その表情を見た時
きっと、この人こそ【守るべき存在】なのだと
やっと見つけられたその存在は
何故そう思えたのか、なんて理由さえ必要ない程にそう思わせてくれたワシの大事な大事な
とても印象に残る、自分の初恋の人
【The first year】
それはまだワシが此処、エニエス・ロビーに連れて来られて数年が経ったある日の事だった。
親元からどういう経緯で引き離されたのかは知らないが。
物心をつく時には既に自分は政府の諜報部員と成るべく学ばされていた。
学ぶのは多種多様で。
身体機能を鍛える事から人の心理、武器の構造、この世界の状況までと幅広く。
自分と同じような事情の子供が他にも沢山居たのだけは覚えている。
そう、その沢山居た子供達が次々と減っていくのが。
まるで無能な者達は、必要とされていないような印象を受けたからで。
自分も何時しかそうやって何処かへ連れられて行ってしまうんじゃないか、と。
邪推した時もあったが、幸いな事に自分はそれには当て嵌まらなかったようだ。
その日の予定、全てをこなし。
出来ない奴等は今頃まだ四苦八苦しながらもあの小難しい、意味を成さない問題を解いているのだろう、と。
その頃のワシは物事に酷く無関心で。
今考えれば、とても可愛気のない冷めた子供だった。
こんな年から既に才能の差を感じていた自分にとって他人なんて蹴落とすダケの存在で。
でなければ此処では生きていけなかったから。
世界政府の為、世界の平和の為、と。
大きな志を持ち上げている組織だったが。
自分にとっては傍迷惑なだけだった。
何が世界の平和の為だ、馬鹿馬鹿しい。
世界中の人の為、と云いながら。
自分達を鍛え上げる上司の言葉には何時だって矛盾を感じていて。
だって年端もいかない子供達をこんなにも集めて。
幸せらしい幸せな時間を過ごさせずに規則、規則で縛り上げ、自由等決して与えずに、守るべき対象すらあやふやで。
要らなくなればまるでゴミのようにその存在を捨ててしまうクセに。
何でこんな世界が大事なんだ?
こんなにも日々、面白くも何ともない、無意味な時間を過ごさせるだけの世界の何処が大事なんだ?
自分を大事にしてくれない世界がどうして大事なんだ?
ワシは大人達が口を揃えて云う【守るべき存在】を持っていなかった。
課せられる日頃の訓練や授業に付いていけない事はなかったが。
ハイスピードで進められるソレに付いて行けなくなる子供は確かに複数存在して。
その子供達がどうなっているのか、なんて。
この組織のあり方を少し考えれば簡単に答えなんて導き出されると云うもんだ。
秘密組織はその存在を知られてはならない。
世間に噂の一つでも立てば苦しくなるのは自分達だから。
だからこそ、そこに存在した無能な子供は消されている。
入れ替わり立ち替わり、どんどん顔触れが変わっていくのがイイ証拠だろう。
昔は其れなりに友人らしき人物も居たが。
ソイツはたまたま身体能力の方が追いつけなくて、何処かへ消えて行った。
上官に腕を引かれながら。
ワシを縋るように見詰めながら…
まぁ、あの年であれだけの会話を自分とできたのだから消される事はないだろう、と。
矢張り、所詮は他人事だから。
付いて来れない方が悪いのだ、と考えていたけれど。
それでも最後に見たヤツの目だけは何時まで経っても忘れる事ができなかった…
繰り返し鍛えられた身体は、木々の間を軽く飛び移れるまでに成長して。
する事のない時間を潰す為に、人との係わり合いを持ちたくないが為にその内の一本に跨って。
仮眠でもとるか、と。
目を閉じかけた時だった。
ふ、と視界の端を掠めていった【何か】。
見覚えのないその後姿に閉じかけた眼を開け。
背を預けておいた幹から身を起こす。
此処には世界政府の関係者しか立ち入る事を許されていない。
秘密組織なだけあって、この島に出入りする大人なんて大して入れ替わらない。
ならばあれは誰だ?
この組織でトップレベルを誇る自分が知らない存在が居る。
刺激されたのは、プライドと好奇心。
自分が見た事がないのは、外から来た政府の使者が道にでも迷ったのか。
それとも組織の情報を盗みに来た侵入者か。
どちらとも知れないが。
だったら確かめればイイだけの事。
そう結論付けるとカクはひらり、と慣れた様子で枝から枝へと移り飛んで。
闇夜に溶けてしまいそうなソレを追い掛けていった。
ゆらりゆらり、と揺れながら足音一つさせずに進んで行く。
一切の気配を感じさせないその黒いフードを被った存在に。
これは後者の方が正しいのか?と、ある程度の距離を持ったままに尾行をしつつ思うが。
だったら何故こんな処で夢遊病者のように歩いている?
不安定に揺れるはいるが。
その姿を視界に納めておかなければ目の前に居るにも係わらず察知できないその存在に。
もし、奴が敵だったなら。
そう思うとこれだけの実力の差に背筋の寒くなる思いがするが。
でも視界に捉えた存在は一向に此方を気にする素振りも見せず。
変わらずゆらゆらと揺れながら前へ前へと進んで行く。
何処へ行くんだ?
