誰か…
誰かウソだと言って
サンジが
マリが
アタシを裏切っていただなんて……
誰でもイイ
全てが手の込んだウソだと、お芝居だったんだと言って……
お願い…っ
お願いだからっ!!
so long2
起きないようにと、チョッパーは更なる注射をへと打って。
強制的な眠りへと導いていた。
そんな中、彼女達を除いたクルー達はキッチンへと集まっている。
皮肉な事に外はとても良い天気で。
何時もは信じられない位に五月蠅い面々も先程の騒ぎの所為か、それこそウソのように誰も口を開かなくて。
心地の良い筈の朝日と、船にあたる波の音が、静かな空間を満たしていた…。
イスに座る者。
壁に寄りかかる者。
シンクへと身体を預ける者、と様々だったが。
彼等の視線はサンジとマリに集中していて。
特に壁に寄りかかっているゾロは、入ってきてからずっと二人を睨みつけている。
怒りを無理に押さえつけているその眼光に、マリは下を向いたまま。
サンジはマトモに視線を合わせる事が出来なくて。
何時ものサンジなら『女性に向かってその目は何なんだ』と怒鳴り散らすのだろうけど。
この時ばかりは何も言えず。
只、マリの震える肩を抱いてやるのが精一杯だった。
それが更にゾロの神経を逆撫でする行為と分かっている筈なのに……
一触即発。
後、少しでもこの沈黙が続いていたら、それこそ恐ろしい事になっていただろうと容易に想像出来るその空間に。
カタン、と小さな蹄の音をさせてチョッパーが入ってきた。
「鎮静剤と催眠効果のある薬を点滴してる。これで暫くは寝てる筈だから……」
この場には似つかわしい、とてもとても沈んだ声で。
「そう……ご苦労様、チョッパー…」
それにナミが労いの言葉を発して。
ううん、と頭を振るチョッパーが自分のイスへと座るのを確認すると、その儘ナミが口火を切った。
「で、どういう事なの?…お二人さん」
平静を装うナミの声だが、滲み出る怒りは消しきれないのかマリの身体がビクッ、と震えた。
それを宥めるようにサンジが肩を抱く手に力を込めれば、ゾロからの殺気が溢れ出て。
「…俺が…、俺が全部悪いんですよ。ナミさん」
それ等を甘受しながらも、サンジはそのセリフを吐いて。
対したナミは大きな溜息を付いた。
「はぁ……、そんな事は聞いてないの、サンジ君。アタシがあの状況を見る限り、アナタがマリと浮気してたって思えたんだけど」
一旦、言葉を切って。
鋭い目付きで二人を見詰めて。
「……当たってるのかしら…?」
その間が、イヤに空気を重くしていた。
「…浮気じゃありません」
ピクリ、とナミとゾロの眉が跳ね上がる。
「じゃあ、本気だとでも言うの?」
「……はい」
短いけれども、イエスと言い切ったサンジ。
「……てめぇ…」
全身から堪えきれない殺気を漲らせ(みなぎらせ)たゾロが、ユラリと壁から身体を離す。
その殺気にあてられたのか、ウソップやチョッパーは全身を竦ませてガタガタと震えてしまって。
「ちょっと待って、ゾロ。まだ話は終わってないの」
言外に『その後だったら好きにすれば』と云う意味に気付いたのか。
ゾロは何とか怒りを抑え、再び壁に身体を預けなおした。
「ねぇ、サンジ君。アタシはアナタと『』が付き合っていると思ってたんだけど、違ったのかしら?」
テーブルの上に形の良い尻を乗せ、ナミは見下すようにイスに座ったサンジを見た。
「いえ、違いません。俺は……と付き合ってました」
「そう、じゃあアナタが二股かけたって事ね」
ナミも相当頭にキテいたのか、言葉尻に棘が混じって。
「……ええ、そうです」
それでもサンジは全てを受けとめて。
「それがさっきにバレちゃったってワケ、か。それでアナタはどうする気?を捨ててマリに乗り換えるの?」
悪意を持ったナミの言葉達。
ゾロやルフィのように力で捻じ伏せるのとは訳の違う、女独特の精神面を追い詰めるやり方。
サンジはとてもとても辛そうな顔をした。
『を捨てる』
別に彼女が嫌いになったワケじゃない。
正直に言えば今だって好きだけれど。
気の強い彼女の事だから、きっと大丈夫だと。
『捨てる』ワケではないのだと……
『マリに乗り換えるのね』
そんなつもりじゃなかったんだ。
と付き合うようになって、自然と増えたマリと過ごす時間。
好きだと思って付き合った彼女()とは、まったく正反対のふんわりとした彼女(マリ)。
臆病で、引っ込み思案で、ふわふわで。
触れたら壊れてしまいそうな所も、溶けるような微笑にも。
気付いてしまえば己の気持ちを止める事等出来なくなっていて。
この船に乗る前は、に庇われていたマリ。
彼女には保護欲をそそるナニかがあり。
ゾロのような男には感じないであろう、その感覚と征服欲。
正直に言えば、ゾロがに惹かれていたのは知っていた。
強い眼差しと精神力。
適度に動けるしなやかな身体は細い肉食獣を思わせるモノで。
それを眩しそうに見ているのを知っていて、俺はを手に入れた。
悔しい筈のゾロはそれでも何も言わず。
只、幸せそうに笑っているを見ているだけだった。
それを知っていると云う事は、二重、三重の裏切りを意味していて。
自分の愛した男を疑う事すらなく信じていた。
自分の事よりも相手の幸せを優先させたゾロの思い。
そして付き合う二人を温かい目で見詰めていた仲間達。
はかりに掛けるワケではないが、それでもサンジはマリを選んで。
「……俺は、と別れるつもりです…」
ギリッ、と歯の軋む音が聞こえた。
音のした方を見れば、ギリギリで怒りを押し殺しているゾロと目が合って。
「……ふぅん…、そう」
そんな筈はないのに、ナミは酷く気の無い返事をして。
そして一気に表情を無くした。
その途端にサンジの頬へと平手が飛ぶ。
―――バチンッ!!
