何で漫画の世界の住人である『はたけカカシ』さんが此処に居るのなんて分からない。
けれど自分の目で見て、自分の手で触って確かめたのだから。
どんなに有り得ない超常現象のような事が、目の前で起ころうとも。
それが自分で確認出来たなら、………信じるしかないでしょう?
Face to face 3
「……えっとね、兎に角状況を確認しときたいんだけど。…イイかな?」
「あ、うん。どうぞどうぞ。それは俺も確認しときたいから」
そんな遣り取りで始まった、『何でカカシ君が此方の世界に来てしまったのか』を検証する会。
「アタシがカカシ君を見たのは家の玄関の前に転がってたからなんだけど……何か覚えてる?」
その質問に、カカシ君は少々考える素振りを見せる。
けれど彼は考え込んでしまったっきりで、返せる返答を持っておらず。
それなら、ともっと答えやすい質問へと変えた。
「じゃあ、貴方は木の葉の里で今日何をしてた?」
「あぁ、……えっと今日はナルト達と何時ものDランクの任務があって…、報告書を出して、其の儘『人生色々』に行ったんだよね」
アタシが知り得る日常と何ら変わりのない、彼の記憶。
「それでアスマと紅、アンコ達と馬鹿話してて。…お腹が空いてきたから家に帰ろうとしたんだよなー」
まるっきり日常と云える、彼が喋る本日の出来事。
「でー……、あー…その後の記憶がさっぱりと抜け落ちてる」
途中までは何の変哲もない漫画の世界での日常を語ってくれてたのに。
どうして最後の最後で記憶が抜け落ちちゃうかな……。
「………んー…、それじゃどうしてコッチの世界に来ちゃったのか分かんないねぇ」
溜息交じりにそう云ってコーヒーを一口飲んだ。
口の中に広がるインスタントの味。
…………むぅ……
やっぱ口元が淋しいなぁ……
「ね、カカシ君」
「はい?」
「ちょっと煙草吸ってもイイ?」
チェーンスモーカーと迄云われるアタシにとって、既に二時間近く吸っていないのは拷問と同等な事実で。
ニコチンが恋しくてそう断われば。
カカシ君は少し嫌そうに顔を歪めた。
「……余計な事かもしんないケド女の人はあんまり煙草とか、吸わない方が良いんじゃない?」
何時の時代に生きているのかは知らないが。
矢張り彼も女が煙草を吸うのを嫌がるタイプで。
「将来、子供を産むんだから。ね?」
「あぁ、大丈夫よ。アタシ子供産めない身体だから」
「えっ……」
知り合ってから短時間でこんな衝撃の事実(?)を告げられたら。
流石のカカシ君でも引くだろうなぁ、と分かっていながらも。
ついつい襲い掛かってくる禁断症状に云ってしまった。
黙ってしまったのを良い事に、アタシはソファに掛けておいた上着からヴァージニアを取り出した。
慣れた手付きで一本取り出して、ジッポで火を付けて深く煙を吸い込めば。
溜息のようなモノと一緒に盛大に吸い込んだ煙を吐き出した。
肺に染み渡るようなニコチンの刺激に、満足そうにニッコリ笑って。
「気にしないでよ。それに一人も子供が居ないワケじゃないから。ちょっと訳有りでさ、一緒に暮らしてないのよね」
気にして欲しくて云ったワケじゃないから、と。
只、ヤニを吸うのを容認して欲しくて云ったに過ぎないんだから、何て云ってあげれば。
「それでも俺はあんまり吸ってほしくないな…」
何て、仰ってくれて。
アタシはついつい苦笑いを返してしまう。
「そうだね。煙草は百害あって一利なしって云う位だからねぇ…」
でもね、もう既に遅いんだよ。
「アタシってばチェーンスモーカーだから!なかなか止めらんないのよ、ごめーんね?」
カカシ君の口調をマネして云ってやれば。
彼は一つ溜息のようなモノを返してきた。
「さて、そんな事よか今は貴方の事でしょう?どうやったら帰れるか、なんだけど」
話題を変えようとして本来、しなければいけない話題を持ち出した途端。
頭に浮かんできた一つの事実。
「ねっ!その写輪眼でカカシ君が倒れてた所を見れば何とかなんないかな?」
写輪眼にそんな使い方が有るのかは知らないが。
何もしないよかマシだろう、と少々興奮気味にそう云えば。
カカシ君はぽん、と手を打って。
「そうだね。俺とした事がすっかり忘れてたよ!」
云いながら玄関へとひらりと身を躍らせた。
流石は忍者!と云える、颯爽としたその身のこなし方に驚きながら。
アタシも半ば位まで吸った煙草を灰皿へと捻じ込むようにして消して、慌てて彼の後を追った。
