被るフードの所為か
それとも着ている服の色の所為なのか
凝視するように見ていた彼女が
涙を出さずに泣いていた彼女が顔を傾けた途端、僅か、瞬きをした瞬間に視界から消えてしまって
一瞬、何が起こったのか理解出来ずに呆けるが
脳が急激に指令を送った喪失感に慌てて彼女を探すが
己の力不足の所為か溶けるように消えてしまった彼女は先程のように視界へは入ってこなくて
消えて、しまった……
枝から枝へと飛び移り、居なくなってしまった彼女の存在を探すが
何処を見ても見当たらなくて
傍から見れば酷く滑稽な程に焦って
それでも本人は必死になって、まるで迷い子が縋る親を求めるように探し続けたが
気配らしい気配も察知できなかった自分には
彼女の存在を見付ける事は叶わず
酷い落胆を感じながらも
彼女が懐かしそうに見上げていた木の元へと戻って行き、同じように幹へと手を当てて
先程見た光景を思い出していた…
【The second year】
あれから一年の時が経とうとしていた。
【守るべき存在】を手に入れたワシは、持てる実力に拍車をかけたように成長していった。
周りに居る同じ環境の子供達には無い、彼女の存在のお陰だろう。
教官や上司が目を瞠るような成長の仕方だった。
今迄適当に過ごしていた、成るようになれと云わんばかりのいい加減な態度から一変してのその様子に誰もが首を傾げていたが。
ワシの心境の変化を悟る奴など一人もおらなんだ。
それはそうだろう。
自分ですら彼女の存在を初めて知ったのだ。
こんな周りの奴等が知っている訳がなく。
目に焼き付いてしまった彼女のあの表情が浮かぶ度に、こんなトコで立ち止まってる暇なんかない、とばかりに。
毎日毎日、鍛錬を積んで。
馬鹿馬鹿しいとさえ思っていた平和の為に。
彼女の心の平和の為に。
何時か自分があの悲しみを解いてやりたい、の一心で。
日々を重ねていった。
その一方で、毎日のように彼女を見付けたあの場所へと出掛けて行って。
今日は来るのか、明日なら来るのか、と連日待ち続け。
満開で咲いていた花は何時しかはらりはらりと散り始め。
花が落ちきり、緑の葉が出て新緑の季節になり、その葉も紅葉し、枯れ落ち、白い雪で覆われても彼女は来なかった。
それでもワシは彼女の事が忘れられずに毎日そこへと繰り出して行って。
誰かが此処へ来ようものなら全力でそれを排除した。
彼女との繋がりを持つ、唯一のこの場所に誰にも来てほしくなかった所為だ。
出会いとも云えない、彼女との唯一の思い出の場所に、誰にも踏み込んでほしくなったんだ。
覆っていた雪も解け始め、その木がまた蕾を付けはじめてやっと桃色の花を咲かせ始めた頃には。
一年、と云う月日が経とうとしていた。
この時期になるとあの時の光景が、色褪せる事なく、逆により鮮明になって思い出されてくる。
満開の木の下でソレを見上げるあの表情が逐一脳裏を過ぎり。
日を追う毎にその木の下で過ごす時間が増えていった。
会いたい……
もう一度、あの人に会いたい
一方的に見知り、素性も一切分からぬ彼女だが。
それでもカクは切望していた。
またあんな顔をしているんじゃないか。
自分の与り知らぬ処で泣いてやしないか。
あの身体を震えさせ、泣き崩れてはいないか。
見るだけしか叶わなかった彼女に、ワシでない他の誰かが慰めてやしないか。
そう思うと腸が煮えくり返り、居ても立ってもいられなくなったが自分は此処を離れる訳にはいかない。
此処に居なければ彼女の平和を守る事ができない。
しかも唯一の接点であるこの場所を離れる等、できる筈もなかった。
何の情報もない自分には、此処で待っているしか手立てがないんだ。
悔しいがそれが現状。
会いたいの気持ちが知りたいに変化するのに大した時間はかからなかったが。
あんな風に自分でないモノにしか興味を示さなかった彼女に声をかけるのも憚って。
知りたいのにそれが出来ない、酷いジレンマに襲われた。
結局、その日も彼女は現れず。
カクは落胆しながらも桃色の花弁を散らす木へ手を当てて、深い色を宿した目を瞑り今日も祈る。
お願いだ、ワシをあの人に会わせてくれ……
祈るようにしてその木に額を付けて。
心に焼き付いた彼女が再び現れますように、と。
儀式のようなソレを毎日のように繰り返して。
名残惜しむ心を引き剥がすかのようにしてカクは館へと帰っていった。
その帰路の途中の事だった。
枝から枝へと飛び移るカクの視界の隅に前回と同じように入り込んだ動く黒い影。
あの人だっ…
身体が行こうとする方向を無理矢理に変えて、蹴り飛ぶ筈だった枝に着地してその姿を探す。
居たであろう場所の周りをきょろきょろと見渡せば。
懐かしい黒いあのフードが動いていて。
矢張り、未だに彼女の気配を掴めない自分に。
あれだけの鍛錬ではまだ足らなかったのか、とも思っていたが。
それより何より今は視界に居る彼女の方が先だ。
待って
行かないで…
その影を追いかけて。
あの時と、一年前と変わらずふらふらとした足取りで歩いている彼女を追う自分。
確実に実力は伸びた筈なのに、あの頃よりも簡単に移動できるようになったのに。
それでも掴めない彼女の気配。
あんなに努力したのに縮まる様子を見せない実力差。
それに対し、多少の落胆はあったが、今はそんな事云ってられない。
あんなに求めたあの人が居るんだ。
何処かカクは嬉しそうにしながら彼女の後を追いかけて行った。
しかし、それもあの時の儘のように進められて行く様子に戸惑いを隠せなくなっていく。
一年前の記憶、その儘に繰り返されるこの光景に。
何処か懐かしいような、それでいて怖いような……
忠実に繰り返されるその様子に、らしくもなくカクの心拍数は上昇していった。
あれから一年も過ぎているのに何でこの人はあの時のまんまなんだ?
