『影蜘蛛・飛蜘蛛&奪還屋』
| 「あの…これ受け取ってほしいの」 おずおずとした声と共に、可愛いリボンが掛けられた小箱が差し出された。 ホンキートンクの中は、青春漫画の一場面さながらの光景を作り出している。 躊躇いがちにチョコを差し出す飛蜘蛛。 照れながらそれを見つめる銀次。 「これ…俺に?」 「うん」 その隣では全く違う光景が展開されていた。 「あの…これとりあえず受け取ってほしいんだけど」 「これ…俺の分かよ?」 「まぁ、ついでにね」 義務とばかりに、影蜘蛛がチョコを手渡し、蛮が受け取る。 基本的に同じパターンなのだが、銀次と蛮とでは篭められた空気が思いきり違っていた。 銀次は飛蜘蛛を前にデレデレとしているが、蛮はさして面白くもない。 つまらなそうに、蜘蛛娘達の荷物を眺めていた。 二人とも、高級菓子店のものと思われる紙袋を下げている。 しかし、銀次と蛮に渡されたチョコレートはその店のものではない。 「こっちは何だよ?」 さりげなく袋の中身を覗き込む。 「あ、これは霧人様の分v」 「毎年お渡ししているのv」 影蜘蛛と飛蜘蛛が口々にそう言う。 蛮は、銀次の首根っこを掴むと耳元に囁いた。 「…何かレベル違くねぇか」 「確かに大きさも値段もすごく違うようだけど。貰えるだけで俺は嬉しいよ〜っ」 二人の内緒話が聞こえたのか、少女たちは朗らかにこう言った。 「だって、霧人様はホワイトデーの『お返し』が凄いんだもん」 「倍返しどころか、それ以上の物をくださるものね」 「今年も楽しみ。フランス料理のフルコースかな、アクセサリーかな〜v」 「去年はホテルでディナー、一昨年はティファニーのネックレスだったのよ〜v」 どうやらそちらへの期待が大きすぎて、銀次と蛮には何のお返しも求めていないようだ。 確かに、そのレベルで何かをねだられても困るわけだが。 安堵すると共に、頭の中で『貧乏』という単語がちらつく奪還屋だった。 |