狭い我が家の玄関なんてホンの数メートル先で。
先に着いていたカカシ君の背中を見ながら声を掛ける。
「どうかな」
って、云ったってソコはアタシの靴とカカシ君の靴しかなくて。
近くに小さい靴箱があるだけの狭いスペース。
見渡すモノすら無いこの場所で、彼が此方側の世界へ来てしまった原因が本当に有るのか、と。
言い出しっぺのアタシは自分で自分の発言を取り消してしまいたいような羞恥心に駆られた。
「……ん〜…、ぱっと見には何も感じないけど………ちょっと見てみるね」
カカシ君はアタシの発言を馬鹿にする事なく。
本当に写輪眼を使って、その場を見るようだった。
彼は片目を閉じて胸の前で印を組む。
すると少しずつ周りの空気が動くような気配がして……
………な、…んなんだ、ろう……コレ……
カカシ君の周りの空気だけが濃縮されたような感じで。
向こうの景色が歪んだように見えて。
余りにも異常現象と云えるその現実に、本当に眩暈がしてきそうだ……
………あ、……何か…ホントに……やば、いっ………かも…
どんどん眩暈が酷くなってきて。
目の前に居るカカシ君の後姿が霞んで見えて。
力が入らなくなってきて。
全身に冷や汗みたいなのが噴出してきて。
強いられる緊張感のようなソレに、アタシの意識は耐えられずに。
ぷつり、と切れた。
彼女に云われる儘、勧められる儘に『写輪眼』を使って自分が倒れていたと云われた玄関で『見て』いると。
突然背後から聞こえてきた、何かが倒れる音。
慌てて振り向けば今迄話をしていた彼女が倒れていて。
「ちょっ……大丈夫!? …ねぇ、……」
声を掛けようとして未だに彼女の名前すら聞いていない事に気が付いた。
冷静沈着が売りの忍、しかも上忍のクセに。
矢張りこの尋常でない出来事の所為で幾許か混乱していたのか。
そんな事すら確認していなかったのか、と我ながら情けなくなった。
けれど自己嫌悪は後でも出来る、とばかりに。
倒れている彼女へと手を伸ばして頬を叩き、声を掛けてみるが。
彼女からの返事は返って来ず、意識がないのだけが分かった。
そして顔色を見れば、随分と体調の悪さを我慢していたのか真っ青になっていて。
しかも酷く手の先が冷え切っていて。
兎に角、こんな所で寝かせっぱなしも良くないから、と。
彼女の身体の膝裏と背中に手を差し込み抱き上げる。
その瞬間、近くなった彼女の顔はとても青褪めていて。
何処から来るのか、酷い罪悪感が湧いてきてた。
だって何処の誰かも分からぬ己を自分の部屋へと招き入れてくれて。
果てはこの世界では異物である俺を『木の葉の里』の『はたけカカシ』だと認めてくれて、帰る方法まで真剣に考えてくれて。
しかし青褪めた顔の彼女の目の下に薄っすらと浮かぶ隈に。
『疲れているから』と云われていたのを思い出し、更なる罪悪感を感じて。
今度は早々に彼女について考える事なくその身体を黒いソファへと寝かし付けた。
どうしようか、と暫し悩むも。
初めて来た人様の、しかも女性の部屋を漁るような真似は到底出来なくて。
少々困ったような気分になる。
気分の悪そうな彼女に、濡れたタオルでもと思うのだが。
何が何処にあるのかがさっぱり分からない。
自分が知る世界の建物とは基本的に造りが違うこの世界の居住は。
狭いながらも何処に何があるのかが予想が付かない。
軽はずみに手を付けて、他人に見られたくないようなモノを見てしまったら、何て考えてると目もあてられないし……
心底、困っていると。
不意に彼女から発せられた僅かな声。
それに気付き、慌てて振り向いてみれば。
彼女は……………ぐっすりと眠っていた。
先程までの顔色の悪さは抜けていて。
何処かあどけない表情をして睡眠を貪る彼女はとても幼くて。
あんなに焦っていた自分がホンの少しだけ馬鹿らしく思えた…。
そして部屋の中を改めてきょろきょろと見てみると。
二枚の扉があり、ちょっとダケ覗いてみるとソコは風呂とトイレで。
どうも此処には他の部屋は存在していなさそうだった。
ふ、と目の留まった梯子を見上げるとソレは上へと繋がっていて。
彼女をこのまま此処に寝かせておくのはちょっと忍びなくて。
聞こえていないであろう彼女へと「ごめーんね?」と云いながらもソコへと跳躍してみると。
視界の先には彼女が寝起きしているであろう布団があって。
