君が
こんな事をするだなんて
その時の俺には分からなかったんだ
きっと許してくれる
きっと分かってくれる
優しい優しい君だから
そんな都合のイイ事を考えていた
誰に対しても優しくて
それこそ俺には相応しくないと思える程の君だったから
so long8
落ちる君が
最後に見たのは俺だった。
ゆっくりと、重力に従い。
痩せ細った身体を海に投げ出して、差し出して。
こちらを向いた君が。
憎い筈の俺達を。
否、一番憎い俺を最後に見て。
微かに笑ったと思えたんだ。
罪を背負えと。
自分を裏切った代償にお前も背負えと。
そう
言われた
気がした……
最初にゾロが飛び込んで。
この海に、嵐の過ぎたばかりの海に単身で飛び込んで行くだなんて。
無謀の極みで。
俺は慌てて倉庫に走って行き。
ロープを持ってきてメインマストに縛り付けた。
続け様に自分の胴に括りつけて。
靴を脱ぎ、ジャケットを脱いで。
ロープを引っ張る感触がしたら一気に引っ張れと言い残し。
自分も海へと飛び込んだ。
暗い暗い海の中。
冷たい濡れた感触が身体中から急速に熱を奪っていって。
上手く動かない手足を叱咤して。
目を凝らしながらも先に行く二人を捜す。
しかし暗い海の中。
そう簡単に見つかる筈も無くて。
それでも必死になって水を掻けば。
次第に見えてくるゾロの後ろ姿。
しかしよくよく見れば。
彼の息は尽きかけていて。
サンジは取り敢えずゾロの身体を捕まえるとロープを思いっきり引っ張った。
すると直ぐに引っ張り返される。
海面に出れば既に剣豪の意識は無くて。
サンジは思いっきり奴の腹を殴り上げた。
片手はコイツを捕まえるのに塞がっていて。
マウストゥ・マウスなんてのは死んでもゴメンだ、と云う思いも手伝ってか。
少々、手荒なこの方法を実行した。
思った通り、奴は直ぐに意識を取り戻し。
俺が裏切った女の名前を呼び続けた……
兎に角、ゾロの身体を救命用の浮き輪に通して。
俺は再び海へと飛び込んだ。
それではもう遅いのに。
それではもう手遅れだったのに。
もう
彼女の身体は
真っ暗な冷たい海に
連れ去られてしまったと云うのに……
それでも俺達は潜り続けて。
それでも俺達は探し続けて。
そんな思いをさせた儘でいかせたのを悔やむかのように。
しかしどんなに悔やんでも。
どんなに後悔しても。
探し続けても。
いってしまった彼女が帰ってくる事は無くて。
誰かが叫んだ悲鳴のような声が
何処か遠くの方で聞こえたような気がして
それ程迄に現実感と云うモノを
感じる事が出来なくなっていた……
それから一月(ひとつき)の時間をかけて彼女を探し続けるも。
一向に見つからず。
生死すら分からない時間がまったりと過ぎていく。
その間、少しずつ憔悴していくクルー達の顔を見ていられず。
俺はある事を心に決めた。
責める事を公にはしなかったが。
それでも彼等に向けられる眼差しに耐えられなくなった、と云うのが本音で。
これ以上、彼等のその目を見ていたくなかったんだ……
を捜す事を諦め。
もうこの島を出る、と言ったこの船の船長。
それと同時に俺は決めた事を皆に打ち明ける。
引き止められるとは思わなかったが。
誰も口を開こうとはせず。
集まったキッチンから一人、二人と出て行って。
とうとう残るは俺とマリの二人きりになった。
ココ数日で見る間に痩せていった俺が選んだ新しい恋人。
散々庇ってくれていたを裏切って。
自分の身すらも顧みず、その場で知り合っただけのマリを助ける事だけを優先させた彼女を。
文字通り、死ぬほど愛した男を奪って。
海へといかせてしまった責任に押し潰されてしまいそうに見えた。
ソレは、その視線はきっと俺に向けられた比では無かっただろうに……
それでも彼女は気丈にを捜し続けていた。
でも、もうそれも終わり。
これだけ捜し続けても、何も見つからない。
その事実に、考えたくない予想と。
縋りたい予想が混ざって複雑な感情を生む。
もう死んでしまって流されてしまったのか。
それとも生きて誰かに連れて行かれたか。
出来るなら後者であって欲しい……
そう願いながらも俺達は。
少ない荷物を持って、慣れ親しんだゴーイング・メリー号を後にした。
取り敢えずその島で、適当なレストランを見つけて。
彼女をロビーに残して、その店の主人の所へと向かう。
一日位の宿泊費は持っていたものの。
それでは食事すら儘ならない、と。
この店のコックを買って出る為に。
幸い手には職があって。
それこそ一流シェフの元で何年も修行してきたのだ。
そこら辺の奴になんて負けるワケがない。
取り敢えず、一品作って食べて貰って。
当然のように二つ返事を返してもらう。
そして泊まる所が無いと云って店のオーナーに家を貸してもらう。
兎に角、これで食と住は約束された。
それを彼女に伝えれば。
暫くの間は休むにしろ、マリも働くと言い出して。
最初は反対したものの。
少しでも彼女の気が晴れるなら、と仕方なく許可を出す。
少ない荷物を持って、オーナーの持つ小さな家へと歩いていく。
従業員が住む、本当に小さいが、それでも充分に住める家。
今までが今までだっただけに。
生まれてこの方、陸に居る時間の方が圧倒的に少ないのを。
海の上でない、その家の地面の感触に物凄い違和感を感じながらも。
それでもオドケテ、マリに言う。
これからココが俺達の家なんだね、と。
そのセリフを聞いたマリは。
とてもとても複雑な顔をした……
