*注 此処での大地とはGM号です。そして太陽は仲間達と云う意味にとって下さい。
華
綺麗な綺麗な一輪の華
薄紅色の花弁を精一杯に広げて見せて
花芯には全てを蕩かしてしまうかのような甘い蜜を湛えていて
茎には似合いの細い葉を付けて風に揺らされて
手に入れたのはまだ固い蕾の頃だった
それでも将来、その華はとても綺麗に咲くのだろうと云う事は決定事項のようなモノで
己の手でその華を咲かせてみたいと心底思った
けれど本当にその華を咲かせる事が出来ただなんて
未だもって信じられないけれど
それでもその華は、自分の元だけで咲く事を望み
綺麗な花弁を惜しむ事無く己へと見せて
濃厚な蜜で自分を酔わせてくれた
綺麗な綺麗なその華は
ずっと、ずっと俺の傍で咲いているのだと思っていた
信じて疑いもしなかった
纏わり付いて来る寄生虫のような害虫は即、駆除して
二度と来れないように叩き潰して
自分以外の人間が触れる事すら嫌悪感を感じて
必要不可欠な太陽や水、大地でさえ憎たらしいモノへと感じられるようになった頃
些細な事だったような気がする
何時もの事だったような
日常茶飯事になりつつあった事だった
大量にやってきた害虫共が大地へと侵入してきて
その大地を守る役割の人間達も挙って侵入物を取り除こうとするが
余りにもな多さに、大地へと下り立つ事を許してしまった
何が切欠で、何が原因だったのかなんてもう思い出せない
重要なのは華へ手を伸ばした害虫が居たと云う事実のみ
綺麗な、綺麗な華は
大事にされて、大事にされ過ぎて
己を守る筈の棘すら失っていて
呆気ない程に簡単に摘み取られ
綺麗な……綺麗だった花弁を汚されて、穢されて
無残にも毟り取られ
綺麗だった花弁を泥で汚し、穢された花弁を撒き散らして、撒き散らかされて
枯れていた……
摘まれてしまった俺の大事な大事な華
丹精込めて、他の誰よりも美しく咲けるように手を尽くしていたのに
なのに何でこんな所で
こんな無残な姿を晒して
枯れて……いるんだろう…
「………ぁ……あ…っぅああああああああああぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
ナミと買い物に行った時に買ってきた綺麗なドレス
……無残に引き千切られて毟られて
俺が丹精込めて、綺麗に咲けるように手を入れて
……白い肌、日なんかに焼けないようにしてやった白い肌は傷だらけで、所々血に塗れて
未だ、咲いていなかった、固い蕾だったその華を綺麗に咲かせたのは俺自身で
……未だ、誰とも肌を重ねた事の無い、真っ白だったアイツを俺の手で女に変えて
俺の傍でだけ咲いて、俺の為だけに咲いて見せて
……俺だけに見せる女の顔、俺だけとしかしないと云ったお前
薄紅色の花弁を精一杯、広げて見せて
……薄紅色をした、昂った身体を惜し気も無く俺の目の前に晒して見せて
花芯には全てのモノを蕩けさせてしまうかのような甘い蜜を滴らせ
……隠しきれないアイツの魅力が溢れ出て来て、他の野郎共にも伝わりはじめて
近寄る害虫を全て駆除して
……余り危機感を持っていない、すこしお人好しな所のある女だったから、
近寄って来る蟲共を悉く駆除していたのに…
……なのに何でこんな所で
お気に入りの洋服を裂かれて引き千切られて
抵抗したであろう証拠の、白くて手触りの良い肌を傷だらけにして血だらけにして
整えられていた筈の綺麗な黒髪を振り乱して、乱されて
ぴくりとも動かずに
口の端から血を流し
力の抜けた四肢を投げ出すようにして横たわって
「っ……オイ、!返事しろっ…っ!!」
何度も何度も頬を叩いて揺すぶって
それでも起きない相手に、どうしても嫌な予感が拭い切れなくて
細い肩を掴んで心臓へと耳を押し付けてみれば
心地良かった
最高な音楽とも思えた彼女の心音が聞こえなくて
聞こえなくて……
正気を失った……
雄叫びのような、獣の遠吠えのような
人が上げる悲鳴とも思えない程の怒声を上げながら敵船へと突っ走って
俺の様子に目を剥いて驚く仲間達なんて視界の端にすら映ってはいなくて
力任せに、何も考えられずに、目に付いたモノを片っ端から剣で薙ぎ倒して、斬り付けて
断末魔の悲鳴も、逃げ惑う敵船のクルー達の怯えた顔も、止めに入ろうとする仲間達の声も
何も自分の耳に届かなくて
視界は先程見た、最愛の女の死に顔で満たされていて
兎に角、この激情を
この感情を発散させないと
狂ってしまいそうだった……
どれだけの時間が経ったのか
辺りは妙に静かになっていて
どの位の時だったのか
虐殺と云って良いような行為をする俺を止めようとしていた仲間達も
何時しか止めようとしなくなって
鼻につく、鉄臭い匂いが纏わり付いて
改めて我に返れば
辺りは死体の山が築かれており
その中心に自分が居て
自分がどれだけの事をしたかを認識させられるが
既に思考は残してきてしまった女の事で一杯になっていて
足元に転がる死体を避けもせずに一目散に己の船へと帰っていく
俺の傍でだけ咲いていた
綺麗な綺麗な、俺だけの華は
仲間達の手で再び綺麗な花弁を取り戻していて
不似合いな血も全て拭い去られていて
綺麗な綺麗な華へと戻っていた
只、一つだけ違うのは
その華が、生きていないと、云う事だけで……
無残に摘まれてしまった、毟られてしまった華は
仲間達と俺の手によって、本物の大地へと還っていった
墓標に何本もの、何本もの綺麗な華を飾ってやるが
どれもこれもお前に敵う程の華は、一本も無くて
欠けてしまった心が
華を愛でる、慈愛のような、唯一の人間らしい心が永遠に失われてしまった事に気付き
声を出さずに墓標へと誓いを立てた
待っていろ
俺がくいなとの約束を果たした後には必ずお前の処へと行ってやるから
絶対に待っていろ
何処にも行かないで、必ず此処で俺を待っていろ
彼等が各々の目的を果たす為に、再び船へと乗って旅に出てから一年後
その墓標の下から芽が出て、すくすくと育ち、華奢な葉を付けて、大きな蕾を付けて
今度こそ、その茎に棘を纏って
綺麗な綺麗な大輪の華を咲かせていた
華はずっと待っていた
交わされた約束を
交わした約束は必ず守る愛しい男が此処に来るのを
来てしまった愛しい男へと
そんな一方的にされた約束は約束なんかじゃ無い、と
自分の望みは、野望を果たした後に此処に来て
この綺麗に咲いた華を見て欲しいだけなのだと
その事を伝える為に華は咲き続けた
愛した男が此処へと帰って来る事を疑いもせずに
只、只管に待ち続けていた……
その身を時折風に揺らされながら……