愛してる…
愛してるわ
えぇ……
誰よりも愛していたわ
そう、愛してた……
愛憎
もう何回目だろう…
考えるのも億劫な程繰り返されている。
愛しい人が居ない広いベッドで寝返りを繰り返す。
あの人の残り香が余計に空しさを強調してくれて。
ひとりぼっちだと言う事を教えてくれる。
”アタシじゃ不満なの?”
”もう好きじゃなくなったの?”
”飽きちゃった?”
”嫌いにナッタの?”
何度も聞いた、訊ねてみた。
けれど返ってくるのは何時も同じで。
”不満なんかナイヨ”
”お前が一番好きだよ”
”飽きる筈ないさ”
”嫌いな訳ナイでしょ?”
張り付いたような笑顔の儘で答えてくれる。
その言葉は嘘じゃないのだろうけど、本当とも言い切れず。
耐えられないの
もう……
他の女のトコに行くアナタが許せないの
もう…
限界…なの……
自殺しようかな、なんて考えた。
けどナンでアタシが死ななくちゃならない訳?
だからそれは早々に却下され。
次に考えたのは相手を殺してしまおうか?
でもあの人は元暗部。
只の上忍のアタシごときがどんなに頑張ったって殺せる筈がない。
これもあえなく却下。
だったらいっそ『心』を殺そうか?
でもどうやって?
元々壊れているあの人の『心』。
これ以上壊しようがない。
第一、まだ愛してるんだもの。
結局、アタシにはナニもできない。
でも悔しくて、哀しくて、淋しくて、空しくて…
一体どうしたらイイの?
そんな事を考えていたら何時の間にか眠っていたみたい。
まだ明けきっていない夜の香りが残る群青色の空。
あの人の瞳の色…
気が付けば、チャッカリ隣でアタシを抱き締めながら眠ってて。
それも他の女の残り香付きで。
……気分最悪
これ以上の最悪の目覚めはナイな。
これなら返り血の匂いの方がマシだっての。
ウエストに絡み付いている重い腕を退かして反対側に放ってやる。
すると眠たげな、不満気な声が上がる。
「……ん、何だよ。」
だってどうせ静かに抜け出そうとしても気が付いちゃうんでしょ?
だったらどうしようとアタシの勝手。
「帰る」
言葉を交わすのも億劫だったけど取り敢えず言っておく。
身体を起こしてベッドから下りようとすると放った腕が再びウエストに絡みついてくる。
「まだイイでしょ?夜明け前だよ」
強引にベッドへ引き戻される。
「帰りたいの、離して」
少しだけ真面目な声をだすとアッサリ離してくれる。
そして柔らかい銀髪をかきながら一つ欠伸をする。
「ふぁ…ぁ…じゃ、送ってくよ」
アタシはサッサと着替えると、寝ぼけているベッドの上の人に笑顔一発断った。
「イイわよ、寝不足なんでしょ?そんな理由で死なれたらこっちの寝覚めが悪くなるわ」
「おい、!」
捨て科白とばかりに言い放ち、寝室の窓から抜け出した。
背後で溜息が聞こえたが、気が付かない振りをして。
木々を飛び移り、此処らで一番高い木の天辺な枝に座る。
まったく……
腸の煮えくり返る!!
でもナァナァの関係なんて真っ平御免だ。
そんなんなら傷付け合ってる方がマシ。
フワッと優しい風が気紛れに吹いた。
最初、頬にあたった風は優しかったのだけれど。
次の瞬間、憎たらしいモノへと変化した。
あの人に残った移り香が自分にも纏わり付いている!!
吐き気がしそうな位、ムカつく。
確か近くに湖があった筈だ。
真冬の森の中の湖。
当然、氷が張っていて心臓の弱い奴ならポックリ逝きそうな温度だろう。
でも此処から自分の家迄まだ30分以上はかかる。
それまでこの匂いに取り巻かれているだなんて死んでも御免だ!!
心臓麻痺で死んだ方が、まだマシだってぇの!
アタシは直ぐ近くの湖迄足を運んだ。
湖の淵に降り立って。
上忍用のベスト、クナイのホルダー、渦巻きマーク入りのトレーナーと、どんどん脱いでいく。
空気は刺すような冷たさで。
いっそ気持ちがイイかもね。
全裸になって、念の為クナイを一本持って。
氷にそこら辺の石を投げつける。
バリッ!!
思ったより派手な音がして薄く張っていた氷は無残にも砕け散った。
パリ…パリ……
大きめな氷を少しずつ退かして足から湖に入っていく。
パシャ……パチャ、ン……
うっわぁ…冷たい……
ホント言葉が出なくなる位に冷たい!