夢遊病者とも思えた足取りも、今にも崩れてしまいそうな雰囲気もあの頃の儘で。
だったらあの表情もその儘なの?
あの、辛そうな表情もその儘にこの一年を過ごしたの?
声も洩らさずに、嗚咽も洩らさずに、涙すら流せずに泣くあの頃の儘で?
ぎりり、とカクの心が締め付けられるように痛んで。
こんなにも苦しいと思うなんて生まれて初めての感情で。
何で他人の為にこんなにも心が苦しくなるんだ?と思うが。
確かに自分の心は彼女を見て苦しんでいて。
この時のカクはその感情の呼び名を知らなかった。
ゆっくりと、ゆっくりと。
映画の同じシーンを見ているように、流れていく時間。
今なら分かる。
あの人はあの木の花の香りに誘われてあそこまで行ったんだ。
咲き誇る花の香りは遠くまで風に乗って流れていって。
それがあの人を呼んでくれたと思うとその木にすら感謝しそうで。
ひとつずつ分かっていく彼女の事に彼は無自覚に頬を緩めていた。
カクがそんな想いを抱いてる内にも、彼女の歩みは止まる事なく続いていて。
気が付けば例のあの木へと辿り着いていた。
どう?
今年も綺麗に咲いてるだろう?
そう、彼女へと云いたいのに。
何故か喉からその言葉が出てきてくれない。
寸での処で引っかかって出てこない。
そんなの、理由なんて簡単だ。
もし、彼女の表情があの時の儘だったら。
そう思うと声を掛ける事なんてできる訳がない。
きっと誰も居ないと思っているからこそ、あんな感情を剥き出しにした表情ができたのだろう。
そんな処へのこのこ自分が出て行ってどうしようと云うのだ。
変わっていて欲しい。
そう思うのに、変わっていてほしくないとも思える。
あの人を守るのはワシだけであってほしいと云う想いがそれを願い。
あの人が救われててほしいと云う願いがそれを想う。
そんな自分勝手な自分に困惑するが。
どちらも正直な自分の感情で。
表裏一体のそれは己の幼い身体を酷く恨む事となる。
ワシがもっと大人だったら。
あの人の身体を抱き締めるだけの腕があれば。
あの人を包み込めるだけの身長があれば。
あの人と釣り合う歳になれれば。
二度とあんな表情をさせないように全ての事から守ってやれるのにっ……
そうして、出来の悪い映画を見ているように再度。
あの光景がカクの目に飛び込んできた。
ゆっくりと上げられた手首はあの頃の儘に細くて同じようにフードを外し。
滑らかな肌はあの時の儘に真っ白で綺麗なコントラストを描き。
艶やかな髪は微妙に長くはなっていたが、矢張り闇に溶け込む漆黒で。
全ての感情を閉じ込めたような黒の瞳は……?
……瞳は…
…どう、…して……
それはもう自分でなくともイイから、とすら思える程に彼を悲しませた。
子供染みた独占欲でもって、この人を救うのは自分だけでありたいと願った事にすら罪悪感を覚えさせるそれに。
最早、声を掛けるだなんて考えを奪い去っていった。
一年の時を経て。
変わったのは髪の長さくらいで。
あの頃魅入られた彼女の瞳には、より深い闇が巣食っていて。
悲し気に歪められたあの時の表情とは打って変わって。
何の感情も浮かべていない、能面のように動かない顔。
でも、その表情がその花を見詰めた途端に、ほんの少しだけ動いた気がして。
それが劇的なまでの変化だった。
一年前の、あの悲愴な表情とは違って。
微笑、とも云えないような僅かの変化だったのに。
極々、僅かに上げられた口の端が。
頭を傾けて、木の幹に額を当てて。
何時もの自分が祈りを捧げるようにしてしている格好と違わない格好で。
落ちてきた髪で、直ぐに隠れてしまったが。
でも確かに微笑んでいたような……気が、して…
高鳴る己の鼓動。
これだ、と脳が教えてくれる。
自分が彼女にしてあげたかったのはこれなんだ、と。
あの微笑を、もっともっとあの人に幸福を。
もっともっと笑えるように。
出来るならそれを自分が与えたい。
この人がもっと笑っていられるように……
カクが二度目に彼女に会った年。
それは彼に決心をさせる年になった。
彼女の心の平和の為に、あの人が安心して笑っていられるように、と。
成長の足らない己を更にもっともっと、と鍛えて鍛えて。
自分が大人になった時にまだあんな表情をするようなら。
絶対に自分が幸せにしてみせるから、と。
早く大人になりたいが為に、口調ですら変えて。
そう、固く決心した。
■後悔と云う名のあとがき■
ぅあ、何だかこじ付けっぽくなりましたが二年目のお話です。
こういう経路でカクはあの口調になりました的な感じで…(げふっ
しかしながら何度書き直しても気に入らない一品ですな……(。-´з`-)ンー
削除候補bP決定〜ペチッ(ノ´∀`*)