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安っぽい店が抱える部屋は、やはり安っぽいものでしかない。

コンクリートの壁が剥き出しになったままの、所々に鉄骨さえ覗いているような部屋には、ベッドと辛うじて椅子が一つあるばかりだった。

それらの調度品も、ここが無限城の中でなかったなら、とっくの昔に廃棄されてしまいそうな粗末なものである。

流石にシーツや毛布は清潔にしているようだが、その周りが周りなだけに、お世辞にも綺麗には見えない。

この部屋の中でやることなど一つしかないのだから、ベッドがあれば十分なのは確かだが、あまりに簡素すぎるだろう。

とはいえ、この辺の店ではこれが平均的なものだ。

別室のシャワーが使えるようになっているだけ、上等な方だといえるのかもしれない。

基本的に生活の水準が低い無限城内だが、それも金次第というわけで、ちょっと大金を積めばいくらでも豪勢な所はある。

それこそ、第一級ホテルのスイート並みの部屋でさえ、用意しようと思えば不可能なことではない。

しかし、たかが性交をするためだけなら、こんなもので事足りる。

金をかけて内装にこだわったところで、より強い快楽が得られるわけでもなく、少々気分が変わる程度だ。

貧相な部屋にも、不動は気にしたふうもなく、また赤屍も特に文句は唱えなかった。

狭くて薄暗い部屋は、入ってほんの数歩行けばすぐにベッドに突き当たる。

ベッドの傍らにあるライトをつける不動の背後で、大人しく後ろについてきた赤屍が、静かに扉を閉めた。

金属音が鳴って、鍵が閉められる。

そのまま扉の前から動こうとしない赤屍に、構うこともなく不動はコートを脱いで無造作に椅子へと放った。

シャツの襟元を緩めながら、背後の赤屍の気配を探る。

黙って佇んだままの赤屍の視線が、どこを彷徨っているのか、判別するのはさして難しいことではない。

裏社会で運び屋などというものを生業としているだけに、すぐにも相手の命を奪えるよう、無意識に急所へと神経を集中している。

そしてもう一つ、赤屍が凝視しているのは不動の左手だ。

諦めたと言っていたわりには、まだ未練があるのだろうか。

赤屍の視線を知りつつ、焦らすようにゆっくりと手袋を外す。

甲の部分に十字架をあしらった手袋が、椅子に掛けたコートの上に落ちて、左手が生身のものと変わらぬ姿を現した。

かつて不動の左腕に納まっていたギミックは、いかにも機械仕掛けといった外見をしていたが、人工皮膚でも使っているのか、これは一見しただけでは義手と分からない。

どれだけの技術を駆使しているのか、その左腕は不動の神経と繋がり、戦闘時となれば恐るべき凶器と化す。

不動は元々恵まれた体格で、素手でも人間の頭くらい林檎のように握り潰すことができるが、その義手に掛かれば人間など豆腐の塊でしかない。

そしてその内部には、死者の血を吸ったかの如く、呪われた紅い輝きを湛えた刃がある。

かつて赤屍が欲した素材だ。

そして、それが不動の左腕に形を変えた今、赤屍はその凶器を携える不動との戦いを望んでいる。

不動の左手に視線を当てたまま、赤屍が微かに笑い声を漏らすのが聞こえた。

何を考えているのか、手に取るように分かる。

やはりこの男は何より先に戦いを望むのだ。

背後で衣擦れの音が漏れたのと同時に、不動は左手を後ろへと振るった。

空気を切り裂く乾いた音が鳴り、不動の鋭い隻眼と、嬉々とした赤屍の瞳とがぶつかり合う。

二人の間で、互いの凶器が交差した。

「水を差すんじゃねぇ」

「そういえば、この部屋に来た目的は、これではありませんでしたね」

いけしゃあしゃあと赤屍が答える。

突き出された不動の左手には、赤屍の手から迸った銀色のメスが握られていた。