身体が千切られていくみたいな感覚。
それでも構わずに歩を進めて行くと。
「……何を、ゴホッ…しているんですか?」
静かな、静かな声だった。
慌てて声の方を振り向けば木の葉の額当てをした忍が一人、闇から浮かび上がってきた。
……最低…
アタシってば気が付きもしなかった。
これじゃあ殺されても文句言えないね。
「もしかして自殺……では無いですね。コホ、ゴホッ…」
その男は少し苦笑いをする。
アタシが『自殺』のトコで睨んだからだ。
「大変結構な眺めなんですけど、そろそろ上がらないと身体に良くないですよ」
あ、そう云えば素っ裸だったっけ。
でもこの男もナカナカ良い性格してんな。
アタシは踵を返し、湖の淵迄歩いて行く。
身体の何処も隠さずに、だ。
脱ぎ捨てた服のトコまで行きたいんだけど、その真隣にその男が居るもんだから。
どうしようかな、と一瞬考えたが、別に減るモンでもないしとその儘歩いて行く。
するとその男は首に巻いていた大きめのショールを取ってアタシに巻きつけた。
それは冷えた身体に妙に温かくて。
「…アリガト」
少し震える声で礼を言った。
「その儘じゃ風邪をひきますよ。ゴホッ…早く家い帰った方が良いですね」
近いんですか?と聞かれたが、否としか答えようがない。
此処へ来るのに10分プラスされたんだから、忍の足で40分以上。
しかもこの冷え切った身体では、まず間違い無く薬のお世話になるだろう。
「アナタの家、近いの?」
「ええ、わりと…」
「じゃあ、悪いんだけどお風呂貸してくれない?」
真っ黒な髪と目、青白い位の白い肌の男は可笑しそうに笑いながら承諾してくれた。
案内されてみればその男の家はカカシの家並みに大きな所で。
どの位の地位にいるのかが見て取れた。
イイとこ特別上忍か、ヤッパリ暗部。
何かアタシの周りの男ってこんなのばっかり……
少し溜息を付くとその男はバスルームへと連れて行ってくれた。
………すげー…
ヒノキの風呂かよ。
しかも24時間風呂。
「ゆっくり入って下さいね。後で着替えを持ってきますから…ゴホッ、ゴホッ」
「あ…、アリガトウゴザイマス……」
思わず礼の言葉が棒読みになってしまった。
お言葉に甘えてゆっくりと入らせて貰って。
も〜う、頭の先から足の先迄入浴剤の香り♪
アタシの機嫌は既に直っていて。
しかし、あのショールから血の匂いがしたな。
……任務帰り、か。
用意されてあった服を着る。
…やっぱ大きいな。
えーと?
あの人は何処だ?
気配を捜しながら少し廊下を歩くと、その人はキッチンに居た。
カチャカチャと食器が擦れ合う音がする。
あ…、イイ匂い……
「…どうぞ」
アタシがそこに立っていたのが分かっていたのか、
その人は然も当たり前のように振り向きティーカップを差し出してくれた。
「あ、シェルパティーv」
それはアタシの大好きな紅茶で、しかも適温にしてあるからスンナリと飲めて。
「お気に召して頂けたようで…コホッ」
男はニッコリと笑った。
「ええ、とっても」
このワインの香りが堪らなく好きなの。
「ご馳走様…、えっと……」
そうだよ、名前聞いてなかったんだ。
「月光ハヤテです」
うわっ…、やっぱ特別上忍だよ。
名前しか知らなかったけどこんな人だったんだ。
「お名前を伺っても?」
「あっと、失礼しました。アタシっていいます」
途端、彼の表情が少し止まった。
普通の人なら見逃したかもしれないケド。
ほら、アタシってば腐っても上忍だからサ。
確かに元暗部のカカシや特別上忍のこの人に敵う訳はないんだけど、取り敢えず、ね。
「ナンだ、もしかして知ってたりする?」
そう、はたけカカシの彼女として。
女遊びが激しくて。
一人の女と一ヶ月すらマトモにもたない。
二ヶ月続いたらマァマァだろう。
それが三ヶ月、四ヶ月…もう一年近くになるだろうか。
ハッキリ言って新記録。
だから噂が飛び交って。
『とうとう一人に絞ったのか』
『否、実は結婚するんだろう』
『ベタ惚れだって話だぜ』
人の噂は75日と云うが、そんな事は無くて。
アイツが浮気する度に噂は飛び交い続けて。
『今度こそ別れるんじゃないのか?』
『もう、諦めてんだよ。きっと』
『別れるらしいぜ』
『え?振られたって聞いたぞ?』
別にイイんだけどサ。
人の噂話位。
「こんな可愛い方なら、ゴホッ…カカシさんが手放せないのも分かりますね」
「へぇ…、ハヤテさんて見え透いたお世辞言うようなタイプだったんだ」
すかさず切り返すとハヤテは少し目を見開いて、クスクスと笑い出した。
「あぁ、成る程…」
ハヤテは一人で納得していた。
「ナニ?」
「ふふ、カカシさんが手放せない理由が分かった気がしたもので…コホッ…」
「ふぅ…ん、何か良く分かんないけどアナタも趣味悪いんだ」
今度はひたすら可笑しそうに笑う。
ああ…この人笑うと可愛いんだ……
「それにしても残念、バレてるなら仕方がない、か」
独り言のように言うと「何がですか」と聞き返してくる。
「ん?浮気しようかと思ったんだけどサ」
ブッ!!!
