新制VOLTSを結成して間もない無限城ロウアータウンは、MAKUBEXの元、新しい体制を確立するため慌しい日々を送っていた。 「これから忙しくなるね」 ごく身近な者達に、MAKUBEXはそう語った。 新体制を確固たるものにすると同時に、今回の事件の後始末も進めなくてはならない。 水爆は破壊したものの、細かい片付けはまだ何も手をつけてない状態である。MAKUBEXの頭脳を支えるマザーコンピュータはかなりの負荷がかかったため再調製が必要だろう。ヴァーチャルシステムや、ワイヤードールシステムも整理し、必要とあらば全てを破棄、新しい方策を編み出さなければならないのだ。 それらを行いつつ新制VOLTSの維持と向上。 ベルトラインの化け物どもがまたいつ襲いかかってくるとも分からないこの状況では、事後の後片付けのみに手をつけているわけにはいかず、奴らに対する手段にも力を入れていかねばならない。 「体が2つか3つ欲しいよね」 そう言って溜息をつくMAKUBEXは、しかし言葉とは裏腹にとても楽しそうだった。 苦難続きの毎日だが、以前のような悲壮感は微塵も見当たらない。 「私達がいるわ、MAKUBEX」 朔羅がそう応え、皆がそれに賛同するよう笑いかけると、年相応の少年らしいあどけない笑顔を見せる。 VOLTSのリーダーを引き継いでから、MAKUBEXはこんな笑顔をずっと忘れていた。 奪り還してくれた奪還屋に感謝と、そして雷帝・天野銀次の存在の大きさを改めて感じさせる。 今日もVOLTS幹部陣は忙しい。 広い部屋の大部分を占めるマザーコンピュータの前で、MAKUBEXは処理済みの項目と、それ以外のものとをてきぱきと分け、各項目ごとに優先順位をつけてから、口頭で或いはコンピュータを介して各人に指示を出していく。 「あ、丁度良かった、笑師」 ふいに、電車の中に傘でも忘れてきたのを思い出したかのような表情をして、MAKUBEXが笑師を振り返った。 「はいな」 素直に返事をした笑師は、次の瞬間にMAKUBEXの口から出た単語に、サングラスの奥で密かに眉をひそめた。 「すっかり忘れていたんだけど、不動って誰も回収に向かってなかったよね。今更だけど」 まったくもって今更な疑問だった。あの事件の後、既に数日が経過している。 MAKUBEXがその存在を思い出したのはほんの数時間前の事だった。やるべき事に忙殺されて綺麗さっぱり忘れていたわけだが、気がついてしまうと落ち着かないものらしい。 VOLTSが支配権を主張するエリアの、各地に設置されている監視カメラは、不動の存在を捉えず、MAKUBEXの人脈を駆使した情報網にも全く引っかかってこない。 かつて不動が倒れたであろう場所には、無論その姿は見えなかった。ヴァーチャルで造り出したものなら、事件後消え失せて当然だが、オリジナルが残っていていいはずなのである。 自分の足でどこかに雲隠れしたと考えるべきだろうが、如何に不動とはいえ、あの重症でそれができるかどうか。 何にせよ、確認が欲しい。 「もう契約切れとるんやし、ほっといてもええんと違いますか?」 笑師の答えは簡潔かつ思いやりの欠片も見当たらないものだった。口調が独特なだけに、余計突き放した感じを受ける。 「う…ん」 笑師の返答を受けて、MAKUBEXが僅かに考え込んだ。 残酷な事を言うようだが、笑師の言っていることは尤もである。 不動は四天王の一人とは言っても、利害の一致からの特別な契約の間柄だった。美堂蛮と不動の闘いが実現した時点で契約は既に終了しており、その事から考えればMAKUBEXが不動をあっさり見捨てたとしても誰も文句のつけようがない。 不動は確かに強いが、それだけに扱いを間違えればこちらが痛い目を見かねない。新体制を構築するに当たり、固い結束を必要とする今、不動の存在はむしろ必要ではないのだ。 「でも…」 「悩むことあらへん」 加えて笑師は個人的にもわだかまりがあった。例の事件の際、ヴァーチャルシステムで幾人にも増殖した不動に散々てこずった記憶はまだ新しい。なるべくならもう二度と顔を合わせたくなかったのだ。 不動の捜索依頼を、笑顔を見せることによって断りの意思を表現する笑師を見て、MAKUBEXは諦めたように肩を竦めた。 「仕方ないね…」 心の中でラッキーと小躍りする笑師の前で、MAKUBEXは今度は朔羅を振り返った。モニターの前で、育ちの良さを証明するが如く正座して作業していた朔羅が、暖かい微笑みを浮かべながらMAKUBEXを見上げる。 朔羅はMAKUBEXが最も信頼を寄せている幹部の一人だ。女性の持つ美徳を全て凝縮したかのように、優しく暖かく聡明で、MAKUBEXにとっては姉のような或いは母のような印象さえも重ねる人だ。 確かに彼女なら、他人が嫌がる仕事でも、文句も言わず心を砕いてくれるかもしれない。 それを見て、笑師の方が慌てた。 「ちょ…MAKUBEXはん」 不動は危険人物だ。まさかMAKUBEXが朔羅本人に探しに行けと命令するはずはないだろうが、笑師が断ったから代わりに朔羅、という図式では何やら自分が男として情けないような気がする。 