あのヒトが欲しいと思い始めてからどの位の時が経ったのか
実際はホンの少しの時しか経っていないのに
本当は僅かな時間しか経っていないのに
なのに彼を欲する気持ちはドンドンと膨れ上がっていって
彼を見る度に物欲しげな視線を送ってしまい
そんな自分に堪えようの無い嫌悪感を感じて
それでも彼を欲しいと思うのは素直な心の欲求で
ソレをどうにか押さえようと
彼が好きなのは違う女なのだと、無理に自分に言い聞かせて
精神的に、かなりキツイと自覚するも
何をして良いのか分からずに
只、悶々とした時を送り続けているしかなかった……
waiting for...3
最近のゾロと。
あの二人、何かオカシイのよねぇ……
午後のティータイムの一時を。
優しいサンジが淹れてくれた紅茶とパウンド・ケーキでゆったりと過ごしながら。
ナミは考え続けていた。
自分でも中々、一筋縄では云う事を聞いてくれないと。
事、恋愛に関しては。
オクテを通り越して、ニブイんじゃないかと心底思ってしまうゾロが。
あの二人が実は両思いではないか、と最近のナミは思っている。
あの二人が自分へ向けてくる視線に気付かぬ程、鈍感な女では無いナミだから。
最初に気付いた時のゾロの視線が痛かったモノの。
最近の彼は、自分を通り越して。
自分の後に居るを見ているのだ。
ソレも自分を見ていた時の比では無いような痛い視線で、だ。
彼等の間に何があったのかは分からないが。
それでも何かがあった事位は伺い知る事が出来て。
ゾロの視線に気付いていた自分だが。
それはこの狭い船の上で女が自分しか居ないと云う理由でだろう、と。
彼が自分に抱いている気持ちは船から下りてしまえば消えてしまうかのような脆いモノだと分かっていたから。
だからこそ気が付かない振りを続けて。
本当に自分を大事にしてくれるサンジを選んだのだけれど。
だけどソレがこんな形になってしまうだなんて……
誰が見てもゾロが求めているのはだと分かるのに。
何を勘違いしているのか。
その視線をは感じる度にとても淋しそうな目をして笑う。
彼等はお互いに何処を見ているのだろう、と心底疑問に思えてしまう程に。
分かっていない彼等に腹が立って。
しかし普段、煙に巻かれている彼女達へと一矢報いるチャンスだと思えば。
自然とナミの口元に笑みが浮かんで。
しょうがないから、このナミさんが一肌脱いであげようじゃないの!
航海士でありながらも、策士を自負するナミの頭の中に。
一つの計画が着々と築かれ始めていた。
「ホント、ごめんね」
何度も詫びの言葉を口にしながらも。
何処か楽しそうなナミの笑みに。
はちょっとだけ仕方がなさそうに笑って。
「恋人達の時間を邪魔する程、野暮なつもりは無いからね」
そんな科白を吐きながらも。
ナミがサンジと仲良くしていると云う事は。
ゾロとの問題が無ければ、とても微笑ましいモノだから。
「朝までキッチンに居るからイイわよ」
「あ、そうだ!サンジ君がジャックダニエルス飲んでも良いって云ってたからさ。
今晩の見張りゾロでしょ? 一緒に呑んでてよ」
「え……?」
「じゃ、そう云う事で!ホント、ごめんね!」
まるで追い出すかのようなナミに。
少々の疑問を感じなかったワケでも無いが。
それでも直ぐ後にはこの部屋へと向かって来ているナミの恋人の足音がしているワケで。
はすまなそうな顔をしたサンジと二三、言葉を交わして甲板へと出て行った。
向かう先はサンジのお城のキッチンで。
すれ違った時に鍵は貰っておいたから。
少なくとも今晩は寒い外で一晩を過ごす事は無かった。
加えて酒瓶片手であれば、云う事も無いし。
ゾロが見張りの日に限って逢瀬をしてくれる彼等に少々の腹立ちが無かったワケでもないから。
なるべくならゾロに気付かれないように、と。
本日の見張りの彼の目を盗むかのようにして静かにキッチンへと足を運び。
目当ての、飲んでも良いと許可を貰った酒を探し出して。
自棄酒に近いようなお酒を、美味しいとも思えずに。
瓶のままで口を付けて。
一口、ゴクリと飲み込めば。
ゾロの好む酒なだけあってアルコール度の高いソレは。
喉に焼けるような痛みを残しながらも食道を下っていって。
唇の端から流れていった名残のような酒を手の甲で拭った時だった。
ゆっくりと静かに開いたキッチンのドア。
シルエットだけで分かってしまう。
今日の見張りの筈の男が。
会いたくないと思っていた男が。
気付かれたく無いと思っていた男が。
月の光を背にそこに立っていて。
「……ゾロ…」
あの日以来、口をきかなかった愛しい男が。
月を背にしている所為でどんな表情をしているか伺い知れない彼が。
ソコに立っていて。
痛い程の視線を肌が感じて。
只の思い過ごしなのだろうが。
ソレはあの夜の彼の視線に酷く似ているような気がして。
あの日の夜に。
彼に抱かれたあの一時に。
始終感じていたあの視線に。
とても似ているような気がして……
自然と表情が歪んでいくのが自分でも分かったが。
止める事が出来る程、大人になれなくて。
だってもう散々我慢し続けたんだから。
ずっとずっと、欲しくて欲しくて。
でも決して自分のモノになってくれるヒトじゃなかったから。
だからこそずっと我慢し続けて。
もう限界に近いのに
何で今、ココで貴方が現れるの…?
