昨日も今日も明日も明後日も。
延々と同じ事の繰り返し。

けれどアタシはこの退屈な日々に刺激を求めようとは思わない。
語れない日々があるからこその言葉だったけど。

それでもアタシは刺激なんて求めていなかった。








いなかった筈なのに……ねぇ…?








何でしょうか……

この目の前の物体は………(悲)






















Face to face 1

























その日の仕事を終えたちょいと年がいっちゃったお嬢さんであるアタシは。
スーパーに寄って、本日の夕食の材料なんぞを調達してお家に帰る処だった。

女の一人暮らしには充分なスペースのロフト付きのワンルームマンション。
その最上階の角部屋であるアタシの部屋の前に何かが転がっているように見えるのはアタシの気のせいなんだろうか…。

近頃は酔っ払いがここら辺を我が物顔で闊歩する風景にも慣れてきていたのだが。
流石にこれはないだろう…。

何で寄りにもよってアタシの部屋の扉に寄りかかって寝ちゃってるのかなぁ。








アタシは多少痛くなった頭をがしがしとかきながら、その物体へと近寄った。

そりゃ幾ら年頃でなくなったアタシだからって、何時もこんな風に不審物に対して容易に近付いていたりするワケじゃないんだよ?
でもね、今回ばかりはそんな事を云っているような余裕はなかったんだ。

本日は休み前の金曜日で、思ったよりも仕事が忙しくてアタシぁ疲れてんだよ。
早く部屋に帰ってのんびり風呂に浸かってビールでも飲んで爆睡したいんだよ。
一週間の疲れをその一杯で取りたいし、休みを満喫したいんだ。

だから不審物であるこの人には早々にココを立ち去って頂きたい。








その一心でズカズカと己の部屋=その不審物が寝る扉へ向かって歩んでいった。

「……あのー、すいませんけど退いてもらえませんか?」

取り合えず少し離れた所から少々声高に声を掛けてみる。
………けれどその不審物(まだ云うか…)は一向に動く気配を見せなくて。

アタシはさも嫌そうに眉間に皺を寄せながらもうちょっとダケ近付いた。
だって、その不審物はどう見ても真っ当な格好をしていなくて。

「もしもーし、起きて下さいよー。ココはアナタのお家じゃないんですよー」

街灯に照らされたその不審物は最近の流行なのか、珍しい銀髪をしていて尚且つ逆毛で横へと流れていた。
どんなセンスやねん、と思いながらも更に観察を続けると。

妙な緑色のベストと(何かが入ってそうなポケットが六個付いている)何故かサンダルのような靴。
そして不思議な事に太股辺りと足とを包帯みたいなので巻いている。

しかも服の袖には赤い渦巻き……。

オマケにどんな風にしているのかは知らないが、顔が全然見えないのだ。
変なマークの入った鉄板が付いたバンダナ?が左目を隠すように覆っていて。
鼻も口元も布で隠されていて、怪しさ満開である。









………何、か……最近漫画喫茶で読んだ本に出て来たキャラクターに……似てるような…

って事は『こすぷれ』ってやつをした人なのか?!
その人が酔い潰れてこんなトコで寝てるのか?!!

人様の趣味に口を出すのは良い事とは思えないが。
こんな所で怪しさ満開の『こすぷれ』をした人が寝ていないでほしい。

アタシは早く部屋に帰って風呂入りたいんだよっ。

暮れてしまった秋の風がぴぅっ、と吹いて。
寒空のマンションの最上階へ佇むアタシの身体から容赦なく体温を奪っていく。
と、同時に込み上げてくる怒りが腹の中に溜まり始めて自然とその不審物へ掛ける口調が荒くなった。









「ねぇ、ちょっと!起きてったら〜、部屋に帰れないじゃん!」

それでも起きないその彼に、理不尽な怒りは更に増して。
頭の何処かで小さかったが『ぷつん』と何かが切れる音がして。
スーパーで買ってきた今晩の夕飯の材料が入った袋を置いて。

さっさと部屋に入りたかったアタシは無謀にもその人の肩を掴んで揺さぶった。

「起きて…てか起きろ!」

それでも起きない彼にアタシの行動はどんどんエスカレートしていって。
仕舞いにはその人の頬をぺちぺちと叩きながら身体を揺さぶっていた。

すると漸く意識が浮上してきたのか、その不審物は短い呻くような声を出した。
そして唯一見れた顔のパーツ、右目が薄っすらと開いた途端。








どんな身のこなし方をすればそんな風に動けるのか。
その男はアタシの服を引っ掴んで首に何か冷たいモノを突きつけた。








「ひゃっ……」

情けない声がアタシの口から漏れると。
その不審物は低い低い声と共に凶悪に悪い目付きでアタシを睨み付けて、こう仰った。








「……貴様…、何者だ……」








……………コッチが聞きたいわーーーーーーーっ!!!!!!








