亀裂が入り

それが広がり

いたる所に色んな亀裂が入り続け

もう原型を留めていられない程に傷付き続けた心







それはあの日、あっけない程に簡単に壊れてしまっていて







あの日以上にこの壊れた心が痛む事はなかったけれど

けれど代わりに感じた寂しさと云う感情

お世辞にも長い時とは云えないが、それでも濃厚な一時を共に過ごしたアタシ達の気持ちはすれ違って
結局は離れ離れになるのが一番良いのだと頭では分かっている

けれど頭が納得していても心までが簡単にその通りだと受け付けるのか、と聞かれれば決してそんな事はなく







それでもこの別れは必然なのだと







そうでも思わなければ、今直ぐにでもあの剣士の所へと戻ってしまいそうで
あんな苦痛を帯びた悲鳴のような、こっちの方が苦しくなってしまうような声を聞いてしまった今では

何も考えたくないと、頭を振って、何も聞いていないのだと自身に言い聞かせ
萎えようとする足を懸命に動かし、その場から離れるしか…それしか







アタシにはできないから…





















破片 -smoker.ver-2























走り続ける廊下には、きっとゾロが斬ったであろう顔馴染みの海兵達が幾人も転がっていて。
それでも命までは取られていないのを確認すると。

心の何処かで、きっとアタシを拾ってくれた彼等に対する礼なんじゃないのか、何て。

そんな馬鹿げた事が脳裏に過ぎるが。
それは強ち外れている訳でないような気がした。

だってアタシが知っていた『魔獣』の二つ名を持つ彼は。
自分に向かって来る敵は、一人残らず殺してしまうような人だったから。

だから余計にそんな僅かな、それでも大きな変化を嬉しく思ってしまう。







強さに執拗なまでに拘っていた彼は、何処か盲目的に血を流させる事を必然としていて。

その流れる血の量が多ければ多い程、何か感じる事があったのかとても機嫌が良くなっていたから。

それは命にも当てはまる事で。
同様により強い相手の命を奪うのは至極、とでも云いたそうな彼だったから。

普通の人にとってはたったそれだけ。
でも彼にとっては大きな一歩だったんだろう、と。
勝手にそう思って、それが海賊を名乗る彼等にとって良い事でないのが分かれば。
矢張り自分は傍に居てはいけないのだと、そう改めて思い知った。







だってもし仮にこんな風に変わってしまったゾロが。
まかり間違って手負いの敵に殺されてしまったら。

そっちの方がよっぽどアタシには耐えられない事だし、絶対に止めてほしい。







自分が彼にとって良くない存在なのだと認めるのはとても辛い事だけど。

だけど彼がその所為で命を落とすような事になるのを考えれば、よっぽどマシなのだと思えて。







自分には彼が居るから。
アタシにはあの人が居るから……







本当に早くアタシの事なんて忘れて欲しい……と、そう思った。



























甲板への階段へと上がろうとすると、聞き慣れた、自分が良く知る声が入り乱れており。
その声が大きくなる度に凄まじい破壊音も聞こえてきて。

これ以上、自分なんかの為に誰かが傷付くのはゴメンだと。
たった今、最も大事だと思っていた相手を傷付けてきたのだ。

ただでさえ罪悪感で一杯なのに、これ以上自分が大事だと思える相手が傷付けあうのを黙って見ているなんて出来なかった。







上がりきった階段の一番上。

広がる、開けた視界に飛び込んでくる懐かしい『昔』の仲間達。
その仲間達に『今』の大事な仲間達が殴られて、蹴られて吹き飛ばされていく。

こんな光景を見せ付けられてしまえば、自分がした選択が。
あの時、どうしても耐えられなくて選んだ選択肢が本当に正しかったのか、と思えてしまうが。

たった今、決別をしてきた昔の恋。
海賊であり続けるのならば、決して自分は彼の傍に居てはいけないと云う事実。
居てはいけないからなお求められてしまった過去。

それ等にお別れをした自分には今、しなくてはいけない選択が目に見えるようだった。







そして、は口を開き。
『今』最も大切に思う存在の名前を叫んだ……




























「……っスモーカーーーっ!!」






























大きな、それこそ女の声など消し飛んでしまいそうな破壊音が轟くこの戦場と云う名の場所で。
彼女の大事な存在を呼ぶ声は、決して埋もれる事無くその場で戦っていた者たちに響いて届いて。

誰もがその声を発したの方を振り向いた。


























っ!!」





























火拳のエース、ルフィのお兄さんを押さえ込んでいるだけで手一杯になってしまっているスモーカーは。
決して部屋から出るんじゃねぇ、と命令していたが何でこんなトコに出てきているのか、と。
酷く憤った声で彼女の名を呼んだ。