この先には何もない筈。
見知った地形を頭の中で思い浮かべるが。
特に何かあると云う記憶もなく。
不思議に思うも、後を追う事を止めず。
けれど何をするでもなく。
カクは只管にその存在に付いて行った。
そしてそのフードを被った人物の歩みがやっと止まる。
そこは木以外に何もない場所で。
益々カクの中での疑問が広がるが。
その人物が答えを教えてくれる訳もなく。
彼には只、見続けるしか手立てがなかった。
そうこうしてる間もその人物は動く事をせずに、その場に立ち尽くしていて。
ん?
何を見てるんだ?
真っ黒なフードが微妙に上に向いており。
その人物が何かを見ているのが窺い知れた。
木の幹に何か隠してあるのか?
それとも何か書いてあるのか?
これ以上近寄れば相手に気配を悟られてしまう、と。
自分の限界を的確に知るカクには、それ以上近付く事ができなくて苛々してくるが。
ゆっくりとした動きでその人物が手を上げるのを見てはっ、とした。
あの細さは女……だったのか…
手首の細さ、華奢な作りの手がフードへと伸びるのを黙って見続け。
ゆっくりと現れた彼女の素顔に目が、離せなくなった……
黒いフードと同化してしまいそうな艶やかな、真っ黒な長い髪。
同じく闇を思い浮かべる同色の、真っ黒な瞳。
マントから僅かに覗ける着ている服ですら全て黒かった、と思い出せば。
本当に闇に溶けてしまいそうな印象を受け。
それと真逆の真っ白な肌が目に焼き付いて。
何て、綺麗なコントラストなんだろう、と。
カクの脳内へと強烈な印象を残す。
ほぅ、と溜息さえ洩らしてしまいそうになるが。
それをすれば相手に気取られる、と云うのが分かりきっているから。
だからこそ冷静に成るべく呼吸を整えようとしたのに。
次の瞬間、目に飛び込んできた名も知らぬ彼女の表情に。
今度こそ息すら止めてしまいそうに、魅入られた……
そこに在ったのは
懐かし気に目を細め
それでも孤独を内に秘めた、闇を抱えた者のみが有する目で
そのほっそりとした手で愛おし気に幹に触れ、目の前で、満開で咲き誇る木を何処か辛そうに見詰めて
今にも泣いてしまうんじゃないか、と
泣き崩れてしまうんじゃないか、と思える程の悲愴な存在で
正直、自分が恵まれた存在だとは思っていなかった。
連れて行かれる無能な奴等より才能には恵まれているとは思うが。
それでも、こんな顔をする人間を……見た事がなかった…
そして唐突に理解する。
あァ…
こういう人が居るから、こういう人が存在するから大人達は口を揃えて云っていたのか
あんな風な表情をしてほしくないから
あんな風に嗚咽を洩らさず、声をも洩らさず、涙を流さずに泣いてほしくないから
これが……【守るべき存在】なんだ…
年端もいかない、まだまだ力の足らない幼い自分だけれど。
それでも男の本能なのか、カクには彼女を守りたいと云う想いが満ち溢れ。
その悲痛な存在が儚く、この上なく綺麗で、庇護欲を掻き立てられ。
同時に彼女にこんな表情をさせる何かに対し、酷く憤りを感じて。
見つけて数十分、まだ喋った事もないのに。
顔を付き合わせた訳でも、彼女の視界に入った訳でもないのに。
全くの他人で、自分の存在すら知られていないのに。
なのにこんなにも心を乱される
こんなにも守らなければ、と想える
自分は誰に憚る事なく彼女を守れる正義を持っているんだ。
ならば己が彼女を守ろうとするのに何の遠慮がいるというのだ。
彼女はワシが守る……!
この出会いとも云えない一時を過ごした時の彼を、志を共にする子供達が見たらどんな反応をしただろう。
余りにも人間らしい表情をした彼に。
冷徹な中にも酷く柔らかい表情をした彼に。
同時に憂いを醸し出すようになった彼に、何て言葉をかけるのだろう。
初めて彼女を見つけた日以降。
この日を境にカクの訓練に対する意気込みが激変したのは云うまでもないだろう。
あの僅かな時間で感じた彼女と自分との実力の差に。
守らなければならない存在よりも弱くては話にならない、と。
自分が守らなければならない人に、あんな顔をさせない為にももっともっと力をつけなければ、と。
無我夢中になって鍛錬場で身体を鍛え続けた。
それはカクが無自覚に恋をした日。
幻のような彼女を見て、漸く【守るべき存在】を見つけた。
そんな一日。
■後悔と云う名のあとがき■
捏造も甚だしい一品でごめんなさい(;´Д`A ```
オマケに名前変換がひとつも無くて申し訳ないっΣ(||゚Д゚)ヒィィィィ
内容的に無理が出た時点で削除予定となっております。
時期的にカクは一桁代の年頃です。
幼い頃なのと、心理描写だけなので口調は〜じゃ〜になってません。
(一人称はワシですが……゜゜゜゜゜-y(*゚∀゚)・∵.・ガハッ!!)
ちなみにヒロインはこの世界に来て軽く5年は経っている模様…(なんていい加減な設定……