「ゴホッ!ゲホゴホゴホゴホッ…ゴホッ」
「あ〜、勿体無い。折角の紅茶が…」
苦しそうに口に手を当てて咽返るハヤテの背中を摩りながら言う。
「あ…ゴホッ…なたが、…変な事ゴホゴホッ…言うから、ですよ!」
「アラ、本気よ?だって折角目の前にイイ男がいるんだもん」
アタシはハヤテの正面に来るとティーカップを取り、テーブルに乗せた。
「好みじゃない?」
言ってハヤテの額当てを取り、首に腕を回した。
「コホッ……何時も、そうやってゴホッ…誘うんですか?」
「失礼ネ、カカシと付き合い始めてから初めてよ」
頬に唇を滑らせながら。
「アイツが怖い?それともコウイウのは嫌?」
冷たい暗闇のような真っ黒の瞳を覗き込む。
「カカシさんが怖いと云うのも、相手のいる女性と云うのも当てはまりません、が」
その暗い暗い、黒い瞳がアタシを覗き込む。
「どうして……ですか?ゴホッ…」
「……そう、返すんだ」
二ヤッと笑う。
「やっぱイイ男だ」
チュッと軽く唇を触れ合わせる。
そして絡めた腕を解いてテーブルの上の自分のカップを取った。
クルリと身体を捻るとソファが目に入る。
其処へ歩いていって断りもせずに座る。
「強いて云えば”疲れた”かな?」
コクリと紅茶を飲むとワインの香りが口中に広がる。
「好きなんだけどさ、アイツの事は。でもアナタだって知ってるでしょ?アイツの浮気話」
カップを置いて、両足を抱え上げて身体を丸める。
「ヤメてって言ってもヤメてくれない。嫌いになったのって聞いても、飽きても違うって言うし。
別れるって言っても別れてくれないの」
抱えた足の膝の上に額を付けて。
「ホント分かんないヤツ……」
フフッと乾いた笑いが零れた。
少しだけ、ほんの少しだけ二人の間に沈黙が降りた。
「ごめんネ……アタシ帰るわ」
抱えた足を床に下ろし、笑って見せる。
ヤッパリ黒い瞳がアタシを見てて。
「愚痴話、聞いてくれてアリガトね……」
服、洗って返すから。と踵を返し、歩き出した瞬間、後ろから抱き締められた。
「えっ……!?」
ビックリして硬直したアタシの耳元に、囁くように吹き込まれた甘めの言葉。
「浮気…するんでしょう?」
少し低くなったハヤテの声に身体がピクッと反応する。
でも……
何かこの人は
「やっぱイイ。だってアナタ良い人だから……」
そう、馬鹿なカップルの喧嘩話に巻き込んでイイ類の人じゃない気がしたから。
「……もう、遅いですよ。コホッ…」
アンナ姿を見せられて、黙って返せる程人間が出来ていないモノで。
そう囁いての身体をキツク抱き締めた。
人生色々で聞いていたカカシの噂話。
高嶺の華だと、人の華だと指を咥えて見ていた自分。
最初はとても幸せそうな顔をしていたのに。
ヤハリと云うか、だんだんと暗く雲ってゆき。
終いには笑わない、カカシと良く似た無表情へと。
それでも本人が望んで付き合っていると思えばこそ。
真実、そうなのだが、蓋を開ければヤッパリ酷いモノで。
の顔を此方へ向かせて唇を重ねる。
本当はずっと……ずっと貴方を手に入れたいと思っていたと言ったなら。
貴方はどうするんでしょうね……
でも
例え、どんな形であろうとも
貴方を手に入れたからには……
例え、カカシが取り戻そうとしても
例え、貴方が帰りたがっても
例え、嫌われようとも
殺し合いになろうとも
殺してしまっても……
もう…
離しませんから………
………おーわーれー……