人を慈しむ心
人を敬う心
人を愛する心

大切な誰かを想う心




そんなモノ





最初から持っていなかったらヨカッタのにね















so long7















「……もう終わりなの?」

周り中を跪かせ。
ある者は瀕死で。
ある者には重症の傷をおわせ。

その中心に居る人物は。
屈辱にその両手を握り締めていた。





「思ったより大した事ないのね、『黒檻のヒナ』さん?」

冷めた目で。
視界に映る海兵、海軍大佐を見る。
今回の捕獲対象の女。





屈辱と、悔しさと、己の力量不足、そして力の過信。
その全ての感情が地面に平伏すヒナに襲い掛かってくる。

悔しくて悔しくて。
それでもこれ以上の攻撃をする余力を残さない自分の身体に呪いの言葉を吐きながら。
ヒナは自分をココまで追い込んだ女を見上げた。

睨むだけでもしたかった。
『負けた』と云う事実を認めたくは無かったが。
それでも目の前の女には、傷一つ見当たらなくて。

少しでも身体を動かそうとはするが、どうしようもない無力感が己を襲って。
それでもヒナはその女を見上げた。





ソコには見つけた時と何ら変わらぬ無表情な女の顔があって。
正直、ヒナは背筋に走る悪寒に似たモノを感じずにはいられなかった。

硝子玉のような。
何の感情も表さない暗く、濁った目。
その目には計り知れない闇が。

全てのモノを飲み込んでしまうかのような暗闇があって。






そんな不気味な女は薄っすらと笑いの顔を作り出す。

目はその儘に。
口元だけを引き攣らせたように上に上げ。





こんな顔をする人間に。
こんな顔をする人間が。
会った事も無いのは当然だけれども。

この世に存在するだなんて……

ヒナにはコレが同じ人間だとは思えなかった。
否、思いたくなかった。





「……アタシね…海軍って大嫌いなの。……でもね…」

笑っていた口元は何時の間にか元の無表情に戻っていて。
そのセリフを口にしようとした彼女の目。
それが闇色を深め。





「アンタみたいにアタシを見るような奴はもっと嫌い」

元々、濁っていた目の中に。
明確な殺意を感じた。





女はゆっくりとした仕草で腕を上げる。
その様子を只、見ている事しか出来ないヒナ。
彼女にはもうその攻撃を避ける余力は残されていなくて。





「バイバイ、『黒檻のヒナ』さん」

女が手を振り下ろすと。
辺りに撒き散らされていた水が一気に意思を持ってヒナへと襲い掛かってくる。

彼女を中心に円を描くように動いた水が。
彼女を仕留めてしまうより早く。

何者かがヒナの身体を攫って行った。





それは煙。

夥しいその煙が水の壁を突き破って、ヒナの身体を後方へと放り投げる。
ソレは見る間に人間の形を象って。





「……海軍大佐…『白猟のスモーカー』……」

「俺の名前を知ってて貰えるとは光栄だ」

「……それなりに有名だからね」





口には二本の葉巻を銜えた大男。
スモーカーと呼ばれた男は後ろに背負っていた大きな十手を手に取った。





「海軍の……それも有名な大佐様、二人に会えるだなんてね」

「お前がそれなりに有名だからだろ?『氷の』」

「へぇ…、ツイにアタシにも二つ名が付いちゃったんだ」

「その首には5000万ベリー掛かってんだ、俺に狩らせろよ」

「別に……、狩れるモノなら狩ってみれば?」





会話をしながらも『氷の』と呼ばれた女は表情一つ動かさず。
普通の海賊、人間ならば。
この男を目の前にしたならば、必死になって逃げるモノを。
彼女は微動だにせず、受け入れている。

