海岸線で子供を拾ってから数年が経った

細かった身体にも適度に肉が付いて、子供らしい身体を取り戻し
生きて行く上での知識を少しずつ教えてやれば、スポンジのように吸収していって

この子が独りで生きていけるまで、片手で足りる年数しか必要としなくなった








あの日のごわごわした金髪は、もう何処にも見当たらなかった























【Leaving the nest】〜巣立ち〜

























酷く衰弱していたその子へと、取り敢えず死なない程度の癒しをして。
は少しだけ重たくなったその身体を抱き上げた。

それでもその年頃の子の標準体重より遥かに軽いその身体がとても、とても悲しかった。








それを誰かが岩陰で見ているのは知っていたが。
特に何かをしてくる訳でもないのでその儘にして、アタシは現在住む家へと帰る事にした。

もし、それがこの子を捨てた親なり兄弟だったりしたのなら。
アタシは迷わずその魂を奪い取っていただろう。

けれどその魂からは純粋に此方を見る事以外は感じ取れずに。
この子は本当にこんな所に捨て置かれたのだ、と。

なけなしの良心がぎりり、と酷く痛んだ気がした……








それから家に戻り、ひとつきりのベッドのその子を横たえて。
更なる癒しを施して。

完全にその癒しがその子の身体に馴染むまで、まだ少しの時間がかかるだろう、と。
は子供が起きた時の為に、ここ数年、した事がない食料の調達へと出掛けて行った。

勿論、家周辺へ結界を施してからだが。








そうやってその子供(名前をパウリーと云った)を生かす為にアタシは日々を食料調達で過ごし。
そんなアタシの帰りをパウリーは待つようになった。

と、……まるで雛鳥が親鳥の後を付いて行くかのように。
明け透けな笑みを浮かべて、それをアタシなんかに向けて。

命の恩人だ、と。俺の恩人で大好きな人だ、と。

照れくさそうに笑んでそう云った。
子供らしい穢れのない純真無垢な眼でアタシなんかを…

アンタの為なら俺は何でもする、と……








その科白を聞いた時に決心したのかもしれない。

この子の傍に居てはいけない、と。








人々の噂で、この島の魚人が海を走る列車を作っていると聞き。
それが真実成功するらしい、と探りを入れて知った時に、それは決定事項となった。









気紛れで命を救い、その生を永らえさせたのはアタシの責任。
けれどもう少しすればこの子も独りで生きていける年になる。

生きるのに必要な術は教え込んだ。

将来の夢がある、と聞いた。
大きくなったら世界中を旅できる船を作りたいんだ、と。
船大工になりたいんだ、と。

その頃になってもが売れ残ってたら俺が貰ってやる、とまで。








一緒に、……そんなにも長い時を、共に過ごせる筈がないのに…








近海を横行する海賊船を沈めて食料を奪い、金品を強奪して金を貯めた。

両手を広げて、当然のように受け入れられると思っているパウリーの顔が。

日々、生きていけるように、と腕力を付けさせて。

綺麗になった、触り心地の良い金髪を撫でてやれば嬉しそうに、照れくさそうに笑んで。

損をしないように駆け引きを覚えさせ。

ひとつのベッドで寝れば心底安心しているのか、無防備な寝顔を晒して。

人の急所と人体の構造を教え込んで、襲われた時の対処法を熟知させ。

伸ばされた手は、握り返される事を疑いもせず。








アタシは……この子を助けて本当に良かったのだろうか…

そう思うようになった。








あの儘死なせていれば良心が痛み、必ず後悔しただろう。
かと云って今のこの状況を見れば、それが良い結果を生まないのなんて誰が見ても分かるだろう。








一度捨てられた子を、………また、…捨てるのか……








こんなにもアタシに懐いてる子を。
盲目に信じきっているこの子を。

アタシを見るその目の意味に気付けない程鈍感じゃない。
親を見るような、兄弟を見るような…心底信じきっている者がする眼を裏切るのか……

こんな赤の他人に、幾ら命の恩人だろうが助ければこうなる事くらい分かってたろうに。

一時の感情で動いた結果がこれ、か。








少し考えれば分かっただろうに。

こうなる事くらい分かったろうに…








アタシの名を呼びながら此方へ走ってくるパウリーの手には今日の夕飯にするつもりなのか、釣れた魚を持っていて。
自慢そうに笑んでそれを振り回しながら走ってくる。

暮れかかった日差しを浴びて、綺麗になった金髪がソレを反射してキラキラ光って。








あァ……本当に…、これ以上アタシはこの子の傍に居てはいけない、と。

光の中に居るのがこうも似合う子の傍に居るのが闇のモノとは、笑い話にもならないではないか。





















そしてそれは例の魚人が海列車を完成させた翌年に決行された。








言い掛かりと濡れ衣を着せられて製作者は罪人としてエニエス・ロビーへと連行されていったが。
