何が悲しくてこんな不審者を家へ招き入れなくちゃいけないんだ

何て思いながらも、この男の強引さと頑なさと近所迷惑なのを考慮して
これ以上家の前での押し問答は宜しくない、と云う結論に達して

本当ならば警察に電話して速攻で引き取って貰うのが正しい選択なのだろうが
不幸にもその時のアタシは酷く疲労していて

警察に電話するのもイイけど、その後の事情聴取やらが面倒臭くてその選択肢を捨てた








もう、……なるようになれってんだっ!!




















Face to face 2
























幸いにして(不幸なのか?)手に鍵は持っているし、と。
扉の鍵を外して大きく開け放ってやる。

「………何してんのよ……、入んないの?」

恨めしげに呆然と立っている男を見やれば。
ソイツはあろう事か。

「え……本当に良いんだ?ごめーんね?」

何て調子良い事をホザイテくれた。
………誰の所為だと思っていやがるんだ、この犯罪者…(怒)








しかし、その調子っ外れな緊張感を持たない言い回しに脱力してしまって。
アタシはのろのろと玄関へ入って電気を付けた。
男はアタシの後を付いて来て。

そんで10畳程の広さのワンルーム(キッチン付き、バストイレは一緒ネ)であるアタシのお城へと一緒に入った。

シルエットが気に入った銀のラックの上に持ってたバッグを置いて。
兎に角冷蔵庫へと食材を入れようと其方へと歩いて行くと。

変質者(犯罪者だったような…)は物珍しげに部屋の中をキョロキョロしていた。








「でー?アンタの名前、本当は何ていうの?」

食材を入れながら怠気にそう問いてやれば。

「えー、さっき言い当てたでしょ?」

何て、まだカカシ先生ごっこを続けていた。
パタンと冷蔵庫の扉を閉めて、更に疲れたように振りかえって。

「………さいですか……、じゃあ君の事はカカシ君と呼ばせてもらうよ」

「は〜い、どうぞどうぞ。で、お姉さん。これはなぁに?」

「はい?……あぁ、パソコンだよパソコン。まさかこの時代でパソコン知らないのぉ?
 今時幼稚園だってホームページ持ってんのにさ」

あははー、と笑いながら説明してやれば。
どうもアタシの言動の中に知らない言葉があったようで、しきりに首を傾げていた。

「何?マジでパソコン知らないわけ?」

『こすぷれ』やる人がそれじゃいかんでしょう、と思ってスイッチを入れて起動させてやれば。
とても興味深げにソレを食い入るように見る自称、カカシ先生。

「今時珍しい人だね。コレそんなに新しい機種じゃないのに」

独り言のようにそう云ってキッチンへと歩いていって。
お気に入りの綺麗なラインをしたケトルに水を入れて火にかけた。

その間に上着を脱いで高かった黒のソファへと掛けておく。

「暇だったらテレビでも見てなよ。リモコンはテーブルの上だから」

未だにパソコンに夢中なカカシ君にそう云っておいて、コーヒーを淹れる為にカップを取り出した。









暫くするとお湯が沸いて、二人分のソレを淹れて持っていってやると。
今度はテレビに夢中になっていた。

こんなつまらないバラエティ、何処が面白いんだか…と、少々呆れてしまったが。
スクリーンセイバーの浮かんだパソコンの電源を切って。
目の前にコーヒーカップを突き付けると我に返ったかのように「あ、ありがとう」と云った。

適当に返事をしながら兎に角座って話そうか、と促すと。
彼もソレが目的だったので大人しくソファに座り込んだ。

アタシはカーペットの上に肩膝立てて座り込んで。

「でー、何から聞きたいっての?あんまり長くは話せないよ、疲れてんだから」

そう、最初に断わっておいて。
彼が聞きたい事を催促してやる。

「えーっとですねぇ、何度もすいませんがココは何処なんでしょう」








その質問に先程繰り広げられた廊下での押し問答をまた繰り返さなきゃならんのか。
と、襲ってくる頭痛に眉を顰めながらも丁寧に答えてやる。

も〜う、気分は保母さんだよね!