人間や鉄扉や、岩さえも斬るほどの、鋭い切っ先を真正面から受けながら、その義手には傷一つついていない。

嫌な音がして、いとも簡単にメスが握り潰される。

奇怪な形に曲がったメスは、床に放られ憐れな悲鳴を上げて転がった。

「先に言っておきますが……」

不意打ちをしたことへの言い訳もなく、赤屍は微笑しながらそう言って、不動の脇を擦り抜けるとベッドへ寄った。

上品な仕草で帽子を置いて振り返り、死を宣告する使者のような顔で不動を凝視する。

「退屈に耐えられなくなったら、本気で狙いますからそのおつもりで」

聖職者のような笑顔が、闇の言葉を吐く。

その手元では、まるで予言の成就を待ちわびるかのように、まだどこかに隠し持っていたらしいメスを弄んでいる。

奇術師が模造刀でも扱うかのような気安さだが、おそらくこの死神は他者の命もまた、あんなふうに軽く扱うに違いない。

今は穏やかなあの瞳が、灰色の虚無を通り越して、真っ黒な殺意を浮かべた時、赤屍の周囲は朱に染まるのだろう。

だが、今夜に限ってはそれはない。

そんな余裕など与るつもりはない。

その前に喰ってやる――。

「気紛れに出てくるもんだな、どこに隠してる?」

赤屍の指先で軽く弾かれたメスを素早く取り上げ、何気なく壁に投げ捨てる。

ひっそりと飛び回っていた羽虫が、胴体を貫かれて昆虫標本のように壁に縫いとめられた。

「教えると思いますか?」

「服の裏ってわけじゃ、なさそうだな」

あれだけ無節操に出てくるのだ、服の中に隠すなどという尋常な方法ではないだろう。

「気になるなら、脱いでみましょうか?」

赤屍が両手の手袋を剥いで、右手をネクタイに掛ける。

軽い衣擦れの音がして、解かれたネクタイと、手術用と思われる手袋は床に落ちた。

その後を追うように、コートがするりと滑って、赤屍の足元にわだかまる。

粗末なコンクリートの床は、意外にも塵芥などは溜まっておらず、一応掃除は行き届いているらしかったが、それでも上質のコートが無造作に落ちていていい場所ではない。

そんなことには微塵も関心がないのか、赤屍の手は止まらず自らの体から衣服を取り去っていく。

ストリップというには、あのわざとらしい色気がないが、これはこれで十分鑑賞に値するかもしれない。

不動は観客気分でベッドに腰掛け、ボタンを一つずつゆっくりと外していく赤屍を眺めやった。

品定めをするような不動の視線を気にすることもなく、禁欲的なまでに白いシャツが肌の上を滑って床の上に落ちた。

不動の目の前で、赤屍の半身が露になる。

滑らかな肌よりも、その体に無残に残る古傷が目を引いた。

いつ負ったものなのか、こんな傷痕が残るほどの重傷なら、普通であれば死んでいる。

肩から胸にかけて大きく残る痕もそうだが、首に刻みつけられたものは、間違いなく致命傷だったはずだろう。

それほどの負傷をしながら、今ここで生きているということは、余程運が良いのか、或いはその体に何らかの仕掛けでもあるのだろうか。

数々の死線を乗り越え、死というものを捻じ伏せてきた不動だが、その目から見ても赤屍の体は常軌を逸している。

不動の目が僅かに眇められたのには気付いていただろうに、赤屍はそのことには触れず、涼しい顔をして微笑した。

「どこに武器を隠していると思います?」

身の潔白を訴える罪人のように、軽く両手を広げて赤屍が不動を見下ろす。

その両手にも、磔にでもされたのかと思わせる傷痕が残っていた。

武器の所在など、実のところそんなことはどうでもいい。

これだけ警戒心もなく服を脱ぎ捨てるからには、どんな方法であれすぐにも使用できるような策を講じているのだろう。

片や不動も、己の体が武器そのものであり、常に武器を携帯しているような状態だ。

その点に関しては互いの条件は同じだろう。

