未だ、彼女を抱き締める腕の力を抜けない自分
だって腕の中の彼女が、やっと
やっと自分を選んでくれたのに
なのに、その途端に現れた
ずっと彼女を縛り付けていた男
まさか、その男がこんな有名な剣豪だとは思いもしなかったが
それでもこの女を渡す気は、爪の垢程も持ってはいなかった
執着 3
「……ず…、随分……勝手な話じゃないか…」
意を決して。
抱き締めていた彼女を背後に隠して。
庇うように表へ立って。
彼の放つ殺気を自分、一人で受け止める。
正直、今にでも気を失ってしまいそうだったけど。
でもこれだけは譲れないから
彼女の存在だけは、絶対に譲れないから
ずっとずっと、がこの島に来てからずっと見てたんだ。
一人、ふら付く身体を懸命に動かしてやって来た彼女を見た時から決めてたんだ。
必ず、俺が、幸せにしてみせるって!
伊達や酔狂で5年も思い続けてなんていられない。
幾ら狭いこの町だって、年頃の女が居ないワケじゃない。
実際に何人かの村の知り合いに見合いを勧められていた。
器量の良さそうな、性格も大人しそうな可愛い女の子だったけど。
それでも心が求めていたのは彼女、だったから。
例え相手が世界一だろうが、何だろうが関係無い。
彼女をこんなにも、ココまで苦しませていた相手なら尚更だ!
絶対に譲れない!!
「5年も彼女を放っておいて、今更ムシが良いんじゃないのか?」
「うるせぇ、テメェなんかにゃ関係ねぇ」
云い返した途端に、世界一の大剣豪は刀へと手を伸ばして。
ゆっくりとソレを鞘から抜いた。
見えてくる綺麗な刀身。
恐ろしく手入れをされている、この男の武器。
切っ先を俺の鼻先へと突き付けて。
揶揄るような目を向けて。
「……俺の女に手ぇ出すたあ、良い度胸だな。テメェ、死にてぇのか?」
幾ら揶揄るような目付きだろうが。
ゾロの纏う空気は、矢張り殺気立ったモノで。
幾らか、本気で彼を殺そうかと思案している事を知らしめて。
はソレを察知して、身を翻し。
慌てて店のカウンターの奥に置いてある自分が昔使っていた愛刀を持ち出した。
手に掛かる重さが。
時を遡って、昔の自分のモチベーションを戻してくれて。
殺気立った眼はお互い様。
スラリと抜いた刀身を
迷う事無く
昔、愛した男へと向けて
「アタシが大人しく彼を殺させるとでも思ったの?」
殺気を込めた視線でゾロを睨み付け。
アタシを望む男からその刀身の切っ先を自分へと向けさせる。
そして抜いた鞘を床へと捨てて。
一瞬、たりとも彼から視線を逸らさず。
「いいや、そんな事ぁ思っちゃいねぇ」
「よく覚えてたわね。アタシの性格なんてもう忘れちゃったのかと思ったわ」
「それこそフザケンナよ、俺はお前を忘れた事なんざ一日足りともねえよ」
たった
たったそれだけの言葉に
踊ってしまう
高鳴ってしまう胸の鼓動を抑え切れなくて
こんな自分は嫌なのに
なのに、悔しい位に胸はその鼓動を高めてしまって
「…………表、…出な……」
歯を食い縛り。
渾身の殺気を漲らせて、睨み付け。
どの口がそんな科白を吐いたのだか、思い知らせてやる、とばかりに。
「…っ……俺の事なら良いから!! だからその刀を納めてくれよ!」
それを見ていた。
その言葉を聞いた途端。
彼女等の前に飛び出すようにして出て来たビリー。
相手は世界一なんだ、と。
幾らが海賊相手に戦闘を繰り広げ。
その刀で薙ぎ払って、追い返した過去を知っていても。
今回の相手は悪すぎる、と。
どうにかこのバカげた勝負を止めてほしくて。
「ビリー…、幾らアンタが良いって云ってもね。引けない事ってのがあるのよ」
勝負師が。
この勝負だけは外せない、と云わんばかりのその様子に。
どうやってでも止めたいと思っていたビリーの心に亀裂を走らせる。
彼は本能的に覚っていたのかもしれない。
このバカげた勝負は決してやらせてはイケナイ。
この勝負が終わったら、彼女は……は…
俺から……
「お喋りはその位にしろよ。ホラ、やろうぜ?」
好戦的なその言葉に。
自分へと向けられていた視線は、呆気ない位に外されて。
彼女は自分を捨てた男へとソレを向けた。
「っ…」
「平気よ、ビリー…。アナタは早く逃げて?」
「お前を置いて行けるか!! 俺はっ……俺だって!」
―――お前を愛してるんだ…っ!!
刀を持っているを引き寄せて。
無防備にしていた彼女に口付けて。
傍らに居た男の殺気が、膨れ上がるのを肌がピリピリと感じるが。
この傍若無人な男が、本当に彼女の事を……
思っているなんて、
コイツが来た時から
分かってた…
でも今更現れたこんな奴に、彼女を取られるだなんて御免だから
だから、どうか、
…
この手を、振り払わないでくれ……
縋るような思いでする、その行為に。
彼女は特に拒絶を示さず。
まるで彼の思いを受け入れるかのように。
ビリーの首筋に片手をやって。
自分からも彼を引き寄せて。
続く口付けに
ソレを受け入れた彼女に対してか
業を煮やした、見ていたゾロが
動く気配を故意にさせ
突っ込んで来た
瞬間、離された唇
―――ギィィインッ!!
その感触を惜しむ間も無く
響き渡った、刃がぶつかり合う音
そして自分へと向けられる
…殺気
大して力を込めていない様子のゾロ。
対して、両手で彼の刀を止めた。
ソコに腕の差と、力の差。
現役で海賊を名乗り、先日鷹の目を倒した男との違いを嫌と云う程感じ取るが。
彼女にはこの戦いは止められるモノでは無く。
「俺の目の前で他の男とキスするたぁな、そんなに煽ってもイイのか?」
「うるさいっ…、アンタにそんな事云われる筋合いは無い!」
ギリギリ、と。
ギリギリ、と。
刀が押し合う音をさせながら。
「アタシが何処で誰とキスしようがアンタなんかに関係無い!!」
キィィン、と音を立て。
離された刀同士。
飛び出すかのようにして外へと出て行った。
振り返る剣豪。
「テメェはソコで大人しく待ってな。後でじっくりイタブッテやるから」
物騒な言葉を吐いて。
嫌な、口の端を上げるだけの笑みを残し。
剣豪はの後を追って行った。
残された俺は
開け放たれた扉の外へと
行ってしまったを
思う事しか許されず
彼等の戦いに、参戦する事も出来ず
呆然と見送るしか出来なかった……