そうっと部屋を出て鍵を掛けて、そろ〜りそろりと数歩だけなるべく足音を立てないようにして進んだら。
後は飛ぶように走り出して、一目散に自分が所有する車へと向かっていった。
なるべく早く帰ると云った手前、ゆっくりとウィンドウショッピング等を楽しむと云う本日の予定は全てキャンセル。
アタシの頭の中にはどんな服を着せてあげようかな。
何てやや(『やや』ですよ?)邪な思いが入り混じった服をとっかえひっかえされる。
着せ替え人形状態のカカシ君が困った顔をして笑っていた。
………これじゃあアタシってば本気でヤバイ人みたいじゃん……
ふ、と我に返るだったが、何をしてても彼のあの可愛らしい笑みが浮かんできて脳内はハチャメチャな事になっていた。
(対向車の皆様、不気味なモノをお見せしちゃって誠に申し訳ありませんでした)
Face to face 5
暢気に信号待ちで愛用のヴァージニアを取り出して。
カカシ君に止めた方が良いんじゃない?と云われた煙草を一本取り出して。
ポケットの中をゴソゴソ漁り、これまた愛用のジッポを出して火を付ける。
(何故か絵柄は一富士、二鷹、三茄子である……)
ぷっはー、と煙を盛大に出しながらも窓を開けて煙を外へ追い出して、と。
何から買おうかな〜、何てまるで彼が自分のパートナーになったかのような錯覚をその考えから覚えて。
『いやん、そんな〜』何て益々、ニヤ付いてしまい。
どうにも締まりの無い顔で自分が勤める大型のショッピングモールの駐車場へと車を滑り込まさせた。
駐車場の警備員のオジサン。
ショーモナイものをお見せしてしまってごめんなさいです。
どうか明後日の出勤時にまでは忘れて下さい……。
まず最初に二階にある紳士服売り場へと早足で向かって。
下着、靴下等を購入する。
次いで、Tシャツやズボンとかを見繕って次々と手に取っていく。
一見、細そうに見えるカカシ君でも上背はあるからっと。
サイズはどれも大きめで、LLを買っておいた。
こういう所に勤めている所為で、お客様の体型を見るだけで大体のサイズが分かると云うのがこんな所で役に立つなんてネ。
何がどう転ぶのかは分からないねぇ。
適当に目立たない色のモノを基本にして選んで。
もしもの時の為に、写輪眼を隠す為のサングラスとバンダナを、っと。
後、サイズが大き過ぎた時の為にベルトを〜、何て機嫌良くチョイスしていた時だった。
それまで他の同僚と全く別の方向を向いていた目ざとい同僚に見付かってしまって声を掛けられてしまった…。
「あれ?じゃない、どうしたの?今日は休みでしょうに」
「あー、うん…。えっと、…ね。実は親戚の人が入院しちゃってさー」
女の一人暮らしだと云う事を知っているその仲の良い同僚に。
何で男物の服なんかを買っているのか、と突っ込まれる前にそう誤魔化しておこうと思ったのだが。
少々どもってしまったアタシから何かを察知したようで、ふっふ〜ん、って感じでとてもイヤらしく笑みを浮かべてくれた。
「へぇ?『親戚の人』が、入院ねぇ…?」
どうやらベタベタの言い訳は通用しなかったようだ。
「うっ……、頼むからそういう事にしといてぇ〜…」
情けない声でそう拝み倒せば。
「はいはい。そういう事ネ。でも今度話しなさいよー?」
「……うん、話せるようなったら絶対に話すから」
訳有りなのが、アタシの口調から分かったのか。
彼女は仕方が無い、と云った風な溜息を付いて苦笑いを浮かべてくれた。
「りょーかい、じゃあコレ全部買うのね?」
「うん、お願い」
大量の男物の服を、次から次へとレジ打ちしてくれて。
そんな時、ふと彼女が心配そうに云い出した。
「そう云えばもうすぐタカハシ様の来る時間でしょー?こんなトコに居て大丈夫なの?」
「あっ………忘れてたよ……」
余りにも現実離れしていた事が起こっていた所為で、アタシはその事をすっかり忘れ去っていた。
「はぁ…、ダメじゃん。はい、全部で\26.543円よ。早く払ってとっとと帰りな!」
「…うん……、ごめんね…」
財布の中から三万円出して支払いを済ませ、同僚へと手を振って、大きな紙袋を持ってさっさと車へと帰ろうと思ったのに。
「…あっ…ちょっと待って!」
短い、昔散々聞いていた低い声が急ぐアタシの両足を止めた。
コレが否でこの人が来るこの日を無理云って休みにしてもらっていたのにっ!!
皆に迷惑をかけていながら、何たる失態だ!