って怒鳴ってやれたらどんなにスッキリしたか(泣)

だってどう考えたってこの状況で喉元に突きつけられるのは凶器でしょうがっ!
そんな状態で相手を逆上させるような科白が吐けるかっての!

しかもこの人が無意識で発してるだろうモノホンの殺気!!

こ………ころっ……ころされるっ……!!

アタシってば齢28で華も満開を過ぎた散り際の見頃な女なのにっ。
こんな自分の家の前で不審者によって殺されるのが運命なのかーーーーっ??!!!!

一人パニくるアタシを他所に、その犯罪者(もう決定)は尚もアタシに質問を続ける。








「何者だって聞いてるんだ、……答えろ」








抑えたような感じで、でも全ての言葉がちゃんと聞き取れるくらいの大きさの声で同じ質問を繰り返されて。

アタシは引き攣ったかのような声でソレに答えた。
だって怖いんだもんっ!!








「そ………そこっ…の……部屋…」

「部屋?」

「…あ、…あたっ……しの…」

「?」

うぉぉっ!怖すぎてマトモに喋れんっ!!
は、早くっ!その妙な凶器を収めてくれぇぇ!

ビクビクしながら震える指で自分の部屋の扉を指差せば。








「………………アレ?……」








妙な間が開いて、その犯罪者が纏っていた殺気が収まった。

『アレ?』って何よ!『アレ?』って!!
人にそんな凶器(見えてはいないが)を押し付けといて『アレ?』もへったくれもあるかぁっ!!
ふざけんなぁぁぁぁっ!!!

余りにも間抜けた感じで発せられたその犯罪者の『アレ?』発言に。
自分でも良くぞこんなに突っ込めるなぁ、と思える程に心内で突っ込みまくった。








そしてその犯罪者はアタシの喉元にソレを押し付けた儘でキョロキョロと周りを見渡し始めた。

何だ、呑んでた酒が抜けて自分がしている事が漸く分かったのか、この殺人鬼ーーーっ!!!
どうにも叫べない文句が心内で爆発している最中に。
どうもその殺人鬼の様子がオカシイ事に気付く。








………この人……本気で焦ってんの?








アタシにとっては見慣れ始めた景色だけど、どうやらこの人にとっては見慣れないモノらしくて。
でもソレだけだったら何でこんなに焦りを感じるんだろう…?

………マサカ……何処かの病院から抜け出した精神異常者じゃないんだろうな……

自分でも恐ろしいと思えるその考えが頭の中を過ぎった時。
その精神異常者はやっとアタシの喉元から凶器を引いてくれて、慌てたように立ち上がった。

実際にはホンの数分の出来事だったのかもしれないが。
そんな非日常的な事になんざ今迄一度も縁のなかったアタシにとって、地獄のような一時が過ぎ去って。
さっさと己の部屋に入って鍵を閉めて警察にでも電話してやろうと思っているのに。
この男、図体もでかくて避けて部屋に入る事が出来ない……。

その間にも男の口からは何かが発されていて。

『信じられない』とか、『何処なんだ、……ココは…』とか意味不明な科白を羅列してくれて。
益々、異常者のレベルをUPしてくれてたのだ。








が、アタシにとっては部屋に入る事が最優先事項で。
どうでも良いからそこを退いてほしくて、その異常者へと恐る恐る声を掛けてみた。








「……ぁ、……ぁのぅ…」

アタシの声なんて聞こえていないのか。
その異常者は周りの景色をキョロキョロ見渡しているばかりで。

「…すぃませんが……………ちょっと………ねぇ…」

幾ら声をかけようとソイツは全然アタシの方を向く事なく。
流石に頭にきていたアタシはとうとう頭の中にある大きい何かがぷっつんと切れてしまって。








「どうでも良いからソコ、退いてくれませんっ?!!!」

「うわっ!!」








とうとう怒鳴ってしまったアタシを誰が責める事ができよう…。

やっと仕事を終えてマンションにまで辿り着けて、後は風呂に入ってビール飲んで爆睡したいダケなのにっ!
そりゃこんな犯罪者モドキの異常者に怒鳴るだなんて無謀もいいトコだけどさ。
けどそんな事よかアタシは早く我が家に入りたいんだよ!!

どうして目の前に我が家の扉が見えてんのに入れないんだよ!








