『永遠の絆編よりちょっと前の、蜘蛛&蜂』
| 「はぁ〜っ」 楼閣の窓から地獄谷の景色を眺めて、女郎蜘蛛は深い溜息をついた。 「今年はつまらないわねぇ」 「世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心はのどけからまし…。そんな感じだね女郎蜘蛛」 穏やかな声が雅な和歌を詠んで、さりげなく毒蜂が隣に立った。 窓の外に視線を送って、女郎蜘蛛と同じ光景を眺めている。 「嫌んなっちゃうわよ。今年に限って全然咲かないんだもの。せっかくチャイナストリートから戻ってきたっていうのにさ」 「中庭も全滅のようだしね」 「この季節は、いつも霧人や鬼蜘蛛や皆と、桜の下で宴会をしていたっていうのに…」 窓の外に広がる豊かな緑の大地に、少しばかりの不満を訴える。 異常気象のせいか、今年の桜は貧相なものばかりだ。 蜘蛛一族に限らず、他の部族も桜の姿を見つけられないでいる。 「ここじゃなくて、一般的な桜の名所ならそこそこ咲いているのだろう?」 毒蜂の台詞に、女郎蜘蛛がきっぱりと言った。 「あんな鬱陶しい場所なんて嫌よ!!」 「成る程…」 「酔っ払いや、マナーのなってない若者ばっかりのお花見会場なんて御免だわっ。第一、人が多くてうざったいし、あの汚らしいゴミ溜めみたいな臭いが絶対に嫌!! あんただったら桜さえあれば、そういう風情の欠片もない場所で満足できるわけ?」 そうまくし立てる女郎蜘蛛に、毒蜂が苦笑した。 「利用するかどうかは、君の自由だがね」 去り際、そんな言葉と共に、毒蜂は小さく折り畳んだ紙切れを残していった。 毒蜂の姿が見えなくなってから、その紙切れを開く。 「あら…。いけ好かない男だと思ってたけど、案外いいところもあるのね」 地獄谷の周辺を描いた地図に、どうやって情報を入手したのか、桜の開花状況が書き込まれていた。 |