悲しいような、嬉しいような。
確実にに対しての罪悪感を感じて。
本当はがこうやってココに居たかもしれないのに。
本当はがこのセリフを言われていた筈なのに。
優しい彼の抱擁も。
優しい彼の腕も胸も眼差しも。
何もかも。
夢もプライドも捨てて、船を下りる事も。
もし、が生きてGM号に帰っても。
もう、彼はソコには居ない。
の帰りをソコで待っていない。
全ての事をから奪ってしまった罪悪感。
しかしソレを感じても。
そんな事を感じても。
が帰ってくる筈も無く。
それでも忘れて。
全ての出来事を無いモノとして生きて行くには辛過ぎて。
一人では重過ぎるその感情に。
マリは一人で涙を流す。
僅かな声を洩らして、泣き続けるマリを。
サンジは優しく優しく抱き締める。
しかしその行為は更に彼女を苦しめて。
先の見えない迷路のような道を二人、目隠しをして進んでいるような気がした……
それから一見、何の変わりも無いような日々が続く。
二人、胸に抱える罪悪感を。
出来るだけ見ないように。
気付かぬように。
船から下りた事が幸いしたのか。
あの視線を向けられない事が良かったのか。
マリの体調は次第に良くなって。
一週間もすれば、元通りのような元気な彼女に戻っていた。
それでも二人の間にはタブーが出来ていて。
暗黙の了解。
最も辛い過去。
それに触れない事で、お互いを守るかのように。
二人の会話から。
『』の名前が出る事が無くなっていた。
マリが体調を戻してから10日目。
彼女はサンジの働くレストランで一緒に働くようになる。
そしてそんな穏やかにも思える時がゆったりと流れる中。
あの船から下りて半年が経った頃。
二人はすっかりとその店に馴染んでいた。
可愛いウェイトレスの女の子と。
とても美味しくなった料理にその店は信じられない位の繁盛を見せていて。
そんなある日。
何時も早朝、仕事前に新聞を取りに行くマリが。
新聞に折り込まれていた一枚の紙に。
気付かなければソレまでだったのに。
その紙を偶然にも落としてしまい。
見なければ良かったモノを
見てしまう……
『氷の:5000万ベリー』
幸せに思えた日々が
落ち着きかけていた心が
ソレを見たが故に
全ての歯車を狂わされていく。
そのヒトの生を望んでいなかったワケでは無い。
生きていて欲しいと願っていた。
己のしてしまった行為を。
ソレに対する謝罪の言葉を言いたくて。
あの時のには言えなかったから。
だからどうしても謝りたかったから。
でも……
でもこのヒトは本当に
なの…?
正直、そう思ってしまった。
良く似た別人かもしれない、とさえ思った。
だって、記憶に残る彼女は。
決してこんな表情はしなかった……
自分達を攫った人達だって。
監視をしていた人達だって。
自分達を売り飛ばそうとした人ですら。
こんな目はしていなかった。
こんな。
こんな、死んだかのような。
濁った目は……
マリはその海軍の手配書を丁寧に折り畳むと。
ウェイトレス専用のフリルの付いたエプロンのポケットの中に。
そうっと仕舞い込んだ。
そっと仕舞い込んだソレを。
サンジに見せるつもりは。
皆無だった。
そして日々が過ぎる程にマリの精神は病んでいく。
日々が過ぎる度にマリは新聞をくまなく見ては溜息を付いて。
ソレに載る記事は何処か遠くの島の海軍が、海賊が一人の女に襲われた話で。
その凶悪な迄の事実が載せられる新聞を読む度にとてつもない恐怖が彼女を襲い。
あのヒトがこの島に近付いて来る……
海軍も海賊も。
全ての事件に生存者はいなくて。
それ程までに凶悪な事件。
犠牲者は船の上にも係わらず、水死が殆どで。
残る数人は身体中の血という血を抜き取られていた。
どう考えてもその書かれ方では『氷の』と呼ばれた彼女の事が脳裏に浮かんで。
頭の中に残る、彼女の思い出は。
戦闘の時にすら相手を傷付けるのを躊躇う優しいヒトで。
どうにもその思い出の中の彼女と同一人物とは思えなかったが。
海軍を、海賊を狙っているのが。
彼等に恨みを持つのが何よりの証拠のようで。
確実に上がり続ける彼女の賞金は。
確実にこの島に近付いてくるそのヒトが。
自分達を捜している、としか思えなくて……
……殺される…
きっと復讐されるんだ…
そんな強迫観念が生まれて。
ソレは瞬く間に脳内を一杯にして。
元は彼女に対する罪悪感。
会って謝りたいと思ったのは本当。
許してもらえなくとも。
それでも彼女に対して謝りたいと思ったけれど……
マリは何枚もの紙をテーブルの上の乗せる。
それは全て同じ人物の海軍の手配書で。
僅かに逸れた視線だが。
それでも確実にこの視線を向けられるべき人物は自分達で。
あの時の船長、ルフィの金額よりも上がってしまった彼女の賞金額。
どんな方法で彼等を虐殺したのは分からないが。
それでも彼女は確かに力を手に入れ。
ココに向かって来ている……
逃げなくちゃ……
唐突に浮かんだこの言葉。
でも逃げるって何処に?
海軍に頼りたくないと云うのはマリも一緒で。
それに加えて次々と潰されていく海軍支部。
そして凶悪な海賊。
海賊に助け等求められない。
でも海軍の支部クラスでも話にならない。
では何処へ助けを求める?
自分の命と、奪った男の命を守る為に。
マリは隠していた手配書をその儘にして。
手早く荷物を纏め。
短い月日を過ごした。
幸せな日々を過ごした家を。
一度も振り返る事無く出て行った……