赤屍の手の内を全て見通すことはできなくとも、この状態でまだ奥の手を隠しているということさえ踏まえておけば、後はどうとでもなる。

その一点を頭に入れておくだけでも、油断で対処が遅れるなどという間抜けな結果はありえない。

赤屍の問いには答えず、すぐ目の前に立った肢体に手を伸ばす。

肩から腹部まで達しようという一番大きな傷痕に、軽く指を這わせた。

磁器のように滑らかな肌とは違い、そこだけは醜く肉が引きつって、指先に感じる感触も心地良いものではない。

だが、そんな傷痕も赤屍の汚点となるどころか、却ってこの死神にはこんな肉体こそが似つかわしいとさえ思えてくる。

「どうせなら全部脱げ」

そう言うと、赤屍が微かに笑って、傷痕を撫でている不動の手をやんわりと包み込んだ。

「脱がしてくださらないんですか?」

「甘えるんじゃねぇ」

「ムードの欠片もないですね」

お互いにそんなことを気にする性分でもないだろう。

案の定、何のこだわりもなく、赤屍は不動の言葉に従って服を全て脱ぎ捨てた。

一糸纏わぬ姿をあっさりと晒し、揶揄するように赤屍が問い掛ける。

「こんな体で満足できますか?」

それは体に残る傷痕を差しているのだろうか、今更な質問だ。

「それは俺が決めることだ」

赤屍の腕を掴んで、その裸体を乱暴にベッドに倒す。

お世辞にも立派とは言いがたいベッドが、体重を受け止めて耳障りな音を立てた。

抗うこともなくベッドに沈んだ体に圧し掛かると、不動の体の下で赤屍が思わせ振りに笑っている。

「もう一つ。貴方に私を満足させられるんですか?」

「ああ?」

「貴方だけが満足したのでは不公平もいいところです。私を……満足させられるかと聞いているのですが?」

挑発するような言葉に、不動の隻眼が凶暴な光を放ち、口元には獲物を手にした肉食獣の笑みが浮かんだ。

「言いやがる……」

できるものならやってみろと、そう言っているのだろう。

どれだけ場数を踏んでいるのか知らないが、軽くみられたものだ。

確かに、官能に訴えかけるような誘い方をしてくる割には、淡白そうな体をしている。

無機質とさえ映る肌はあまりに白くて、これが欲情の果てに上気したりするのかと、疑いたくなるくらいだ。

こちらの欲を一方的に叩きつけるのは容易でも、この体を酔わせることは手間が掛かるかもしれない。

もし、それができなければ、赤屍の冷笑が待っている。

いや、それ以前に、あの研ぎ澄まされたメスが不動を襲うだろう。

それならそれでもいい。

普段なら相手に構わず貪り尽くして終わりだが、この体が嬌態を見せるまで追い詰めてみるのも、それなりに楽しめるだろう。

いつまで鳴かずにいられるか。

「その台詞、後悔するなよ」

常人なら恐怖で卒倒しそうな声音に、赤屍が艶やかに笑ってみせた。

その笑みを吸い取るかのように、赤屍の体に覆い被さり唇を奪う。

食い尽くすほどの激しさで深く口付けると、不動に比べて明らかに筋肉の足りない腕が、しなやかに首に絡みついてきた。

「煙草の匂い……。苦い口付けですね」

「甘いよりマシだろう?」

「そうですね」

吸われて赤く色づいた唇が、甘い吐息を滲ませながら言葉を綴る。

どこを見ているやら分からない瞳が、全てを委ねるかのようにゆっくりと閉じられた。

僅かに上向いた顎の線と首筋が、触れてくれと囁いているかに見える。

滑らかなその首筋に噛みつくように口付け、手を胸元に這わせた。

舌に感じる肌は、女ほどには柔らかくないが、上質な磁器のように滑らかで稀有な質感といえなくもない。

赤屍の首の付け根に残る傷痕に触れると、微かに息を詰めるのが分かった。

傷痕の部分は肌の質感が失われていて、舐め上げる楽しみには欠けるが、赤屍の体にはそれなりに良い刺激となって伝わっているらしい。