それもヒナが感じ取った闇の目を。
今度はスモーカーに向けてだ。

ヒナが感じたソレ。
ソレをスモーカーも感じ取っていて。






……噂通りの女だな…






悲鳴を聞いても。
命乞いをされても。
断末魔の叫びを聞いても。

何人もの人間を殺す時にすら。
表情一つ変えない。






まったくその通りだ。






深い闇を内に持ったの瞳を見続けて。

「…大人しく、…捕まるつもりはねえみてえだな」

スモーカーがそう尋ねれば。

「どうして?アタシが何かした?」

彼女は口元に先程浮かべた笑みを乗せる。

「どうしてだ?てめえは罪も無い人間を、海軍の人間を何人殺したと思ってやがんだ!!」

スモーカーの言葉を聞きながら。
彼女は更に口の端を上げて。
目だけが笑っていない。

ヒナに見せた比ではない、壮絶な迄に不穏な笑みを浮かべながら。












「それがどうしたの?役にもたたない海軍なんて、居るだけ目障りよ」












そう、言ってのけた。





それにキレたのはスモーカーで。

彼は煙になりながらに襲い掛かっていく。
その煙の身体を彼女に巻きつけ、締め付けて。

「以外と呆気ないモンだな、『氷の』。お前はこんなモンなのか?」






侮蔑の目を向け。

スモーカーは上半身を人間体にし、持っていた十手で取り押さえようとする。
能力者対応の海楼石が施されたソレ。

ソレを手前へ持って来ようとして、その手が動かなくなる。





「…なっ!!?」





其方へ目を向ければ。
彼の十手には大量の水が絡みつくように重力に逆らいソレを固定していた。





「……バカねぇ、そんなに簡単にアタシが捕まるとでも思ったの?」





闇色の目は、獲物を捕らえたかのような眼差しで。
スモーカーを映していた。

彼女は締め付けられている身体を水のように溶かして。
スルスルとスルスルと。
そのままスモーカーを水で固定した儘、は直ぐ傍で再生していく。





透ける身体に、透ける顔。
向こう側が見える彼女は。
変わらず不穏な笑みを浮かべていて。





幾ら能力者が人間に見えないと云われていたとしても。
彼女程、人間から掛け離れては見えないだろう。





『氷の』と呼ばれた彼女は。
それほど迄に感情と云うモノを持っていなかった。





同じ、能力者のスモーカー、ヒナですら恐怖の内にそう思った。





何があれば人間がココまで感情を無くせるのか。
何があればココ迄、氷のようになれるのか。

出来れば体験したくないものの。
それでも考えずにはいられなかったのか。

思わずスモーカーは口に出してしまう。





「……お前、…何でそんなに……」





問い掛けるかのようなスモーカーに。
再生しきったは目線を合わせる。



















「何をそんなに憎んだんだ?」



















スモーカーのその問いに。
彼女は答える事はしなかったが。

それでも彼女の中にナニかに触れたのか。
の纏う空気が僅かに揺れる。






「どうしてそんなに壊れちまったんだ?」





過去、こんな人間を知っていたのか。
スモーカーは的確な言葉を吐いていく。

そして彼女の纏う空気は少しずつだがその質を変えていって。

























何故、憎んだだって?

何故、壊れただって?


























