心地良い腕の中
心地良い抱擁とキス
流されてしまいそうな心内
しかし自分はこの世界に居てはイケナイ存在で
その証拠としてなのか
背後に覚えのある気配が
自分達を冷やかすような視線を送ってきて
自分の存在が許されている時間が終わった事を知った……
Never let you go 7
先程まで、幾らか強張った感が否めなかった時とは違う反応を返すに。
抱き締めていたシャンクスは気付く。
そして抱くの表情に。
決して自分に良い結果を齎さない事が起こるのを知る。
「……?」
何かが起こるのは分かる。
何かが存在するのも分かる。
けれど、ソレが何なのかは幾ら赤髪のシャンクスでも分からない。
「どうしたんだ、」
下を向いてしまったに、極力優しい声色で話しかけるが。
彼女の気は自分の方へは向いてはくれなくて。
疲れたかのような声で。
懐かしさの混じる声色で。
自分の方を見ず、暗闇へと向かって。
「覗き見とは良い趣味してるね、…ゲンマ」
違う男の名を呼んで。
シャンクスの手を優しいい手付きで振り解いた。
そして『忍』なのだと云うかのように己の気配を消して見せて。
ソレをされれば、幾ら目の前に彼女が居ようとも。
その存在感を感じ取れなくなくなってしまって。
「居るんでしょ?バレバレだっつーの」
それでも出てこないソイツにイラ付いたのか。
目で追えない位の速さではクナイを抜いて、その方向へと向かって投げつけて。
すると…
「…っぶねーな…当たったらどうすんだよ」
「当たるように投げたんだから当たっときなさいよ」
本当にその方向から一人の男が出て来て。
その姿に、彼女の居た世界から来た事は一目瞭然だった。
同じ服装に、同じようなマークの入ったモノを纏って。
何処から見ても彼はの『仲間』で。
「当たったら痛いって」
「アンタが覗き見なんてしてんのが悪いんでしょーが」
ゲンマと呼ばれた男はクナイを持って、とシャンクスの所まで一飛びで飛んできて。
そのクナイを彼女へと返す。
「悪かったって、お前さんのラブシーンなんて初めて見たからさ。つい、ね。んで其方さんは?」
近くに立ってみると分かるが。
背も自分とそう変わらないこの男は、と同じような空気を纏っていて。
それが『忍』と云う者が纏う雰囲気だと気付いた。
「こっちの世界の海賊さんよ。お世話になってたの」
「へぇ…、ジャジャ馬のお前さんがねぇ…」
「……ゲンマ…、余計な事云ってるとその首飛ぶよ」
物騒な物言いを、当たり前のように言い放つ。
そしてソレを日常茶飯事のように、肩を竦めて受け止める男。
その親しいような二人の雰囲気に、シャンクスは居た堪れないような気分になる。
「さてと。んじゃ、とっとと帰りますか」
その男の云った科白に、身体中が強張ったとシャンクス。
「………そう、…だね」
「何だ?随分と残念そうじゃねぇか」
「五月蠅いわよ。放っといて」
「あぁ、そりゃ良いけどよ。………分かってるよな」
主語を抜いた会話は、何が分かっているのかをシャンクスに教える事無く進んでいって。
「それ位分かってるわよ。これでも中忍よ」
「なら行くぞ」
云って、早々に姿を消した男。
そしてその場に残った。
彼女は此方を向く事無く言葉を紡ぐ。
「……ゴメンね、…シャンクス」
苦しそうに、苦しそうに。
「アタシは向うへ帰らなくちゃならない。ソコにアタシの意思は無いんだ。…絶対なんだよ」
握られた拳はキツク、キツク力が込められていて。
「っ……んでだよ!! お前はお前の意思で生きて、忍になって、仕事をしてるんじゃなかったのか?!
お前は一人の人間だろう?! 自分の意志でココに残れないのかよ!!」
彼女の身体を反転させて、自分の方へと向けて。
何度か掴んだ肩を揺すってみるが。
彼女の返答は覆る事無く。
「……云ってなかったけどね『忍』は道具なの…。忍術を会得したアタシ達忍は自分の意志で動いてはならないの。
全ての事は里の長が決めて、……アタシ達はそれに従うのみ。…最悪、死ねと云われてもアタシ達に拒否権は無いの」
忍である心得は死ぬ程勉強して頭の中へと叩き込んだ。
その中で最も重要なのは、『忠誠心』。
決して里を裏切らない事。
決して火影様を裏切らない事。
火影様の命令は絶対で。
アタシ達に拒否権は無い。
一度命令を下されたら、それこそ本当に命を掛けてその任務を遂行しなければならない。
ソコに自分の感情やモラルは存在しない。
「アタシは火影様から任務を渡されて、未だ遂行し終わっていないの。だからどうしても帰らなければならないの」
の喋るその内容に。
自由を求めて海へ出た自分達とは、全くと云って良い程の正反対の生き方をしてきた彼女の人生に酷く驚くが。
それより何より、その云い方が自分に云い聞かせるかのように思えて。
彼女の感情が揺れ動いている事を悟り。
「帰るなっ……、頼むから俺の傍から離れないでくれ…っ!!」
恥も外聞も捨てて、まるで縋るかのようにしてを抱き締めて。
離さないように、自分から離れて行かないようにキツクキツク抱き締めて。
けれど、虚ろな目をしたはゆっくりと目を閉じて。
そして、その身体を大きな音と共に煙に変えて
消え去ってしまった……
するりと、抱き締める対象を無くした片腕が
むなしく空を切り
その存在を、綺麗さっぱりと
無に返した……
自分を、この世界に居る事を拒否されて。
あんなに頼んだのに。
帰らないでくれ、と頼んだのに。
仲間達も彼女を認めてくれて。
これからもっとその存在を傍で、自分の傍らで感じたかったのに
感じてほしかったのに…っ
「………っ!行くなっ……俺達の所に、俺の所に帰って来い!………ーーーーーーっ!!!」
空間を切り裂くような、男の太い、それでも何処か悲しさを混じらせたその声が。
真っ暗な森林の間を擦り抜けて行って。
その声が彼女の耳に届いたのかは
本人のみが知る事だった……