自分の存在を気取られていたのに驚いたのか。

その子は僅かに人らしい動揺を見せてくれた。








久し振りに間近で感じる、人間らしい感情だと……そう思った…






















【口付け】























「どうしたの?こっちにいらっしゃいよ」

未だに隠れているその子に向かって言葉を吐けば。
不本意だったのだろう、嫌々出てくるその様子に無意識に笑みが零れて落ちた。

サクサク、と隠す必要のなくなった人が歩く音がして。

今迄、あんなにも静かだったこの空間に自分以外の存在が居る、と強く感じ。
何故か心が安らいで。

「こんばんは、毎年アタシが此処に来る度に見てたけど。やっと出てきてくれたのね」

アタシの言葉に更に驚いたのだろう。
その子は元々まぁるい目をもっと丸くして。









そう、この子の存在に気付いたのはもう何年も前。
6〜7年くらい前じゃなかっただろうか。

政府に連れられてやって来た可哀相な子供のひとり。
押し付けられる【正義】の為に日々苦しい修行を課せられていた内のひとり。

毎年、来る度に己が知る子供の気配が減っていて。

苦痛の日々に耐え切れず死んでしまう子や、己の命を絶ってしまう子、我慢しきれずに脱走して殺される子。
漸く外へと出られるようになったにも係わらず、任務失敗で命を落としてしまう子も居た。

生存率が果てしなく低いあの環境でも生き延びる事が出来た才能溢れる子。









「………気付いて、…いたんか?」

「そりゃぁ、こんなトコに来るような存在だもの。気付かなかったら拙いでしょ」

そう返してやれば、苦虫を噛み潰したような顔をして。

「でも、中々気配の消し方は上手だったわよ?」

その子供らしい表情に、胸の内側があったかくなって。
何処か楽しそうに云ってしまったんだろう。

「下手なお世辞なんぞ要らんわい」

その子は此方へ向けてた顔をふい、と逸らしてしまった。

「っ……」

その可愛らしい仕草と、重なる年に似合わない口調に思わず噴出しそうになるが。

これ以上、機嫌を損ねられては困る、と無理矢理笑いを塞き止めたら。
久しく使っていなかった腹筋が攣りそうになり。

実際はちょっとダケ肩を震わせていたのだが、心の中では腹を抱えてたりした。

そんなアタシを横目でじぃ、と見詰めてるその子の眼は真っ平らで。
流石にヤバかったかなぁ、なんて思って軽く咳払いで誤魔化して。

「別に同情でもお世辞でもないのよ?年々、年を追う毎に上手くなってるもの」

じゃなければ貴方は生きて此処にいないでしょ?