首筋から肩へ、そして鎖骨の部分へと舌を滑らせ、大きく残る傷痕に執拗に愛撫を加え始めた。

軽く吸いつくと、正常な肌への愛撫とはまた違った感覚が走るのか、赤屍が仰け反って、露になった喉元が僅かに戦慄く。

しかし、白い体はまだ熱を帯びない。

精巧な人形か、或いは死体であるかのように冷えた肌は、まるで触れ合う不動の体温さえも奪い取るかのように凍ったままで、鈍い反応が返ってくるばかりだ。

容易には応えない肢体に、不動は心の中で舌打ちした。

敏感な体質ではないだろうと思っていたが、予想以上かもしれない。

全く乱れのない涼しい顔は、そもそも性欲というものが存在しないのではないかという考えさえ浮かばせる。

だが、それでいてどこか淫らなものを感じさせるのは気のせいではないだろう。

スイッチさえ入れば、この体は際限なく肉欲に溺れると、そんな確信めいた予感がする。

それを暴きだそうとするかのように、焦らず胸元に舌を這わせながら、右手で下肢を撫で上げた。

うっすらと色づいている胸のそれを甘噛みしつつ、掌に捕らえたものをゆっくりと扱き始める。

「……意外ですね」

男にしては細い声が、ゆったりと呟いた。

声にも感じている様子はない……ように聞こえるが、微かに語尾が掠れただろうか。

右手での愛撫をそのままに、胸から顔を離して赤屍の瞳を覗き込む。

不動の威圧的な目に見下ろされた瞳は、己を組み敷く男を無表情に見つめ返した。

「もっと荒っぽいかと思っていましたよ」

「そうして欲しけりゃ、やってやるぜ?」

「さっさと挿れてしまって構いませんが……。前戯は退屈なので」

乱れの見えない冷静な声が、快楽を求めるための閨に似つかわしくない台詞を吐く。

確かに、触れられて感じないのなら、こんな時間は退屈極まりないだろう。

さっさと突っ込んで終わらせてほしいと、そう思うのは当然なのかもしれない。

見た目には、赤屍の肢体には何の変化もなく、熱が高まっている気配など微塵もないように見える。

だが、本当にそうだろうか。

赤屍はこの状態を退屈だと言ったが、本当に退屈しているなら、口よりも先に手が出ていることだろう。

行為を始める前、退屈したならメスで不動を狙うと、赤屍は宣言していたではないか。

じっくりと凝視してみれば、見落としそうなほどの微細な変化が見て取れる。

瞳がしっとりと艶を帯び、緩く開かれた唇が微かに震え、吐息が規則性を失っていた。

どうやら赤屍の言葉を素直に受け取っては馬鹿を見る。

「退屈か……。よほど禄でもないセックスばかり経験してきてるようだな」

「どういう意味です」

「出して終わりっていうだけが全てじゃねぇだろ。結果より過程を楽しむのが、てめぇの信条なんだろうが?」

言いながら手の中のものを少しだけ強く握り込んだ。

「……っ」

途端に赤屍が息を詰め、瞳が非難の色を帯びる。

それを無視して、投げ出された足を大きく開かせた。

閉じることができないように、両手で赤屍の膝を固定し、今しがたまで手で弄んでいたそれに顔を寄せる。

先端をくすぐるように舐め上げると、ひくりと体が揺れた。

「そうされるのは好きではないのですが……」

「黙ってろ。教えてやる」

嫌がっているのか、赤屍の膝に閉じようとする力が入りかけたが、それを許さずに更に大きく開かせる。

為す術もないかのように、赤屍は体の奥までも不動の眼前に晒した。

無防備に暴かれたそこに、不動が舌を絡める。

「……ん、っ」

跳ねる体を押さえつけ、尚も舌先で嬲ってやると、力ないそれが次第に硬さを増してきた。

反応の違いを見ると、男に抱かれた経験はあっても、こうして口淫で煽られることにはあまり縁がなかったらしい。

赤屍蔵人という名を持つ男が、どんな人間かを考えれば無理もない。