怒り心頭で怒鳴ったアタシの声に驚いたのか。
その異常者さんは思ったよりも素直にソコを退いてくれて。

アタシは漸くほっとしながらバッグの中から鍵を取り出して……取り…出して………。

………ありゃ?

鍵が……えっと……ココ?……こっち?

わたわたしながらバッグの中を漁っていると、底の方から鍵の束が鳴る金属音がして。
やっと取り出せたアタシは買ってきたスーパーの袋を引っ掴む。

ガチャガチャいわせながら我が家の鍵を開け、いざ入ろうとした途端に。









その異常者に腕を掴まれたっ……???!!








「なっ……ななななななナンですかっ?!!」

ひっくり返ったかのような声がアタシの口から飛び出すも。
その現状は何ら変わる事も無く。

その男はちょっと困ったかのような顔をして、爆弾発言をした。








「あのぅ…、すいませんがココは何処でしょう?」








………………何処って…

「………○○市に決まってんでしょう?……」

住所を云って、さっさと離してもらおうとするも。
何故かその異常者はアタシの腕を離してくれなくて。

「え……っと、○○市?……」

「そうです、駅はココから出て右に曲がって真っ直ぐ行けばありますから」

どうにかして離してもらおうとするんだけど。
男は全然離してくれる気はないようで。
痛みすら感じる程にアタシの腕を掴んでいる。

そんで何やら分からない事を云われたような顔をして、逆に質問し返してきた。

「……じゃあ火の国ってどっちだか知ってます?」

「はぁ?」

『ひの国』って……『火』の国って事?

「彩の国埼玉なら知ってますが……」

そう答えるとどうにも困ったような顔を浮かべていて。
その困った顔を見てると、どうにも前に読んだ漫画に出てくるキャラクターが被って被って。








「……………まさか……『火の国』って……木の葉隠れの里のあるあの『火の国』だったりします?」

よく覚えていたな、と我ながらそう思うが。
それはその漫画が面白かったワケで。

「そうそう!木の葉の里のある火の国です」

ニッコリと片目だけで満面の笑みを浮かべるその器用な男は、我が意を得たりとばかりにさあ教えてくれと迫ってきた。
けれど……

「アナタ頭おかしいんじゃないですか?! それは漫画の世界での話で現実にあるワケないでしょう!
 もっと現実に生きて下さい、そしてこの手を離して下さいっ!!」

思わず逆上しそうになるも、今迄培ってきた忍耐力でニッコリと笑って。
それでも幾らか声高になった声でさようならをしようとした。

「えっ、ちょっと待って!」

が、やっぱりその男はアタシを離してくれなくて。

「やっ…何すんですかっ!離して下さい、警察呼びますよ?!」








そんな調子でこんな夜分にぎゃあぎゃあ騒いでしまった所為か。
お隣さんの扉が開いて酷く迷惑そうな顔をした住人が顔を出し。








「五月蠅いんですけど。痴話喧嘩なら部屋に入ってからやって下さい」

……そう、…怒られてしまった……








何が悲しゅーて28にもなった女が自分ン家の玄関前で痴話喧嘩なんざしなくちゃなんねぇんだよっ!!
しかも相手は見ず知らずの赤の他人で精神異常者の犯罪者で殺人未遂の殺人鬼だよっ?!
こんな顔の殆どを隠した妙な男がアタシの彼氏なワケないでしょーーーーーっ!!!
ざけんじゃねぇっ!!!

心内でそう怒鳴るも、確かに近所迷惑だった事は事実なので。
苦虫を噛み潰したような顔をしながらも再びその男へと向き直った。

「と云うワケでこれ以上アタシはアナタと話すつもりはありません。その手を離してもらいましょう」

甚く冷静に、これ以上も無く、自分の中では最高潮に冷たい声と態度で接するが。

「そう云われてもココが何処だか分かんないんだもん。事情を知ってそうな君を手放せるワケないでしょ?」

その男は飄々とかわしてくれて。
自分の額に青筋がピキリ、と浮かぶのが自分でも良く分かった。

「あのですね。『こすぷれ』がしたいんでしたら専用の場所でどうぞ。
 それだけカカシ先生に似てらっしゃるんでしたらきっと大うけでしょうから。では失礼」

「え……何で君、俺の名前知ってんの?」

とても不信そうな顔をしてそう聞き返す男に心底呆れてしまった。
でも全然離してくれなそうなこの男に、一つ、大きな溜息を零して仕方が無いから事情を話し始める。









「まずその格好からするに最近アニメ化した『ナルト』のカカシ先生の『こすぷれ』だと察しました。
 ちなみに何故アタシが火の国を知っていたかと云うと本で読んだからです。
 カカシ先生の本名は『はたけカカシ』現在26歳で元暗部の上忍。左目には写輪眼を持っていて通り名はそこから付いた。
 『コピー忍者のカカシ』または『写輪眼のカカシ』と呼ばれて他国のビンゴブックに名前が載る程の実力の持ち主である。
 そんで、何でカカシ先生に詳しいかと云うと結構好きなキャラクターだったからです。
 これで良いですか?ではアタシは引き取らせてもらいます」

