悲鳴が
泣き声が
うめき声が
血の匂いが
辺りの空気を充満させ
アタシはサンジに抱き締められながら
その光景をただ、見ていた
自身が作り出したその光景を黙って見続けていた……
so long17
背中に感じる温もりが。
この上無いほどに場違いな気がしたが。
それでもアタシはその腕を払う事が出来なかった。
だって、アタシの頭の中は。
一つの事しか考えられなくなっていて。
その事しか考えられなくなってしまっていて。
どうしよう
どうしよう
幾ら頭に血が上ったとは云え
彼等の目の前で
あれだけの人間を、海兵達を
殺してしまうなんて……
あんなに会いたかった、昔の仲間達。
自分が自分で居られた頃の。
思い出の中で一番大切だと言い切れる仲間達の目の前で。
ヒトを殺す事を何とも思わない。
『氷の』の名の儘に。
海兵達を虐殺して。
こんな姿
見られたくなかったのにっ……
微かに震えだすに気が付いたサンジは。
抱き締めている身体を更に強く抱いて。
大丈夫だ。
アイツ等だったら大丈夫だ。
こんな事くらいでお前を見限るような奴等じゃない、と。
安心させるように抱いて。
もし、彼等がその所為で彼女を見放してしまっても。
恐れ慄いて逃げ出そうとしても。
逃げ出してしまっても。
俺は離れないから
俺だけはお前の傍を離れないから
ずっとお前の傍に居るから……
強い決心の元に。
彼女の、の傍に居る事を望んだサンジが。
ゆっくりと。
懐かしい面々に。
振り向いて。
少しだけ淋しそうに。
笑った。
その顔を見た彼等は漸く呪縛を解かれたように。
詰めていた息を吐き出して。
そして久し振りに見るサンジが。
を抱いた儘で浮かべた笑みの意味を計り。
大丈夫だ、と。
俺達はそんな事くらいでを見放したりしない、と。
笑い返して。
だって彼等を殺したのは、剥き出しの殺意を向けたその理由は。
サンジを、ナミをも標的にして発射された海軍の銃であって。
彼女が好き好んで殺したワケでは無いのだから、と。
恐らく、自分の名の所為で集まってしまった海軍が。
『仲間』を巻き込んだのが許せなかったんだろう、と。
そんな風に思ってもらえているのだから。
自分達はまだの中でそれなりの立場に有るのだと云う事が知れて。
まだ『大切』な。
『仲間』だと思ってくれているのだ、と。
彼等は力強く。
サンジに向かって頷いた。
その頷きを見て。
サンジはとても温かいような思いに駆られた。
あぁ……
やっぱりコイツ等なら
自分が『仲間』だと思えていたコイツ等なら大丈夫だと思えていた事が。
神に祈るような思いが。
通じていた事が分かり。
サンジは礼を言いたいような、言うのも照れくさいような。
言ってはイケナイような、複雑な気持ちにさせられ。
「………」
酷い苦痛を浮かべた儘の。
怖くて後を振り向けない彼女の耳元に囁いた。
「大丈夫、アイツ等は分かってる」
その言葉に。
驚いたような顔をして。
コチラを振り向いたが。
自分の顔を見て。
少々不安の残る表情で少しだけ俺を見詰め。
それでも安心させるような笑みを。
本心から嬉しさを浮かべる俺の笑みを見て。
後押しさせられるように。
それでも少し、戸惑うようにして。
奴等に視線を飛ばした。
彼女が飛ばした視線の先には……
少しだけ怒ったような。
何の相談もせずに、あんな行動を取った彼女に。
あの日、一人で船から下りた事を。
何の連絡も寄越さなかった。
心配をさせた事を、眠れぬ夜を何日も過ごさせた事を。
怒っているかのような。
それでもこうして無事に。
また出会えた事を喜んでいるかのような。
複雑な顔をしたルフィ達の顔があって。
しかしソレが会えた嬉しさを上回ったのだろう。
その途端、破顔した顔でルフィが口を開く。
「おかえり、!」
ルフィが嬉しそうに笑って『おかえり』と声を掛け。
ゾロが無言で手を差し伸べて。
ナミが泣きそうな顔で笑っていて。
ウソップとチョッパーは滝のような涙を流し始めて。
不安を抱えていたの顔が。
驚いたような顔をして。
向けられたルフィの言葉に。
差し出されたゾロの手に。
泣きそうなナミの笑顔に。
無事を祝ってくれているウソップとチョッパーの涙に。
ゆっくりと眉間に皺が寄せられ、眉尻を下げて。
キツク閉じられた目が。
何を思っているのかは、伺い知る事が出来なかったが。
それでも次の瞬間、閉じられた儘の目から。
一筋の涙が零れ落ちて。
それを皮切りに。
止め処なく零れ始めた涙。
戦慄くのを許さない唇がキツク結ばれて。
微かに肩を震わせて。
静かに開けられた目に。
彼等の存在を入れると。
「………ただ、いま……みんなっ…」
