何故だか分からないが
許せないと云う気持ちと
何て大馬鹿なんだと云う気持ちで一杯で
彼に向かって怒鳴り散らしてやりたかったが
それよりも先に
アタシにはやる事があった
Never let you go 5
途切れた悲鳴。
動けない彼等。
続く殺気。
この空間を支配しているのは間違いなく。
そんな事は分かってる。
けれど彼女の姿は何処にも見えず。
軽はずみに声さえ上げれないこの空間に。
一人の敵陣の男が怯えて耐え切れずに、情けない悲鳴を上げながら必死の形相で逃げ出した。
ある意味とても勇敢で。
ある意味とても無謀なその行動は。
連鎖反応を彼等に起こさせるよりも早く、終結する。
何処から飛んできたのかも定かではないクナイが。
彼の眉間へと何時の間にか突き刺さっており。
男の悲鳴はブツリと途切れ、その身体は地面へと崩れ落ちた。
ドシャリ、と。
砂地へと倒れた身体。
その身体もズブズブと沈んでいき。
誰もが息を飲んだ。
これで判明した容易に動けないこの空間では、逃げる事も敵わず。
かと云って攻撃するにも姿が見えず。
黙って待っているしかないのに、その場の空気は精神を侵すかのような殺気に満ちていて耐えるのも一苦労。
でも、彼等には選べる選択権等存在せず。
黙って事態がどう転ぶかを待つしかなかった。
本当は一分だったのかもしれない。
しかし極限のような精神状態を、有無を言わさず続けさせられた彼等にとっては30分にも一時間にも思えた時間の後。
「ねぇ、少しは懲りた?」
冷たい冷たい声がして。
そこに居た全員が息を飲んで其方を見やれば。
まるっきり、表情と云うモノを無くしたが一本の木の枝に立っていて。
緊張感の欠片も無く寄り掛かかりながら、此方を冷めた眼差しで見ていた。
彼女が発した言葉は、一体どちらへと向かって発せられたモノなのか判断出来なくて。
無謀にも敵陣へと少数で乗り込んで行ったシャンクスへと、か。
それとも再度、彼の首を狙った海賊共へと、か。
はたまた、その両方へと、か。
「ったく、無謀の極みだね。どうやったらこんな行動が出来るのか是非聞いてみたいよ」
再び聞こえた彼女の声は。
今度は全く別方向から聞こえてきて。
呆気に取られた彼等は慌てて其方を見やる。
見れば確かに彼女はソコに存在して。
でもさっきまで確かに向うの木に居たのに、と首をその方向へと向ければ。
居てはいけない存在がソコにも居た。
「なっ……!!」
酷く驚愕した彼等。
だって、木の枝には居て。
そして敵陣の囲いの外にも存在して。
信じられないその光景に、目を見開いて動揺した彼等へと、更に別方向から声が掛かる。
「アンタ達も別の意味で無謀だよね。アタシが此方側に居るの知っててシャンクス達を襲ったの?」
三方向へと何度も首を廻らして見ても。
何度確認しても彼女の姿はそこにあって。
更に…
「前回は見逃してやったケドさ……、今回はダメだね」
四方を囲まれた海賊達。
忍者にとってはこんなのはアカデミーの試験に出て来る只の分身の術なれど。
見た事の無い彼等に取っては人間が成せる技では無くて。
まるで人知を超えたかのようなソレに酷い動揺を隠せない。
しかし、何人も居ようとも。
目的の人間が姿を現した事に寄り、彼女を倒せばココから逃げられると思った敵陣の海賊達が。
一成にに向かって四方八方へと銃を乱射する。
「っ!!!」
緊迫感を伴ったシャンクスの声が辺りを響かせるが。
彼等が撃った弾は、悉く(ことごとく)彼女の身体を擦り抜けて。
それを自分の眼で見ているのにも係わらず。
その事態を把握出来ないのか、それとも脳が拒否しているのか。
当たらない弾。
擦り抜けたそれ等。
余裕を持っているのは、、只一人。
「……さぁて、そろそろ此方も行かせてもらいますか」
底冷えのするような笑みを浮かべた彼女がユラリと枝から身体を離し。
一瞬、その身体が落ちるように見えた。
しかし彼女の身体は地面に着地する前に消えてしまって。
戸惑うシャンクス達を囲んでいた男達が、何処から襲われているのか。
次々と悲鳴を上げて、血飛沫を上げて倒れていく。
中には倒れる以前に地面へと沈んでいく者も居て。
阿鼻叫喚、地獄絵図、殺戮が繰り返される戦場独特の濃い血糊の匂いが辺りを埋め尽くし始めて。
そして敵陣の男達は見る見る数を減らされていき、その屍骸も砂下へと消えていく。
最後にシャンクスの首を狙った首謀者の、醜い男ダケが残されて。
「さて、アンタだけになっちゃったね。どうする?逃げる?命乞いする?負けを認める?それとも……アタシと戦ってみる?」
突然残された男の前へと現れた、幾らか血に酔ったかのような彼女の様子に。
その醜い男は、更に醜く表情を歪めて。
広がった血痕の跡だけの不気味さに動けないソイツへと、無謀にも何の覇気も持たずして歩み寄って行く。
一見、何処にでも居そうな女のように見えるその姿だが。
現実はこの惨状を作り出した張本人なワケで。
怯えきったその男は聞くに堪えない醜い悲鳴を上げながら踵を返した。
そして凄い勢いで走って逃げようとして。
でもそんな事を彼女が許す筈が無くて。
「やぁね、自分だけ助かろうっての?」
―――見苦しいわよ?
