完全に止まっていた呼吸

段々と弱まっていく心音

動かない指、紡がれない言葉








あんなに欲しがっていたモノが、本当はもう自分の手の中にあっただなんて
本当はもうそんなヒトが自分の傍に居てくれてただなんて気が付かなかった

気付けなかった……








大事な人が俺の手の届かない所にいってしまうのはもうイヤだっ!!
言い表せない、あの胸の中が空っぽになってしまったかのような喪失感を感じるのは沢山だ!

お願いだ……、死なないでくれっ…








!!

























I had enough...3



























もう何度酸素を送ったのだろう。
もう何度そうやって動かない身体を生かそうと懸命になって救命処置をしたんだろう。

実際には何分も経っていなかったのだけれど。
カカシには何十分にも何時間にも感じられて。

そんな生殺しのような時を過ごした後。

漸く彼女の喉が引き攣ったような音を出し、派手に咽せかえった。








送り続けられた酸素のおかげか、それとも神が彼女の願いを叶えてくれたのか。

再度動き出したに、カカシは全身の力が抜けるような思いで救われていた。



























苦しくて、苦しくて。
兎に角、苦しくて咽て咽て咳き込んで。

自然現象で目からは涙が溢れ出して。
戦慄く口元へと手が伸びていって、身体を捻って背中を丸めて何度も咳き込んで、その苦しさに何とか耐えて。

一気に絞められて、止められた呼吸が必要な分の酸素を一度に取り戻そうとした所為なのか。
喉からは攣ったような痛みがして、堰をする度に痛んだが構ってられなくて。

それはなかなか収まらなかったが。
それでもある程度の時間が経ち、酸素が身体に行き渡れば身体は怠さを残すが次第に落ち着いていって。
心臓の位置が変わってしまったんじゃないのか、と思える程の耳元の心拍音が呼吸の回数と比例して小さくなって。

走っている時のような心臓の音も次第に間遠になっていった。








そして涙でぼやける眼に見慣れた己の部屋が飛び込んできた途端。

やっと自分が死ななかった事を理解する。








あぁ、……自分は死に損なったのだ、と。

いっその事、死んでしまえば良かったのに、と思いながら身体中を包み込む温もりに改めて気が付けば。
その相手が酷く震えているのを知る。








「……ゴホッ…、か…かし……くん?…」








これが本当に自分の声なのかと思いたくなるようなしゃがれた声が己から発せられる。

けれどそれ所じゃない。

だって、……だって震える彼の頬には。
コチラを見る彼の目から『涙』が、……流れていたのだから…。








「……ごめ……ね?………ほんと…ごめ、ん……」








泣きながら謝るカカシくんは心底、罪悪感に苛まれているようで。
触れ合っている身体から伝わる彼の震えがその感情を更にアタシに伝えてくれて。








「今更かもしれない、けど……こんなコト…、するつもりじゃなかっ…たんだ……」








ごめん、を繰り返す彼にアタシは何を云ってあげれば良いんだろう。

アタシをその手にかけた事は事実。
一旦、呼吸が停止したのも事実。
死にかけたのも事実。

けれどもカカシくんが助けてくれたのも事実だから……

あのまま放っておけばアタシは死ねた筈だったけれど。
こんなにも取り乱して懸命になってアタシを助けようとしたんだから。








「……いいよ…、……アタシ…カカシくんになら、…ころされてもよかったんだから……」

「…、さん?」








流れる彼の涙を血の気が薄くなった冷たい手で拭いながらその言葉を云えば。
彼は当然、不審そうな、不安を感じているようにアタシの名を呼んで。








「こんな命でカカシくんが救えるんだったら幾らでも差し出すから…」








云ってはならないであろう類の言葉が、未だに正常に動かない脳から直結で紡がれると。








「そ…んな簡単に差し出してどうするんだよ!……俺がっ…俺がどんな思いで……」








酷く痛そうに、カカシくんの方が顔を歪めて。








「気付いてたでしょう…?手首の跡………まぁ、したのはそれだけじゃなかったんだけどさ…」








それでもアタシの口は止まる事を忘れたかのように、淡々と言葉を紡ぎ続けて。








「身近な事で出来る方法なら何でもやった……。けど元旦那とその側近に邪魔されちゃってね、全部未遂で終わっちゃった…」























何もかもを奪われて間もない頃。

全てを一気に失ったアタシは、それでも懸命に生きていけるなんて綺麗な御託を云えるような真っ当な人間じゃなかったから。
生きる意味を、意義を自分自身を失くして奪われて。

