僅かに開いたカーテンの隙間から、眩しい光が差し込んでいる。

寝返りをうとうとして、その光が直に閉じた瞼に降り注いだ。


「……ん…眩し…ぃ」


深い眠りから意識が浮上してくる。
すると何時もとは違うベッドと腕の感触に一気に目が覚めた。


隣を見れば……


…あっちゃー……


光を反射するのは柔らかい銀髪ではなくて、全てを飲み込んでしまうかのような深い黒髪。
閉じられた目の下には薄っすらとクマが張っていて。

その人は何時もムカつかせてくれるアタシの恋人じゃなくて。
昨日勢いで誘ってしまった浮気相手。

”月光ハヤテ”特別上忍だった。






愛憎・2






マジマジとその寝顔を見ていたら、不意にその真っ黒な瞳がパチリと開いた。

「…あんまり、ゴホッ…見詰めないでもらえますか?」

「……あ、…オハヨウ…」

トンチンカンな答えを返したアタシに”月光ハヤテ”さんは、
「おはようございます」と丁寧に返してくれる。

ゆっくり起き上がった身体はヤッパリ何も着てなくて。
細いけれどもカカシに負けず劣らずの良いガタイで。

余りにもアタシ好みでつい見惚れてしまう。

「ゴホッ……どうか、しましたか?」

「…うん、……イイ身体v」

手を伸ばして背中に指をツウッと滑らす。
するとハヤテはくすぐったそうに身を捩じらせて厳めしい顔をした。

「くすぐったいですよ…ゴホッ…」

「ふふっ」

少し笑って身体を起こし、ハヤテの背中に顔を寄せた。

「……ごめんネ…」

しっかりと筋肉が付いた腹筋に手を回す。
ハヤテはその手を両手で包み込むようにした。

「コホッ…謝らないで下さい」

「……ん、…でも……ゴメン…」

優しい光が差し込む中、アタシ達は暫くそうやって抱き合っていた……




「ハイ、アンコ、紅」

「あっれ〜!?どうしたの?」

「そうよ、アンタが此処に来るなんて久しぶりじゃない」

「……ちょっと、ネ」

煌びやかなダンスホール。
ブラックネオンの光が白色を浮かび上がらせ、
様々な色のライトがそこいらじゅうを無茶苦茶に照らし出す。

此処は木の葉の中でもかなり大きめのクラブだ。
ホールでは300人からの人間が所狭しと踊っている。
その周りを取り囲むようにテーブルとソファが置いてある。

一角にバーが設置されていて、そこから2つ離れたテーブルがアタシ達の何時も居る場所だ。
そう、アタシとカカシが付き合い始めるまでは、の話だが。

「ナンかこのクラブも雰囲気変わったね〜」

「でしょ?だってアンタ1年も来てないんだもん」

アタシを見つけたのか、馴染みのバーテンが声を掛けてくる。

「おっ!ちゃん、久しぶり。どうだい、カカシさんとは上手くいってんのかい?」

「うるさいわね、それは禁句!それより何時もの頂戴」

「おっとそうだったね、ちょっと待ってて」


まったく……
何処に行ってもカカシ・カカシ・カカシ。

アタシはカカシのお守りじゃ無いっつーの。
ったく気分の悪い……

今日はロクな事が無い!


「それでどうしたのよ」

「そうよ、何かあったの?」

アンコ、紅が身を乗り出して訊ねてくる。

「別に、何時もの事よ」

「ああ、アレね」

「そ、アレよ」

アレとはカカシと付き合い始めてからオマケのように付いてきた事だった。


見た目の通り、カカシは結構顔がイイ。
そして元暗部の高級取りで、何より強い。
遊び事も上手のこなすし、口も上手い。

これで女にモテナイ筈がなくて。

アレだけ酷い噂が立っているのに女達は群がり、今のアタシの立場を狙っている。
気の弱い女なら見ている事しかできないし、またしないのだが。
気の強い女は面倒な事に直接会いにやってくる。

『別れろ』と。

それはこの1年で軽く二桁迄いき。
その度に嫌な思いをし続けている。

馬鹿な女、コ綺麗な女、ネコを被っている女。

大抵はアイツの上っ面の良さに引き寄せられた蛾みたいなモノで。
そんな奴等には『ふざけんな』と一言言うだけ。

しかし中には本当にアイツの事を好きになった女も居て。
そんな女達にはこう言った。

全ての意味を込めて『アイツに言って』と。

だってアタシはアイツを愛してて。
アイツはアタシが傍に居る事を許してくれて。

今になってはアタシの事をどう思っているかなんて分からないケド……



だけど今日来たのは何時もの女達とは、まったくと言っていい程違っていて。



……可愛い…女、だった…



大きめの目に綺麗に伸ばされた長い髪。
純粋そうな様子に嘘は感じられず。

それは何時も言われ慣れた言葉達じゃなくて。




「私、カカシさんが好きなんです」


うん、分かる。
きっとその言葉は嘘じゃない。


「貴方とカカシさんが付き合っているのは知っています」


そりゃそうだ。
余りにも有名な話だし?
だからアンタも来たんだろ?


