掴まれた自分の手
5年振りに感じた、愛した女の手の感触
加えて自分の名を呼んだその声
自分を真っ直ぐに見詰め
懇願するその様が
昔とオーバーラップして
今度こそ、その手を離してはいけないと思い
反射的にその手を
の手を
引っ掴んでいた……
執着 6
刀を持っていない手で掴んだの手。
ソレを刀から離させて。
殺気を収め、刀を納め。
少々、無言で見詰め合い。
その手を掴んだまま翻し、その場を後にする為に歩き出す。
そうすれば周りに居た村人達が金縛りのような呪縛から解き放たれ、騒ぎ出し。
多少、止めようとする気配と囁くような声がしたが。
表立って云ってくる輩は居ず。
この場からを引き離そうとした、その時。
「…っ!!」
腰を抜かし、動けも、逃げも出来なかった男が叫んで。
振り向く。
村人もルフィ達もソチラへと視線を向け。
叫んだ男、ビリーを見る。
「…行くな……行かないでくれっ!!」
情けないような言葉でも。
自分から想う女を取り上げに来た男に敵わなかった。
逃げる事すら、戦う事すら出来なかったけれど。
思う気持ちに嘘は無いから。
気持ちだったら負けないからっ。
が盾になり。
やっと、凶暴なまでのその男から逃れられたのに。
その男を引き止めるような、今度こそ殺されてもおかしくないのに。
そんな事が分からない位、愚かではあるまいに。
村人達が、彼のその無謀な迄の行動を戒めるかのような声を上げ。
必死になって彼を止めようとする。
それでも思いを諦められなかったのか。
叫ばずにはいられなかったのか。
「俺ならどうなっても良いから!だからっ!!」
ビリーは引き止める言葉を吐いて。
それには、悲しい笑みを向けて。
「……ごめんね、ビリー…」
謝って、視線を外す。
そしてゾロに手を引かれ続け、離れて行く。
「待ってくれ!頼むから!!」
追いかけようとして。
彼女を、を引き止めようとする為に走り出したビリー。
自分の腕を掴み、引き摺るようにして歩んでいる男の歩みが止まり。
空いている手で刀の柄を握るゾロ。
それを見て
彼が自分に触れようとすれば
触れた途端、だろう
恐らく、今度こそ
ゾロは彼を殺してしまうだろう、と直感で知り
多分、推測
なれど、確信を持ってしまい
村人へと向かって叫んだ
「皆っ、ビリーを止めて!!」
その声に。
その緊迫した声に。
今度こそ彼を止めなければ、間違いなく自分の手を引くこの男に殺されてしまうのだ、と。
多くを語らずともその表情と声質でソレを覚らせて。
途端、堰を切ったように動き出した大勢の村人達。
止められるビリー。
彼を知る人物達に大声で諭されながら。
腕を、背中を、手を、胸を、それこそ身体中を引っ張られて。
泣きそうに顔を歪め。
声の限りを尽くして叫んで。
どうにか彼女を引き止めようと、必死になって。
でもその彼を止めたいと思うのはも一緒で。
ソレを理解する村人達は。
そのの気持ちを察知して、察してやったのか。
彼を引き止めながらも、痛々しい視線を彼女へと向け。
はその視線を甘受する。
アタシなら大丈夫だから
この男に付いて行っても、殺されるような事は無いから
仮にも昔の男だったのだから
例え、捨てられるように別れたとは云え
一時は死ぬ程愛した男なのだから……
固く、固く目を閉じて。
一度だけ。
心配そうな、自分の事を案じている彼等を目に焼き付けて。
視線を再び歩き出した男へと移す。
隣で自分の手を掴んで、引き摺るように歩みの速度を変えない人。
懐かしいまでに思い出されるこの男の事。
だって、一緒に歩くアタシの事等考えもせず。
自分の行きたい所へ、自分の速度で、自分の意志に無理矢理付き合わせて。
こんなトコまでが昔の儘で。
何故か泣きたいような衝動に駆られる。
見上げて見える顔は、昔の儘とは言い難く。
多少、大人びて、恐らく貫禄のようなモノが付いたのだろうが。
今の彼の精神状態の所為で、ソレも刺々しいモノになっていて。
一般人から見れば。
否、そこいらの海賊の輩が見ても恐ろしいような顔付きで。
でもその顔には酷く見覚えがあって……
昔、……こんな風に怒らせて
困らせて、悩ませて
