夢を、…見た








とても懐かしい夢を……








子供と夫とアタシの三人で
引き離されていない、幸せな、……幸せだったあの時の

穏やかに笑えてたあの頃の
愛しいと思えていたあの人と、大事な大事な愛し子と一緒に居られたあの頃の

幸せな、幸せな夢を……見ていた…





















Face to face 11
























強請って、甘えて、許されて、甘えさせてもらった至極の中で見た夢は。
アタシを甘えさせてくれた人とは何の関係もない過去の出来事で。

それはアタシが一番幸せだと思っていた頃の。
人から見れば何て事ない平々凡々な、よくある家族の一場面で。

でもそれはアタシにとって二度と手に入れられない、焦がれるだけの対象で。
真ん中に子供を挟んで、あの人と一緒に同じ道を歩いてた、……そんな過去の夢。

今はもう会えない子供の名前を呼んで、笑って、笑いかけられて。








笑うあの子を抱き上げようとして。
抱っこが好きな子だから、もっと喜んでほしくて、この一時が嬉しくて大事でかけがえのないもので。

抱き上げられるのが分かったのか、あの子は嬉しそうに笑ってこっちを見て、手を伸ばしてきて。















あまりにも幸せな一時を夢の中で見たアタシの浮上した意識の先で掴んだのは……























空っぽな、アタシの両手だった。






















あぁ……そうよね

夢に、決まってるのに…








あんな光景が再びアタシに訪れる筈がないのはアタシが一番良く知ってるでしょうに…








普段から意識しないように思い出さないようにしていただけに。
夢すら見なかったから、思い出す事も無かったあの時の喪失感に自然と深い溜息が洩れて。

空っぽな手を握り締めて、片手で目を覆うようにして酷い脱力感をどうにかやり過ごそうとした途端。







「……さん………だいじょうぶ?」







気配を消しているのが当たり前な彼に掛けられた声で、この部屋に居るのが自分一人でない事をやっと思い出した。








「なんか…、ちょっと魘されてたから…」








心配そうに覗き込んでくるカカシくん。

確か彼の膝枕で寝てた筈のアタシは、何時の間にか自分の布団の中に寝かされていて。
その所為で、何であんな夢を見てしまったのか分かったような気がした。

当たり前だったあの温もりが突然、消えてしまったあの時と似通ったこの状況に。
自分の無意識があんな夢を見せたのだ、と。








「大丈夫。……夢見が悪かっただけだから」








そう云って無理に笑みを浮かべた。

それを見たカカシくんは少しだけ嫌そうに眉間に皺を寄せたけど。
事情を知らない彼には突っ込んで欲しくないと思って、あえて何も云わないで。








「ごめんね、寝ちゃって。やっぱり疲れてたんだね」








視線を外して近くに置いてある時計を無意味に手に取って時間を確かめた。

時計の示す時間は帰ってきてから一時間と少ししか経過していなくて。
高々それだけの間であんな夢を見せられたと思うと、その時間さえもが憎らしく思えた。

元の位置に時計を戻し、あんな夢を見た直後に寝られる訳もない、と。
アタシは何か云いたそうにしているカカシくんをロフトに残して梯子を下りた。

そしてキッチンへ行ってケトルに水を入れてお湯を沸かして。

高揚しているこの精神をどうにか落ち着けようとして、兎に角コーヒーを飲もうと。
コーヒーメーカーでゆったりと時間をかけて落とされた濃厚なそれを作っている間も惜しくてインスタントのコーヒーの入った瓶を手に取って。
濃い目に量を調節して沸いたお湯を入れてかき混ぜる。

香ばしい独特の香りを深く吸い込んで、何時もの自分を取り戻そうとして。
足音もさせずにキッチンに下りてきたカカシくんに気付きもせずに、アタシは深い深い溜息を吐いた。







あんな夢を見ただけでこんなにも取り乱す自分が嫌で嫌で。

捨てた筈の過去に現在を蝕まれるなんて、そんなのナンセンスだと。
彼を拾うまでそうやって生きてきたのに。

他人との、異性との温もりに触れた途端にこうまで取り乱す自分なんて切り捨てた筈でしょう。

あれから何年経ったと思ってんのよ。
いい加減、自分の為に生きたって良いはずよ。
これ以上あんな人達にアタシの人生を狂わされるなんて真っ平なんだからっ…








イライラが頂点に達してこのストレスをどうにかしようと脳が判断したのか。
指先が口元が無意識にタバコを欲しがって、取りに行こうと振り向くと。

「っ……」

カカシくんが物も云わずにじっと立ってアタシを見てて。
思わず悲鳴を上げかけた。








「……ぁ、…どうしたの?カカシくんてば、声くらいかければ良いのに」








引き攣ったように笑みを浮かべて誤魔化そうとして。
彼の傍を通り抜けようとした途端、アタシの腕は掴まれた。

今度は何だってのよ。








「………なに?」








無言でずっとアタシを見詰め続けてくる彼に、ささくれ立った心は酷く苛立って。
それが声に現れていたのだろう、少しだけ突き放すような感情が混ざったそれに、カカシくんはちょっとだけ悲しそうな目をした。








こんな顔をさせたい訳じゃなかったのに。

あんな夢を見たのは彼の所為じゃないのに。
彼が見させた訳じゃないのに。

カカシくんは只、アタシの我侭に付き合ってくれて膝を貸してくれた。
それだけなのにアタシは何をやってるの?