「別れて欲しいとか、そういう事を言いに来たんじゃないんです」


ほう…
なら何が言いたいんだ?アンタは。


「只……知っていて欲しかったんです。私がカカシさんの事好きだっていう気持ちを」


ふぅ…ん。
そうきたか。

でもね、カカシの事を好きな女なんて五萬と居るんだよ?
ワザワザ言いに来る事も無いだろうに……


「……アンタの所に居たでしょ」


それは漠然とした思いで。
でも確信していて。


「え……?」

「カカシだよ。昨日も一昨日も、一昨昨日もアンタの所に居たんだろう?」

その女は少し戸惑った表情をした。

なんて答えてイイか迷っている。
そんな感じだった。

「ええ……でも」

「でも?」

「昨日と一昨昨日は確かに私の所に来ましたけど、一昨日は……」


あぁ……そ〜ゆ〜事。

アタシは少し苦笑いをした。


「アンタも厄介なヤツに惚れたね。……ま、アタシもそうなんだけどサ」

その女も同じように困ったように苦笑いを浮かべた。




「………アンタなら……任せられるかな…」




女は何の事?と言いたげな顔をした。

アタシは鍵の束を取り出して、一本の鍵を外す。


少しその鍵を眺めて………


そしてその女に放ってやる。
女は慌てたように鍵を受け取った。


「やるよ」

「…え…?……この鍵って…」

女は戸惑っているようだった。

「そ、カカシん家の鍵。アンタにアゲル」

「……何故…と聞いても良いですか?」


あぁ…
ヤッパリこの女は馬鹿じゃない。

普段アタシに絡んでくるような、脳ミソ空っぽのような、見た目だけの馬鹿女じゃない。
だって奴等なら一も二も無く飛び付く筈だ。

自分のカンが外れていなかった事に内心ほくそ笑んで。


「もう……疲れたのよ、アイツと居るの。他にも理由は有るケド、別れようと思ってたから。
 アンタから渡しといてくれる?」

「それは…、構いませんが……」

「迷惑なのは分かってるんだけどさ、迷惑ついでに言っといて。
 『二度と会いに来るな』って」


少し、女は黙ってアタシの顔を見ていた。

上忍のアタシの表情を窺う事等早々出来る事ではないが、それでもその女は懸命にソレをしていた。


「…本当に…、良いんですか?私には、まだ貴方がカカシさんの事を」

「イイの!言ったでしょ、疲れたって」

喋っている女に科白を強い声で遮った。

「もう……イヤなの」



アイツとの思い出が駆け巡る。



「何時まで待っても帰ってこないアイツを待ってらんないの…」



思い出の中のアイツが囁き掛ける。



「他の女のトコに行くアイツが許せないの…」



……

愛してるよ、……



「他の女の匂いを染み付けて帰って来るアイツが堪らなくイヤなの…」



優しく抱き締めてくれて。
少し低い、擦れた声で耳元に囁きかけられる。



「…もう、待っていたくないの……」



女なら誰でも夢心地に浸れそうな、優しい仮面を付けたアイツ……

好きで、好きで。
四六時中、考える事はアイツの事ばっかりで……



「…限界…超えちゃったみたい」

両手を広げておどけて見せる。
すると女はとても苦しそうな、泣きそうな顔をした。

「ナンで…アンタがそんな顔すんのよ」

吐露した自分の本音が、同情か哀れみを買ったのか、女は一粒涙を零した。

「分かってた事なんだけどネ、流石にキツくなっちゃったワケよ」

言い訳のように、同情なんかされたくないと思いを込めて言えば、女は更に涙を零す。


「……ごめ…な、さ………」


僅かに嗚咽を漏らしながら女は謝る。


「バーカ、謝って欲しくて言ったんじゃないわよ。
 アンタもカカシと付き合っていく気があるんだったらソコんトコ分かってないとね」

女に極上の笑みを送りながら別れの言葉を口にする。

「じゃあね、頼んだわよ」

後ろを向いて手をヒラヒラさせると女が叫ぶように言った。

「あのっ…!私、さんの事好きです!!…あ……、変な意味じゃなくて、えっと……その…」

その余りにもインパクトの強い科白に驚いて後ろを振り返ってしまう。

「ふふっ……アタシもアンタみたいな子、嫌いじゃないわよ」

の、少し照れたような笑みに女は見惚れた。

「良かったよ、カカシの相手がアンタみたいな子で」


うん、少しでも救われた気がするしね。



ホント……
これで良かったんだよ…






「はい、ちゃん。マルガリータ」

昼間の出来事にトリップしていたアタシをバーテンの声が現実に引き戻してくれた。

「ん、アリガト。良く覚えてたわね」

「そりゃあね、だってそれしか飲まないでしょう?」

「そりゃそうだ」

コクリと口を付ける。

「く〜、変わってないね!テキーラが美味いよ」

ちゃんが飲むのに安物は使えないよ」

「ははっ、サンキュー」

バーテンは意味深に笑ってカウンターに戻って行った。


「ねぇ、紅、アンコ。踊ってこようよ」

「そうね」

「行きますか」

少しの間、トリップしていたアタシに何かあったのだと察知した二人は心良くノッテきてくれる。


……だから好きなんだよ。

アンタ達が…


マルガリータを半分程、一気に飲んで立ち上がる。

アタシ達がホールに出るとモーゼの十戒のように人波が割れて、それぞれが一段高くなった台に乗る。
音に合わせて空だを動かし始めるとホールの中に熱い熱気が昇り始める。

纏ったショールを靡かせながら踊っていると、ホールから溜息に似たような声が漏れる。




…とにかく……

何も考えたくなかった…



勢いで”月光ハヤテ”特別上忍と寝た事も。
毎日違う女の匂いを付けて帰ってくるカカシの事も。
別れを頼んでしまったあの女の事も。

そんな行動しか起こせなかった馬鹿な自分自身の事も……



何もかも…

考えたくなかった……





基本的に身体を動かすのは大好きで。
熱い音に身を任せるように踊るのはもっと好きで。

確かに、…その瞬間だけは。


全ての事を忘れられた。






本当に

その時だけだったが………




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