今、思えば
彼の事を振り回していたのか、と
そんな事を思った
そして見えてきた港。
泊まる大きな海賊船。
以前、知っていた、自分が居た頃の海賊船とは全くと云って云い程に変わっていた大きさ。
これが今の麦藁海賊団。
新聞で、多少だが彼等の事を知っていたつもりではあったが。
それは本当に『つもり』だったようで。
実際に、現実に見てみれば。
こんなにも大きくなってしまった彼等。
そして人柄。
でもその大きな海賊船の先端に見える船首部分には。
懐かしいメリー号の羊の頭。
全く変わってしまったかとも思えるのに。
こんな些細な所で垣間見える仲間達の思い。
それは5年と云う月日で変わってしまった所は確かに有るモノの。
それでも変わりたくなかった、変わらせたくなかった部分を確かに残していて。
5年とちょっと前に出会って。
若かった無茶するアタシを船長が気に入って。
無理矢理、仲間にさせられて。
それでも楽しかった日々。
辛かった思い出が多いような気がするけれど。
それでも楽しかった日々が無かったワケじゃなくて。
そんな中で、何時の間にか惹かれていた自分の心。
常に前を向き、自分の限界を高めようと努力し。
一直線に、脇目も振らずにその目的のみを見続けて。
そういう彼を好きになった筈なのに。
確かにそんな彼に惹かれた筈なのに。
最初は自分の存在を受け入れてもらえるだけで良かったのに。
何時の頃からか、彼の一番を欲しがり始め。
何時でも自分の事を一番に考えてほしくて。
何時でも自分の思いを最優先にしてほしくて。
どんな時でも自分の事だけを…
アタシだけを思ってほしくて……
酷い独占欲でもって彼を束縛して。
昔の、思い出の中の女にも嫉妬して。
挙句、刀まで憎んで。
アタシの事だけを
アタシだけを
他の事なんて捨ててほしくて
アタシだけを見てほしくて
耐え切れなくて
逃げ出してしまった、…心……
傷心のようなモノを引き摺った自分を。
まるで荷物のように肩に担いで。
船へ上がる為の縄梯子を登っていって。
初めて乗るこの船の上。
そこには何十人と云う船員が、甲板やらに所在無しに屯してて。
戻って来たゾロに気付き声を掛けようとしてハッとなり、迷っている。
それはそうだろう。
今、彼の纏う空気が読める奴なら声を掛けない方が良いのなんて一目瞭然で。
しかも彼はアタシを肩に担いでいるのだ。
この船の、今の彼の立場がどんなモノかは分からないが。
それでもこの人は世界最強の称号を手に入れた男で。
そんな男が村から連れて来たであろう女。
しかも酷く機嫌を損なわせている。
暇潰しなのか、それとも単なる好奇心からか。
船員達はジロジロと、ジロジロと。
それこそ値踏みするかのようにアタシを見て。
それに気付いたゾロは酷く殺気立った視線を彼等へと向けて。
「部屋に居る。誰も近寄らせるんじゃねぇぞ」
そう云い捨てて。
船室へと続く扉を開け、中へと消えて行った。
広い廊下を歩いて行って。
ある一室の前で止まって扉を開け。
慣れた様子でその部屋へと入っていって。
彼の部屋らしい雰囲気を醸し出すその部屋に。
今は一人、一部屋を宛がわれているのか。
他の船員の持ち物は見当たらず。
一つだけの大きなベッド。
寝相は悪くないが、それでも寝るのが趣味のような彼には。
何故かそのベッドが似合っていて。
そんな事を思うが。
それでもココには自分の知らないゾロが多過ぎて……
何だか
本当に自分達は長い事離れていたのだ、と
そんな感慨に襲われて
無性に淋しいような
悲しいような……
そんな思いに囚われているのを知ってか知らずか。
思考を振り切らせるように、放り投げられるようにしてベッドへと下ろされて。
息つく暇も無く覆い被さってくる男。
途端、触れ合った、合わさった唇。
馴染んだ、それでも懐かしい感触に重さ。
そしてキスの仕方。
乱暴で、自分勝手なクセに。
動きだけは巧みで、アタシの熱を目覚めさせるかのように煽るソレ。
遠慮も無く動き回る舌の感触。
頬に触れる大きくて無骨な手。
焦がれて、焦がれて。
愛しさで心が引き千切れるまでに恋焦がれた男の。
壊れる程に思っていた男の。
