『蜘蛛一家』
| 7月といえば、七夕である。 七夕にまつわる伝説はさておき、短冊に願い事を書いて吊るすのが、この行事のメインだろう。 季節柄、羅網楼の一角には笹竹が用意され、既にたくさんの短冊が揺れていた。 「風流なものだ」 たまたま通りかかった鬼蜘蛛は、足を止めてそれを見上げた。 上流階級の者だけでなく、下々の者たちが飾った短冊もあり、その数はかなりのものだ。 どれが誰のものかはほとんど分からないが、筆跡で分かるものもある。 「ん…?」 見覚えのある文字を見つけて、鬼蜘蛛はそれらを摘み上げた。 『シャネルのスーツが欲しい』 『ブルガリの腕時計が欲しい』 飛蜘蛛と影蜘蛛の字だ。 クリスマスと混同しているようだが、たとえ裕福なサンタクロースでも、その願いには応えてくれないだろう。 しかし、それらの短冊など可愛いものだ。 その傍らに、更にインパクトの強いものが控えていた。 『世の男どもは全て私の前に跪けばいい』 達筆な上に、えらく勢いのある文字だ。 こんなことを書きそうなのは、全ての鬼里人を通じて一人しかいない。 彼女の野望は、世界の女王様か。 “世の男ども”の中に、自分も入っているのだろうと思うと、ちょっと頭が痛い。 しかし、己の欲望丸出しの女三人に囲まれて、一番苦労しているのは鬼蜘蛛よりも霧人だろう。 その霧人は何と書いたのか。 短冊を探そうとして、鬼蜘蛛の目が白紙に近い短冊を見つけた。 一見白紙なのだが、控え目に隅の方に文字が書かれている。 神経質そうなこの筆跡は、霧人のものに間違いない。 『たまには一人になりたい』 上下関係の壁が邪魔をして、父として何もしてやれないのが辛い。 せめて何か、気休めでも暖かい言葉を掛けてやれたなら。 健気な息子に、涙が出そうな鬼蜘蛛だった。 |