そう云った時には。
既に彼女の身体はその男の真後ろにあって。
ホルスターからクナイを手馴れた様子で引き出して。
「バイバイ」
何の戸惑いも無く、彼の喉元を掻っ捌いた。
盛大な血飛沫を上げて絶命した男の身体を。
もう用は無いとばかりに突き飛ばして。
ドシャリ、と倒れ伏したその身体へと向かってか。
彼女は言葉を掛ける。
「ソイツも喰っちゃってね。そしたら戻って良いから」
何に対してかの言葉か、理解するよりも早く。
男の屍骸の下から巨大な昆虫の足が出て来て。
見えたその足はどうも蜘蛛の足のようだったが。
全体を現す事無く、その足一本で屍骸を砂下へと引きずり込むと。
再び骨を折るような、食むような音がして。
そして暫くするとその音も聞こえなくなった……
その足の持ち主が『食事』を終えたのを確認すると。
不意に彼女は此方を向いて。
「こんの、……大馬鹿者っっっ!!!」
シャンクスへと向かって怒鳴り散らした。
キョトン、としてしまったのは怒鳴られたシャンクスと彼の部下達で。
突然怒鳴られてしまった彼諸共固まってしまって。
「こんなトコにこんな少人数で来たらどうなるか位分かるでしょう?!! 何考えてんのよっ!!!」
キーン、と耳鳴りがする程の音量で畳み掛けるように云われたシャンクスは。
それでも突然、目の前に現れた惚れた女に表情を緩めてしまって。
だって、もう会えないと思ったから。
ベンや他の船員達に、あの女は止めておけ、と何度も云われて。
所詮、彼女は自分の世界に帰る人間なのだから、と。
生きる世界が違う人間なのだから、と。
正直彼等の云う事が正しいのも分かっていた。
自分達が知る、ヒトの動きを遥かに凌駕したその動き、そして精神力。
恐らく、潜った修羅場の数は大差無いのだろうが、それでもその濃厚さは違ったようで。
彼女の放つ殺気や雰囲気は、たまに自分ですらも手に負えないかのようなモノで。
でも、その戦闘の最中で浮かべられた不敵な笑みが。
時折見せてもらえた緩んだ時の優しい表情が、それ等が自分の心を捕らえて離さなくて。
女に惚れるなんて随分と久し振りな感覚で。
手に入れられるモノは遠慮なく手に入れてきた自分だったが。
中でも『女』と云う生き物は全くと云って良い程摩訶不思議な生き物で。
柔らかな身体に綺麗な顔。
細い手首に指、そして魅了される豊満な身体つき。
そんな条件さえ揃っていれば、大抵の女はプライドが高くて。
でも高ければ高い程、名前の売れた自分は相手に取って利用のし甲斐があるのか、自慢の種になるのか。
大抵の場合は断られる事も無く、自分へとその豊満な身体を摺り寄せて来て。
そして綺麗な顔でオネガイ事を強請って来る生き物だった。
時には飛び切りの別嬪さんに惚れるような事もあったが。
そんなのは本当に麻疹のようなモノで。
彼女に感じたこの思いに比べれば、本当に些細なモノで。
媚びないその態度が。
自分の仕事に誇りを持っているその様が。
自分の事等、まるっきり知らないと云うその態度が。
迫れば身体で思い知らされるかのように、遠慮の無い拳や蹴りが飛んできて。
そんな、まるで一人の男になれたかのような。
『赤髪』と呼ばれる自分では無くて。
彼女にとっては自分等、只の『シャンクス』で。
『お頭』では無く『赤髪のシャンクス』でも無く。
『高額の元賞金首』でも無ければ『王下七武会の一人』でも無い。
自分をそんな風に扱ってくれる何て人間は数える位しか居なくて。
どんどん彼女が貴重な存在に思えて。
そして気付けば本気になっていた。
「………」
愛しそうに彼女の名を呼び。
未だ怒りの表情をしている彼女へと片手を伸ばして。
そして抱き締めた
突然抱き締められた彼女は、目を見開いて驚いて。
だって、その抱擁は何時ものふざけたスキンシップでは無くて。
情の籠もった、それも『愛情』の籠もった優しい抱擁でだったからで。
彼女にとって、そんな風に抱き締められたのは本当に久し振りで。
両親が生きていた頃にしか覚えの無いソレは。
彼女の心を酷く揺さぶって。
どうしたら良いのか
本当に分からなくなった…
天国のお父さん、お母さん。
このヒトはアタシの事を本当に好いてくれているのでしょうか?
こんな…
こんな抱擁一つでその感情を覚らせてくれる程に
アタシの事を思ってくれているのでしょうか
アタシは……
どうしたら良いのでしょう…