アタシに醜い感情を曝け出せとでも
貴方は云うの?
暫し、その儘で固まったかのように動かなかったゾロだったが。
何かを決したかのように歩を進め始めて。
アタシの直ぐ傍までやって来て。
持っていたジャックダニエルスを奪うようにして持っていく。
「女がストレートで飲むような酒じゃねぇだろ…」
云いながら、彼も直に口を付けて一気に飲み始めて。
その飲みっぷりに少々、呆れるが。
「だからってその飲み方は無いんじゃない?」
ヒトの事なんて少しも云えた飲み方をしてた自分じゃ無いが。
それでもこんなに一気で大量に飲まれると。
流石に彼の身体が心配になって。
作り付けになっている棚の中からグラスを二つ取り出すと。
テーブルの上へと置いて。
彼の手から酒瓶を取り戻して、それ等に並々と注いでやる。
グラスの片方を渡してやって酒瓶をテーブルに置いて。
無言でソレを受け取った彼。
そして自分もグラスを持って、今度は少しずつ口の中へと含む。
無言での時がその場を支配していた。
そんな中、の中では。
その胸にもう一度、飛び込みたい衝動が胸を焦がしていて。
しかしギリギリの理性がソレを押し留めて。
こんな時ですら大人でありたい自分のプライドに。
呆れる気持ちが半分と。
醜悪だと思う気持ちが半分で。
言い訳すら浮かばないが。
それでもこの軽い密室状態のキッチンに。
しかも夜中に『二人きり』と云うシュチュエーションに酔いしれる自分が居た。
流石に濃度の高い酒だけあって。
特に好んで呑む事をしなかった己が、こんな酒を。
ゾロが好むような酒を飲める筈が無いのも事実で。
段々と酔いの回ってくる己の身体が、火照りを覚えてくる。
だって直ぐ傍。
同じ部屋の中に、それもこんな近くにあんなに思った男が居るのだ。
それにあんな風に抱かれた事が。
身体が覚えてしまっていて。
無意識に彼を求めている自分が酷く惨めになっているような気がして。
だってあんなにも求めていても。
自分のプライド、年上な女を演じたいのと。
昔の恋を言い訳にして。
身体だけでもと言い出してしまいそうな自分が。
彼女の代わりでも良いから、なんて。
そんな惨めな科白を言い出してしまいそうで……
恋に落ちる事程、理解出来ない。
でも人間は、アタシは何度でも恋に落ちている。
今度の恋は上手くいくかもしれない、と思いながら。
今度こそ自分だけを見てくれるんじゃないか、と。
今度の相手は自分の事を理解してくれるんじゃないか、と。
そんな夢みたいな事を望みながらも。
何度も失敗したクセに……
何度も絶望を味わったクセに……
今度の恋が何で成功すると、何処に保証が有るって云うの?
だからそこ身体だけの関係を望んでしまいそうになるけど。
そんなのはイヤだから。
もう……コリゴリだから…
だから思いを封じようと思ったのに。
自分の心は思うのを止めてくれないから。
もう、傍に居るのを止めようか、と。
そう思う。
「……ねぇ、ゾロ…」
「あ?」
「アタシね…、この船を下りようと思う」
「はぁ!?」
持っていたグラスをテーブルに叩き付けて。
怒りに目を細めさせて。
あぁ……
貴方のそんな目も大好きなトコだったわ
獲物を目の前にした時のような。
その細まった鋭い視線が。
アタシを見てくれるだけで。
この世の至福を感じられる。
もう、末期だね……
淋しそうな目をして。
寂しそうな笑顔を向けて。
整った仕草でテーブルをグラスに置いて。
憤りを感じた衝動の儘に叩き付けられたグラスを持っていた手に。
自分の手を添えて。
「ね、もう一回抱いてくれる?」
最後に。
この船を下りる前に。
もう一度だけ。
貴方を感じさせて……