「てめえ、出てくるなっつっただろう!! 今すぐ中に戻ってろ!」








身体の大半を煙に変えて、彼女の方へと向かおうとする火拳のエースを止めようとして。
それでも神経の殆どはの方へと向いていて。

そして彼女が自分を見付けたのと同時にコチラへと駆けてくるのが視界の端に映った途端。
それまで雑魚と呼んで良いくらいの下っ端海兵達の相手をしていた麦わら達がいっせいにに向かって走っていくのが目に見えた。

最悪の状況。既に大半の殆どの部下達は奴等に戦闘不能へと追いやられている。
そして奴等のうち一人は絶対的に自分をこの場に縫い付けられる力を持っていて。
そんな状況であいつ等の誰かがを連れて帰る事は造作もない事で。

どんなにこの状況を良くしようと考えても、何一つ解決策なんて浮かんでこなくて。

一番考えたくないシュチュエーションが脳内を過ぎる。








そしてその想像通りに火拳のエースはスモーカーの足止めをして。
闇雲に突っ込んでいく彼を炎の壁でふさいで塞き止めて。

その間に当然のように麦わらと金髪の男がの傍にやってきて。
ヤツ独自の能力で嬉々として彼女の身体を腕で簀巻きにして己等の方へと引き寄せた。








っ!! このっ……麦わらァ!を離せっ!!」





















このままでは連れて行かれてしまう

このままではを奪われてしまう

俺以外の男がの身体を抱いている

海軍大佐である俺から海賊の奴等が大事な女を奪っていく

アイツが……アイツがあんなにもぼろぼろになるまで惚れた男の元へと連れ戻されてしまうっ








あんなになっても相手の男に思いを寄せ続けた女が連れ戻されたら
今度こそ俺には手のとどかない存在になってしまう








俺の手のとどかないところへと








また、アイツを泣かせるような男の元へと








泣きながらまだあの男が好きなんだ、と
未だにあの男に心を囚われているがあの船に戻されたら

自分の事なんてきっと直ぐに忘れてあの剣士の胸で泣きながら、またあのお願いを繰り返して
地獄のようなループの中に自分を貶めて

泣いて、泣いて、泣き続けて

今度こそ本当に、ウサギのように、孤独に耐えられないであろう彼女はきっと立ち上がれない
自分と出会った時ですら一人で立てなかった女だ、今度あんな目にあったら……








そこまで考えれば当然行き着くとこまでいってしまうだろう、と。
そんな考えで目の前が真っ暗になったような錯覚を見て。

スモーカーは耐えられず、堪えきれずに己の能力を限界まで使って。
目の前で自分の行く手を遮る男の壁へと突っ込んでいった。






















「どけぇぇぇっ!!」






































彼がこんな怒声を上げるなんて思わなかった。

懐かしい麦わらのルフィと呼ばれる昔居た海賊団の船長に簀巻き状態にされて聞いた、今現在のアタシの好きな人の声。

身体中をルフィの伸びた腕で拘束されていたが。
誰もが彼の方へと視線を向けて。
炎の壁を突き破って出て来る彼そのものである煙を凝視して。

破れないであろう炎の壁を突き破るなんて。

いくら煙である彼だってダメージを食らわない訳じゃないのに。
この無意味な戦いを止めてほしくてココに出てきたのに。

なのに何でアタシは彼にあんな事をさせてしまっているんだろう。








考えるよりも先に身体が動いてた。

驚いたような目を向けるルフィとサンジに何を云う事も出来ず。
引き止める言葉を吐く彼等の声が耳に入らなくて。

身体中が彼の元へ行きたいと叫んでいて。






















「…スモーカーッ!!」























酷く辛そうな顔をして、必死になってルフィの束縛から逃れようとして。
視線はその男だけを捕らえてて、今迄はゾロにしか向けられなかったであろう悲痛な声で違う男の名を呼んで。

自分を拾ってくれて、あの別れ際に切ないキスを交わした船長も。
何時も心配そうに自分を見詰めていて困った時には誰よりも先に飛んできてくれたコックも。
遠く目に映る懐かしいGM号に乗る恋敵だったであろう航海士も船医もクルーも。
残る力を振り絞って助けようとする海兵達も、誰も目の中に入らなくて。

ただあの煙にだけ一心に意識を向けて、もがいてもがいて、迎えに来た男達の腕を振り払って。

ぐるぐる巻きにしていた船長の腕ものその様子に驚いて意識を持っていかれて、力が緩んだ一瞬の隙には飛び出して。
軽やかな足音をさせ、一直線にその男に向かって走り出した。

























