『馬車&赤屍』
| 雨が降る夕暮れ、タクシーで街を流していた馬車は、偶然にも黒衣の青年の姿を見掛けた。 しかし、こんな雨の日は、タクシーにとっては稼ぎ時だ。 商売優先と考え、構わず通り過ぎようとして、その青年が傘も持っていないことに気が付いた。 一瞬悩んで、道路脇に車を停める。 助手席側のサイドウィンドウを開けて声を掛けた。 「乗れ」 「おや? 奇遇ですね」 赤屍が座席に落ち着いたのを確認して、タクシーを発車させる。 どこに行くのかと尋ねれば、特に用事もなかったのか答えは返ってこない。 誘ったのは自分なのだし、今日の仕事はもう諦めるつもりで、適当に街中を流し始める。 赤屍は車の振動を楽しむかのように、黙って座席に凭れていたが、暫くして口を開いた。 「雨ばかりで鬱陶しかったのですよ……。いっそずぶ濡れになったら気持ちが良いかと思いまして」 「で、気持ちようなれたか?」 「雨に打たれている間は、そこそこ良かったですよ。ただ、こうして中に入ってしまえば濡れた服が非常に不快ですが」 帽子とコートのおかげで、赤屍本人はそれほど濡れていないだろうと思っていたが、予想以上に雨が酷かったのか。 或いはそれだけ長い時間、雨に打たれていたのだろうか。 いくら赤屍とはいえ、濡れた服を着たままでは良くない。 車内は暖かいだろうが、早々に宿泊先へ送り届けるべきか悩んだところへ、物憂げな声が言った。 「長雨も悪くないと思えてきましたよ。こうして思いがけず貴方に拾ってもらえましたからね」 「…雨ン中、ずぶ濡れの猫を見ると、拾いたくなるもんぜよ」 「猫ですか」 座席で寛ぐ黒猫が、微かに笑い声を漏らした。 |