そう付け加えれば。
その子もそれなりに自信があったのか、漸く頷いてくれた。









「ね、貴方名前何て云うの?」

自然と零れる笑みが自分でも信じられないが。
久し振りにする人との会話が己でも信じられないくらいに嬉しかった。

「………カクじゃ」

「カクね。うん、覚えた」

大事な宝物を胸に仕舞い込むように両手を胸に当てて。
その名前を心に刻み込んで。

「そういうアンタは何て名だ?」

云いながら、警戒心がないのか。
カクはアタシの真横にまでやってきてドサリと座り込んだ。

まぁ、此処はエニエス・ロビーだし。

政府関係者以外は立ち入り禁止の島だって云う事実を加えても。
毎年此処へ訪れるアタシに疑問は持つが警戒心はそんなにも持たなかったのか。

それとも只短に好奇心が強かっただけなのか。
特別、何かを気負う素振りも見せず、カクはそこに居る。

そんな彼の存在が嬉しくて。

こんな風に、何でもない普通の人間として居れる事が嬉しくて。
微妙にアタシを取り巻く雰囲気が柔らかくなる。

逸早く、其れに気付いたカクは疑問が深くなった、とでも云いたそうな顔をして此方を見ていた。









「アタシは

か……綺麗な響きじゃな」

「っ……そんな事云われた事もないわ…」

「そうか?余り聞き慣れない名じゃが良いと思うぞ?」

「……そっか…、アリガト…」

何処かくすぐったい気持ちがアタシの心を掠めていって。

それからアタシ達は桜のよく似たその木の下で少しの間、話をした。

何気ない、本当に何でもない只の会話だとしても。
数年振りの他者との係わり合いに内心はとても歓喜して。

あんなにも冷たく凍っていた心がじんわりと温かみを取り戻していくその時間が。
信じられないくらいに心地よかったんだ。









だから油断していたのかもしれない。

彼が政府の人間で、尚且つこの組織の中で生き残れる程の有能な諜報部員である事を頭の片隅へと追いやっていたのを。
幾ら年若いと云っても諜報員は諜報員なのに。

彼は『見ていた』と云ったし、アタシは『見られている』事を自覚していたのに……









見事な散り具合を見せるこの木に目を奪われつつも、明日は子供達の掃除が大変だろうとか。
でもこの時期にはやっぱりこれを見なくては、とか。

一人で飲むのもイイけど、こんな風に誰かと居れるならお酒でも持ってくれば良かった、だとか。
きっと美味しかっただろうに、なんて。

本当に他愛の無い話をして。

カクは不意にチラリ、と此方に視線だけを寄越すと。
何の前振りもなく、突然に…









は何年経っても変わらんな」









………そう、…云った…









「アンタを初めて見たのは何時だったか。ワシがまだ小さな子供の頃だったのにな…」

顔事此方を向いて。

「毎年この季節にアンタを見てた。この木を見てるアンタを見てた」

誤魔化しを許さない、真っ直ぐな目をしてアタシを見詰めて。

「何では年を取らんのじゃ?ワシはこれだけ成長したと云うのに」

返事なんて、……できる訳がなかった…









『見てた』との言葉通り。
恐らく彼はアタシの顔作りの細部まで『見てた』のだろう。

だからこそ気付いた疑問。
皺の一つも出来なければ、髪が白く染まる事もない。

誰の上にでも平等に過ぎている時間に逆らうアタシはあの頃と寸分違わぬ姿なのだろう。

本当によく『見てた』ものだ。









言葉を発しない、答えを云わないアタシに彼は更に言葉を重ね。

「ワシがアンタに関して知っている事は本当に僅かなモンじゃ。
 さっき知った名と、毎年、この時期になると何処からともなく現れて死刑囚を殺し、その後決まって此処に来る。
 そして誰にも気付かれる事無くこの島を出て行く。何故じゃ?何故態々こんな処に死刑囚なんぞを殺しに来る」

揺れる事すらしない瞳がアタシを凝視し続けて。

「この島への通行手段はそんなに多くない。海列車に乗ってくるか、自分の船でやって来るしかない。
 けれど此処で寄航できる場所は一箇所しかない。なのにそこにアンタの船はない。一体どうやってるんじゃ?
 オマケに通行許可証の署名者は、あの青キジだと云うじゃないか」

上げられる疑問は悉く答えを云えないモノばかりで。

「何人もの仲間がアンタの存在を不思議がって調査もしたが、何一つ出てこん。
 死体の切り口、武器を振るうその手腕を見て只者じゃない事だけは分かったが、なら何故その名が世に広まらん。
 賞金首でもなければ賞金稼ぎでもない。……なぁ…」

繰り返される疑問は純粋なる興味か、それとも得体の知れないソレを排除する為か。









は……何者なんじゃ…?」









真剣な、嘘を許さない真っ直ぐな目で見られて。

カク……、貴方はアタシに何を求めてるの…?
何を云えば貴方は納得してくれる?