それだけ余裕をもって性交の相手をできる男など、誰もいなかったのだろう。

含んで全体を愛撫してやるのではなく、触れるか触れないかのぎりぎりのところで軽く刺激してやると、それまでの鈍さが嘘のように勃ち上がった。

赤屍は焦らされるのが嫌いだと言ったが、体の方は本人の好みとは逆に、こうしてじっくり扱われることを歓迎しているらしい。

先端を舌先で軽く突付くと、膝が震えて快感を訴えた。

「あ……んっ、く」

「焦らされた方が感じるのか?」

「どうでしょうか……っ」

「素直じゃねぇ奴には仕置きしねぇとな」

赤屍に見せつけるように舌舐めずりをすると、不動はそれを執拗に嬲り始めた。

全体を舐め上げて湿らせ、敏感な先端を時間をかけて何度も刺激する。

徐々に漏れ始める液を舌で掬い取り、根元へ、その下の膨らみへと塗りつけた。

溢れた液と唾液に塗れた下肢は、淫らに震えて更なる快楽を求めているかに見える。

赤屍の様子を伺うと、いつの間にか上げられた腕が顔を覆い、辛うじて見える口元が途切れる吐息を送り出していた。

うっすらと汗をかいた首筋に、半端な長さの黒髪が貼り付いて、妙に艶かしい。

確認せずとも、僅かに色を帯びた肌を見れば分かる、感じているのだ。

顔の前に上げられた左腕は、快楽を享受し始めた様を隠し、投げ出された右腕は、耐えるかのようにシーツを握り締めている。

軽く吸い上げると、小さな喘ぎと共に腰が浮いて、淫蕩な動きを見せた。

白い体が徐々に体温を上げ、無機質な肌に欲情の気配を濃くしていく。

落ちる寸前だと、そう思いかけた不動の目が、その時あるものを捉えた。

赤屍の右手が、密かに奇妙な動きを見せている。

不動の愛撫に感じて、行き場のない手を彷徨わせているわけではない。

往生際の悪い奴だ。

不動が口の端を吊り上げる。

赤屍の手がシーツを離し、その手から鋭い輝きが閃くより速く、紅い軌跡が空気を灼いた。

「つ……」

白いシーツにじわりと血の朱色が染み込み、その傍らにメスが転がった。

「残念だったな」

目的を達することのできなかった赤屍の右手が、不動の義手から長く伸びた一本の爪に串刺しにされている。

不動目掛けて振り切るどころか、メスを取り出したその瞬間に刺し貫かれたのだ。

禍々しい深紅の爪には、一片の情けも躊躇いもない。

黙って見上げる赤屍へ、優位を誇示するように不動が笑う。

戦いの場で対峙しているわけでもないこんな時なら、赤屍の動きを封じるのは簡単だ。

神技的なスピードを誇ろうが、不動にとってはあまり意味をなさない。

組み敷かれている赤屍の動きが鈍るのは当然で、尚且つ不動には先を『視る』能力がある。

赤屍にとって幸いだったのは、差し向けられた不動の凶器が、1本でしかなかったことだ。

全ての爪が起動し、赤屍の手を目掛けて迸っていたなら、指は千切れ骨は砕かれ、原型を留めぬほどに破壊し尽くされていたことだろう。

押し黙る赤屍に構わず、不動は行為の続きを開始した。

右手をベッドに縫いとめたまま、その体に愛撫を繰り返してやる。

濡れたそれを扱き上げてやると、掠れた声が漏れた。

傷を負っても叫ぶどころか、眉一つ動かさなかったくせに、快感を与えてやればすぐに反応を返してくる。

そのまま何度か喘がせて、耐えられないと言いたげに腰が捩られると、不動は赤屍の瞳を覗き込んだ。

僅かに潤んだ瞳が、それでもまだ正気を失わずに不動を見つめ返してくる。

その気丈さを鼻先で笑いながら、不動は転がったメスに手を伸ばして摘み上げ、赤屍の目の前で揺らしてみせた。

「退屈したか? それとも、『悦く』なってきちまったもんで、逃げを打とうとしたか?」

聖者を地獄へ引きずり降ろすような、下卑た快感が走る。

不動の指摘に、やがて赤屍は溜息混じりに呟いた。