懐かしい、夢にまで見た……
愛しい男に抱かれて
悔しいだとか、悲しいだとか。
何で今、アタシはこの男に押し倒されているんだろう、なんて。
頭の中は酷く冷静な部分が残っているのにも係わらず。
巧みな彼の舌使いに、矢張り身体は覚えていたのか。
それとも無意識にずっとこの人を求めていたのか。
冷めた部分は確かに存在するも。
その行為が嬉しいのも確かで。
止められないのはお互い様のようで。
攫われて、無理矢理に近い状態で連れて来られても。
やっぱりこの人には逆らえないのか。
ゾロの腕に抱かれて。
ゾロの匂いに包み込まれて。
囚われながらも。
酔わされて……
アタシは彼の背中に手を回してしまう。
ソレに驚いたのか。
ゾロは唇を離し、少々離れてアタシの顔を凝視した。
「………遅いのよ…っ……バカッ!…」
堪えきれない涙を、やっと流して。
本当に、久し振りに、マトモに彼の顔を見て。
あんなに求めた男がやっと、やっと自分を迎えに来たのを認め。
自分が求められていたのを、自分だけが求めていたんじゃない事を悟り。
本当に欲しかった男の抱擁に、身体を震わせ。
「もうっ……来ないって、思ったわよ…」
「あぁ…」
声を僅かに震わせて。
「アタシ…捨てられたのかと、思ったわ……」
「誰が捨てるかよ…」
抱えてた不安をやっと口にして。
「人が違う男のモノになろうと思った途端に現れて…」
「そんなの絶対ぇに許さねえ」
殺そうと思った男の事を口にして。
「本当に今更現れて……何てタイミングなのよ…」
「…悪かった」
本当にギリギリのタイミングだった事を零して。
細い、蜘蛛の糸のようだった思いが。
切れそうに、もう切ってしまおうと思われていたソレを。
再び紡ぎ始めたその言葉達が。
どうにも嬉しくて。
間に合ったのにホッとして。
自分だって間に合わなかったのだと思ってしまえる程の彼女の頑なな様に。
やっと見出せた己を思う気持ち。
「何でも云え」
「え…?」
不意に云い出した彼の言葉の意味を計りきれず。
聞き返す。
「今迄辛い思いをさせた分だ。お前の望むモン、全部やる」
「……ゾ、ロ…?」
もうその言葉だけで充分だから。
あんなに辛い思いをさせたのだから。
自分の野望の為に。
あんなに愛してくれた、愛した女をココまで追い詰めた。
思いを断ち切らせようとまで思わせた償いだ。
「どんな事でもやってやる。あの時云ってたヤツな。
俺が和道一文字を持ってるってのが嫌なんだったら師匠に返すから」
約束を果たした今では。
あの刀は親である、師匠の元へと返した方が良いように思えて。
今の今迄。
それこそ生まれ育った村を出るより以前より持っていた刀を手放すのを。
本当に些細な事と思え。
あの時に云えなかった言葉を。
ありったけの思いと共に。
お前へと贈るから……
だから
あの時
お前を
お前の手を
選べなかった俺を
許してくれ……
「……もう、…良いよ……」
泣き濡れた顔で。
俺の方を、昔のように、優しい笑みで見てくれて。
「…その、言葉だけで……充分だから…」
昔のように。
優しく手を差し伸べてくれて。
「もう…充分だから……」
涙の浮かぶ目で。
懐かしい、自分だけを視界に入れるその眼差しで。
自分だけを思ってくれていた頃に、戻ったような。
そんな都合の良いような事を考えてしまうが。
でも彼女は『もう良いよ』と云ってくれて。
嬉しくて、嬉しくて。
やっと、やっと自分の元へと帰って来たのだと思え。
感極まって、押さえ付け続けていた欲求を解放する。
「……してぇ…、今直ぐお前を抱きてぇ…」
まだ何もしていないのにも係わらず。
ゾロが呟くように紡いだその声は。
情事の真っ只中のような熱を含んでいて。
云われたにもその熱が移っていったのか。
その思いを受け止めるべく。
ゾロの両頬を両手で包み込んで。
返事の代わりにキスを贈る。
その、離れていた時間を取り戻すように。
濃厚な口付けを交わし。
剥ぎ取るようにして着ている服を奪い取り。
少しでも身体が離れるのを恐れるように、常にどちらかが手を伸ばし、触れ合って。
濃密な程の時を延々と繰り広げ続けた。