子供と大人の中間の
子供の貴方がアタシを欲しがって、盲目な程に欲しがって
大人の貴方がアタシを翻弄して、戸惑わせて、閉じ込めていた心を引き摺り出して
そんなにも欲しがられた事なんてなかったから
こんなにも一途に求められた事なんてなかったから
独りの時間が長過ぎて、孤独が心を蝕んで
もう独りはイヤだから、この長い時を独りで生きていくのがイヤだったから
だから……
【太陽】
好きだ、と云われた。
アタシだけだ、と……アタシしか居ないのだと。
正体を明かし、化け物だと云っても、異形の姿を目の前に見せ付けても。
人の魂を喰らう、人間にとって最悪の生き物だと教えたのに。
なのに、なのにそれでも求められて。
それを拒否する事なんてできなかった。
そう、本当はもう独りの時を生きていくのに飽き飽きしてたんだ。
あの子は疾うにアタシの手を離れて、アタシの手は空っぽで。
また独りの時を生きて行かねばならなかったのに。
独りで孤独な時を、誰とも係わらずに独りで無意味なこの時間を過ごさねばならなかったのに。
カクが、そんな事云うから……
は縋るように抱き締めてくるカクの身体にそっと手を回し。
彼の思いに応えるようにその細い身体を抱き締めた。
それに驚いたのはカクで。
一瞬、びくっ、と身体を強張らせたかと思うと、次の瞬間には先程の抱擁を上回る力での身体を抱き締めた。
自分の名を譫言のように何度も繰り返し呼んで。
嬉しそうに何度も何度も名を呼んで。
七年目にしてやっと実った恋心が歓喜を訴えて、離すものか、と。
やっと、やっとこの人を腕の中へ抱ける権利を手に入れたのだ、と。
カクは彼女の名を呼びながら頬を摺り寄せ、唇を寄せて掠めるように何度もキスをして。
耳元で『好きじゃ』と、言の葉を繰り返し呟いて。
それはまるでまじないのように、云い聞かせるかのように何度も何度も。
熱に浮かされたように掠れる声で好きだ、と延々に。
こんなにも好かれていただなんて、正直思ってもみなかった。
人としての生を終えて、異世界へとその身を飛ばし、死神の人生を歩み始めて早十数年。
人間として生きていた頃の最後の数年も異性との付き合いは暫くなかった身だ。
そしてそれ以上にこんな姿になった自分を必要としてくれるカクが嬉しくて。
背に回した腕を離せば不安になったのか、カクは益々腕に力を込めてくるが。
は離した手をカクの顔に当てて視線を合わせた。
滑らかな手触りの肌、此方を見詰めてくる目は少しの不安を混ぜた、けれど真摯な目でアタシを見詰めていて。
けれどアタシは彼の髪を見ていた。
綺麗なオレンジ色をした短い髪。
常に手入れをされているのか、伸ばした指先に当たる感触がくすぐったくて。
後ろに比べれば確かに長いが、それでもつんつんと天を向くその髪は全体的に短い印象を与えて。
酷く手触りの良いソレはこの闇夜の中でも決して埋もれる事なく、その存在を主張していた。
それはアタシにとって真夜中に昇った太陽にも思えて。
口元に自然と笑みが浮かび、思ったよりも柔らかい感触を伝えてくる髪を何度か梳いた。
そんなアタシを最初は不思議そうに見ていたカクだったが。
髪を梳かれる感触に何処か気持ち良さそうに目を細めて。
「ワシの髪が気に入ったんか?」
等と聞いてきた。
「うん、柔らかくて凄い気持ち良い……」
肯定しながら更に数度梳いてみれば。
カクはちょっとダケ照れくさそうにして僅かながらも笑みを浮かべた。
あァ……こんな笑みを見るのも何年振り…?
こんな笑みが自分へと向けられる日がまた来るだなんて。
あちらの世界で何もしない内に生が終わり。
それが悔しくて、恨めしくて、あんな生の終わりなんて、と。
受け入れられなかったアタシが選択したのは【人】を捨てた【生】だった。
だからこそ、こんな風に受け入れられるなんてもう無いと思っていた。
あの子にですらアタシの秘密を教えずに別れたんだ。
なのにカクにはアッサリとバラしてしまったのは何故なんだろう。
数年を共に過ごしたあの子にも教えなかったと云うのに。
幾ら毎年アタシを見てたからって。
初対面の人相手に正体をバラすだなんて……どうかしているとしか思えない。
けれどこの人ならば信じられる、と。
頭の何処かが教えてくれて。
長い生なんだ、こんな事があったって良いだろう、なんて。
一人くらい道連れにしたって良いだろう、なんて酷く自分に都合の良い事を考えて。
彼の髪を愛おしそうに再度、梳き始めた。
綺麗な綺麗な橙色の。
闇夜には決して染まらない、陽の色。
こんな真っ黒な色彩しか持たないアタシには、昼日中に出る太陽の光はアタシには眩しすぎるから。
カクがアタシを照らして。
貴方さえ居ればアタシは闇へと沈まないでいけるから。
だから、アタシを照らし続けて
ずっと傍に居て……