「適いませんね……」

そう言いながら、赤屍は上体を起こして、自由になる左腕を不動の首に絡めて顔を近づけてきた。

無理に動いたため、串刺しにされた右手にますます凶器が食い込んだが、赤屍は気を使う気配もない。

唇が触れ合いそうなところまで接近し、囁いた。

「困ったことに、貴方の言う通り『悦く』なってきているらしいのですよ」

「他人事みたいに言うもんだな。……止めてほしいか?」

メスをベッドの外へ放り出し、再び赤屍に指を絡めて煽り立てた。

至近距離で快楽に歪む顔を眺めながら答えを待つ。

赤屍は悩む素振りも見せず甘く囁いた。

「いいえ。もっと、してください……」

ねだる唇に、噛み付くような激しさで口付ける。

口内を蹂躙する不動に、赤屍は積極的に応え、舌を絡め合わせてきた。

飲み下せない唾液が赤屍の口の端を伝い、それでも解放せずに深く貪る。

激しい口付けで赤屍を翻弄しつつ、同時に下肢を嬲る手を速めてやると、内股が引きつり限界を知らせた。

上がる嬌声を唇で塞ぎ、絶頂に導いてやる。

しがみつくように不動の首に回された腕に力が篭もり、開かされたままの足がひくりと震えた。

「―――っ」

叫びを放つことも許されずに赤屍は達した。

強いられるまま、不動の手に熱を吐き出す。

赤屍の全身から一気に力が抜け、弛緩した体がずるりとベッドに落ちた。

薄い胸が荒く上下して、過度の快感に乱れた呼吸は中々整わない。

余韻に浸る赤屍を見下ろし、不動は意地の悪い笑みを刻むと左手に力を入れた。

「あ……うっ」

何の前触れも断りもなく、赤屍の右手に突き刺さっていた爪を突然引き抜く。

緊張を解いて脱力したところに、いきなりそんな真似をすれば、どれだけの苦痛を味わうことになるのか、想像するのは簡単だろう。

それでいて、不動は気紛れにそんなことをしてみせるのだ。

快楽の海から一気に感覚を引き戻されて、赤屍が憮然とした表情を見せた。

「優しくするのかしないのか、どちらかにしてほしいですね……」

「まぁ……その時の気分次第だな」

言いながら義手を軽く蠢かすと、長く伸びた紅い凶器は、あっという間に人工皮膚の中へ吸い込まれた。

飛び散った血で、義手の表面も汚れている。

それを拭うこともせずに、不動は赤屍の肢体にその手を伸ばした。

触れるたびに、白い肌に血の跡がつく。

白い肌が所々血に汚れるというのは、中々に扇情的だ。

血の赤というものは、攻撃的意思を高めると共に、性欲を高めるそうだが、それを浴びただけでこれだけ艶を増すものだろうか。

こんな状態の赤屍を道に放り出してみれば、たちまち複数の男どもが群がってくるだろう。

えもいわれぬ艶を放つその体に、猛り狂った欲を捻じ込みたいと、そんな思いを刺激される者は少なくないはずだ。

腕を捕らえて体を起こさせ、うつ伏せにベッドに倒す。

腰に手を当てると、不動の意図を察してか、赤屍は自ら膝を立てて犬のような姿勢を取った。

秘所が無防備に晒される。

悪くない眺めだ。

さっさとそこにぶち込んでしまいたいと、急速に湧き上がる欲を制して、双丘を割りその奥に指先を触れさせる。

ゆっくりと突き入れると、慣れているのか大した抵抗もなく、赤屍の体は不動の指を飲み込んだ。

ゆるゆると蠢かすと、一度放って落ち着いた体が、また熱を取り戻し始める。

適度に指で解きほぐし、引き抜いた。

「動くな」

「な……っ?」

ぴちゃりという濡れた音とともに、赤屍の体が大きく震えた。

「そんな……とこ……をっ」

「舐めてもらうのは初めてか?」

「やめ……っ、く……っ」

「マジでつまんねぇセックスしか知らねぇんだな」

腰を捩って逃れようとするのを許さず、ゆっくり入口を舐め上げると、初めて知るだろう感覚にそこがひくついた。

