『蜘蛛一家』
| 「毎日毎日、湿っぽくて嫌ね」 羅網楼から灰色に滲むチャイナストリートを見下ろして、女郎蜘蛛が溜息をついた。 派手好きな彼女にとって、この季節は一年を通して最も苦手なものである。 辛気臭くて、気分が滅入ってくるのだ。 そのまま暫く、鉛色の空を眺めていた女郎蜘蛛は、我慢が限界に達したのかいきなり声を張り上げた。 「霧人、影蜘蛛、飛蜘蛛っ!!」 呼び声に応えて二人の少女が顔を出し、やや遅れて霧人が加わる。 「もう耐えられないわ。気晴らしに買い物に行くから付き合いなさい」 「お供しますv」 「すぐに仕度しますねv」 ラッキーとばかりに、影蜘蛛と飛蜘蛛が満面の笑顔を見せる。 気前のいい女郎蜘蛛に、何か買ってもらえると期待しているのだろう。 「母上、私はこれから取引先との商談が…」 「何ですって?」 非難口調の母に、霧人がたじろぎつつ妥協案を述べる。 「…夕食の方に付き合うよ。全部手配させてもらうから」 「もしもし」 『ありがとうございます。“■■■”でございます』 「今夜、四人分の席を用意してもらいたいんだが…」 因みに、“■■■”とは明治創業の老舗の料亭で、財界・政界の要人御用達だ。 一見の客は断るという敷居の高さで、上流階級の人間でなければ利用できない。 予約を済ませて電話を切った霧人に、出掛けた女郎蜘蛛たちを見送ってきた鬼蜘蛛が、小声で囁いた。 「苦労しますな、霧人様」 「ん――…。無駄に長い買い物に、いちいち付き合うよりはマシ」 |