更に目覚まし時計であろう妙な形の玩具のようなソレと電気スタンド、読み掛けのような小説が数冊あった。
よし、と。俺は一旦下へと音も無く飛び降りて。
再度彼女の身体を抱き上げると、抱えた重さ等感じていないかのようにして飛び上がった。
そして温かそうなふわふわの布団の中に彼女の身体を横たえてやると。
う〜ん、とか云いながら近くにあった抱き枕であろう妙な絵の描いてあるクッションを抱き寄せた。
その子供っぽい仕草に自然と自分の表情が緩んでしまうが。
今、己が置かれる状況を考え直してみるとちょっとだけ真剣な顔付きになり。
彼女へと掛け布団を掛けてやって。
「おやすみ…」
とだけ、彼女の云い残して下の部屋へと飛び降りた。
さて、と。とりあえず彼女は大丈夫のようだし。
改めて部屋の中を見渡してみる。
だが矢張りと云って良いように自分が知っているような環境では無い、としか云いようながない状態で。
仕方がないので、ベランダであろう窓の方へ歩んで行くと。
窓の外は酷く高い景色だった。
己の里では考えられないような固いコンクリートで出来た町並みと道。
やっぱり此処は自分が知っている世界ではない、と云う事実がこの景色だけでも分かったが。
それでも情報は多いに越した事はない、と。
カカシは玄関へと一旦引き返し、靴を持って再度窓際まで歩んで行って。
靴を履くとベランダの手摺りに飛び上がり。
意を決したようにして、ソコから身を躍らせた。
普通の人間がそんな事をしたら重力に従って、落下し死亡するのが常識だが。
ソレをしているのはこの世界では存在していない『忍者』であるカカシ。
当然のようにして目的である近くの大きな建物へ飛び移った。
それを何度も繰り返して結構な距離を進むと暗い町並みしか見慣れていない自分には俄かには信じられないような光景が広がる。
己の世界では考えられない明るい道沿いに何軒もある小奇麗な店、そして夜中だと云うのにも係わらず闊歩する人間達。
こんな時間までやっている店があるのにも驚いたが、それ以上に何の武装もしていない一般人がこんなにも大量に歩いている事に。
…………平和、…なんだねぇ……
何て、しみじみそう思い。
この世界が自分が生きていた世界と全く異なる所だと理解する。
名前も知らない彼女が云ってた通り、本当に此処には『忍者』は……存在していないらしい。
着ている服こそ変わった物だったが、どの人間も里で見かける一般人とソックリで。
チャクラを持てる人間なんて一人ですら居ない。
そして一番、目を引くのは何だか分からない箱のような乗り物で。
どうやらここの世界の人間はあの箱のような乗り物で移動するのが常識のようだった。
色々なタイプの箱があり、大きなモノや小さなモノ。
中には何かの荷が積んである特別に大きなモノがあり、けたたましい音を立てながら黒い道を通り過ぎて行く。
高い木の上からその様子を眺めるカカシは軽い溜息を一つ零した。
冷静に物事を考える事のは忍としての基本中の基本。
そして自分が置かれた現状への判断も、今迄の経験で積んできたつもりだ。
けれどこんなケースは断じてあってはならない筈で。
当初こそ慌てて困って、我を忘れそうになったが。
落ち着いてみれば心の何処かで妙にこの平和な世界へ来てしまった事を楽しんでいる自分が居た。
何でこの世界へ来てしまったのかは分からない。
そしてこの世界へ来てしまった現実は変えられない。
だったら少しでも楽しんだ方が面白いでしょ?
己が考え付いた事は即、実行とばかりにカカシは更に移動して色々なこの世界の景色を眺めたり人間達の行動を観察し続けた。
道端に座り込む酔っ払いの男、家を持たない様子の草臥れた男。
綺麗な服を着て何やら小型の機械に熱心に打ち込んでいる女。
複数の男女が酔っ払ってけたたましい声を上げながら楽しそうに去って行く様子。
寒そうにした化粧の濃い女がいそいそと歩く様。
恋人同士らしい男女が仲睦まじく手を繋いであの箱のような乗り物へ乗るのを見送っていると。
夜明けを意味する紫暗の色が空へと変わり始める。
人間ウォッチングを止め、ソレを見ながらカカシは異世界でも空は同じなんだねぇ…等と思って。
そろそろ俺も帰ろうか、と。
名も知らぬ彼女が居るあの部屋へと戻るべく、走ってきた道のりを引き返した。
結局、この時に得られたこの世界の人間達の情報は己の与り知らぬ場所に生きる、普通の人間だったと云う事だけだった。