『受け止めてやる』
あの時、確かに俺はそう豪語した。
しかし、あの後一緒に行ける事になって。
聞きたいから、と聞き出してしまった彼女の過去は。
自分が想像していたモノとは。
天と地程も違う。
まったくお話にならない位に辛い、耐えられないような内容だった……
so long14
あの場所から。
溶けるように水になったに抱かれて。
連れて行かれたのは俺とマリが暮らしていたあの家だった。
何故ココをが知っているのか。
そんな疑問が頭を過ぎるが。
自分が勤めていたレストラン。
自分がこの島に居る事を知って来た彼女の事だから。
その事を知っていても別段、気にするような事でも無いと思い直した。
只、お互いに。
余りイイ思いが生まれない事だけは確かで。
なのには変わらない。
何の感慨も浮かばない無表情をしていた。
静かな、全てを受け入れてくれるかのような。
だからなのかもしれない。
聞かなければ良かったと分かっていた事を再度聞き返してしまって。
彼女の闇の部分を聞き出してしまったのは……
「なぁ、……」
「何?」
声を掛ければ、直ぐに返事を返してくれる。
その事すら嬉しく感じてしまう自分に苦笑いをしながらも。
サンジは自分が聞きたかった事を尋ねた。
「お前さ……あの後、…どうしてたんだ?」
闇色の目を。
俺達が暮らした家に合わせた儘で。
は振り向きもせずに喋り始めた。
「あの後……ね」
嵐の海に自らその身を投じたは生きる意思を失うように意識を失って。
気が付いたら誰が所有するかも分からない船の上で。
状況の判断が出来ないが彼等に聞いてみた所。
嵐が過ぎ去った後の、僅かに波立つ海の中に。
彼女の白いシャツが浮かんで見えて。
偶然、拾ったらしかった。
にとって拾って貰った事はアリガタ迷惑以外の何物でも無かったが。
それでも一応の礼を云い。
優しく接してくれる彼等が出してくれた食事を無理をして食べみた。
不思議とあの船の上では無い、と云う事が幸いしたのか。
吐く事も無く食物は彼女の喉をスンナリ通って。
その時には既に彼女から『味覚』と云う五感の一つは失われていたようで。
何を食べても何の味もしない。
次第と食事とは自分の身体に栄養を取らせる『義務』のようなモノになっていた。
穏やかな日々が数週間過ぎ。
幾らか体力が回復してきたに。
女らしい体格と、物憂い色気が戻った彼女に。
彼等を海賊団と認識出来なかった彼女に。
それまで優しくしてきてくれた乗組員達が。
仮面を剥ぐように、その本性を露わにしたのは酷く当たり前のようで。
それまで結構な時間を船に居た彼等に取ってとは。
偶然、拾ったオモチャに過ぎなくて。
偶々拾ってみたらそれなりに見れる女で。
しかし痩せてて病的な顔色をしていた彼女をその時ロクに抱く気も起きなかったのもあったが。
彼等はの体力が戻り次第、襲う気でいたのだ。
人の良い仮面を被る必要な無くなった彼等は。
獣に近い本能で持って彼女に襲い掛かった。
逃げる場所なんて無い。
狭い船の上で。
厭らしい笑みを浮かべながら。
短い狩りを楽しむかのように彼女を追い回し。
壁際に追い詰めて。
彼女に迫り。
どんなに嫌がっても。
どんなに助けを求めても。
どんなに悲鳴を上げても。
どんなに手足をバタつかせて暴れても。
数多の人数。
それも男ばかりに押さえつけられ。
敵う筈が無く。
引き裂かれていく白いシャツ。
露わになっていく白い肌。
愛した男にのみ広げられていた身体を。
優しい愛撫しか知らない身体を彼等は力ずくで押さえ付け。
強引に撫で回して。
感じる嫌悪感に吐き気を催したが。
吐いている余裕すらも無く。
ロクに濡れてもいない彼女のソコに。
彼等は何度も何度もソレを押し入れて。
圧し掛かってくる男の姿をを何人も変えて捻じ込んで。
何人もの白液に汚され。
傷付いた性器からは止めど無い血を流れさせ。
喘ぐ以外の音が彼女の口から出なくなると。
その船の船長がやってきて。
『今日からお前は俺達専用の女だ』と。
宣言して。
彼も当然のようにを犯し。
何の感情も浮かべなくなった彼女に己の欲望を吐き出し、浴びせ。
面白いオモチャを見つけた子供のように。
何時間も彼女を犯し続けた。
そして再び食事をしなくなったに。
痩せていくに。
抵抗も声も上げない人形と成り果てた彼女に。
今度は飽きた、とばかりに。
彼女を抱く人間が居なくなった頃。
未知の食物を拾ってきた彼等は。
ソレをに無理矢理に食べさせた。
食事を嫌う彼女の事情は知らなかったが。
それでも彼女が嫌がる事を。
詰まらない船上の唯一の楽しみだ、と。