舌の先端を捻じ込んでやると、腕をつっぱっていた体が頼りなくベッドに沈む。

熱い吐息を紡ぐ唇からは、もう制止の声も漏れない。

尻を突き出し、いいように弄くられるという、屈辱的で卑猥な姿でありながら、赤屍の体はそれを悦んで受け入れている。

足の間から手を差し入れると、今しがた放ったばかりだというのに、それは再び頭を擡げ新たな液を滲ませていた。

ゆるく揉みしだいてやると、体が仰け反る。

赤屍の反応を楽しみつつ暫くそこを舐め続け、その刺激に慣れてきたところで、代わりに指を含ませると、足りないとばかりに締め付けてきた。

内部を抉るように指を動かすと、快楽の中枢に当たるのか、頭を激しく振って声を上げる。

こうなれば、そこらの売女と大差ない。

蕩けたそこに突っ込んでやれば、よがり狂うだろう。

「いい加減……、焦らさないでほしいですね……っ」

「素直に言え。挿れてほしい、ってな」

指を引き抜いて、熟れたそこに自分のものを押し付ける。

入口に感じた熱さと質量に、赤屍のそこが僅かに力を込めて窄まった。

揶揄するように低く囁き掛ける。

「何だ? 今更嫌だとか言うんじゃねぇだろうな」

「壊されてしまいそうですね……」

「これだけぐちゃぐちゃなら、余裕で挿るだろうが?」

「……っあ!!」

潤んだそこに猛ったものをねじ込む。

「―――…っ!!」

「まだ半分も挿ってないぜ」

意地悪く、半端な状態で赤屍の腰を掴んで軽く揺らす。

ほんの少し動いただけでも、内部には激しい刺激が走るのか、赤屍から苦しげな息が漏れた。

不動を飲み込むそこは、適度に使い込んでいるようで、始めは拒絶するように強張っていたが、すぐに緊張を解いてもっと奥へと誘い込む。

入口の締まりと、絡みついてくる内部の肉の感じも悪くない。

だが、不動を全部咥え込むには、流石にまだキツいだろうか。

「裂けちまうぜ。力を抜け」

不動は赤屍の背に覆い被さるように上体を倒した。

耐えるようにきつく結ばれた唇に左手を伸ばす。

唇を指先でなぞると、ゆるく開かれて義手の無機質な指を受け入れた。

口内に侵入した指に、無意識に赤屍が舌を這わせてくる。

誰かに仕込まれたのか、舌の動きは巧みなものだ。

指などではなく、滾ったものを突っ込んでしゃぶらせ、喉の奥にぶちまけたくなってくる。

冷笑を浮かべるのが常であるかのようなあの顔が、口から精液を滴らせる様は、背筋がぞくぞくするほど官能的だろう。

柔らかい舌と指先で遊んでいると、後ろの口も緩んできた。

前も同時に嬲ってやると、与えられる快感に、体は更に弛緩する。

そこを見計らって、全てを突き入れた。

「う……ああっ!!」

「おっと、まだ出すな」

いきなりの刺激に、達しそうになった赤屍の根元を捉えて遮断する。

吐き出すことのできない苦痛に、赤屍の体が震えて内部の不動を締め付けた。

「悦んで咥えてるじゃねぇか、イイんだろ?」

「よくありませ……っ」

「下の口の方が素直だな」

言い終わると同時に動き始める。

それまで一つ一つの行為に時間を掛けていたのが嘘のように、不動は性急に赤屍を追い詰め始めた。

不動のものを飲み込んで、いっぱいに広げられたそこを、尚も抉り込むように掻き回す。

赤屍の口からは、不動が動く度に声が漏れた。

高く響くその声は、悲鳴ではない。

「いい声だ。もっと聞かせろ」

そう言って、ある一点をきつく嬲ってやると、赤屍は一瞬息を詰めて嬌声を放った。

すっかり快感に酔っているのは、顔を見ずとも分かる。

不動を受け入れた赤屍のそこは、まるで別の意思を持っているかのように収斂し始めていた。

咥え込んだものを離すまいと、そして最高の快楽を搾り取ろうと、内部の肉は忙しなく蠢いている。

それを貫くように、不動は深く突き入れた。