派手な音がキッチンに響き渡った。
―――バチッ!!
そしてもう一つ。
サンジと共にマリも殴られて。
回りに居た男達はとても驚いた顔をして、ポカンと口を開けていた。
「……アタシがっ…口を挟むのなんてお門違いだってのは分かってるわ…!!」
静かな静かなナミの怒り。
奴隷として売られようとしている最中でさえ。
己の事を顧みず(かえりみず)にマリを逃がそうと、助けてやろうと身体を張っていた。
そんな彼女は一見、とても気が強そうに見える。
しかしそんなのは只の見せ掛け。
それは彼女の外に張られた殻のようなモノ。
一歩、内へ入れば信じられない位に脆い彼女がソコに居て。
には守るべき存在が居たから。
守るべき、可愛いマリが居たからこそ。
はナミ以外のクルーの前では決してその殻の内を見せようとはしなかった。
「あんた達……自分がナニしたか分かってんの!?
あんなに守ってくれたをっ…、あんなに思ってくれてたを裏切ったんだよ!!?」
静かだった怒りは、一気に激情に流されて。
ナミは叫びながらもポロポロ涙を零している。
「見たでしょう?の錯乱した所!! あの子はアンタ達が思っている程強くないのよ!!
今の今までこんなに近くに居たクセにそんな事にも気が付かなかったとでも云うの!!?」
サンジは下を向いた儘。
マリは殴られた頬に手を当てて、やっぱり泣いていて。
「ナニよ、泣けば済むとでも思ってんの!? 泣けばアタシは弱いんですって守ってもらえるとでも思ってんの!!?」
暴走し始めたナミを見かねたルフィが止めに入る。
「……ナミ」
「イヤよ、離してよ!! まだ言い足らないんだから!!
だってアタシ、あの子に毎日相談されてたのよ!?
サンジ君を好きになり始めた頃から!! 初めて人を本気で好きになれたって、告白して好きって言ってもらえたって。彼女にしてもらえたって。
スゴク、スゴク嬉しそうに笑っていたのにっ……なのにっ!!!」
「…ナミ……」
普段の船長からは想像出来ないとても静かな顔をして。
泣き続けるナミの頭を自分の胸へと押し付けた。
暫くの間、ナミの嗚咽がキッチンに充満した頃になってようやくルフィは口を開いた。
「……なぁ、サンジ、マリ。…俺には恋愛なんてモンは良く分からねぇ。こうしてナミと付き合っててもイマイチ分からねぇ位だ。
でもな、俺はナミには泣いて欲しくねぇし、大事にしてぇ。何時も笑ってて欲しい」
言いながらルフィはナミの髪を撫で続ける。
「なのにお前はナンでを泣かすんだ?お前にとっては大事じゃねぇのか?」
苦手だと云う事は、たどたどしい口調からも充分に分かるが、それでもルフィの顔は戦闘の時と同じ位に真剣で。
それに対してサンジも真剣に応えた。
「…今でも大事だ。は俺の大切な『仲間』だ」
そのセリフに、ナミは離れてしまったサンジの心を感じ取った。
もうサンジにとって彼女は『大切な仲間』であって、『大切な恋人』ではないのだと。
大切な大切な『仲間』だけれど、唯一の『恋人』ではないのだと。
無邪気に笑うの顔が脳裏に浮かび、ナミの目から新しい涙が溢れ出した。