ソレの持ち主は確かに居て、しかも一流の船大工と云うではないか。

パウリーを渡すのにこれ以上相応しい場所もないだろう。

将来は船大工になりたいんだ、と語ったパウリー。
その眼は将来(さき)を見詰めていて、そうなった自分を思い描いているのだろう。

とても歓喜に満ちた顔をしていて。

その傍らにアタシの存在は決してないのに。
その時にはもうアタシはパウリーの傍には居ないのに。

アタシが居なくなるなんて思い付きもしないのか、パウリーはニコニコ笑って来繰り返し夢を語る。








もう、……耐えられないと思った。








深夜、パウリーを寝かし付けた後、海賊から奪って貯めた金を持ってアタシは独り外へ出た。

数年は生きていける分の金はテーブルの上に置いておいた。
一週間は持つだろう食料も置いてきた。

パウリーが寝る前に今迄の情の全てを込めて額へとキスもした。
柔らかい、まだ小さな身体も抱き締めてきた。

光、そのものだと思えるその金髪を何度も何度も、梳いてきた。

手入れをするのが面倒だから、と短くしたがるパウリーに折角綺麗なんだからと伸ばさせたのはアタシなのに。
あの感触が手から消えてくれなくて。

自分に向けられた笑みが、信頼が、親愛の情が、伸ばされた腕が、柔らかな感触が……








数年分の思い出がアタシを苛める

あんなにも懐いてくれたあの子の存在が

気紛れで拾ったあの子との思い出が走馬灯のように頭の中を駆けずり回って








こんなにも苦しいだなんて。
高々数年しか一緒に居なかった、異世界の子供と別れるだけなのに。

なのに、……なのにこんなにも心の中に居ただなんて…

独りの時間が長ければ長い程、あの子の温もりが愛しくて。
孤独を味わった分だけ、あの子の笑んだ表情が胸に沁みて。

感じた全ての感情がこの別れを悲しんでる。

別れたくない、と。離れたくない、と嘆いている。








けれどこれ以上一緒に居れば間違いなく気付かれる。
姿の変わらないアタシが、殆ど食事らしい食事をしないアタシが、人らしからぬ存在だと。

あの子は光の道を行くのに相応しい子なんだから。
アタシみたいなのが傍に居てはいけない子なんだから。

ギリギリ、と胸が痛んで。
あちらの世界では感じた事のない感情が心を締め付けて痛みを訴えるが。








それでももうこれ以上は居られないんだ。








さぁ、……もうさようならの時間だ。

闇の生き物は闇へと還るしかないんだから。








未練、と云う名の感情が、出てきた家を振り返させるが。
それでもは別れの一歩を踏み出した。

パウリーを預けるべき人物の元へと行く為に。
海賊から奪い取った金であの子の事を頼む為に。

紫色の髪をした背の高い男の所へと。

もう共に生きていけないから、あの子を頼む、と。








人と為りは【死神】の、この目で見てたから分かっている。
あの子を預けるのには充分である、と判断した。

だから行こう。
もう、もうダメだから……








これ以上の情が積もれば今以上に悲しくなるのなんて分かりきってるから。








だから、……さようならだ、…パウリー……

























あの日、海岸線でアタシ等を見ていたのがこの目の前の男であるのは調べ始めた時に気が付いていた。

捨てられた子供をどうするのかを見詰めていたこの人物の目の前に姿を現した時、彼は酷く驚いてはいたが。
アタシだと分かると快く受け入れてくれて。

そして本題を打ち明ければ、酷く戸惑っていた。








そうまで思う心と、そうまで思われた子の行く末に何故か彼自身が痛みを感じているかのような顔をして。

何故、そこまで思う子の傍を離れなきゃならねぇんだ、と。
鋭い眼に哀しみを乗せて、細い眉を尻下がりにさせて詰め寄ってきた。

けれどあの子の夢は一流の船大工になる事なんだ、と繰り返し、連れては行けない事を仄めかし。
アタシにはどうしてもしなければならない事があってもうこの島には居られないから、と云えばどうにか納得してくれて。

今からならばあの子を育てるにもそれなりの設備、人間関係、環境が整っているから。
心配しなくてイイ、と。

妙な口癖付きでそう云ってくれた。

アタシは有り難くその言葉を受け入れて。
あの子に掛かる金はこれで補ってくれ、と。例の金を置いていく。

最初こそそんなモン、いらねぇと云ってはいたが、まだまだこの島は廃れた儘だ。
要らないのならまだまだ復活途上のこの島の足元を見られる木材の購入に充ててくれ、と無理矢理に置いていった。








そこまでするんだったら、例え何年かかってもイイからその用事が終わった後にでもその子の未来の姿を見に来い、と。
酷く強引に約束させられて。

その約束が守られる確立がとても低くくて、果たされないかもしれないと分かっているのに。
この海賊時代に島の外に出ると云う事の意味合いを【人として考えるのならば】生きて戻れない可能性の方が高いのに。

