、知っている奴が居ると云われれば。
八割方の人間が彼の事を想像するであろう。

そんな事すら失念していたのか。

それとも彼の近状を知る事が出来て、心を乱されていたのか。
完全なる自分のミス。






そしての纏う空気が一変して。
















「……ビリー…、この事は誰にも云わないでね……」
















云い方はお願いでも。

彼女の纏う、その雰囲気は紛れも無く命令で。







こんな時だけは。

彼女が纏う空気が一変するこの時だけは、ビリーにとって彼女が元海賊だと。
命の遣り取りを実地でやってきた人間なのだ、と教えてくれて。

彼女が生きてきた道のりと、自分が生きてきた道のりのギャップの激しさを。
その距離を感じずには居られなくて。







の纏う空気が棘々しくて。
そんな剣呑な目を、自分へと向けられた事は初めてで。

それだけ、それだけの思いをこの男に感じていたのかと思うと。
正直、遣る瀬無くなるが。

それでもこの女の事が好きだから。
彼女に振り向いて欲しいから。







飲み込まれそうになる意志を、どうにか奮い起こし。

へと承諾の意味を込めて頷いた。







その頷きに安堵したのか。
は一つだけ溜息を落として。

―――…ごめんなさい……

そう、呟くように謝った。







「否、俺が無神経だったんだよ。悪かった…」

「いいのよ、こんな事で動揺するアタシが悪かったんだから」

「でも……」

「気にしないで……、お願いだから…」

「………あぁ」


















気にするなと彼女は云うけれど。
でも気にならないワケがなくて。

だって、殆ど感情の動かない穏やかな彼女が。
これ程までにソレを露わにして。

只、知り合いなのか、と。
そう訪ねただけなのに。

それだけの事なのに。

こんなにも動揺を見せ、落ち着きを無くしている。






でもそれは彼女がこの新聞に載る男を拒否しているのが原因だろう、と。
勝手に解釈して。
















恐らく、彼と何かあって

そしてこの村へと逃げて来た















そんな結論に達した。






強ち、外れてもいないその想像は。

彼女の気性の荒さと、彼に対する思いの深さを知るだけで。
その感情は悪戯に自分を傷つけるだけで。







でも、それだからこそ。

穏やかなこの村で暮らす自分達と、同じ時を過ごして欲しくて。
同じ時間を共有して、そして出来るなら自分と一緒に暮らして欲しい。







だからソレを知っても。
それでも今日も云おう。


















、俺と一緒になってくれないか?」



















きっと、今の自分はとても情けない顔をしているのだろう。

そんな事は云われずとも、鏡を見ずとも分かるけれど。
それでも彼女が欲しくて。

疲れ果て、身も心も疲れきってやって来たこの女を大事にしたくて。






癒してやりたくて……






思いの籠もった眼差しで彼女を見詰めれば。

何時もの彼女からは想像出来ない位に動揺していて。
一筋の希望が見えた気がして。






昔の男の話をして。

動揺している女に付け込むようなモノだったが。
本来はそんな事、嫌いな行為の筈だったが。

そんな事を気にしていたら。
何時までたっても、きっとこの女は手に入らない。







だから……
















「ゆっくりした時間を、平穏で、何の変哲も無い時を、穏やかに過ごせる時間を」


















―――俺と一緒に過ごしてくれ……

































酷く逡巡して。

迷って迷って迷い続けて。






どれ位の時が経過していたのだろう。






それにさっき決めたじゃない。
彼に承諾の返事を。

今日こそ返そう、って。






なのに、何でアタシは迷っているんだろう……






うん、って云えば良いのに。
アタシで良ければって、お願いしますって。

頷くだけでも良いのに。















なのに

なんでアタシは……っ





























今頃になってあの感情を取り戻したかのように

揺れて、揺れて……

































愛してたの

誰よりも愛してたの






あの人意外の男なんて、目に入らなかったの
盲目的に、彼だけを愛して






そして現実に耐えられなくて






自分を見てくれない彼が許せなくて
どうしても見てほしくて

それでも彼は自分の目的の為に、アタシを捨ててって






愛してた分だけ傷付いて
自分だけを愛してほしくて
自分だけを見ててほしくて

彼を独り占めしたくて……






決して叶わない思いだったのに
彼はアタシだけの人じゃなかったのに






目的の為ならば

恋人と云われたアタシですら捨てていくような男なのに
















あの人の一番になれなかったのにっ!!




































なのに何でアタシはあの人を思いきれないの……?

































もう嫌だと思ったのに

もう沢山だと思ったのに

もう、あの人を思って泣きながら夜を過ごすのは嫌なのに

泣きながら寝て、泣きながら起きて

未だに思い切れない自分に嫌気を感じるのはもう充分なのに







それでもこの思いは枯れる事を知らないかのように。
枯れる事を忘れた泉のように。







今でもアタシを苦しめて。







もう5年と云う月日が経っているのに。

若かったアタシもいい年になって。
少しは大人になったつもりで。
忘れたつもりになって。







他の男に縋れば良かったのに。
他の男に泣いて慰めてもらえば良かったのに。

泣いて喚いて罵って。
自棄酒を飲んで忘れれば良かったのに。

陳腐なプライドがソレを邪魔して。
ソレをしなかった自分は子供の儘、あの時の思いを引き摺りながら大人になって。







傷は癒える事無く、血を流し続けて。
膿んだ傷口は見るも無残な状況で。







余りにも痛かったから。
信じられない位に痛かったから。
彼と離れた事が痛くて痛くて。
半身を切り取られたかのような痛みに耐えられなくて。

現実を、捨てられた事実を認められなくて。







ソコから目を逸らし。
自分は痛くないのだ、と。
自分はもう大丈夫なのだと。

そう言い聞かせて。

言い聞かせ続けて。







そしてやっと痛覚が麻痺して、痛みを感じる事が無くなって。
漸く、他の男へと目が行き始めた途端に報道された彼の事。







それはまるで狙っていたかのようなタイミングで。
アタシを戸惑わせて。

















そんなにアタシを惑わして

アナタは楽しいの……?
















でもこの声が彼に届く筈が無く。

彼は遠い遠い、海の上……

















自分の地位を確立して。
恐らく、この先も世界一を持続し続ける為に毎日を過ごし。

アタシみたいな女じゃなく。

もっと穏やかな女を選んで、傍に居させて。







そういう時をあの人は過ごすんだろう……


















アタシの事なんて

















思い出しもせず……









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