『……何で!? …何で刺さらないの?!! どうしてアンタは死なないの?!!』
そんなのアタシが聞きたいわ
『死になさいよ!アンタなんて死んじゃえば良いのよ!!
』
どんな気持ちであの船から飛び降りたのか
どんな気持ちでその選択を選んだのか
アンタは知ろうともしないのね…
アタシだって本当はあの時に……
『どうして生きてるのよ!!』
死んでしまいたかったのに……
so long21
「……アンタ…、あの頃から全然変わってないのね」
冷たい冷たいの視線。
その先には放心したかのようなマリが居て。
「…ううん、随分と云うようになったのね。でも今のアンタ、醜いわ」
の言葉にカッと頬を染めるが。
確かに自分の行動、言語は恥じの極みで。
これ以上口を開くのは恥の上塗りなのを感じたのか。
マリは悔しそうに唇を噛み締めた。
黙ってしまったマリに。
は冷えた視線を合わせた儘で。
冷たい時間が二人の間を通り抜けていく。
そうして沈黙が間を埋めていたが。
先に言葉を発したのは矢張りで。
「………何で刺さらないか、か……」
「……え…?」
「そうね、アタシだって刺さって欲しかったわ」
無表情な儘で紡ぎ出される言葉達に。
マリは驚きを隠せなくて。
だって彼女はまだ知らない。
があの船から居なくなった後の事を。
悲劇の物語を己の身で体験してしまった彼女の事なんて知らないから。
だからこそ、あんな言葉を云えたワケで。
恐らく、が体験した事を知ってしまったのなら。
幾ら頭に血が上っていたマリでも。
あんな暴言は吐かなかっただろうから。
「……ねぇ、マリ」
「な…によ……」
「そう云えばアタシ、…アンタを殺したい程憎んだのよね」
「っ…!!……」
濁った眼。
感情を表さない表情。
喜怒哀楽を忘れてしまったかのような声。
『氷の』が殺したい、と。
今のがマリを殺したい、と。
本当にそう思えば、マリ等ほんの数秒で殺せるだろう。
だって今迄だって何十と、何百と云う人間を殺したのだから。
海軍大佐に直々に。
ヤメロと云われても、まだ殺し続けていたのだから。
正直、マリは目の前に居るを。
もう昔のとは思えなくて。
名立たる『犯罪者』の『賞金首』であり。
尚且つ『殺戮者』で金額『二億』の大物で。
自分の知る彼女とは。
掛け離れてしまったヒトなのだと……
そして
自分を殺そうと思うほどに憎んだ、…と
震えだした身体が
震えが止められない……っ!!
「………ぃ……ゃ…っ……」
薄っすらと涙を溜め始め。
拒絶の言葉を途切れ途切れに発して、後退りして。
敵わない事をやっと理解したのか。
目の前の人物を。
『自分』が『』を殺したいのではなくて。
『』が『自分』を殺したがっているのだと。
その事実に気付き。
彼女の無表情に怯え。
逃げようとして恐怖に慄き。
腰を抜かして後ろへと尻餅をついてしまう。
「きゃあぁっ…」
その衝撃で、やっと声が出せたのか。
マリは短い悲鳴を上げ。
でも未だ身体は上手く動かないのか。
視線を外せぬ儘、四肢で後退りをして。
「………ね、マリ……アタシが、怖い?」
無表情な儘では口の端を上げる、あの不穏な独特の笑みを顔に張り付かせれば。
「っひ……!!」
マリは恐怖に慄いて声にならない悲鳴を上げる。
その顔に
その表情に
その恐怖は
その逃げ方は
その怯え方は…
……まるで、昔の自分を見ているようで
本当に、自分のしている事が無意味に思えて
「……アタシね、…今のマリみたいな状態で犯されたの。何度も何度も……毎日毎日犯され続けたの」
無機質な声がマリの耳に届くと。
何の事だと彼女の眉間に皺が寄る。
「GM号から飛び下りて、海に浮かんでたアタシを助けてくれた船のクルーに襲われたの…。
毎日、毎日。代わる代わる、何人もの男達に犯され続けたの」
淡々と語る内容はその口調に似合わぬモノで。
マリの脳に届いた直後から彼女の中に眠っていたこうなる以前の。
表情豊かな、優しかったとの思い出が溢れ出して。
「嫌だって云ってもね、笑われて罵られて殴られて、何度も何度も慰み者にされたわ」
初めて出会った奴隷売りの船の中。
怯えて声も出せなくなっていたアタシに優しく笑いかけてくれた。