好意でしてくれた行動に甘えたのは紛れも無く自分自身。
あんな夢を見たのはアタシの中の問題で、彼には何の関係もないのにこの人に八つ当たってしょうがないじゃない。








カカシくんから視線を外して、少しだけ長めに目を閉じて気持ちを切り替えて。

こんなの大丈夫、何て事ない、何時もの事、もう昔の事なんだから、と。
自分の心を納得させて。








「ごめんねカカシくん。あんまりにも嫌な夢だったから八つ当たりしちゃった」








まるでカカシくん達が被っていた仮面のように、普段の自分の仮面を被って。
大人になってから覚えた感情を抑える術を使って、何時もの自分を演じて装って彼の手をやんわりと外して拒絶して。

リビングに放ってあるバッグの中からタバコとライターを取り出して、火を点けた。

灰皿を持ってベランダに向かって歩いて行って、窓を開けて煙を外へと追い出しながらも新しい煙を作って。
壁の寄りかかるようにしてタバコを吸い続けた。





















あの子はもうアタシの手の届かない所に行ってしまったの

お腹を痛めて産んだ、最初で最後のあの子はアタシとは違う世界で生きてるの

未だにアタシに関わろうとするあの人も昔の思い出に流されているだけ

アタシには『今』のアタシの生活があって、あの人にもあの子にもそれぞれ違う生活があるの








アタシはもう関わっていい人間じゃないの
























過去、何度も何度も自分に言い聞かせた言葉と思いを再びこうやって自分に思い込ませると。
諦めた筈の心がどうしてか、再び痛みだす。

喪失感で胸が空っぽになって抜け殻のようにベランダで遠い景色を眺めながら、タバコの煙に包まれて。
必死になって虚勢を張っていなければ崩れてしまいそうになっていた昔の自分を思い出す。

荒れて荒れて、飲めないお酒を飲んで泣き叫んで。

所詮、身分の違ったアタシ達が結ばれるはずもなく。
慰謝料と云う名の莫大なお金で子供と夫と彼等との時間、生活、思い出、絆、それら全部を奪われて。
そのお金でこのワンルームのマンションを買って、車を買って、バカみたいに豪遊して。

それでも最後に残ったのは虚しい気持ちと空っぽになったアタシのこの両手。

あどけない顔をして笑ったあの子を抱く事はもう二度と出来ないし。
夫との関係を全て切る事が条件だったのに。
何時の間にかアタシの勤める会社を彼は買い取ってオーナーになって。
アタシの勤務する時間帯を狙っては職場へと現れる。

おかげで社内での噂は何時も絶えなくて。
辛いけれど、それでもこの場所を離れられないのはあの子が住んでいるこの街を離れたくない、その一心で。








隆也……、もう今年は小学校だね。

ランドセルは買ってもらった?新しい学用品に全部名前を書いた?物は大事に使ってる?
ちゃんと勉強してる?お義母さんに可愛がられてる?新しい母親とは上手くいってるの?

物心をつく寸前に引き離されたから、もうアタシの事なんて覚えていない?
それとも自分を捨てた母親だって恨んでる?

もしかしてアタシの存在すら知らなかったりするの?








アタシの存在なんて知らない方があなたには良いのかもしれないけれど。
それでもアタシはあなたを忘れるなんて一生出来ないから。

時折、こうやって思い出す事くらいは許してほしいな。























ぽとり、と燃えきった灰が落ちてカーペットを汚して。
それにすら気付けなかった自分がどれだけ物思いに耽っていたのかを知らしめるが。

今のアタシは嫌だ嫌だと思っていた過去に縛り付けられた愚かな女で。
不定期に発症する病気のようなそれに意識の全てを持っていかれていた。








何時もなら短くても数時間はそこで無意味にタバコを吸い続けるのが恒例になっていたのだけれど。
今のこの場所には、幸か不幸かアタシ一人ではなくて。

燃えきったタバコの成れの果てを手から取り上げる優しい手があって。

その手は吸殻を灰皿の中へと捨てて、背後から毛布を持ってアタシを抱き締めてくれた。








冷たい風に晒されたアタシの身体を抱き締めてくれる後ろの身体はとてもとても温かくて。
優しく腕を回されて、投げ出した身体を抱き寄せてくれる。








訳を聞くでもなく、何かを喋る訳でもなく、無言で抱きしめてくれたのが嬉しくて。

聞かれたくなかったから、喋りたくなかったから。








今、口を開けば自分でも何を云ってしまうか分からなかったから……








気持ちを汲み取ってくれて温もりだけを与えてくれる。
こんな彼を望んでいたのは本当だけれども。

それでもその存在がこの世界の住人でない事が妙に可笑しくて。

こんなウザイ女なんて放っておけば良いのにね。

そう思う反面、確かに彼の存在に、温もりに救われていたのは事実で。
少しだけカカシくんの方へと力を抜いて寄りかかれば。

彼は優しく受け止めてくれて。
無意識に腹に回されていた彼の手に自分の手を重ねて。

荒れ狂った冬の海のようだった心が凪いでいくのを感じていた。









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