「ココは○○市○○町のスカイハイツってマンションの一室。んでもっと云うなら○○県で日本だよ」

どうだ、と云わんばかりに云ってやると。
カカシ君はとても困ったような顔をして。

「何?日本が分かんないとか云わないでよ?ナルトの『こすぷれ』して成りきるのは良いとして。
 その冗談は笑えないから」

先手を打ってそう云ってやると、今度は片方しか見えていない眉毛が妙に下さがりになった。

「やーだ。本当にナルトの『カカシ先生』のつもりなのぉ?だったら忍術の一つでも見せてくれれば信用したげるわよ」

出来るモンならやってみやがれ、とでも云いたそうに云ってやれば。
彼は嬉々としてその言葉に喰い付いてきた。

「じゃあ俺の忍犬を呼び出したら信じてくれる?」

そう云われると、ついつい。

「おう、信じてやろうじゃないか」

売り言葉に買い言葉のような喧嘩腰で云いきってしまった。








いやね?
この時までは本当に信じていなかったんだよ?
ちょっと頭のイカレタ兄ちゃんが何かの賭けで負けて、誰か騙して来いとか云われてんだと思い込んでたんだよ。

けどね?
後に付けてたポーチの中から『クナイ』と呼ばれる凶器を出してきて、親指を僅かに傷付けて。
目の前で素早く印を組まれてテーブルの上に手の平をぶつけた途端に「ぼんっ」って音がして。
何巻か忘れたケド、中忍試験で見た、あの忍犬、『ぱっくん』が現れたから……現れたから………思わず…








「………手品師……?」








と、云ってしまっていた。

けれどたった今、目の前で行なわれた『忍術』なんだか『手品』なんだか分からないけれど。
兎に角、「出してみろ」と云った忍犬が現れた事は確かで。

見た目にもあの忍犬にそっくりなその犬は。
お約束である『へのへのもへじ』のマントを纏って額当てをしていて。









「……良く出来てるねぇ…。こりゃ相当作るのに時間くったでしょ?」

何て云って、その『ぱっくん』を抱き上げてみた。
そしたら…

『……拙者は玩具じゃねーぞ…』








………………………………え?








「いっ…犬が喋ったぁぁぁぁぁあああっ??!!!」

思わずぱっくんを落っことしてしまって。

『何だぁ?この女子(おなご)は、五月蠅いのー』








「…………嘘!……、幾ら何でも犬が喋るワケないじゃないっ。…夢よ夢。アタシってば寝ぼけてんのよ」

暢気に耳の後をかいているぱっくんを他所に。
アタシは現実逃避を起こしかけていた。

「やぁねー、幾ら仕事が忙しかったからってこんな夢見なくたって良いのにねー」

クラクラし始めた頭を抱え込みながらも、どうにか自分の常識と現実感を取り戻そうとしているのに。

『オイ、この女子はどうしたんだ?ってかココは何処なんじゃ?』

「いやー、どうも違う世界に飛ばされちゃったみたいでさー」

『違う世界だぁ?何でそんなトコに飛ばされてんだよ』

「それは俺も分かんなーい」

何て、犬と会話しているカカシ君。
それはどう見ても、あの中忍試験で見た忍犬にしか見えなくて。

でもそんな事があって良いのか、と己の常識が訴えてきていて。
半ばパニくっていると。

二人(?)は同時に此方を向いて。

「『で、何で俺がココに来ちゃったのか、知ってる?』」

と、のたもうた……









「あ、……あはは…。カカシ君ってば実は腹話術も得意だったりするんだ…。全く人が悪いよ。
 こんなんで人を騙そうとするなんて酷いよねー」

どうにか現実に帰りたいアタシは、目の前で起こっている事実を捻じ曲げたくてしょうがない。
けれど…

「あ、酷ーい。忍犬出せば信じてくれるって云ったのにー」

そう、不満そうに仰ってくれて。

「だったらその額当て取ってよ!まさかホントに写輪眼が入ってるって云うの?縦に傷跡があるって云うの?
 そのポーチの中にイチャパラが入ってて、ベストの中には巻物が入ってるとでも云うのーーーーーっ??!!!」

