『毒蜂さん』
| 地獄谷から見る夜空は、まさに満天の星空だ。 地上に人工の光が溢れるようになって、星の輝きはすっかり色褪せてしまったが、場所を選べばこうして満喫することもできる。 星も見えない場所で、安っぽい人工の光に塗れて生活している者が、憐れだと思えるほどだった。 今宵は七夕。 雨が降る気配もなく、天の恋人たちは今日限りの逢瀬を楽しんでいることだろう。 「年に一度の逢瀬か…」 星を見上げて、小さく呟く。 会いたい者、愛する者、守るべき者、そんな存在はもう一人として残っていない。 誰も彼も皆、とっくの昔に消え去ってしまった。 時間と死から切り離された者だけが、こうしてただ取り残される。 それを悲しいとも苦しいとも思わないのは、感覚が麻痺してしまっているからだろうか。 しかし、感情の起伏が極端に減っていくというのに、過去の記憶は薄れることもなく、ますます鮮やかになるばかりだ。 かつて共に生きた者たちの面影が、時に脳裏をよぎる。 「彼らに会うには、天の川ではなく三途の川を渡らなければならないな」 いたずらにそう口に出してみるが、選ぶつもりもない選択肢だ。 そもそも会えるという保証はなく、何よりそんな形で族長の命が消えることを、彼らは是としないだろう。 だが、もし失われた魂と、今生で再び会うことができると言われたらどうだろうか。 全てを投げ打って、大いなる自然の理を曲げてでも、それを望む者がいる。 最愛の肉親を取り戻したいと――。 「愚かなことだと思うがね…」 毒蜂の答えはいつも否だ。 それを切望することが、如何に虚しいことかを知っている。 緩慢で退屈で、そして何より孤独な時間の流れにゆったりと漂いながら、毒蜂は星を見上げた。 |