どうやって生きたらいいのよ、と。

世の中全てを憎んで、余計な金は余り有る程積まれて生活費まで送られてたけれど。
それでも奪われた子供、女としての生殖機能、最愛と信じて疑わなかった旦那の存在には勝てなくて。

あんな温度も持たない紙切れと世間体の所為でアタシは全てを奪われたのか、と。
怒りで身体中が震えたけれど。

もう、その時には全部が終わった後で。

何をどうやっても戻らない女としての機能、子供、愛情。
空っぽになってしまった自分。

親は怒って夫の両親の所へ怒鳴り込みに行ったけれど。
奴等は会う事すら拒否して、金にモノを云わせて全てを闇に葬った。








『だから貴方如きが高橋の家に入り込むだなんて……、私は最初から反対でしたのよ?』

『これで貴方も身軽になれたでしょう?何処へなりとも好きな所に行ってちょうだい』

『お金なら不自由しない程度にあげてあげるから。二度と高橋の家に係わらないでちょうだい』

『ご両親もそのお年で職を失う訳にはいきませんものねぇ。物分りの良いお嬢さんを持って幸せだこと』








傲慢な、自分の思い通りにならない事なんて何一つとしてないと信じているあの人の母親。
アタシをこんな身体にしても、何の罪悪感も持たない最低の人間。
一時でもあんな人を母と呼んでた自分に嫌気がさす……








『ママ……ママぁ…、どこにいくの?……もいっしょにいっちゃダメなの?』

『ヤダッ!はママといっしょがいいの!ママがいかないんならもいかない!!』

『ママ、だいすき。ぜったいにむかえにきてね?ぜったいだよ?やくそくだよ?』

『ママーっ!やっぱりママといっしょにいるーっ!ママがいいー!はなしてっ…ママ!ママーっ!!』








別れ際に嫌だ嫌だと駄々を捏ねて、泣いて叫んで、周囲に居た側近達を困らせた
涙を零しながら手を伸ばして、自分が母親から引き離されるのを感じ取ったのか。
必死になって抵抗して、ママ、と繰り返しアタシを呼んで……








『すまない、どう謝っても許してもらえるだなんて思っていない。けれど僕にとって妻は君一人だ』

『母さんがあんな事をして……、何て云ったら良いのか分からないけど、それでも僕には君だけだから…』

の母親は君一人だろう。そして僕はの父親だ。母さんに新しい妻を宛がわれても僕の気持ちは変わらない』

『僕の子供は一人だよ』

、愛してる。僕には君だけなんだ…』








自分の母親がしたアタシへの仕打ちに怒りこそすれ逆らえない可哀相なあの人。
それでも自分の気持ちは変わらない、と誓ったあの人。
自分の母親の言い成りのクセに、……あの人に逆らえないクセにっ

嘘つきなクセに!!









脳内を色んな思い出が過ぎっていって。
自分の目の前に居るカカシくんが、何処か現実離れしているような感覚がして。

あれから色んな手段を用いて、全ての拘りから解放されたくて、何もかもを忘れたくて。
手首を切って湯船につけたり、首を括ろうとしたり、ビルから飛び降りようとしたり、薬を飲んだり、ガスを出したり。
それこそガソリンを被った事だってあった。