嫌々、声がした方へと首を廻らすと。
そこには当然のように彼が居て。
アタシとは対照的な表情をしたのが、………とても印象的だった……。
「……いらっしゃいませ、タカハシ様、…お久し振りでございます」
両手が荷物で塞がっているので仕方が無い。
なるべく丁寧に彼へと向かって頭を下げた。
そうしたら彼が強張った反応を返した気配がして。
アタシへと向かって歩んで来ていた足取りが不自然に止まった。
ホントは全然他人何かじゃなかったのに、まるっきりのお客様に対する接し仕方に。
頭を上げたアタシの目へ、酷く淋しそうな表情をした彼が飛び込んできた。
「……うん、……久し振りだね…」
「すいませんが、私は本日休日なのです。あちらに手の空いた者が居りますので、どうぞ其方へ行かれて下さい」
失礼します、と再び頭を下げてその場を辞そうとしたのに。
彼は去ろうとするアタシの腕を引っ掴んだ。
後で控えていた彼の部下が慌てた顔をして。
同僚の女の子達が此方へと焦った顔で向かって来た。
「…っ!……」
何処か切羽詰まった感じの声でアタシの名前を呼んで、縋るような眼差しでアタシを見詰める彼に。
アタシは自分の顔が奇妙に歪むのが分かった。
「社長?! 高橋社長、何をなさっているんですか!」
「いらっしゃいませ、タカハシ様っ。本日其方の者は休みなんです、どうぞあちらへとお出で下さいませ」
この場で当事者以外の唯一、事情を知る同僚の彼女が声を掛けてきて。
失礼にならない程度に彼の手をアタシから離してくれ。
未だ未練の残る様子の彼を、彼の部下の人と一緒にアタシから遠ざけてくれる。
何度も何度も此方を振り返る彼に、アタシはとても酷い顔を向けていたのだと思う。
それは此方を見る眉間の皺を増やした彼の顔から簡単に想像出来てしまって。
何でアタシは此処へ来てしまったんだろう……と、後悔しながらも。
上得意様である彼へと向かって再度、頭を下げたのだった……。
車の中へとカカシ君用に買った服が入った袋を投げ入れて。
あの人との望まぬ再会に、イライラが最高潮に迄達してしまって。
乱暴な手付きでポケットの中から煙草を取り出して火を付けた。
煙が肺に広がるその感覚に、何時もなら多少なりともソレは軽減する筈なのに。
今日だけは何の感覚も浮かんで来なくて。
逆に手の先、足の先から急激に血の気が引いてくるような感覚がして。
自分が酷い興奮状態である事を知る。
落ち着け……、落ち着くんだ……。
あの人はアタシとは何の関係も無い。
赤の他人、真っ赤な他人っ。
只の勤め先の上得意の客なだけっ!!
関係ないったら関係ないのっ……
アタシと彼は、……もう他人、なんだから…
震える指先から灰が一片、ゆっくりと落ちて行って。
それにすら気付けない程、その考えを頭の中に集中させていた。
そんな時、助手席に置いておいたカカシ君用の紙袋がガサッ、と音を立てて。
酷く混乱していた彼女の意識を現実へと引き戻してくれた。
「は………あははっ……、早く帰るって…云ったんだもんね……帰らなきゃ……」
半ばまで燃えてしまった煙草の灰を、改めてアッシュトレーへと落として。
口へと軽く挟ませて深く吸い込んで。
重い溜息と共に吐き出した。
「そうそう……、カカシ君のご飯も用意しなきゃだからスーパーにも寄らないとね…」
何にしようかなぁ…、何て口に出しながら。
現実へと帰りたがっているはギアを入れた。
その後、スーパーで食材を求めながら。
男の人には必需品である髭剃りを買っておく。
どれが良いのかなんて男じゃないんだから分からない、とそこそこの値段のソレをカゴへと放り込んで。
昨日までとは違う量が入ったカゴを。
くすぐったいような幸福感を感じながら、はレジへと持って行った。
………しまった……
我ながら呆然としてしまうのは余りにも充分のこの状況。
何故ならば、自分の車の中にはカカシ君用の服の入った紙袋が二つ。
そして今夜の夕飯と、遅めの昼用の食材が入ったスーパーの袋が二つ半。
この量じゃ、一回で運びきるのは無理だなぁ……
幾ら余裕が無かったとは云えちょいと無謀だった、と我ながら反省。
兎に角、食材が入ったスーパーの袋を引っ掴んでマンションの駐車場からエレベーターへと向かった。
最上階である10階のボタンを押して、一旦袋を下に置く。
婆臭いが重たいのは御免だとばかりに、目的の階に着くまで袋はその儘にしておいて。
着く直前になって改めてソレを掴んでエレベーターを降りる。
チャラチャラ、と音をさせながら家の鍵を出して掛けておいた鍵を外し。
そうっと部屋に入るが流石にスーパーの袋の音は消しきれず。
けれど上で寝ているカカシ君が起きてくる気配がしなかったのにほっと溜息を付く。
そしてそれ等をキッチンへと置いて再度部屋を出て行って。
エレベーターで一階まで下りて今度はカカシ君用の服を取り出した。
結構な重さのあるソレを運びながらエレベーターの前まで行くと。
「さん、何してんの〜?」
階段の一番下の所にカカシ君が居た。
「えっ?!! …カカシ君、寝てたんじゃないのっ?!
ってかその格好で外出ちゃダメだよ!!」
メモ、見なかったの?!! と、慌てたようにカカシ君へと走り寄って行けば。
「ん?読んだよ〜。でもさん、帰って来たのに直ぐ出てっちゃうからさ〜」
ノンビリしたその口調に、仕方がない子供のような感覚を覚えて。
「はぁ……、しょうがないなぁ。アタシはまだ荷物があったから取りに来ただけだよ」
「うん、だろうと思って荷物持ちに来たの」
相変わらず、ベスト着用、マスクと額当てをした例の格好の彼だったが。
にっこりと笑ってくれたのが唯一見える右目だけでも分かってしまい。
状況の悪さも何処か頭の片隅へと押しやられて。
「……ありがとね、カカシ君…」
彼の優しさに触れた心が、少々荒んでいたアタシの心を解きほぐしてくれた。
でもね…カカシ君、…やっぱりその格好で外には出てほしくなかったよ……
後に、その時の光景を見ていた件の隣人が途轍もなく不信そうな眼をアタシへと送ってくれたからだ(怒)
余計なお世話だっつーのっ!!