全ての始まりは何て事ない、普段通りの一日から








近くの家具屋で30%オフで購入したお気に入りのベッドから手を伸ばして。
五月蝿く仕事をこなす目覚まし時計を叩き付けるかのようにして黙らせる。

「………ぅぁ……ねむぃ…」

モソモソと居心地の良いフカフカの布団に頬ずりすれば。
起きる気力等浮かんでくる筈もなく。

それでも起きて出勤しなければ給料が減るだけ。

このマンションの家賃に食費に光熱費、水道代に雑費に市民税、加えて……
あァ…、もう考えるだけでも頭の痛い出費がどんどん浮かんできて。

眠気も何処かへとすっ飛んでいくと云うものだ。








もそもそと動き始めてとりあえず顔を洗って、歯を磨いて。

クローゼットの中からスーツを取り出し。
ジャケットのみを残して着てから朝ご飯代わりのウィダーを冷蔵庫から取り出して飲む。

後はしたくもない化粧を幾らかすれば用意は完了。

こんな顔に化粧なんてしたって大して変わらないのに……

とは思うのだけれど、世間体ってモノはこういう個人的な事情を許してはくれないから。
流されるかのようにして、買いたくない化粧品を買って塗りたくる。

うぁ……朝っぱらから胸糞の悪くなる…

そんな事を思いながらも椅子にかけておいた上着を着てバッグを引っつかんで出勤する。








良くも悪くもこの主人公は現実主義者だった。























【プロローグ】
























……………何で……?

何でこんなコトになってンの?








周りを見れば自分のように呆けた顔をした半透明な人々が居て。
静な目で下を見れば自分が出勤の為に何時も使っているバスが何台もの車を巻き込んで炎を上げていた。

ガソリンに引火して大きな黒い炎を上げて燃えるその中には。
まだ生きている人が居たのか、悲惨な悲鳴が聞こえてくる。

そしてアタシ達のように半透明になって上へと上へと昇ってくるのだ。








あァ……

これじゃぁ認めるしかないじゃないか…








自 分 が 死 ん で し ま っ た 事 を …








毎日を楽しく暮らしていたのか、と問われれば。
そんな筈ないじゃない、としか答えられないが。

それでも突然死んでしまって、やり残した事がない、と云うのとは同義語にはならない。

こんな事になるんなら、もっと好きなように生きればよかった。

現実を見ている筈なのに。
ソレを見る自分の目は酷く虚ろで、まるで夢の中に居るかのようで。

朝の渋滞に巻き込まれ、禄に薦めなくて四苦八苦している消防車にパトカーがやっと駆けつけてくる音を何処か遠くで聞いて。

アタシの意識は段々と暗くなっていった……























は、と気付くと。
ソコは何処を向いても真っ暗闇の空間で。

アタシはあの事故現場に居たんじゃなかったのか、と思ったが。
もしかしたら生前大した事もしてない自分は天国にすら行けないのか、なんて。

大きな溜息を付いた。

そうしたら……








『案外驚いてないんだね…』








なんて声が聞こえてきた。

くるり、と其方を向けば。
其処には黒いフードを被った【人】らしきモノが居た。









「アンタ誰?」

冷静にそう返すアタシにソイツは嬉しそうに唯一見える口の端を吊り上げる。

『残念だったね、。これで君の人生は御終いだ』

「あァ、そういやアタシ死んだんだったわね。それでアンタ誰?」

『ふふ……、簡単に話すら逸らされてくれないんだね、君は』

「だって気になるじゃん」

『僕はね、【死神】だったモノだよ』

「………死神、……だった?」

それはふわふわ漂いながらコクリ、と頷いた。








『ちょっとあってね、今はこんな姿なんだけど本来ならちゃんと鎌も羽も持ってるんだよ?』

「へぇ……で、その元、死神さんがアタシに何の用?」

は話が早くて助かる』

ふふふ、とソイツは再度笑って。

『簡単に云うと君の中に寄生させて頂きたい』

「………寄生だ?」

『そう、このままじゃ僕は後少しで消えてしまう。そこで君の出番だ』








ソイツは悠々と語ってくれた。








『もし、僕を受け入れてくれるならそれなりに君にも特な事もあるよ?』

何処か辛いのか、ソイツは苦しそうな声を出す。

『本来なら君はこのまま無に帰して、来世への生の為にその魂の記憶を根こそぎ消されて只待つだけの存在になる。
 しかも次の生が人間とは限らない。動物になるのか、植物になるか、微生物になるかも分からない。
 でも僕とひとつになれば君はそのままの身体、そのままの記憶を持った儘再生できる』

「………要するにこの儘の状態で生き返れるようなモンなんだ」

『簡単に云っちゃうとそうだね、それプラスαな能力も手に入って大分お得な話なんだけど、……どうかな?』

「………………」

話が進めば進む程にソイツの具合は悪くなっていくようで。
アタシの眉間にはクッキリと皺が寄っていく。

「……どうせ、お得の御代がわりに何か代償があるんでしょ?」

『はは……、そこまでお見通しなんだ…』

さっきまで穏やかな話し方をしていたソイツから、一切の余裕が消え失せて。
正にソイツが襲い掛かろうとしたその瞬間。








「ま、別にイイんじゃない?」








アタシの口からノホホンとした答えが出た。

戸惑ったかのような仕草をしたソイツが面白くて、ついつい顔に出ちゃうと。
ソイツは酷く気分を害したようにして次の言葉を吐いた。

『君、僕が云った事ちゃんと聞いてた?』

「えぇ、聞いてたわよ?」

『だったらどうして』

「アタシ死にたくないんだもん。アンタだって死にたくないんでしょ?」

『それはそうだけど……』

「アンタはアタシが居ないと消えてしまう。アタシはアンタが居ないと再生の為に全てリセットされてしまう。
 加えて何になるのかすら分からないときたもんだ。そんなの冗談じゃない。真っ平ご免だ。
 さ、利害は一致したんだ。早く寄生でも結合でも何でもしちゃってよ」

弊害が出るのはしょうがない、犠牲が出るのも、代償が要るのだってしょうがない。








だってアタシはアタシと云う自分の存在をこのまま消されたくないのだから








「どうしたの?早く来なよ。ひとつになるんでしょ?」

ニヤ、と笑いながら云えば。
ソイツは一つ、溜息を付いて呆れながらもアタシへと近寄って来た。

『流石、僕が目を付けただけの事はあるね。随分変わってる……』

「変わってるは余分よ」

クスクス笑っていると、ソイツはどんどんアタシに近付いてきて。
ぶつかる、と思った瞬間にアタシの中へと溶けて消えていった……








「そういやアンタ名前は?」

『死神に名前なんてないよ』

目の前から消えた死神はアタシの中で返事をする。

「そっか、じゃぁアタシが付けてアゲル」

呼び名がないのは不便だろう、とそう云えば内から酷く狼狽したような感じがして。

『………何でそんな事するんだ?』

「だってアンタとか死神とかじゃ個人の名前じゃないでしょ。アタシはアンタを呼んでるのに」








胸の中に戸惑い、困惑、……そして僅かばかりの嬉の感情が湧いてきて。








『僕っ…今、全然力が無くなっちゃってるから暫く寝るよ!』

「りょーかい、じゃぁその間にアンタの名前考えとくね」

『………分かった…』

「おやすみ」

『……おやすみ……』





















そしてアタシはそのまま魂への干渉を受ける事なく。
暗闇で漂い、死神の名前を考えながらも奴の記憶をムービーのようにして見続けていた。









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