それなら自分が行きます―――と笑師が訴えるより速く、MAKUBEXは朔羅に単刀直入に切り出した。 「朔羅、不動のことだけど」 MAKUBEXと、MAKUBEXを止めようとするかのように片腕を伸ばした状態で固まった笑師の目の前で、朔羅はいつものように穏やかに笑いかけた。 「…あら、誰だったかしら?」 「いや、だからね」 「誰だったかしら?」 朔羅の笑顔がより深まった。 「…」 「記憶にないわ、MAKUBEX」 「………嫌いだったんだね、朔羅」 MAKUBEXの呟きを否定する声は、どこからも上がらなかった。笑師がMAKUBEXから3歩程離れた後ろで、腕を組みながら納得するように何度も首を縦に振る。 「でもね、彼は瀕死の重症だったんだよ」 朔羅の雰囲気に、彼を毛嫌いする気配は感じ取ったものの、そのまま引くわけにもいかず、MAKUBEXは尚も言葉を続けた。真っ直ぐで純真な少年らしく、正面から朔羅を見つめて真摯な瞳を向ける。 そんなMAKUBEXに、朔羅は微笑した。一瞬前までの刺々しさは微塵も感じられない。 朔羅がMAKUBEXに対して異常に甘いということは、笑師に限らずVOLTSメンバー周知の事実だ。実弟である十兵衛には厳しい一面すら覗かせるが、どう見てもMAKUBEXへの態度はその倍以上に優しい。 「そうね。MAKUBEXは優しいのね」 巷で、『悪魔の少年王』と呼ばれ恐れられているMAKUBEXは、本当はこんなにも思いやり溢れる子なのだ。それが朔羅には嬉しいらしい。 MAKUBEXの汚れない視線と言葉、そしてそれに揺り動かされる朔羅の慈愛の笑顔を見て、笑師は自分の器の小ささを恥じた。やはり初めから自分が行くと言っておけば良かったのだ。 「MAKUBEXはん、ワイが―――」 心温まる光景に胸を打たれた笑師は、不動捜索を自分が引き受けると申し出るべく、1歩進んだ。 「死んだのを確認したならともかく、生きていて、その辺からいきなりゾンビみたいに現れたら嫌じゃないか」 聞きとがめた笑師が、小さく呟いた。 「MAKUBEXはん…」 「そう…そうね。MAKUBEXの言う通りだったわ。そんなことになっていたら、めざわりですものね」 「朔羅はん…」 先程より更に小さな呟きが、笑師から漏れる。笑師は、何故か目頭が熱くなってくるのを感じていた。どうやら、笑師が考えていた以上にこの2人は曲者らしい。 「どうしたんだい?笑師」 「なんや涙が溢れて止まらんのや〜」 VOLTSを牛耳るこの2人のこんな台詞に、どう反応していいのか分からない。人として悲しむべきか、これなら大丈夫と安心するべきなのか。 怪訝な表情を見せたものの、MAKUBEXはそれ以上追及してこなかった。 朔羅と何度か、一見思いやりのあるように見える、しかし怖い単語があちこちに散りばめられた会話を交わし、今回の任務に適する人間を割り出す。 実力からいって、笑師が駄目ならこの人物しかいない。 「じゃあ…。ねえ、十兵衛」 話を振ってみたものの、返事はなかった。 「…何やってんの?」 MAKUBEXが、不可解なものを見たと言いたげに小首を傾げる。 「十兵衛はんは今、修行の最中なんや」 ひとまず涙を拭いた笑師が、重々しく頷いた。修行という単語から連想される光景は、肉体を鍛えるための体の酷使や、精神を鍛えるための座禅といったものだが、今この場で十兵衛が行っている行為はそのどちらからも掛け離れたものであった。何やらぶつぶつ呟きながら、じっと目を閉じイヤホンでMDを聞いている。余程手中しているのか、額には汗の玉が浮かんでいた。 「…?」 世の中には計算では解けない事態が多く存在するものだ。かつての雷帝・天野銀次はその最たるものだったが、ここにもMAKUBEXの計算の外を行く人物がいたらしい。 苦鳴とも取れる呻きが、硬く結んだ唇から漏れた。 「く…っ」 地べたに胡座をかき、やや俯き加減に自己の世界に入っていた十兵衛は、ふいにイヤホンを剥ぎ取りMDプレーヤーごと投げつけた。 「何故なんだっ!!」 「じ…十兵衛?」 「不覚…っ!何故俺はこれが理解できないんだっ!!」 唖然とするMAKUBEXの前で、十兵衛は世を儚んだ中年のように追い詰められた表情をしている。 「目標を掲げていながら、こんな初歩でつまづいているとはっ!!俺は己が情けないっ!!」 まだ包帯の巻かれている手が、床を激しく叩いた。 「俺はやらなくてはならないっ。自分のために、MAKUBEXのために、俺はこれを会得しなくてはならないんだっ!これは俺に与えられた使命だ!…だというのに、何故なんだあぁぁっ!!教えてくれっ!!花月…」 しばらく十兵衛の様子を黙って見ていたMAKUBEXは、隣で楽しそうに十兵衛を眺めている笑師に問うた。 「彼は何を聞いているんだい?」 「ワイお奨めの“百選・駄洒落の道”や!」 十兵衛の苦悩を一瞬で理解したMAKUBEXはそれ以上何も言わなかった。 不動の捜索は開始されそうもない…。 |