そう、約束を強いて。

きっとアタシの為を思うてそう云ってくれてるのであろう、彼のその言い分を。
彼のその優しい心を無碍に断る事も出来ず。

苦笑いをしながらも、アタシは受け入れた。








そして最後になるであろう、伝言を彼へと頼む。

『パウリーが生まれてきてくれた事を誰よりも感謝したい。何処に居ようともアタシはお前を愛してる。立派な船大工になりなさい』








そう伝えて、と勝手に頼んで。来た時同様、闇へと紛れるように窓から出ていって。

アタシはこの島から自分の存在を消し去った。























翌日、早々に目が覚めて誰も居ない事に気が付いたパウリーが必死になってを探している頃。
彼を託されたアイスバーグはその家を訪れた。

海岸線を走りながら、両頬に涙を流しながら、片手に一言だけ書かれた紙を握り締めて。
走って、走って、走り続けながら彼女を探し続けるその姿にアイスバーグは暫く声が出せなかった。

あの日、捨てられるようにその場に居た幼い子供はこんなにも大きくなり。
正視に堪えない痩せ細った身体には程よい肉が付き、子供らしい体格になって。
鈍色に光を受けていた髪は綺麗な色をした金髪に変わっていて。

彼がどれだけ大切に扱われてきたのかがそれだけでも窺い知れた。

そう、こんなにも盲目に、必死になって探す程に。
周囲等、気に留められぬ程に懐いていたんだ。

悲痛な叫び声で何度も何度も彼女の名を呼び続ける程に…その存在は唯一、だったのだ。


























信じ、…られなかった…








俺を拾ってくれた人が、……自分を捨てた、なんて。

…捨てられただなんて……
また…っ、捨てられただなんてっ…!!








あんなにも慈しんでくれて、愛でてくれて、育ててくれて、知識を教えてくれて、生きる術を教えてくれたのに。

襤褸切れみたいに捨てられていた自分を拾ってくれただけでも嬉しかったのに。
どんな時だって優しくしてくれたのに。

伸ばした手は必ず握り返してくれて。
自分が笑えば確かに笑い返してくれて。
どんな話にでも絶対に耳を傾けてくれて。
俺の夢を何度も何度も聞いてくれて。

柔らかい腕で抱き締めてくれたのに。
俺の名前をあんな風に、誰よりも優しく呼んでくれたのに。
何かを覚える度に、何かが出来る度に頭を撫でてくれたのに。
夜、寝るのを怖がれば寝付くまでずっと抱いてくれてたのに。

誰よりも俺の近くに居てくれて、誰よりも大事だと思ったのに……っ、思ってたのに!!

なのに何でっ?!!








何で俺を捨てるの?

俺、何か悪いコトしたの?

重荷になってたの?

いらなかった……の…?

もう、…いらなくなったの……?








ねぇ………、『ごめんなさい』て何だよ…

そんな、一言だけじゃ分かんねぇよ

俺の何がいけなかったんだよ








声が枯れるまで彼女の名前を呼んだ。
呼んで、呼んで、呼び続けてもは決して帰っては来なかった。

狂ったように『』と呼び続け、『出て来てくれ』と『帰ってきて』と懇願したのに。
こんなにも強く願ったコト等なかったのに。

なのに彼女は出てきてくれなかった……

強く望めば苦笑いをしながらも必ず願いを叶えてくれたのに。








もう我侭なんて云わないから

云うコト何でもきくから

もっともっとイイ子になるから

誰よりもイイ子になるから、必要とされる子になってみせるからっ

だからっ……








おねがいから かえってきてください


























体力が尽きたのか、その場で倒れるようにしてしゃがみ込んだその子の背中は酷く頼りなくて。

親を見失った子供のように、泣きながら探し回ったのに望む姿は決して現れてはくれなくて。
呆然と座り込むパウリーの下へと漸くアイスバーグは足を進めた。

彼女がお前に宛てた言葉を伝える為に。

お前は絶対に要らない子なんかじゃない、と云う為に。
愛されているのだと教える為に。















前回に引き続き、パウの扱いが酷くてごめんなさいぃ(ペコペコ
けれど目一杯愛情詰めたつもりなので見逃してやってくださいませ。

ではでは次のお話でパウリー編は終了ですw
ヒロインが笑い出した原因、頑張って書きまっせ〜(`◇´*)ノ"オー!!



PC用眼鏡【管理人も使ってますがマジで疲れません】 解約手数料0円【あしたでんき】 Yahoo 楽天 NTT-X Store

無料ホームページ 無料のクレジットカード 海外格安航空券 ふるさと納税 海外旅行保険が無料! 海外ホテル