激しく押し入り、ゆっくりと引く。

その動きを繰り返すと、赤屍はそれに呼吸を合わせ、響く声も甘く掠れたものになり始める。

放り出されたままの赤屍のものは、じっとりと潤みシーツに液を滴らせていた。

限界まで滾っているものの、不動の右手が根元を押さえ込んでいて、吐き出すことができない。

それでも解放を許さず、赤屍の後ろを執拗に攻め立てると、苦しさから逃れようと、塞き止める不動に手を伸ばしてきた。

赤屍の手が、根元を握り込む不動の右手を外そうとしてみるが、その都度乱暴に揺さぶられて力が抜ける。

何とか不動の手に己の手を重ねてみるも、それを外す力などあるはずもなかった。

添えられただけの手は、まるで赤屍が自ら触れてくれと、不動の手を導いたかのような光景に見えてしまう。

「も……う、離してくださ……っ」

「そういう時には、言うべき台詞があるだろう?」

言いながら、添えられた赤屍の手を振り払う。

不動の望む言葉を言わなければ、ずっとこのまま生殺しの状態が続くのだ。

それをすぐに理解したのだろう、赤屍はあっさりと卑猥な言葉を口にした。

「――達かせてください……っ」

解放を求める言葉を聞いてから、赤屍を束縛した手を緩めてやる。

安堵するような吐息が終わらぬうちに、壊さんばかりの勢いで突き上げ始めた。

もう赤屍の体を気遣うこともなく、不動は傲慢に己の欲を解消しようとする。

赤屍もそれに煽られて、過剰な快楽に呑まれていった。

背がしなり、赤屍が精を吐き出す。

不動は、激しく収縮した肉を置くまで貫き、自身の欲を叩きつけた。



「……っは、はぁ……っ」

細い息を漏らして赤屍の体が崩れ落ちる。

不動はその力ない腕を捕らえて、引き寄せた。

「まだだ。徹底的に教えてやると言っただろう。俺の気が済むまで付き合え」







ベッドの端に腰掛け、煙草を燻らせる不動の目の前で、魔鳥が翼を広げるが如く、黒いコートが翻った。

数時間前の、情欲に塗れていた顔が夢ででもあったかのように、赤屍はいつもの涼しい表情を浮かべている。

手袋を填める手も、消耗した様子はない。

その右手に刻んだはずの傷が、すっかり消え失せているのを見咎めて、不動は僅かに眉を顰めた。

いくらここが無限城の中であろうが、何の手当てもしていないあの傷が完治するには早すぎる。

どうでもいいことかと、思考を中断した不動の前に、身支度を終えた赤屍が立った。

「中々楽しい時間でした。少なくとも退屈はしませんでしたよ」

「ついさっきまで、動くこともできなかった奴の台詞じゃねぇな」

「それは貴方が巧いからですよ」

さらりと言って笑ってのける。

快感も恥辱も苦痛も、心身共に掛かった負担は相当なものだっただろうに、それを全く表に出さない。

不動に求められるまま、かなりの無茶を強いられ意識を失った赤屍が、覚醒したのはほんの十数分前だ。

今はもう、情事の後の気怠さすら感じさせない。

「ふん……」

煙草を灰皿に押し付け立ち上がると、目の前にあった黒衣の体はすっと下がった。

距離を詰めようとすると、するりとまた後退する。

「これ以上は駄目ですよ……」

控え目に拒絶する赤屍の腕を捕らえて引き寄せる。

その耳元に囁きかけた。

「気が向いたらまた来い。抱いてやる」

そう言って、不動は何の未練もなく赤屍を離した。

もう用はないと言いたげに、入口を指差す。

出て行けという意思表示を汲み取って、赤屍はコートの裾を翻して踵を返した。

不動の薄情さと同様の淡白さで、扉を開けて出て行く。

扉が閉まる寸前、静かな声が不動の耳に届いた。



「気が向いたらまた来てもいいですよ。抱かせてあげましょう」

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