久しぶりに嫌がるに興奮したのか。
彼等は無理にソレを食させて。
吐き出そうとする彼女の口を何人もの男の手が塞ぎ。
鼻も塞ぎ。
苦しさに耐えられなかった彼女がソレを飲み込むと。
殊更、彼等は大笑いをして。
これ以上の茶番は無いと。
こんなに面白いオモチャはないぜ、と。
人間らしからぬ。
否、何とも人間らしい欲望、本能を剥き出しにした彼等は酒を呑みながら。
ソレを肴にして宴を開いていた。
そして無理にソレを食べさせられたは己の身体の変化に気付く。
怠いのは何時もと変わらないが。
それでも何故か。
彼等から美味そうな。
食欲をそそられるような感じがして。
人間の三大欲求の一つ、食欲を。
自分では認めたくないのに。
身体は欲しがったのか。
意識を必要としないソレは。
自然と水に変わって。
何人もの男達を飲み込んだ。
の身体は透明な。
向こうが透ける液体になって。
好き勝手、横暴な限りを尽くした彼等を包み込み。
一気に四人の男達から。
身体中にある何かを吸い取っていった。
見る間に枯れていく仲間達に。
気付いた男達は目を見開き。
自分達が見ている光景が信じられないのか。
呆けたように只、黙って枯れていく仲間を見続け。
吸いきった男達の骸を。
水が用無し、とばかりに放り出すのをジッと見続けていた。
四人もの男達から。
何を吸い取ったのかは分からなかったが。
それでもは自分の身体に漲る(みなぎる)力を感じていた。
先程までの怠さは微塵も残っていなくって。
己の手を見れば。
骨と皮だけに近くなっていた指が。
瑞々しいまでに肉を付け、張りと弾力性を取り戻していて。
急速に自分が何を吸い取ったのかを自覚する。
彼等が持っていた命の水を。
赤い赤い、命の水を。
『血』を吸い上げたのだ、と。
覚ってしまった。
食物を摂取出来ない、この身体は。
他人から命の源である『血』を吸い取る事に寄って生きながらえる事を望んで。
放っておけば死んでいたものを。
それでもココロの何処かで望んでいたのか。
無自覚な自分の意識を心底呪ったが。
その意識も一発の銃声に寄って途切れてしまう。
仲間を殺された男達が。
未知のモノを相手にするような。
仲間をこんな風に殺されたのを憤るように。
怒りと恐怖に引き攣る顔をして。
に向かって発砲したのだ。
しかしその弾も彼女の身体をすり抜けていって。
自虐意識を途絶えさせられたにとって。
『食事』を有る程度終えた彼女にとっては大した魅力の有る存在では無かったが。
それでも今迄、自分に対してしてきた事は忘れられる類のモノでは有り得なくて。
僅かな意思でもって液体へと変わる今のの身体は。
彼等に向かって強烈な迄の殺意を放ち始めた。
それからの彼女は。
丸っきり自身を失ったかのように彼等を殺しまくり。
銃も、刀も、こん棒も。
ありとあらゆる武器の攻撃を無力化するその身体は。
彼等の攻撃を物ともせず。
只、殺意を持って歩んで行き。
手を伸ばし、彼等を水で包み込み。
殺し続けた……
最後の一人。
この船の船長。
彼のみを残す船の上。
息絶えた部下達の屍が累々と転がるデッキの上で。
人間らしからぬ表情をした女を目の前に。
命乞いをしていた。
今迄、散々に好き勝手をしてきたこの男を。
組み敷いて。
嫌がる自分を何度も犯し続けた彼等の象徴で有るこの男を。
が許す筈も無く。
醜く、自分だけは助けてくれ、と。
もう何もしないから、と。
悪かった。
心の底から謝罪する、と。
真っ当な道に戻るから。
海賊なんて止めるから。
どうか命だけは助けてくれ、と。
あんなに止めてくれ、と頼んだ時に。
薄ら笑いを浮かべて。
それこそこんな楽しい事は無い、なんて顔をしながら。
その光景を眺めていたこの男を。
は水に意思を伝えて。
先ずは足から固定して。
次は膝まで。
次は太股まで。
何て、少しずつ覆っていき。
恐怖に歪む彼の顔を。
無表情になってしまった顔に。
闇を浮かべ始めたその両目を。
彼だけに注ぎ。
口元だけを僅かに引き攣らせたような笑みを浮かべ。
眺め続けて。
時折、彼から『食事』をしながら。
嬲り殺した……
誰も居なくなった船の上。
は一人、笑っていた。
とうとう人殺しになってしまった自分を。
こんなになって迄、生きたいと願ってしまった自分のアサマシイ『ココロ』を。
命乞いをされても、薄ら笑いを浮かべて殺せてしまう程に変わってしまった自分を。
こんなに迄変わってしまった自分を……
余りに情けなくて
余りに酷すぎる現実に
対処する方法など考えつく筈も無く
人間の形をしているのにも係わらず
