ヒトの心は何てウツロイ易いんだろう……
どんなに固く誓っても、どんなに甘い言葉を囁いても。
何度も何度も身体を繋げようと。
不変のモノ等、有り得ない……
ナミはルフィの赤いノースリーブをキツクキツク握り締めた。
so long3
そんなナミをルフィは条件反射のように力を込めて抱き直した。
自分には小難しい事等は分かりはしないがお前が悲しんでいるのは分かる、と。
「……そうか、ならイイ」
何がイイのか己でも良く分からなかったが。
自分の目を見て言ってきたサンジの言葉にウソは無いように思えて。
その場の空気が和やかなモノへと変化し始めたその時。
「ヨクねぇよ」
納得しかけたルフィに『何故だ』と、云わんばかりにゾロが喰ってかかる。
「ナニがイイんだよ。お前達はソレでイイかもしれねえが、じゃあアイツの心は何処にいきゃあイイんだよ」
ゾロの発した言葉は、やっと静まりかけた水面に大きな石を投げ入れるのに良く似ていて。
だって見てしまったのだ。
自分が見たモノを信じられなくて。
自分が裏切られたのを認めたくなくて。
泣いて、泣いて
自分すらもを否定するように、泣き叫んだを
見てしまったのだ……。
自分を選んでくれなかった事は、とても悔しかったが。
心底、悔しかったが。
それでもアイツは笑ってたんだ。
とても、とても嬉しそうに。
あの男の傍らで笑っていたのだ。
「違う女に惚れたんだ。だからこれ以上お前とは付き合えねえ、別れよう。
……こんなんでお前等はホントに納得すんのか?そんなん本気で言ってんのか!?」
こんな話が似合わねえ事なんざ、百も承知だ。
それこそナミじゃねえが、自分が口を出す事だとも思えねえ。
でもな、だからと云って引ける問題と引けねえ問題っつーのが有るんだよ!!
「随分と勝手じゃねえか!お前等、の事をナンだと思ってんだ!? アイツはオモチャじゃねえんだぞ!!?」
押さえつけている自制心がミシミシと音をたてている。
「……そんな事ァ、思ってねえ…」
「だったら!! ……心を踏みにじられたら痛え事位は分かるよな、裏切られたら辛え事位は分かるよな!!
分かっててテメエ等はを騙したのか!? 裏切ったっていうのかよ!!!」
感情の高ぶりと共に自制心が、理性が崩れていく。
ゾロのセリフに返す言葉も無いのか、サンジは眉間に深い皺を寄せ、キツク目を瞑った。
「オイ…、何とか言えよ。言ってみろよ!ああっ!!?」
ズカズカとサンジへと歩み寄り、胸倉を掴んで無理矢理立ち上がらせる。
「お、おい…ゾロ!!」
ウソップが慌てて静止の声を上げるが、そんなモノで止まる筈がなくて。
―――ガッ!!
ゾロはその儘サンジを殴りつけた。
「きゃあぁ!!」
隣で座っていたマリの悲鳴にゾロが其方へと視線を向ける。
涙を流しながらガタガタ震えているその様にゾロは口の端だけで笑って見せて。
「テメエもイイ玉だよな。泣いて震えてりゃあ誰かが助けてくれるとでも思ってんのか?」
掴んでいたサンジの胸倉を勢いを付けて放り投げて。
ドカッ…、と鈍い音を立ててサンジの身体は壁へとぶつかり崩れ落ちる。
「アタシは弱いんです、って股ァ開きゃ誰も彼もが引っ掛かるとでも思ってんのかよ!!?」
それまでしたい放題にさせていたルフィだが、ゾロの手がマリに向かって振り上げられるとその手を引っ掴んだ。
「……ナンで止めんだ?テメエもこのアバズレを守ってやるクチなのか?ルフィ…」
まるで視線だけで射殺せそうな程ギラついた目でルフィを睨み付けて。
「……いいや、マリを庇うつもりはねえ」
その視線をルフィは平然と受け止めて。
「でもな、ゾロ。これは俺達が口を出す問題じゃねえ、むしろ部外者だ。この事はとサンジ、マリにしか解けねえんだ」
『部外者』と云う言葉に更にゾロの殺気は高まって。
「お前、さっきの心は何処に行くって言ったよな」
「……ああ」
「それはにしか分からねえ事じゃねえのか?それにどっかに行っちまいそうになったら連れ戻しゃイイじゃねえか!」
『どっかに行っちまいそうになったら連れ戻しゃイイじゃねえか』
……どうして…
コイツは何時も何時も
バカなクセして
ここぞって時には物事の本質つきやがって……
「第一、は俺達の大事な仲間だ。俺達がどっかに行かせるワケがねえじゃねえか!」
そうだろう?、と何時もの笑みを浮かべてゾロを見る。
「悲しいって泣いたら胸を貸してやればイイ。淋しいって言ったら慰めてやればイイ。
愚痴が言いたいってんなら聞いてやればイイ。なあ、ゾロ!!」
バシッ…、と背中を叩かれて。
口にこそ出さなかったが。
『本当にコイツがキャプテンで良かった』と心からそう思った……
「……あぁ、そうだな…」
眉間に深い皺を寄せて、ゾロは苦々しく笑った。
そしてそのまま踵を返して。
「のトコに行ってくる」
そう言い残し、ゾロはキッチンを出て行った。
残された面々もルフィに共感したのか、それなりに落ち着きを取り戻したような顔をして。
「……でもな、サンジ」
折角のその空気を、今度は落ち着かせた筈のルフィが波立たせる。
「俺はがお前達を認める迄、絶対に認めないからな」
何時もの彼の表情では無かった。
何処か怒ったような。
それでも悲しそうで、淋しそうな。
ゾロほど殺気を漲らせているワケではないのに。
ナミほど感情が高ぶっているワケでもないのに。
彼のを思う気持ちが痛い程に伝わってくるその表情。
『が認めるまで認めない』
そのセリフは思いの外クルー達の心の中にストン、と落ちて。
「……そうだな、俺もが認めたら認めるよ」
ウソップが頷き。
「俺もがそう言うならイイ」
チョッパーも認め。
「……そう、ね。あの子がそう言ったなら…ね」
ナミも渋々だがそれを受け入れた。
例え自分達がどう言おうとも、これは個人の問題で。
認める、認めないはこのさい関係ないのだが。
それでも認められないより認められた方が良いに決まっていて。
「ごめ…なさい……ごめん…なさ……」
マリは泣きながら何度も謝り。
「……騒がせて、悪かった…」
咽ながらサンジも謝った。
「謝る相手が違うでしょう?」
チラリ、と視線を向けて言い放ち。
ナミはルフィと共にキッチンを出て行った。
それに倣い、ウソップもチョッパーも出て行く。
誰も居なくなったキッチンに残された二人。
マリは投げ飛ばされたサンジの元へと走り寄って行った。
「大丈夫…?……痛かったでしょう?」
「……いや、こんな位は何でもないよ」
そう言ってサンジはマリを抱き寄せた。
ああ…
本当にこんな位は屁でもねえ
傷付けたの痛みに比べりゃあ、こんなモン……
やっと静けさが戻ってきたその頃には。
上ってくる太陽が空の色を真っ青に変えきった。
そんな時間帯になっていた。