決定的に迄、変わってしまったその空気。

肌を刺すような殺気。
闇色の目は酷い怒りを灯していて。

目線を合わされたスモーカーは、その闇の深さに驚き。
飲み込まれそうになる。





「………そんなに死にたいのか?……」





屈辱を表すような、搾り出されたその声は。
周りに居た、誰をも驚かすには充分で。

絶対に外されないと思った仮面は、思いもよらずに外されて。

しかしソレは怒りを伴うモノで。
無表情の上に乗せられた怒りの目、怒りの空気。





闇と怒りが交わった彼女は。
今にも弾けてしまいそうな危うい印象を与える。





そして突然覚ってしまうの事。

恐らく、多分、きっと。
そんな言葉が先頭に立つではあろうが。
ソレは十中八九、当たっているだろう。








きっと……
きっと彼女は

コウなる前はとても可愛い女だったのだろう、と
こんなになる以前は感情豊かな素直な女だったのだろう、と









それでも彼女のした事実が変わるワケでは無くて。
スモーカーは例えようの無いモヤモヤとしたモノを感じる。

誰が彼女をこんな風にしたのかは分からないが。
その人物は確実に存在するであろう。
生きているか死んでいるか分からないその人物を正直、憎いと思った。









気が付けば。
スモーカーは哀れみの、同情の眼差しを送っていて。





ナニが原因で海軍をこんなに目の敵にするのか。
ナニが原因で俺達をココまで敵視するのか。

スモーカーには知る事は出来なかったが。








それでも

この女を哀れだと思った……














彼女の中の闇を見て。
人間で無い、モノを見るような目で見た海軍大佐『黒檻のヒナ』。
彼女の心の闇を見て。
覚って、哀れみの視線を向けた海軍大佐『白猟のスモーカー』。

その、心を。
闇に染まってしまったの心を哀れんでくれたスモーカー。





暫しの間、はスモーカーの目を静かに見詰めていた。
同情するような、哀れむような眼差しを。

黙って、静かに見詰めていた。





次第に静まってくるの怒り。

過去を知らないスモーカーには、何故彼女が怒りを静めたのかが分からなかったが。
それでも肌を刺すようなピリピリした空気が薄れていった。














あぁ……
昔、こんな風に自分を見つめていてくれた

仲間が…居たなぁ……













ナンて

懐かしい……















時間的にはたったの半年
でも、アタシは

昔には戻れない





もう

戻れない















不意に闇色の瞳から。
途轍もない程の悲しみを感じて。

スモーカーは驚愕の表情を浮かべる。

















戻りたい…
戻りたいけど

戻れない

アタシはもう
穢れてしまった

身も
心も

アタシ個人を作り出す全てのモノが

穢れてしまった……













もう

戻れない……















驚いているスモーカーから視線を外し。
は二・三度、頭を振る。

何かを振り切るように。
何かを諦めるように……





そして再びスモーカーへと視線を合わせる頃には。
最初に会った時のような。
只の闇しか浮かべない暗い瞳へと戻っていた。





「……海軍に…アンタみたいなのが居るだなんてね…」





もっと早くに会いたかった

せめてアタシ達が攫われる前に
せめてアタシが彼女と出会ってしまう前に





でもそんな事を思っても、時間が遡るワケが無くて。
起きてしまった事を変えるなんて、出来る筈が無くて。

は深い、溜息を一つ付くと。





「アタシが狩りたかったら狩っても構わない。でも…」





真剣な闇色の目をスモーカーに向け。





「公開処刑なんてゴメンだわ。捕まえるなら殺してよね」





そう言って、スモーカーへと手を伸ばす。

「ダメっ…避けて、スモーカー君!!」

ヒナの叫びも空しく。
彼の身体は彼女の水に捕まった儘で。
駆け寄る彼女の身体を水が拒んで、阻んで。

の手はスモーカーの額へと伸ばされ、触れる。





途端にスモーカーは身体からナニかが流れ出して行く感触を感じる。





ソレは生気なのか、それとも血なのか。
意識の薄れていくスモーカーには、ソレが何なのか判断できなくなっていく。

そして不意に離された、の手。
ボヤケル眼(まなこ)で彼女を見やれば。





「大丈夫よ、殺さない。……ナンでかな…、アンタは殺したくないような気がする……」





無表情の仮面の中に隠された本当の感情。

泣きたい位に切なくて。
どうしようも無い程に悲しくて。

壊れてしまった今でも
何かを求め続けている彼女が

とてもとても辛かった……





水に阻まれて、捕まったままのヒナには振り向いて。

「このヒトだったら三日もあれば起きれるようになるから」

そう言い残してはその場を離れて行く。





水から束縛を許され。
自由になった身体で何とかスモーカーの傍に行くヒナ。
彼女にはその後姿を見送るしかなくて。








操る人の意志を失った水が
ずるずると、ずるずると
滑り落ちるように落ちていって




太陽の光に照らされて

蒸発していく様を

只……見ている事しかできなかった………







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