彼等の目の前で繰り広げられるその光景は
それぞれ、各々に対してさまざまな完結を思わせた。


























海兵達は詳しい訳すら知らなかったが、己たちの上官が手元に置いた女が奪われなかった事に安堵して。

GM号からその光景を見ていた残りのクルー達は信じられないモノを目の当たりにしたとでも云いたそうに目を見開き。

乗り込んでいたルフィ、サンジ、エースは彼女が選んだ道を否応なく突きつけられて。








やっとの後を追ってきたゾロは、彼女が自分以外の男の名を呼んで、駆け出して、駆け寄って。
必死になって抱き合う姿を視界に入れた。























もう、誰が見てもは昔のじゃなくて。

ゾロに泣かされていた彼女ではなくて。
帰って来ない恋人を待ち続けて悲しみに暮れていた彼女じゃなくて。
苦しそうに毎日を送る彼女じゃなくて。

ゾロ以外の男をその心の内に住まわせている、『過去』の仲間になってしまっていた。







それは奇しくもナミがゾロへと『もしも』の話をした状況と酷似していて。
ゾロの胸の中に言い表せない苦汁に満ちた思いが広がった。







それは先程言われた言葉よりも明確に今の彼女の心に住むのが誰なのかを表していていて。







情けない、情けないと思っていたが。
惚れた腫れたの感情を理解すら出来ないお子様だった自分は、相手の女を泣かせ続け。

やっとの思いで気付けたが、既に時遅くこのザマだ。

あんまりにも可笑し過ぎて涙も出てきやしねぇ……







ずっとずっと泣き続けながら求め続けられたのは。
あんな顔をして迎え入れられるのは自分だった筈なのに。

いままで俺、ただ一人だったのに。

一も二も無く自分だけをその瞳に映してもらって、全てを受け入れて貰える。

なんて、今更そんな都合の良い事があるとはとてもじゃないが思いもしなかったが。
こうも早々にアイツに思い人が出来ているだなんて。

そしてその相手もあんな風に、こんな短期間でアイツを思っているだなんて…







そこが最後の望みだと思っていたのに

もしも神様ってヤツが居やがるんだとしたら
途轍もなく嫌な野郎だ……








それともアイツの魅力に気付けなかった俺が、……最後まで間抜けだった…ってコトか

























二度も三度もこんな面を見られるなんざ恥も良いトコなんだが、仕方がねぇ…

これが俺に下された本当の罰ってモンだな

























突き付けられた現実に、暴走しようとする感情に精一杯の精神力でもって自我を保ち。
嬉しそうな顔をして俺じゃない男にしがみ付くを見やって。

その顔がとても幸せそうなのがせめてもの救いで。
一生懸命に何かをスモーカーへと伝えようとしているを見詰め。
その言葉がヤツに通じていく度に二人は気持ちの距離をどんどんと縮めていって、最後にはまた抱き合って。

きっと最後であろう彼女の顔を見て、見納めて。







「………もうイイ、…こんな事に付き合わせて悪かったな。……帰ろうぜ…」







言葉が出て来ないであろう仲間達へと言葉を紡ぎ出した。

その瞬間にルフィはとても我慢出来そうにない、と云った表情をしたのだが。
ゾロと同じく彼女の幸せそうに笑う顔を久し振りに見て。

少しだけ寂しそうに、それでも何処か満足そうな顔をして。







「………そうだな…」







それだけ云って踵を返した。

隣に居たサンジも何か云いたそうな顔をしたが、結局は言葉にならなかったようで。
一つだけ舌打ちをして、そして困ったようなルフィと同じような表情をしてゾロの肩へと手を伸ばして来た。







「今夜はとっておきのワインを開けてやるよ、ツマミも最高のヤツを作ってやっから…」







そう云いながら自分達が帰るべき船へと、ゾロを引き連れて帰って行った。
























結局、ルフィ達が帰る時点では海軍側で誰も彼等を止められる者は居らず。
そのまま行かせるしかなかったのが現実で。

そして彼等が何をしにこの海軍船を襲ったのか、知る者は当事者のとスモーカーと彼女と親しくしていた者だけで。

一時的に壊滅に近い状態に晒されたスモーカーの船は一番近くの島に暫くの間、足止めを食っていた。
それも致し方無い事で、あれだけの顔ぶれの海賊達に対立出来る者が大佐である彼一人しか乗船していていなかったのだ。
海軍本部もその顔ぶれに同様の結果を出して、結果スモーカーの処分は実質的に何もなかったと同義語であった。








部下の兵卒達の回復具合を確かめながら、海軍船の修復を進めて。
暫しの間、その島に滞在し続ける名立たる海軍大佐の姿が度々あちらこちらで見られていた。

その横には常に一人の女性が見受けられていて。

彼女はとても幸せそうな笑みを浮かべては周囲の人間を癒して。
傍に居る大佐も普段なら浮かべもしない微笑をその口の端に浮かべて、その人とゆったりとした一時を過ごしていた。



















泣いて泣いて泣き続けた昔の彼女の面影は、そこには一欠けらすら見られず。
どれだけ今、共に過ごしている人に大事にされているのか分かる一場面だった。







それから少し後、海軍の一行は直った船に乗船して再度麦わらの一味を追いかけるべく海へと帰って行った。

船尾には暫く滞在していた島から離れるのを少しだけ感慨深気に見詰めるが居て。
彼女を背後から覆い隠すように抱きしめる大佐の姿が何時までも見受けられた。















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