真実を云え、とばかりに微妙に此方側へ身体を寄せたカクにアタシも僅かに後ずさった。

たったこれだけしかない距離が。
まるでアタシと貴方のボーダーラインのようで。

所詮は人為らざる存在のアタシと、人である彼とが同じ時を過ごせば最後には必ずやってくる問いなのは分かってた。

幾ら身体を鍛えて人をも超える力をその身に宿そうと。
アタシと貴方は決定的に違うんだ……

だから、アタシが貴方に応えられる言葉はたったひとつ。









「………云えないよ……」









折角楽しくなってきて。
初めて此処でマトモに話せた日だったけど。

さっきまではあんなに楽しくて、嬉しかったのに。

なのに今はこんなにもこの場に居るのが辛い……

恐らくあの青キジの事だ。
元帥や同僚の大将にこそ話しただろうが、こんな島の隊員になんてアタシの事を話してるワケがないだろう。









今夜、過ごせたあの僅かな時だけでも心の中に仕舞い込んでおきたかった。

久し振りに人のように接する事ができた幸せな時間だった、と。









これ以上、話す事もなければ話せる事も無いと、居心地の悪さに耐え切れずソコから立ち上がろうとした。
長居をしてボロを出すのもイヤだったし。

ボロを出した後にきっと自分を見る目が変わってしまうであろう事が。

何よりも怖くて…

あれだけの人の命を奪っておきながら、今更誹謗中傷が怖いのか、と笑われそうだが。
ソレをされないように長い時を一人で過ごしていたのだ。

孤独も怖いが変貌される方がもっと怖い、と。

カクの問うような視線を振り切って腰を上げた瞬間。

想像もしていなかった方向からぐい、と引き寄せられて。









「何処に行くんじゃ、まだ話は終わっとらん」









両手を拘束され、真正面で彼と顔を突き合わせてしまう。

もう、相手が年下だとか子供なんだとか頭の中からすっ飛んでしまっていた。








ただ……自分を見る、目の前の存在が怖かった…









「っや!…はな、してっ……」

掴まれた手首を引き剥がそうとするが。
そこは大人になりきれてない彼でも日々己を鍛えてるのだ。

力を使わぬに勝ち目がある訳がない。

そう、力を使えばこんなのは拘束される内に入らない。
例え鉄格子の中に入れられようが、海楼石で作られた牢獄だろうが関係なしに壊せるだろう。

何人もの人間に襲われようとそれも同じで全く意味を成さない。

けれど、この子の前でだけは死神の力を使いたくないと思ったんだ。

死神の鎌で傷付けるのは簡単。
けれどその鎌で付けられた傷は塞がらないのだ。

それに目の前で自分を捕らえようとしている人物を、何故か傷付けたくないと。
あの一時を共に過ごした相手を傷付けるだなんて、絶対にしたくない、って。

心の何処かが拒否していて。

成す術もなく、恐怖に震えだした身体を捻って。
この柔らかい拘束を外そうとするしかなかった。








とてもじゃないが、視線なんて合わせられる筈もなく。
下を向いたり頭を振ったりしてイヤだ、と云う意味合いを伝えるのに。

カクは一向に手を離してくれない。

、待て。落ち着けっ」

「やだったらっ…お願い離して、お願いだから!」

こんなアタシを知ろうとしないで。
お願いだから放っておいて。

その目が、真っ直ぐにアタシと云う存在を見てくれた貴方の目が。

嫌悪の、異物を見るような……
排除を目的とするあんな目に変わる前に。

早く、早く離してと。
駄々を捏ねる子供のように彼を、カクを拒否しているのに。

「大人しゅうせい、こら、!」

まるで此方の方が子供のように云い聞かせようとして。
一見、落ち着いているかのように思えるカクも内心ではとても焦っていて。

この手を離したら、次の瞬間にでも居なくなってしまうとでも思っているのだろうか。
手首を掴む彼の手に籠もる力は強くなる事は有れ、弱まる事をせず。









彼は、カクは自分を離そうとしなくて。

知られたくない事実をそんなにも聞きたいのか、と。
彼にとっては何でもない一時だったろうけどアタシにとってはとても幸せな時間だったのに。

人でないアタシにはあんな僅かな時ですら人として過ごす事を許されないのか、と。

悔しくて、悲しくて、長い間心を蝕んでいた孤独がその牙を剥き。
淋しい、淋しい、独りはイヤ、と咽び泣く心が感情が溢れ出して。

ソレが涙、と云う形で表面に現れ。

此処数年、感じた事のない荒れ狂う感情に成す術もなく。
それを強要する目の前の男が何処か憎らしくて。

下げていた、合わそうとしなかった視線を合わせた途端。

カクは、はっ、と息を飲み。
睨むアタシを凝視して。

その真っ直ぐに注がれていた眼が戸惑いに揺れ。

二人の視線が絡み合って数秒。
彼は以外な行動に出た。









手首を掴んでいた手が、大人になり切れない、それでも立派な男の手が。

素早く動いて、アタシが逃げ出すよりも早く。

アタシの身体を掻き抱いて。

余りにも驚いて、溜まっていた涙が零れ落ちるも。

それに気付く余裕すら残されていなくて。









あったかい……

人が、人の体温が。

力強くアタシの背に回った腕がぎゅう、と力を増して。

細いけれど、それでも触れ合う身体からは鍛えられた固い筋肉の感触が。

己を包み込むかのように回された腕の感触が。









あたたかくて…

酷くあったかくて

触れ合う頬から、直に触れ合う肌のぬくもりが

酷く愛しい気がして









こんな風に抱いてもらうなんて事、何年振り?

それより何より何でアタシはカクに抱き締められてるの?

嵐の真っ只中に居るように、感情が揺れて動いて揺さぶられて。
とうに考える事を放棄した思考回路は真っ白になっていて。

ただ、カクに抱かれると云う事実だけが確かな事だと思えて。








この、あたたかさが

ずっと、ずっと続けば、…だなんて……








そんな有り得ない、愚かしい事すら思い浮かんで。

それでも永遠なんて事が起こり得るなんてある筈もなく。
カクはゆっくりと身体を離して。

でも完全には開放してくれなくて。
呆けたような顔をしたアタシを見詰め。

何処か苦しいような、言葉に出来ぬ複雑な表情を僅かに浮かべ。









アタシに








くち、づけた……












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