『永遠の絆編よりちょっと前の七頭目』
| ある日の族長会議、鬼里人を牛耳る頭目達は、見慣れない物を目にすることになった。 「渡したいものがあるのよ」 華やかな美貌に、眩いほどの笑顔を浮かべて、女郎蜘蛛はパチンと細い指を鳴らした。 それを合図に会場の扉が静々と開き、両手でトレイを捧げ持った飛蜘蛛と影蜘蛛が顔を出す。 銀のトレイの上には、豪華な食器に盛られた菓子と、紅茶セットが乗っていた。 「今日はバレンタインデーでしょう? たまにはこんな趣向もいいんじゃないかしら」 高級ブランドと思しきチョコレートを指し示して、女郎蜘蛛が微笑んだ。 チョコレートの甘い香りと、深みのある紅茶の匂い。 しかし、他の頭目達の視線は寒かった。 理由は言うまでもない。 蜘蛛といえば毒薬を扱うのは慣れたものだろう。 チョコレートなどと、その中に一体何が入っているか分かったものではない。 不安に揺れる男達を知ってか知らずか、女郎蜘蛛は上機嫌でチョコレートを皆の前に差し出していく。 ラッピングせずそのまま出してきた上に、紅茶まで用意するということは、この場で食べていけと暗に強制しているのだ。 見た目は美味しそうだが――。 目に見えて青褪める男達の中にあって、一人だけ涼しい顔をした毒蜂が小声で爆弾発言をした。 「いいことを教えよう。大したことはないが、一つだけ大当たりがある」 何でお前がそれを知っているんだ。 心の中でそう叫ぶ男が五人。 しかし、一瞬の沈黙の後、深山がおもむろに口を開いた。 「一つか……。では遠慮なくいただこう」 その言葉に何を思いついたのか、鎌多・蝉丸・水爬の表情は明るくなった。 「美味そうなチョコレートじゃねぇか」 「紅茶もあるとは、気が利いているでやんす」 「この抹茶チョコは、まるで私の藻のように綺麗ですね」 そんなことを言いながら、三人は安心しきった顔で紅茶を飲みつつチョコレートを頬張り始める。 しかし、一人だけチョコを前に硬直したままの男がいた。 女郎蜘蛛が微笑みを称えながら詰め寄る。 「あら。せっかく用意したのに食べてくれないの、賽蝶?」 「いや…その。ど…毒が…いやいや、毒蜂には進めんのか?」 「彼はいいのよ。体質上、食べないでしょ?」 そんな毒蜂の前にだけは、始めからラッピングされたものが置かれている。 言葉に詰まった賽蝶は、それでも必死で言い逃れを試みた。 「実はな女郎蜘蛛。私は糖尿病の予備軍で…」 「よく饅頭とか大福を食べてるじゃないのさ」 「ぐっ…!! こ…紅茶はちと好かないのだが」 「緑茶も用意してあるわよ」 「ぬぅ……」 逃げられない賽蝶だった。 翌日。 「まぁ…下剤程度なら可愛いものだね。だが程々にしておきたまえ、女郎蜘蛛」 「何のことかしら。話が見えないわよ、毒蜂」 |