一気にそこまで説明して未だ掴まれた儘の手を離そうと、掴まれていない方の手で剥がそうとしてふ、と気が付いた。

………手甲までリアルに作ってあるよ……

随分熱心に作ったんだね、と妙な所に感心していたが。
動かない相手がどうにもおかしくて、改めてその『こすぷれ』君を見ると。

何故か酷く戸惑っているようで。
しかも無くなったと思っていた殺気を再び纏い始めていた。

「なっ……」

びっくりして思わず持っていたスーパーの袋を落としてしまうが。
それより何より妙にこの男が不気味に思えて怖くて慌てて掴まれた手を離そうと躍起になるが。
彼の掴む力は先程よりも強くなってきて。

「いっ……たいっ!痛いってば!!」

涙目になりそうな位に込められた力に所詮、女の力では男に敵う筈もなく。
非難する声しか上げられなくて。

そんな殺気を纏う彼から一言。








「…どうして俺の情報をそんなに詳しく知っている……お前………他国の忍者なのか?」








…………三度目の、アタシの中で何かが切れる音が……今度は嫌になる位にハッキリと聞こえた…








「阿呆かーーーーーーーっ!!! アタシゃ世間一般で云われる一般ぴーぽーよっ!!
 第一、この時代の何処に忍者なんぞが居るんじゃーーーーーーっ!!!」








………バタバタバタッ…バタン!!








「……さっきから五月蠅いと云っているでしょう…。何処か他所行ってやって下さい」

低く押し殺したような隣人の再度の苦情に、今度こそアタシは小さくなって『すいません』と謝罪した……。








ばんっ、と憤りのレベルが知れるような音を立ててお隣さんは扉を閉めて。
廊下には相も変わらず、不審者と云える『こすぷれ』カカシ先生とアタシだけが残った。








もうイイ……、もうイイよ…。

あぁ…、今日はとことん厄日だったんだね。
どうりで要らんミスが連発すると思ったよ…。

「……あのね、…今は夜中なの。アタシはさっさと自分の部屋に戻ってお風呂入って一本飲んで爆睡したいのよ。
 お願いだからその手を離してくれないかなぁ……」

遠い目をして、何処か諦めきったかのような口調で話し始めたアタシに。
そのカカシ先生もどきは少々戸惑い気味で。

「普通の人はもう寝てる時間なの。アタシも仕事帰りで疲れてんの。
 だからこれ以上、こんなトコでアンタと喋ってたくないの。分かる?」

流石にこの状況がアタシにとって悪いモノだと理解したのか。
その人は殺気も引っ込めてすまなそうな顔をして謝ってきた。

「あ〜…、その……ごめんね?」

「もう良いから。アナタも早くお家に帰って。お互いに身体を休めましょ?明日はアナタも休みでしょう?」

男の肩をぽんぽんと叩きながら、疲れがどっと押し寄せてきたアタシは諭すようにして喋りかける。

「これに懲りてもう『こすぷれ』何かして人をからかうのは止めましょうね。じゃ」

ヒラヒラと手を振って落っことしてしまったスーパーの袋を再度掴んで今度こそお家に帰ろう、と思ったのにっ!








「でもね、俺も何が何だか分かんないんだよ。人助けをすると思ってさ、ネ、お願いっ!」

さっきまでとは打って変わったその態度に。
多少は常識があるのかもしれない…何て、友人達に知られたらそれこそ怒られる事間違いなしなんだろうけど。

けど、アタシは正直、とても疲れていたのだ。
もーう、速攻でお家に帰って寝っ転がりたいと思える位に疲れていたんだ。








「………っ〜〜〜〜〜」

途轍もない二択を迫られて。

所詮はアタシも人の子か……。
こんなにも困った風な人間を見捨てる事が出来なかった。

ってか、居直り強盗でも何でも良いから兎に角家に帰りたかったんだ。








「……はぁ…………今度その妙な凶器、突きつけたら警察だかんね……」








大きな大きな溜息を付いたアタシの答えに。
その自称『はたけカカシ』さんはとても嬉しそうに笑った。

あたしゃ泣きそうだよ………












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