けれど、何処から湧いてくるのか知らないが。
あの人達の側近が出てきてはそれを悉く邪魔してくれて、余計な事をしてくれて。

結局、アタシは死ねないままで。

次第に自分は死ぬ事すら出来ないのだ、と。
元、高橋家の嫁が自殺するだなんて見っとも無い、と云うあの人の言い分だけでアタシは生かされて。

残ったのは空っぽになった身体しか残らなかった……









死ねない事が漸く理解出来たアタシは、騒ぎを起こしまくった家を出て。
今のこのマンションを購入して、貰ったお金で遊び狂った。

何台も高級車を買い、クラブでバカ騒ぎをし、ホテルのスイートを借り切り、ホストを可愛がり。
着もしない服や必要のない宝石を買い、無駄にエステに通い、旅行をしたりと。

正に豪遊と呼ぶに相応しい行動をし尽くしたが。
矢張り胸中は虚しいままで。

自分の行動に意味を見い出せず、段々とバカらしくなって今では何をするでもなく普通に働いて生活している。

元々、庶民の出だった自分に似合うワケでもないそんな事をしたって何が楽しいんだろう、と。
そんな事にも気付けずに、ただ、無意味に時間を過ごし。

そして彼と出会ったんだ……


























「ね、……カカシくん…。今のアタシにはね…、アナタしかいないの。……ずっと、ずっと空っぽなひとりぼっちだったの」








だからね…?








「カカシくんが欲しかったらあげるよ?……もう無駄に生きるのは沢山だから…
 欲しかったらあげるから、……だからアナタがアタシの生きる意味になってくれる?」








驚いたような顔をした彼の頬を撫でて。








「アナタの中にある闇も、血に塗れてるって云うその手も、人を殺す事を何とも思わない残虐な心も。
 一人が嫌だって思ってる脆くて優しいアナタの心も。……みんな、みんなアタシが抱いてあげる。受け止めてあげるから」


























―――…だから、アタシを受け入れて……必要として…








生きる糧になって…








おねがい……










































カカシくんは暫し、呆けたようにアタシを凝視して。

信じられない事でも聞いたかのように目を見開いてから。

とても不安そうな顔をして。








「……俺で、…いい、の…?」








そう、聞いてきた。








「うん」








アタシはそれに頷きと言葉を返して。








「俺……人殺し、なんだよ?」








痛そうに顔を歪めて。








「うん、…知ってる……」








縋るように手を伸ばしてきて。








「…俺、……さん…殺そうとしたんだよ…?」








震える、その指先でアタシの頬へ触れてきて。








「そうだね」








きっと自嘲気味な笑みになっているだろう、アタシの頬を撫でて。








「ホントに……俺の事…、………こわく…ない…?」








両手で頬を包み込んでくれて。








「うん、…こわくないよ」








未だ、涙の残る色違いの両目でアタシだけを見詰めて。








「俺の事、……受け入れてくれる、の?」








愛情を強請る子供のような目でアタシを強請るから。








「うん、全部受け入れてあげる」








涙の跡を指先で拭ってあげて。








「俺の事……すき?」








期待に満ちた目で覗き込むようにするから。








「うん、…だいすきだよ……」








笑って、頷いて、受け入れる。

そうすれば……








「俺も……さんがだいすきだよ…」








酷く嬉しそうに笑ったカカシくんが頬を寄せてきて。

ぎゅ、と抱きついた。























寄せ合った頬、すっきりとした彼の頬に唇を寄せてキスをして。

少しだけ離れて見詰め合って、軽く唇を触れ合わせて。

髪を梳いたり、撫でたり、一瞬でも離れるのを怖がるかのようにお互いに触れ合って。























「俺も……、俺もぜんぶさんにあげる…」
























至福の時を感じ入っているような、とても現実離れしているような。
まるで夢を見ているかのような表情をして。

カカシくんは誓いを立てるようにして、貪るようなキスをして。

アタシもそれを受け入れて。
酸素不足に再度なりそうな口付けを終えて、開いた眼には。

あの時感じた暗い陰は何処にも見当たらなかった。
























これが初めてお互いの気持ちを打ち明けあった時のお話で。

こんなにも、生死を掛けて告白するなんて普通じゃ有り得ないんだけれど。
それでも自分達にはこれが最初の告白だったから。









そんな昔の思い出話……











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