『士度&マドカ』
| ふと漂ってきた甘い香りに誘われて、士度は厨房を覗いた。 広い厨房には、この屋敷のメイドの一人と、エプロン姿のマドカがいる。 耳を澄ますと、二人の会話が聞こえてきた。 「士度さん、甘い物は苦手そうね」 「では、甘さ控え目に致しましょう、お嬢様」 メイドの説明をもとに、マドカが慣れない手つきで器具を扱っている。 その傍らには、色々な材料と、様々な調理器具が並べられていた。 何をどうするのかは分からないが、何を作るつもりなのかは理解できる。 お菓子だ。 おそらくチョコレートケーキだろう。 そういえば、世間では菓子屋が大賑わいする時期である。 「お嬢様、ケーキの形はハートマークになさいますか?」 「は…恥ずかしいわ……っ」 はにかむマドカの台詞に、聞いている士度まで気恥ずかしさを覚える。 頭を掻いたところで、メイドがこちらに気付いたらしい。 入口に突っ立ったままの士度に、メイドが笑い掛ける。 慌てて口の前に人差し指を立ててみせると、分かりきった様子で頷いた。 「お嬢様、やはりハートマークに致しましょう。きっと喜ばれますよ」 「そうかしら…じゃ、そう…しようかな」 「ぜひそうなさいませ」 楽しげにチョコレートケーキを作る二人を眺めながら、入口から少し離れて、携帯電話を取り出しメールを打つ。 『すまん。来月の今頃、買い物に協力してくれ』 それに対する仲介屋からの返事はこうだった。 『何、何〜? ひょっとしてホワイトデー用の買い物でしょ〜っ? マドカちゃんからチョコ貰ったのね、この幸せ者ぉ。いいわよ、付き合ってあ・げ・る。ついでで悪いけど、奪還の仕事を受ける気ない?』 |