抱き締めていたサンジの腕がゆっくりと解かれ。
其方へ視線を向ければ。
『行っておいで』と目で言われ。
優しい笑顔を向けられ。
はソレに柔らかく笑い返し、頷いて。
ルフィ達の元へと走る為に一歩を踏み出した。
破顔した船長。
嬉しそうに見守る航海士。
涙を流しながら無事を嬉しがる狙撃手に船医。
そして出した剣豪の手を掴んで。
そうしたら当然のように引き寄せられて、抱き締められて。
キツク、キツク抱き締められて耳元に囁かれた。
「……この…馬鹿野郎っ……」
返す言葉も無く。
黙ってなすがままに抱かれていれば。
「…もう勝手に居なくなるんじゃねぇぞ」
その言葉はお願いなのか。
それとも命令なのか。
判断しかねるのだが。
それでもその言葉がとても嬉しくて。
はそっと目を瞑って一度だけ頷いた。
そんな彼等を優しい目付きで見詰めるサンジ。
心底、良かったという風に見詰める彼に。
船長は近寄って行って。
「サンジもお帰り、だな」
そんな言葉を吐いた。
突然のその言葉に驚いて。
返事を返せないサンジに。
変わらない悪戯っ子の笑みを浮かべている船長は、更に言葉を続ける。
「何があったか知らねえけど、お前等仲直りしたんだろ?」
アレを仲直りと云うのかどうかはこの際問題外としておいても。
現実に自分達が来た時に、彼等は抱き合っていたワケで。
事実、氷のような顔しかしていなかったがこうやって涙を流す事も。
会えて嬉しい、と笑う事も。
真実、起こっているワケで。
海軍の手配書で見た。
街中で聞いた。
が居た街を追って、聞いてきた彼女の噂を聞けば。
今の彼女のこの表情は。
サンジが取り戻したと思ってイイ筈で。
加えて、が黙ってサンジに抱かれていた、と云う事は。
彼にとっては『許した』と云う事に繋がって。
更に自分達が虐殺の光景を目の当たりにした時に。
唯一、動けて、止められて。
そして自我を取り戻させる事も出来て。
自分達の元へと返してくれた。
ルフィにとっては。
もうそれだけで充分な気がしたから。
「……違うのか?」
何時までたっても返事を返さないサンジに。
変に思ったルフィが聞けば。
サンジはとても困ったような顔をして。
「……彼女を…、をまた船に乗せてやってくれるんだろ?」
質問の答えを誤魔化すように彼に疑問を問うて。
「そんなの当たり前だ。だっては元々うちのクルーだ。お前もそうだしな!」
誤魔化す為の質問に。
誤魔化す為だったソレに。
ルフィは事も無げに答えて。
しかもサンジの事もさり気無く含んでいて。
昔のようにサンジの背中を遠慮無くバシッと叩いて。
「自分の船に帰るのに何、確認なんてしてんだよ!変なヤツだなぁ」
さらっ、と云われたその言葉に。
サンジは気付いてしまう。
本当は帰りたかったんだ、と。
自分だってあの船に帰りたかったんだ、と。
を裏切って。
マリを選んで。
船を、仲間を捨て。
新しい生活を、彼女との生活を望んだけれど。
それでもやっぱり夢は捨てきれなくて。
やっぱりあの船に、あの仲間達の所に帰りたくて。
心の奥底に仕舞い込んでいた渇望とも思えるその願いが。
叶う事等有り得ないと諦めてしまっていた。
望む事すら忘れようとしていた願望が、こうもアッサリと通ってしまい。
どういうリアクションを返せば良いのか。
困ってしまう位にそれはすんなりと通ってしまって。
「それに俺、久し振りにサンジの作った飯が食いてえしな!」
それにこんな最上級の求められ方をして。
どうやったら断る事が出来るんだ、と。
目頭が熱くなるのを感じるが。
コイツ等の前で泣くなんて行為は絶対にしたくねえ、と。
さっきののように、歯を食い縛り。
唇をへの字にして。
ギリギリでソレを耐えると。
「……そうだな…テメェの胃袋、満たしてやれるコックなんざ世界中探しても俺位なモンだぜ…」
少しだけ震える声で。
そう、皮肉で返し。
サンジは久々に出した煙草に火を付けた。
その答えを。
嬉しそうな顔で。
あの悪戯っ子の笑顔で、満足そうに聞いて。
「よぉっし!今夜は宴会だ―――っ!大宴会だぞ―――――っ!!!」
ルフィのその大声で叫ばれた内容に。
仲間達は其方を振り向いて。
皆が皆、とても満足そうに笑って。
「お―――っ!大宴会だっ!!」
歩いて来るルフィとサンジを迎え入れてくれた。
その光景を
とサンジを再び仲間として迎え入れているその光景を
剣豪の腕から離れて
再びサンジの元へと帰っていくへと
憎しみの籠もった眼で見る目が……
離れた場所から
狂ったような眼差しで
見続けている存在が居る事を
この時、誰も気付かなかった………