半ばキレ気味で叫ぶようにして。
肩で息をするように、一気でソコまで云うと。

「それを全部見せたら信用してくれる?今度こそ信じてくれるの?」

一度、信じると云いながらも信じようとしないアタシに。
カカシ君はちょっぴり悲しそうに、それでも真剣そうにそう云って。

アタシは警戒心も露わに、恐々とソレに頷いた。








彼は一つだけ溜息を付くと。
まずベストに付いているポーチから巻物を出していく。

ぱっと見には本物らしく見えるソレ。

そして今度は後に装着していたポーチからごそごそと本を出してテーブルの上へとそれ等を並べている。
小さな文庫本のようなソレは本当に本で読んだ通りの男女が追いかけっこしている絵で。
ご丁寧に18禁のマークまでそっくりだ。

そしてその二つを確認すると。
呟くような彼の言葉が耳に入ってきた。

「……ホントはあんまり見せたくないんだけどネ」

そう云いながらも額当てを上へとずらしてくれたカカシ君。








ソコにあったのは………間違いなく、…………『写輪眼』……だった。








「………本当に……本物、なの?……」

綺麗な綺麗な自然界では在り得ない、人間には決して出ないであろう赤い目が。
何かで書いてあるようには決して見えない、縦に走った傷跡が。

漫画の世界でしか見た事のないそれ等が、今、アタシの目の前に晒されていて。

酷い動揺がアタシを襲ってきて。
けれど彼の左目は確かに赤くて、あの文様が入っていて。
自分が知る写輪眼とそっくりで。

思わず自然と伸びた手が。
彼の頬へと向かって行って。

近付いて、まじまじと見詰めてみて。
緊張感で冷たくなった指先を、彼の頬へと触れさせてみる。

触れた指先からは温かい体温が伝わってきて。
彼が現実に、ココで、生きて、存在しているのを伝えてくれて。
思わずぺたぺたと遠慮もなく彼に触りまくって。

見る事しか叶わなかった銀髪を梳いてみて感触を確かめて。
額当ての鉄板部分の冷たさに驚いて。
左目の傷跡を指でなぞって。
マスクに隠された鼻から下が見たくてソレを引き下げてみた。

彼はアタシの行動を不信に思わなかったのか、させたいようにさせてくれて。

遠慮もなく引き下げたマスクから現れた彼の素顔に。
その整った素顔にアタシは、言葉を忘れたように、食い入るようにして、魅入ってしまった……








「………信じてくれた?」

少し悲しそうにしたカカシ君が、漸くその言葉を発すると。

「………ほん、と…に……ホントに…、あの『カカシ先生』…なの?」

「…うん」

未だに彼の顔に触りながら。

「『写輪眼のカカシ』って呼ばれてる…」

「…うん」

「『コピー忍者のカカシ』って……」

「……そうだよ」

「『木の葉隠れの里』に居る、…元暗部の…上忍の……」

「…全部俺の事を指してる。そう、呼ばれてるよ」








そう云いながら、薄っすらと思ったよりも薄い唇を上へと引き上げた彼の笑みに。
アタシは力が抜けてしまって、情けなくもその場にへなへなと座り込んでしまった。

隣ではぱっくんがちょっとだけ心配そうにアタシ達の遣り取りを見ていたが。
溜息らしきモノを一つだけ出すと、ぼん、って音を立てて消えてしまった……








「それで……ココが何処だか分からなくてアタシに火の国の場所を聞いてたのね…」

幾許か気が抜けてしまったアタシの口調に。
カカシ君はすまなそうにしながら立ち上がり、座り込んでしまったアタシの身体を立たせてくれてソファへと座らせてくれた。

「…あぁ、…ありがとう…」

片頬に手を当てて、顔半分を覆い隠すようにしたアタシに。
相当のショックがあったのを覚ったのか、「コーヒー飲む?」とか気遣ってくれる。

本来ならば此方側の世界へ飛ばされてしまった彼の方がショックを受けていそうなのに。
そんな事は微塵も感じさせない彼の冷静なる配慮に、忍であると云う事がどんなに過酷な仕事であるのかを。
アタシはちょっとだけ垣間見た気がして罪悪感を覚えた。

「ね、カカシ君も座って?」

そう云い、彼をアタシの隣に座らせて。

「アタシで良ければ力になるからどんな事でも聞いてね」

気付いたら、そんな言葉を発していた。
ソレに彼はちょっと驚いたような顔をしてから、綺麗な綺麗な、笑みを浮かべてくれた。








彼は、やっと変質者と云う認識から抜け出せたのだった。












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