此処、木の葉の里のある家で一人の男が一人の女を待っていた。
ずっと欲しいと思っていた華が
ずっと手に入らないと思っていた華が
ひょんな事から己の手へと堕ちてきて。
もう一生離さないと心の中で決めていた。
例えその華が本来咲くべき場所へと帰りたがっている事を知っていたとしても。
離さないと
決めていた……
after glow
帰りの遅いに多少の不安を抱きながらもハヤテはじっと待っていた。
『大丈夫』だと、『行ってくるね』と言い残した彼女の言葉を忠実に守る為にも。
しかしハヤテは気付く。
ゆっくりとしたスピードで。
己の気配を隠そうともしない人物がこの家へと向かって来ている事に……
そしてその事実に酷い動揺を感じる。
もしかして彼女が彼の元へ帰ってしまったのではないか
独占欲の塊のようになってしまった己に嫌気がさしたのか
それとも自分の胸の中の本当の想いに気が付いてしまったのか……
様々な不安がハヤテを飲み込んでいく。
沈んだカカシの気が更に嫌な不安を呼び寄せて…
まさか、……彼女は………
……コンコン
少し遠慮勝ちに、それでもハッキリとその音はリビングの空間に響いてきた。
本当は出たくなかったのだが、そう云う訳にもいかず嫌々重い腰を上げると玄関へと向かった。
―――ガチャリ……
無言でドアを開ければ思った通りの人物がソコに立っていて。
しかしそのナリに一瞬、息を飲んだ。
彼がしている何時ものマスクは外されており
戦闘時や必要な時以外は隠されている筈の写輪眼もが晒されている。
ベストはジッパーが上がっておらず
オマケに酷い量の血液が染み付いていた。
そして何よりも驚いたのは、その表情で。
今までの彼が嘘のように、まるで憑き物が取れたかのような顔。
しかしとても悲し気で、寂しげで……
……一番考えたくない予想が脳裏を過ぎる。
すっと伸ばされた彼の手に握られていたモノを見た途端
絶望と云う言葉がハヤテの全身を駆け巡っていった………
震える手でソレを受け取れば。
見覚えのある傷跡に自然とソレを握る手に力が籠もった。
……っ…!!
微かに揺れるハヤテの両肩を見たカカシの眉間に辛そうに皺が寄った。
そしてカカシはくるりと踵を返すと、消えようとした。
その瞬間……
「カカシさん……」
ハヤテが声をかけた。
「……少し、…話しませんか?」
以外とも思えるその申し出にカカシは二・三度瞬きをして逡巡した後、頷いた。
先に動いたのがハヤテで。
カカシを己の家へと招き入れる。
そして思い出の詰まったリビングへと通す。
「どうぞ」
が帰ってきた時の為に用意したあった紅茶をカカシへと出す。
「…ありがと」
その紅茶を男二人で飲んで、二人して複雑な思いに駆られる。
カカシは一口飲んで記憶の扉が開いたのか、彼女がこの紅茶を好きだったのを思い出す。
そしてハヤテが彼女の事をどれだけ思っていたのかも同時に知ってしまった……
通夜のような沈黙が流れる中、やはりハヤテが先に口を開いて。
「……の…最後を看取ったのは……アナタなんですか?」
カカシはティーカップをテーブルの上に乗せるとコクリと頷いた。
「……そう…ですか………」
だったら……
だったなら、彼女は全てをアナタに話したんでしょうね
きっと、アナタの所に帰りたかったと……
そう言って……
ハヤテが自分の想いに心をとられている間に、カカシがポツリポツリと喋り始めた。
「………アイツね……俺の為に死んじゃったんだ…」
以外とも思えるカカシのセリフにその話は始まり……
全てを聞き終えれば……
本当は自分の心の声に気が付いていただろうに……
きっかけはハヤテがその声に気付かせなかった事。
引き金は離れていた事と、その子供の銀髪。
本当に悪かったのは……
カカシに心を残した彼女に本当の事を伝えれなかったこの自分……
彼女の事を想うのなら
彼の元へと帰してやるのが最良の道だったのに
これは己の独占したいと云う気持ちを最優先に持ってきてしまった自分の所為……
「アナタの所為では……ありませんよ。カカシさん……」
苦痛の表情を浮かべたハヤテにカカシは少し驚いているようだった。
「私が……彼女に気付かせてあげていればっ…!」
こんな事にはならなかったのに!!
酷い後悔の念がハヤテを打ちのめす。
彼は両手で顔を覆ってしまい、それ以上その表情を伺い知る事は叶わなかった。
カカシはと云うと少ない言葉からもハヤテの言いたい事を探って探って。
そして辿り着いた結論。
それは少し前の自分だったなら絶対に思えなかった事なのだろうが……
「そうだね……、でもそれはお前だけの所為じゃないよ?」
カカシの言葉にハヤテは覆っていた手を外して言葉を発した相手を凝視した。
まるで信じられないモノでも見る目付きにカカシは少し、苦笑いをして。
「お前だけが悪いんじゃない。大元は俺の浮気が原因でしょ?俺にだって責任はあるんだよ」
それは確かにそうなんだけれども。
腑に落ちないような表情をしているハヤテにカカシは尚も続ける。
「第一、はもう答えてくれないんだからサ……」
カカシはフと、視線をずらした。
その先には彼女の残した額当てがあって。
ハヤテも自然とソレに目がいった。
「お前にソレを残したんだ。それだけアイツの心の中に居たって事だろう…」
淡々と言葉を吐くカカシには負け惜しみ等と云う感情は伺えなくて。
「さて…と」
不意にカカシが立ち上がる。
「俺まだ火影様にこの事報告してないから、行くね」
ハヤテへと向き直って僅かに口の両端を上げてカカシは笑い掛けた。
その切なげな、悲し気な笑みがカカシの今の感情を全て表していて。
返す言葉も見つからぬ程に……
「あ、……そうだ」
何かを思い出したかのように歩を進めていたカカシが振り返った。
「はい、何でしょう」
彼の目線は再びの額当てに注がれていて。
「持ってくるからサ」
酒を飲むジェスチャーをする。
そんなおどけたフリをするカカシにもうハヤテはYesと答えるしかなくて。
「ええ……、でもコレはカカシさんが持っていた方がイイのではないですか?」
ハヤテの問いにカカシはゆっくりと目を閉じた。
「ソレはね………、がお前の為に残したんだ。
残り少ない時間の中で、喋るのも辛そうだったアイツが言った最後の願いを俺が裏切れる訳がないだろう……?」
そして再びゆっくりと瞼を上げて、ハヤテを真っ直ぐに見た。
「だからお前が持っててよ」
複雑に絡み合っていたカカシへの憎しみと云う感情がスルスルと解けていくような……
そんな感じだった。
「……分かりました」
そう言ったハヤテの目には僅かに光るモノが見て取れたが、カカシは敢えて触れずに。
「じゃあね」
とだけ言葉を残し、今度こそ去って行った。