「お陰でね、アタシ食べ物が食べられないの。もう身体が受け付けないの」
嫌いな、野蛮だと思っていた海賊に助けられて。
助けてもらったにも係わらず、思っていたような人達じゃ無い事が分かっても。
一向に馴れる事が出来なかったアタシに。
やっぱり救いの手を差し伸べてくれて。
「いい加減、何度も何度も犯られるからさ。拒絶を示さなくなったのがつまんなくなったみたいでね。
その船のクルー達が何も食べれなくなったアタシに気付いて、退屈凌ぎに無理矢理に食わせたの」
アタシは羨ましかったの。
明るい笑顔をクルー達に振り撒いて。
皆の心を自分へと惹き付けるアナタが羨ましかったの。
「何だか分からない、悪魔の実をモノを食えなくなったアタシに食わせたの」
だからサンジを手に入れたアナタから。
幸せそうな顔をしたアナタから。
優しい彼を奪いたくなったの。
「無理に食わせて笑って笑って、笑われて………そしたらアタシはこんなになったちゃったの」
だって初めて手を差し伸べたら。
あの人はその手を無碍に払う事無く握り返してくれたから。
「物も食えない、生きるのに他人の血を必要とする悪魔みたいな女になっちゃったの」
それが嬉しくて、嬉しくて。
だってあんな笑顔をアタシにもくれたから。
だからその笑顔を絶対に離したくなくて。
絶対に自分のモノにしたくて。
自分の容姿と身体を武器にして彼を振り向かせて。
から彼を奪い取って。
「ココ迄煮え湯を飲ませられれば憎むのも分かってくれる?殺そうと思う程憎んだのも分かってくれる?」
でもそれがこんな結果を引き出すだなんて。
そんな事、夢にも思わなかったから。
アナタが船から飛び降りるなんて思わなかったから。
「………ご……めっ……」
こんな事になるなんて……
こんなにもアナタが変わり果てるとは思わなかったから
生きていてと願ったのは事実だけれど
死んで欲しいと願ったのも事実だけれど
そんな思いをしていたのなんて知らなかったから
本当に知らなかったから…っ!!
「ごめっ……なさ…っ……」
冷たい冷たい眼差しを向けらた儘で。
マリは震えながら。
涙を流しながら。
謝罪の言葉を口にして。
「ごめんっ…なさ、い……」
「…今更、謝られても……ね。どうにもならないわ」
泣きながら謝り続けるマリに。
はサンジにも云ったセリフを与えてみる。
「だって、…もう昔のアタシには還れないでしょ?ねぇ、どうしてくれるの?」
揺れるの感情に同調したのか。
僅かに水が揺れ始め。
「ねぇ、どうしてくれるのよ。アタシ人間じゃなくなっちゃったのよ?
こんな身体で、只生きるのにも他人の血を必要として。サンジの傍に居るのだって罪悪感で一杯なのよ?」
凪いだ水面に石を投げ入れたように、水は揺れ続け。
ソレは段々と酷くなっていって。
「殺したいの?アタシを殺してくれるの?! だったら早く殺してよ!
アタシだってこんなになってまで生き続けるのなんて嫌なのよ!!」
悲鳴にも取れる。
血を吐くような言葉に。
マリはボロボロと涙を流し続けて。
謝罪の言葉も出なくなったのか。
それでも視線を外す事は無く。
を見続けて……
そして、ゆっくりと水の波紋が静まっていき。
やがて元のようにまぁるい玉になり、の指示を待ち続ける。
ゆぅるりと。
波立った感情を沈める為なのか。
波立ってしまった感情を恥じているのか。
は一つ、溜息を付いて。
「……八つ当たりだったわね、ごめんなさいね」
謝罪の言葉を口にするが。
マリは軽く首を振って、その謝罪の言葉を受け取るのを拒否している。
それを目の当りにするも。
の表情は矢張り、動く事無く。
「でも、アンタはどうするの?これからどうしたいの?」
こんなになって迄、自分の事を聞いてきてくれるに。
マリは心底、器が違う事を思い知って。
「……アタシは………アタシ……は…」
償えるなら償いたい
彼女をココ迄追い詰めたのはアタシ
あんなに生きる事が楽しそうで、人間味溢れる彼女から
全ての感情を奪い取ったのはアタシなのだから……
少しでも、ほんの少しでもソレを償えるなら
例え、ソレがどんな方法でも
「アタシはの血になりたい…」