人で有るココロを持たぬ自分に
否、人で有るココロを捨ててしまった自分に
可笑しくて
悲しくて
憎らしくて
生きている事が許せなくて
生きる事を嫌がって。
憎む事を嫌って投げ出した、この命。
愛した男を憎みたくなくて。
可愛がった女を恨みたくなくて。
当り散らす事をしたくなかったが為にコウなったと云うなら。
それならその全てを受け入れて生きようじゃないか。
綺麗事で己の命を捨てようとした自分を。
神が罰したと云うのなら。
神が生きよとこの命を永らえさせたのなら。
それなら己はそれを全て受け入れよう。
彼等を憎もう。
彼等を恨もう。
自分を救ってくれなかった海軍も憎もう。
自分を裏切ったサンジを。
マリを恨もう……
自分をこんなにした海賊を殺そう。
殺して、殺して、殺しまくろう……
その後。
海賊船から小船を一隻頂いて。
近場の島へと移って行って。
そこで初めて自分が普通の食事を出来なくなっている事に気付く。
食べようとしても身体は受け付けてくれなくて。
口に出来るモノは唯一、液体のみで。
もう自分の身体は他人の『血』のみでしか生きていられなくなっている事が。
新たな絶望となって彼女を包み込み。
そこからの虐殺の物語が。
『氷の』と呼ばれる経緯の物語が始まっていく……
八つ当たりのように。
海軍を。
海賊を。
彼等を殺しまくって。
『食』して。
何時の間にか。
本当に表情を氷のように凍りつかせてしまった。
今の自分が出来上がった……
「……それだけよ」
そう締め括られたの話。
余りにもショッキングな内容を。
コレでもか、と満載したその話は。
サンジを打ちのめすには充分過ぎて。
だってから『食す』と云う。
人間として当たり前な事を奪い取ってしまったのは他ならぬ自分で。
確かに引き金を引いたのはその海賊どもだろうが。
それでも原因を作り出したのは『自分』であって。
『受け止めてやる』
そんな事を豪語した自分が恥かしくて。
余りにも情けなくて。
何が『受け止めてやる』だ。
何が『救ってやる』だ。
コレだけの体験を。
この過去を経験させてしまった自分には。
何をどうやって償えばイイのか。
もうサンジには分からなくなってしまって。
呆けた人形のようになってしまっていた。
ソレを見て。
は深い溜息を付く。
「……サンジ。…それはもう過去の話よ」
優しい彼女の言葉も耳に入らないのか。
「もう終わってしまった話なのよ」
変わらず一点を見ているようで。
何も見ていなくて。
「アナタがどうこう出来た問題じゃないでしょう?過去は誰にも変えられないわ」
それに責任を感じるのは無駄な事よ。
冷たく。
そう云いきったに。
サンジは潤んだ目を向けて。
「……何…で、お前は…そう、云い切れるんだ?」
と、問うた。
「……体験した本人だからじゃないの?」
「もう、…俺が憎くないのか?」
「憎くないと云えばウソになるわ。…でも、もうイイの」
「ナンでイイんだよ、もう俺を殺したくないのか?」
「殺してどうなるの?」
「少なくともお前の気は晴れるだろう?」
「アナタはアタシにこれ以上、ヒトを殺せと云うの?」
堂々巡りのような会話は。
矢張りの言葉に寄って締め括られ。
「じゃあ……、じゃあ俺はっ…俺はどうやってお前を救ったらイイんだ?」
血を吐くように吐き出された彼の言葉。
でも彼に出来る事なんて一つも無くて。
だって現実に。
彼が一体、何ができると云うのだろう。
謝ってもらったって何も変わらない。
消し去ってしまいたい過去は。
決して変わる事はない。
忘れる事も叶わなければ。
狂う事も出来ない。
只、その事実を受け止める以外に何が出来ると云うのだろう。
彼を殺したって。
彼女を殺したって。
何が変わるって云うの?
何も変わらないじゃない。
だから『もうイイ』なのよ。
それにアタシを本気で救いたかったら。
「だったらさ、サンジ……。アナタはあの船に帰りなよ」
地平線から少しだけ見える。
何かの陰。
「な……に、を…?」
落ち始めた太陽が。
その姿を地平線に大半を埋めて。
紅い夕焼けに何もかもを染めあげるその様は。
まるで生きもがくような彼女のように思えて。
「アンタには、まだ帰る所は有るだろう?」
そこから段々と姿を見せ始める一隻の船。
まるでソコから彼女を救おうとして現れたようなその船は。
「アタシとは違って……まだマトモに生きられるんだから…」
嘗て、別れた筈の。
懐かしい。
麦わらを被った。
ジョリーロジャーを掲げる。
ゴーイング・メリー号だった……
「帰りな…、サンジ……」